バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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027 目指せ、コントロールルームへ

 

 ワタシの世界は裕福ではあった。

 

 「──っが! はあ、はあ、はぁあ!」

 

 裕福ではあったけど、それが幸せかと言われたらそんなことは無かった。

 

 クスクス。

 クスクス。

 

 何時も遠巻きに陰口を囁くメイド達を思い出す。

 侮蔑の視線。

 ちぐはぐな問答。

 ワタシが子供では居られなくなったのは、お父様が死んで新しいお父様が代替わりした時からだったか。

 それともお母様が気狂いで何処かに蒸発してしまった時からだったか。

 

 解らない。

 ワタシが不幸になったのも。

 そもそもワタシは本当に幸せだったのかも分からない。

 

 クスクス。

 クスクス。

 

 ワタシはシェリア。

 影絵の国と畏れられた『ルーベン』の第一王女。

 死の宣告による呪いを回避するべく、粗悪品の願いを糧にワタシは愚者を改竄しなければならない。

 

 ジジジ。

 その為には、愛が足りない。

 人間の魂を構成する唯一の愛という欠陥がワタシにはなかった。

 

 「はあ、はあ、──は、ぁあ!」

 

 ドクドクと血が流れる。

 誰かの幸せを奪うことでしか自分の幸福を感じられなくなってしまった。

 そんなワタシには愛などという欠陥は必要なかったのに──。

 

 グチャグチャ。

 グチャグチャ、グニャリ。

 

 ────「魔女が逃げたぞ! みんなの仇だ! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!!!」

 

 バラバラとワタシの記憶が蘇る。

 美しいワタシを構成する魂は、微粒子の如く復元する。

 

 何よりワタシが気に入らないのは。

 

 みんな、そんなワタシを恨んでいることです。

 でもそれも当然の結果でしょう?

 だって、ワタシもワタシを愛さない奴らに相応の報いを与えたのです。

 

 家畜たちもそう。

 ワタシを裏切った家臣たちも、そう。

 みんな、ワタシという征服者を憎むことで失ったモノへの別れを果たした。

 

 それだけだったのに。

 

 眩暈がする。

 クラクラと脳を揺らす感覚は二度目だと言うのに慣れない。

 

 「──っつぅ、ぁあ」

 

 息が出来ない。

 心臓が締め付けられるようで苦しい。

 

 「ぅううう、ぐぅ、……ご、っは!」

 

 血が逆流し、喉を焼く。

 内臓がグチャグチャと掻き回されるようで、とても熱い。

 

 「ふ、ざ、け、ん、じゃ、な、い、で、す、わ、よ」

 

 ゴトリ。

 肺からコボレル赤が煩わしい。

 脳を狂わす記憶が鬱陶しい。

 

 嗚呼、なんてことだ。

 

 「ぐ、しゃ、を……。ドン・キホーテを探さなくちゃ──」

 

 カチカチカチ。

 何かが頭の中を書き換えるのを感じる。

 キキキ、と影が嗤う。

 

 「──っち。代償ですか」

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 失われていく魂。

 薄れていく存在は自身のアストラルコードを削っていく。

 

 「ハア、ハア」

 

 魂が肉体を欲している。

 感情がそれを拒んでる。

 

 モノクロのノイズが視界を壊す。

 

 「──居ない?」

 

 ふと見たモニターを見ると、そこには何も映らなくなっていた。

 アクセス権限が剥奪されたのかと自身の身体を確かめるがワタシの手元にはそれはある。

 なら、この場合はそれ以外の何かが阻んでるに違いない。

 

 「そう。また邪魔をするのね、粗悪品」

 

 夢の世界でのワタシの肉体。

 現実でも代えの肉体にしようと思っていた出来損ない。

 感情なんてものを得てしまった愚かな肉の塊。

 故に廃棄しなければならなかったのに、あの男が手を取ってしまった。

 

 ──思えば、あの男がやって来てから計画は狂ってしまったと言える。

 

