バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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029 影絵情景

 

 目が眩むことのない真っ暗闇を下っていく。

 

 ジジジ。

 此処に来る度、僕は大切なことを思い出す。

 

 「────」

 

 胸が締め付けられる苦しさも。

 声を殺すような悲しさも。

 喉を通らない虚しさの何もかもが目の前に広がっていた。

 

 「──っ!」

 

 頭が痛い。

 脳内に記憶が書き込まれていくのは、とても疲れる。

 

 ジジジ。

 父が居た。

 母が居た。

 三人で仲良く手を取り合ったことがある。

 

 「──あ」

 

 小さな手を掴む両親。

 しきりに二人は■■()に向かって何かを話し掛けている。

 

 とても大切で、何処にでも落ちてそうな光景なのに美しいモノに見えた。

 そうだ。それは思い出してはいけない過去で、忘れたくなかった遠い記憶なのだと魂も告げている。

 

 「────」

 

 ジジジ。

 父はコック長。

 母は専業主婦。

 決して裕福ではない三人家族だったけど、僕らは確かに笑い合えたんだ。

 

 ──でも、その幸福は長くは続かなかった。

 

 「あ、あああ、──っ!」

 

 思い出す。

 何もかもが順調ではない平凡な家庭が、ちぐはぐな空回りをしていたことを。

 

 テーブルを囲んで食事をしなくなった。

 親子三人、川の字で寝ることもなくなった。

 僕がイジメを受けているのを見て見ぬ振りをする父に母は嫌悪していた。

 

 「────」

 

 声は出ない。

 涙は既に枯れている。

 この胸の虚しさは誰にも癒せない。

 

 カツン。

 螺旋のような暗闇の中、苦しみしかない人生を見ながら、■■()は先を目指す。

 

 ジジジ。

 それなりに僕の背丈が伸びた頃、久々に両親とテーブルを囲んで話をした。

 

 ────「『■■』はどっちと暮らしたい?」

 

 どっちがそれを言ったかは覚えてない。

 でも、母が泣いていたのは思い出せた。

 父がどんな顔をしていたのかは解らないけど、見た記憶がないのならきっと泣いてはいないのだろう。

 

 「──っ」

 

 見ていられない。

 この胸を渦巻く不快感に堪えきれず、僕は目を背けた。

 

 カツ、ン。

 いつの間にか底へと着いていたようで、もう下に降りることが出来なくなっていた。

 途端に、空虚な感傷が見えなくなる。

 

 ……どうやら、記憶の復元が終わりを告げたみたいだ。

 

 「ハア、ハア」

 

 息が荒くなる。

 脳を揺さぶる吐き気を無視し、暗闇の中を進む。

 

 すると──。

 

 「──まぶ、しい」

 

 突然、暗闇が晴れて地下聖堂が僕を歓迎する。

 奥にいつもの鉄の扉が固く閉ざされていた。

 

 「そこ、か」

 

 その先に魔女が居るのだろう。

 気配はない。

 けど、今までのことを考えればそこに居るのが通説だ。

 

 「自己投影(タイプ・ヒーロー)は──必要ないか」

 

 入ったところで乱戦には違いない。

 なら最初から覚悟して行けば、何の問題もない。

 

 そう思い魔術破戒(タイプ・ソード)現実化(リアルブート)し、

 

 「ハァアアアアアア!!!」

 

 掛け声と共に扉を叩き切って、中へと進む。

 すると──。

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 「──っつぅううう!!!」

 

 なんて、ことだ……。

 脳をかき回す嘲笑に襲われ、眩暈がする。

 

 コントロールルーム中に広がる影絵の住人。

 待っていた彼らは腕を広げ、中へと踏み込む僕を歓迎するみたいに取り囲む。

 それはまるで、迷い込んだアリスを睨む赤の女王率いるトランプ兵のような振舞だった。

 

 「どのようにして来たか存じませんが、それもこれで終わりです」

 

 カチャリ。

 魔女が二丁の魔銃を構え、せせら笑うよう影たちが逃げ道を塞ぐ。

 

