バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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005 少女の追憶

 

 ────「正直、迷惑なんだ。ウンザリなんだよ、しつこいんだよ! 自分のことでもないのに、なんでそんなに必死になれるのか分かんないしさぁ。……君は僕の分身か何かなのかい?」

 

 彼が私に言った言葉を思い返す。

 明確な拒絶。

 記憶を失う──いや、再認することが出来ない彼には私の行動など理解出来る筈もない。

 

 そんなことはよく知っていた。

 これまで、何度も同じ思いをしたのだから忘れる筈もない。

 

 ────「……君は分身か何かなのかい?」

 

 「分身なんかじゃ、ないです」

 

 私はそんな誇れるモノじゃない。

 それより、もっと醜い何かだ。

 

 それだけは履き違えてはならないと私は自分に言い聞かせる。

 

 そう。それだけは、『名城真弓』と偽る上で間違えてはならない事実だ。

 

 「……そう言えば」

 

 話を遮るように授業開始の鐘が鳴った時の彼の顔を思い出す。

 

 「どうして、あんな顔してたんでしょう?」

 

 泣きそうな顔、だった。

 やり場のない怒りがそこには在った。

 

 「分からない、です」

 

 『先生』が黒板に文字が描かれていく。

 チョークの擦れる音が快活に響くのに、自分の気持ちは交わらないでいる。

 

 不快だ。

 どうしてそんなことが頭に過るのか、ちっとも分からないが、私はそう思った。

 

 基本、幻想の身である私は世界の定めたルールに沿わなければならない。

 それは、身体がそう認識して抗うという思考すら奪われてしまうからに他ならない。

 

 だから、あの時はああするしかなかった。

 それは私が一番よく分かってる。

 

 なのに、落ち着かない。

 

 彼はそれを知らない。

 それだけで、彼と私の溝は深まっていく。

 

 「────」

 

 それが、もどかしく思えて、悲しくなった。

 

 「仮想世界の魔術での記憶の引継を司るもので有りまして──」

 

 幾度と繰り返した教師の講義を夢心地に聞きながら、私は自身の活動を小休止させることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「鬼ごっこ、かぁ! そいつぁ、良い。ガキの遊びには十分だぁ!」

 

 朦朧する意識の中で聞こえたのは、下卑た男の叫びだった。

 

 「────……」

 

 続いて血を踏みしめた感触に息苦しさを覚える。

 

 ビシャ、ビチャ。

 何度か踏みしめてると、そこで漸く自分が夢を見ていることを思い出す。

 

 これは確か……。

 そう。遠い昔の、私を殺そうとする『■ー■■■』から逃げる夢だ。

 

 「クケケケ! おらぁ、これでラストだぁ!」

 

 喪服姿の『■ー■■■』が銀のアタッシュケースを持ち直し、手負いの私にとどめを刺そうとする。

 

 ゴポリ。

 腹に出来た傷から血が噴き出す。

 同時に、喉を裂く激痛が私を襲う。

 

 「……そんなの、ごめんよ」

 

 そのまま倒れそうになるのを我慢して、走り出す。

 

 ドクン!

 在りもしない心臓が鼓動する。

 カチリと何かが合わさり、背筋に冷たいものを走らせる。

 

 ズガン!

 そのまま、すぐ後ろに鈍い衝撃が砂埃を舞わせていく。

 

 「──っち!」

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 そんな私を影絵たちは指を差して嗤う。

 

 「逃げ足の速いことでぇ!!!」

 

 耳を鳴らす絶叫を背に、只管に階段を登るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ズキリ。

 

 頭が痛みを訴える。

 剝き出しの大きな風穴から血がこぼれ、意識が堕ちそうになる。

 

 「ハア、ハア」

 

 しかし。

 どれだけ先を急ごうとも、塔の出口は見えなかった。

 

 「ハア、ハア」

 

 間違いだ。間違いだ。お前は生きてはならないバグである。──引き返せ。引き返せ。お前のような欠陥は、此処で廃棄されるのがお似合いだ。

 