 「古瀬勇貴」

 

 憎たらしい正義の味方。

 あの男がこの学園に編入して来なければ魔導魔術王(グランド·マスター)はやられなかった。

 このワタシが肉体を得ることも出来た。

 

 「……もう、良い。別にあれが無くても計画は大丈夫。また、呼べば良いのです」

 

 そもそも駄目だったのだ。

 男の肉体にワタシの魂を入れるなんて無理な話だった。

 古瀬瑞希を乗せるためとはいえ、男の身体を選んだのが間違いだったのだから。

 

 「なら邪魔でしかない。あれが居たら、次が呼べないのです」

 

 この調子なら、もう廃騎士(シスカ)は使えない。

 最早、システムの何もかもが役立たずとなったと見て間違いない。

 

 「クスクス。まあ、ワタシにはこれがあるのです」

 

 ──キキキッ!

 

 権能(チート)を使う。

 すると影たちが嗤った。

 

 「今度こそ、これで終わりです」

 

 モニターは真っ黒のまま、ワタシは愚者が居るだろう部屋へと影を向かわせた。

 

 ◇

 

 「妄想を現実として見せるとは、彼女も考えたじゃないか。これでは、どれが本当か偽物かなんて区別出来ないだろうね」

 

 黒髪の少女、──藤岡飛鳥が僕の頬に手を添えながら言う。

 

 パリン!

 すると何かが砕ける音が響き渡った。

 

 「まあ、それもこれで全部解決なんだけどね」

 

 覗き込むように僕の目を見る彼女。

 見透かされて、曖昧になっていた何かが取り戻されていく。

 

 「……かい、けつ?」

 

 「そう。しばらくは妄想が現実に入り混じることはないよ。だが、それは同時に彼女が掛けた保険を台無しにするってことでもある。故に──」

 

 ジジジ。

 藤岡飛鳥の身体が透けていく。

 砂金のように身体が散っていくのが見て取れた。

 

 「──え?」

 

 いきなりだった。

 問題が一つ解決する毎に誰かが犠牲となっていく。

 それが当たり前になりつつある現状に僕はなす術もなかった。

 

 「目障りなボクは此処で退場させられるってことさ。でも、大丈夫さ。後のことはそこのシスカに任せてある。……ああ、解っているとは思うけどシスカ。シェリアはまだ現状を全て把握できてない。だから、攻め込むなら今だよ」

 

 黒髪を弄りながら少女はシスカに告げる。

 会った時とは違う年相応な少女の笑みを浮かべる姿は、とても儚げで綺麗に見えた。

 

 「それでは、愚者七号。しばらくのお別れだ」

 

 そう言って、少女は消えた。

 

 「……何だったんだ?」

 

 それを僕は茫然と眺めるしか出来なかった。

 

 「──突破口を開いたのだろう」

 

 それまで静観をしていたシスカの口が開いた。

 

 「突破口?」

 

 それに僕はオウム返しのように疑問を口にした。

 

 「ええ。『魔女』に有利な現状を覆すには、『愚者』の疑似粒子が欠けたことを見せなければならなかった。故に彼女はそれを実行した。これはそれだけの話です」

 

 カチリ。

 また何かが嵌る音。

 欠けていた何かが埋まっていく度に僕は嫌な予感が迫っていく。

 

 「藤岡が消えることで、その『愚者』の疑似粒子が欠けたってこと? それが現状を覆すって何なんなのさ?」

 

 意味が解らないし、訳が分からない。

 そもそも時間遡行したとか言われてもよく解らない。

 そんなことを言われても、はいそうですかと納得できる証拠すらない。

 

 「そうだよ。証拠だ。そんな言われたことが本当だって言う確証なんてないんだ。今のやり取りが僕を騙すシェリアの策略かもしれないじゃないか」

 