 「──っ!?」

 

 直感が告げる。

 あの魔銃に撃たれたら、確実に僕の魂は死ぬのだと理解した。

 

 ドクン。

 幻影疾風(タイプ・ファントム)を発動させる。

 

 「さあ、死になさい!!!」

 

 コンマ一秒の世界に入るが、一足遅かった。

 何故なら既に引き金を下ろされ、その過程を僕は認識してしまったから。

 そう、コンマの世界──光速の領域と言えど概念を認識した以上は結果として『魔弾』は現実化(リアルブート)するのだ。

 

 キキキ、と魔女が嗤う。

 放たれたら最後、その権能(チート)は発動さえすれば必殺の概念を以て敵を仕留める魔道具(アーティファクト)と化す。

 故に魔女は勝利を確信する。

 

 「──な、なんです!? どうしたと言うのですか!?」

 

 だが、それは過程が証明されているというのが前提条件。

 

 乾いた銃声は響かない。

 それは、銃弾は具現されないということで、終わりを告げる魔弾は放たれていないのであって、

 

 ──つまり、

 

 「──今ですわ!」

 

 シェリア会長の声が何処からともなく響き渡る。

 

 どんな勝負でも一瞬の油断が、一度の怠慢が勝敗を別つ。

 それこそが魔女の持つ権能(チート)の致命的な欠陥なのだ。

 

 キキキ!!!

 

 声高らかに嗤い続ける影絵たち。

 シェリア・ウェザリウスの手から魔銃が消滅していく。

 

 ──否、

 

 「な、にぃ──」

 

 シェリアの身体が二つに分断される。

 それは、シェリア会長が全力で抵抗した証だった。

 

 そう。それこそが、魔女を出し抜く唯一の方法。

 『色欲』の権能(チート)をシェリア・ウェサリウスという借り物の肉体で扱うしかない魔女の弱点。

 それは、彼女が一つの肉体に対し二つの魂が支配権を奪い合っているということに他ならない。

 

 幾度の夢でアクセス権限を奪われても平気な顔をしていられた理由。

 それは種が割れれば簡単なモノで、権能(チート)による攻撃を受ける時に肉体の制御を離すことで微粒子近い回避を可能にしただけのこと。

 一つの肉体に複数の魂が入っていた人間にしか出来ない荒業で、それを何の躊躇いもなく実行に移す度量と寸分違わぬ技量が有って出来たから成しえたのだ。

 

 それは『魔女』だからではなく、ルーベンという国の『王族』であったが故のモノ。

 まさに、シェリア・ウェザリウスという人間にしか出来ない所業だった。

 

 「ぅううう、──っらぁあああ!!!」

 

 だからこそ、見過ごすという選択は取れない。

 何故なら、この抵抗は一度しか使えない奥の手に他ならない。

 

 間合い十数歩。

 この手にあらゆる幻想を殺す魔剣が握られる。

 

 「──っ!?」

 

 シェリアが目を見開く。

 だが、遅い。

 赤と青の二重螺旋は放たれ、言葉を紡がせるよりも速く渾身の一閃が赤髪の少女を薙ぐ。

 

 「そん、な。……そんな馬鹿な!?」

 

 支配から逃れようとした人たちによる紙一重の攻防。

 それらが一瞬の隙によって終結を語りだす。

 

 「あり得ない」

 

 二度目の反旗はないと踏んだ女王は、人の想いを軽んじた。

 故に、駒である少女の想いを汲むことはなかった。

 

 「あり得ないわ──!」

 

 だから、そんな僕らの勝利にシェリア・ウェザリウスは慄いたのだった。

 

 砂塵となる身体。

 生き永らえるという夢に魔女は届かない。

 

 「ふざけるなよ、粗悪品! 一度ならず二度もこのワタシの邪魔をするのか!!!」

 

 人形は反旗を翻した。

 そんな簡単な現状を認めることさえ、今のシェリア・ウェザリウスには出来なかった。

 

 「何故、今になって抵抗した? 何故? ……何故、何故、何故!?」

 

 魔女は喉元を搔き、狂ったように取り乱す。

 否、初めから狂っていたから少女は何でもないように人の想いを軽視したのだ。

 

 「計画は完璧だった。名城を始末し、古瀬と討伐隊から思考能力を奪い、貴様という粗悪品には何の自由も与えなかった! それなのに何故、愚者であるソイツが此処へ来たのです? あまつさえ、このワタシに魔術破戒の一撃(それ)を与えるなど──!」

 

 シェリア・ウェザリウスは未だ敗北を受け入れない。

 ……だが、現実はそんな彼女を待ってなんかくれなかった。

 

 「い、嫌! ワタシは、ワタシはまだ──」

 

 塵となる魔女は神に懇願する。

 

 「死にたくない! ワタシはまだ死にたくないのです! なのに、こんな願いすら叶えられないのですか!?」

 

 悪の華は散る。

 美しくも儚くも血溜まりを這い、惨めに死に絶えようとする。

 それは皮肉にも、彼女が罵った虫けらたちと同じ末路だった。

 

 「あ、ああ、ああああああああああああ!!! ふざけるんじゃなくってよ! ゆ、ゆるさない! 許さない、絶対にオマエら許さない!!!」

 

 最期まで恨み言を魔女は吐き続ける。

 

 「ワタ、シ。ワタシは──!」

 

 けれど、そんな罵詈雑言の嵐は終わる。

 儚い夢のように消失する魂が、宙に融けていくからだ。

 

 「ワタシは只、人並みの人生を送れれば良かったのにぃ!!!」

 

 ──そうして。

   空を掴もうと伸ばした手は届かず消えた。

 

 「────」

 

 最期の断末魔は何でもない人間の生存欲求に他ならなかった。

 救いを求めるだけの、よくある人間の死を見ただけ。

 それなのに僕らの心は穴が開いてしまったように、魔女が消えた場所をジッと見つめることしか出来なかった。

 

 「……ワタクシはあの魔女を生かす為に造られた複製品(クローン)なのですわ」

 

 そうしていると、いつの間にか隣に来たシェリア会長が口を開く。

 何でもないことのように話し出す彼女の顔は見えない。

 

 「シェリア会長」

 

 辛うじて声が出た。

 けれどその声は届かなかったみたいで、彼女は淡々と話の続きをする。

 

 「あの魔女、シェリア・ウェザリウスは余命僅かの身体と自身の複製品(クローン)──所謂、人造人間(ホムンクルス)に魂を転写させることで延命させる計画を立てたのです。ワタクシはその為に造られた複製品(クローン)人造人間(ホムンクルス)でしかありませんでしたわ」

 

 震える声で、かつて自分が負うはずだった役割を語る。

 何故か、苦し気な彼女を見るのが僕は堪らなく辛かった。

 

 「会長」

 

 先ほどよりも大きな声で呼びかける。

 けれど、シェリア会長は喋るのを止めなかった。

 

 「ええ、そうです! ワタクシはシェリア・ウェザリウスになる為に生まれた──、アナタと同じ誰かの為の代用品でしかなかったのですわ!」

 

 空白とならない独白。

 頭痛(ノイズ)はやって来ない。

 それでも、シェリア・ウェサリウスは痛がった。

 自分が必要とされない人間だと責め立てるしか出来なかった。

 

 「──シェリア会長!」

 

 そんな彼女を抱きしめる。

 たとえどんなに酷い扱いだったとしても、存在理由だったものを殺めることが辛いことが分かっていた。

 

 だから、自分を責めないで欲しいと僕は力いっぱい抱きしめるしかなかった。

 

 「シェリア会長は、シェリア会長です。生まれた理由がどうであれ、僕と同じ人間の、クラスで学級委員やってるシェリア会長はシェリア会長だけなんです!」

 

 替えの利く誰かでは務まらない

 それは、目の前で涙を抑えている彼女にしか出来なかった。

 