 例えば、魔女と呼ばれた彼女が僕に絶望させる為に藤岡飛鳥というキーパーソンを退場させるなんて幻を見せる。

 そうすることで僕が取り乱すのを楽しむ──なんて憶測だって出来るのだ。

 いつだって僕らはそうして騙されてきた。

 なら、今回もそうじゃないって証拠はない。

 

 「そう思えるのも無理はない。今、貴方が想像したことも強ち間違いとは言い切れないのも確かだ。だが、考えても見て欲しい。それをして魔女に何の得があるのだ?」

 

 今にも掴みかかりそうな僕の言葉に対しシスカは問う。

 

 「得だって? 得なんて今更考えるだけ意味がないじゃないか! こんなイカレタ世界を創り上げるヤツに損得勘定が出来るとは思えないでしょ」

 

 縋るように言葉を口にして思い出す。

 かつて、真弓さんが僕に言っていた真実の一つを。

 

 ────「死んでしまった人をとても大切にしていた少女たちは男との再会を夢見ました」

 

 「そう。今のシェリアがどうかは解らないが、この世界を創り上げたのは名前も知らない三人の少女たちだ。つまり、『魔女』として認識されているシェリアはその三人の意図には合わないことをわたしたちにしているということになる」

 

 淡々と答えていくシスカ。

 そこに何の間違いもないように見える。

 

 けど。

 

 「いや、三人の中に名前が解る人はいるよ」

 

 そう。

 あんなにも必死で誰かの魂に固執した人間を僕はこの手で討った。

 死者となった兄を求めた少女の名前を僕は忘れていない。

 

 「はぐらかさないで。それとも、君は知らなかった──訳ないよね。だって、彼女は言ったんだ。後のことはシスカに任せてあるってさ」

 

 息を呑むシスカ。

 

 「だから教えてよ。僕が何者で、魔女が何をしたいのか。君が知る全部を教えて欲しい。教えてくれたら、きっと前に進める。そんな予感がするんだ」

 

 真っ直ぐに見つめ合う僕ら。

 誰の邪魔もないそれは永遠に続けられるほど、世界は気長じゃない。

 この曖昧で不確かなセカイにも終わりは必ずやって来る。

 

 「──知りたいか?」

 

 シスカが問う。

 

 「当然」

 

 それに即答する。

 

 「そう、ですか」

 

 苦虫を噛んだような、それでいて嬉しいような顔。

 彼女はそんな表情で僕を見た。

 

 「だが、すまない。わたしにはそれを話せる権限はないのだ。あるとすれば、それはこの世界のアクセス権限を持ったヤツと恩恵(ギフト)を持ったヤツだけ。そのどちらもわたしは持ち合わせていない。だから、聞きたいのなら『魔女』を打倒してヤツと会えるようにしなくてはならない」

 

 ヤツ?

 

 「そう。この時間に戻した恩恵(ギフト)を持つ少女──『名城真弓』から話を聞きだすしかないのだ」

 

 シスカがそう言うと、部屋のドアを見つめだす。

 まるでその先に、何かがあるかのような物言いをしている。

 

 「シスカ。『魔女』のシェリアは、コントロールルームに居るんだね?」

 

 「そうだ。アクセス権限を以て自身のアストラルコードを改竄していることだろう」

 

 やるべきことは決まった。

 

 「簡単ではないぞ」

 

 知っている。

 先に待つ真実が辛いものだってことも解っている。

 

 だからこそ、目指さなければいけない。

 どんなに辛いものでも乗り越えなければ、誰かの目指す明日はやって来ないのだから。

 

 「──そうか。ならば、露払いはしてやろう」

 

 シスカがそう言うと、いつか見たフルプレートの鎧を一瞬で纏う。

 

 「行くぞ、七瀬勇貴。コントロールルームへ」

 

 静かに少女が告げると、僕の部屋のドアを持っていた大剣で切り裂いた。

 

 ジジジ。

 今、この時。

 幻想たちの嘆きの幕が下ろされたのだった──。

 

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