 たとえ、そうあることを義務付けられた人形だったとしても。

 一人の人間として生を紡いだ、シェリア・ウェサリウスは彼女でしかない。

 

 「──だって…、だって!」

 

 焦点の合わない瞳が助けを求めるように僕を見つめている。

 

 「良いんです。──良いんですよ!」

 

 生きることを求め、生きることから逃げている矛盾した存在。

 それが目の前の人間、──シェリア・ウェサリウスという少女の正体だ。

 

 「ワタクシは人形でしかありません」

 

 少女は空に手を伸ばす。

 まるで、星を掴もうとするように伸ばしているみたいだ。

 

 「でも、ワタクシは人形でいたくないと思いましたわ」

 

 けれど、どれだけ頑張ろうとその手には星を掴むことはない。

 人間には出来ない領域で、それは決して叶えられない夢の話だ。

 

 「カレがワタクシに生きろと言いました。その言葉をワタクシは何よりも大切にしたかったですわ」

 

 淡々と語られる言葉。

 何処までも本当で、何もかも嘘の想い。

 しかし、その独白は意味のないものだけど、無意味なことではなかった。

 

 ──なんて矛盾。

 

 でも、人は時にその矛盾を抱えなければならない生物であった。

 これは、只それだけの話だったんだ。

 

 「────」

 

 不器用な、不格好な、ぎこちない笑顔が向けられる。

 

 「──っ」

 

 その笑顔に中てられた。

 ずっと下ばかり見てきた僕らには、その笑顔は太陽のような眩しさがあった。

 

 「……そうだね」

 

 人形でしかなかった君と人形ではいたくない僕の、そんな強いられた二人の視線が交じり合う。

 不器用で、ぎこちない、けれどいつか壊れてしまう絆。

 だけど、それは僕らが魔女と打ち勝って得た、確かな時間(幸福)だった。

 

 儚げに少女は笑い続け、唐突に吹いた風にオレンジの髪がさらわれる。

 嗚呼、そうだ。

 これが、これこそが、生き続けたいと願った少女の夢を薪に僕らは明日を勝ち取った意味なんだ。

 

 「シェリアさん」

 

 ぎこちない笑みは止まらない。

 ゼンマイ仕掛けの少女に手を伸ばす。

 

 「行こう。僕らは何があっても前へ進まなきゃいけないんだ」

 

 犠牲にしたモノを背負って、現実へ帰ろう。

 累とリテイク先輩、瑞希と魔女が果たせなかった日常をなりふり構わず生きるのだ。

 そうしなければいけない。

 そうでなくては、振り払った願いへの償いにならない。

 

 僕らは人間だ。

 人間でたくさんだ。

 

 「──そう、ですわね」

 

 手と手が繋がれる。

 

 カチリ。

 何かの欠片が填まっていく。

 夢の終わりは、もう近いのかもしれない。

 

 「────」

 

 そこで、僕の意識は再び閉ざすのであった。

 

 ◇

 

 断末魔が響く。

 いつも通りの展開に飽きが来ると嘆く影。

 

 今、この瞬間に盲目な愚者は力を手に入れた。

 

 ドクン。

 幾つもの伏線に散りばめられた意志が鼓動する。

 

 「──ふん。所詮は年端も行かぬ少女であったか」

 

 月明かりに影が差す中、漆黒の修道服が風に揺らし、白髪の男は忌々しげに少女の最期を見届けた。

 男がその終わりを遠ざけようとしたのは、きっと彼が焚きつけたからなのかもしれない。

 

 「くだらん。実につまらない幕締めだった。やはり、こんな姿をしているから都合が悪くなるのだ」

 

 神父は次なる世界に目を向ける。

 彼が闇夜に暗躍するのは、このつまらない世界を運営する為に他ならない。

 

 「しかし。これは酷だぞ、大罪の王よ」

 

 醜悪な貌で神父は原初の愚者に言葉を贈るのであった。

 





 これにて、第四章は終了となります。
 第五章は明日、8月10日に二話投稿させていただきますので、よろしくお願いいたします。
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