 暗闇を急ぐ私にそんな思考(ノイズ)が流れてくる。

 

 「──ぅる、……さ、い」

 

 それが余計腹立たしいと、どす黒い感情を吐血と共にこぼれ落とす。

 

 ……だが、

 

 ────「だって、その方が楽しいじゃない」

 

 そこで先ほど見た、死に行く少女の言葉が私に生きろと急かす。

 

 「────」

 

 何故かは分からない。

 考えても、理解出来ないことばかりで頭が痛くなる。

 

 けど。

 

 少女が笑いながら語った明日(それ)を自分も見てみたいと、──自分もそうなれたらと憧れてしまっただけで、この命がけの逃避行は始まった。

 

 「──っ」

 

 目映いと感じた。

 良いなとも思った。

 初めてのそれに、どうしようもなく胸が苦しくなって仕方ない。

 

 「どう、して?」

 

 未だ感情の欠落した影絵(わたし)には、解らない。

 そもそも人の考えることなど、人間モドキに理解出来る筈もないのに。

 

 ──なのに、私はあの少女のように来る筈のない明日を焦がれてる。

 

 「う、……ううう」

 

 ズリズリ。

 ズリズリ。

 

 「──!」

 

 そんなことを考えてると、暗闇に希望の光が指した。

 

 「…………出口だ」

 

 思わずそんな言葉が口に出る。

 助かると淡い期待を持てる。

 

 私は持てる力の限りを振り絞り、満足に動けない足を引き摺ってでもその光を目指した。

 

 ズリズリ。

 ズリズリ。

 

 「──っな」

 

 でも、そんな期待を裏切るのはいつものことで。

 

 ゴウ、ゴウ。

 ゴウ、ゴウ。

 パチパチ、──パチパチ。

 

 必死で逃げる私を出迎えたのは、燃え盛る火の手だった。

 

 「ひど、い」

 

 パラパラと崩れ落ちる校舎には火の粉が舞い、炎は学園を覆う森林を薪とする。

 

 「ギャアアアアアアア!!!」

 「痛い、痛い……痛いよぉ」

 「止め、止め、止めテェヨ!」

 

 遮ることのない幻想たちの悲鳴をひっきりなしに響き渡る。

 

 それは、一方的な蹂躙。

 弱者をいたぶるだけの殺戮を止める者は一人もいない。

 

 「────」

 

 その光景に私は目を見開くしか出来ない。

 いや、そもそも初めから逃げるという選択肢など私には用意されてなかったと思い出す。

 

 当然だ。廃棄が決まった部品をそのままにしておく設計者など存在しない。

 もしそんな奴が居たとしたら、そいつの頭は致命的な欠陥を抱えているに違いない。

 

 けど。

 

 「にげ、なきゃ」

 

 だからと言って逃げなきゃ殺される。

 そう思い、追ってくる男から逃げようと足を踏み出すと──。

 

 「──っ!」

 

 この通り、瓦礫に足を取られるのが関の山。

 

 ゴロゴロ、ゴロゴロ。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ。

 頭を捥がれた虫のように、私の体は転がった。

 

 「ぐぅ、ううう」

 

 すぐさま起き上がろうとする。

 しかし何故か身体は石のように固くなり、二進も三進も動けない。

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 ひゅん!

 

 そこへ、まだ生きる(にげる)のかと何処からともなく石ころが追い打ちにぶつけられる。

 

 「いた、い」

 

 それだけで、この身体は何も出来なくなってしまう。

 感情が絶望に染まってしまう。

 

 「……いたい、よぉ」

 

 痛かった。

 でもそれは、石ころが額に投げつけられたことではない。

 只、生きようと足掻く私へ向けられた悪意が痛かった。

 

 「──グス」

 

 分かってた。

 私たち幻想など所詮、創造主の気まぐれで消される存在でしかない。

 

 世界がそういうルールで成り立っていることも。誰もがそれを受け入れている中で自分が逸脱してしまったことも分かってた。

 

 でも──。

 

 「い、やだ」

 

 嫌だった。

 そのルールに殉じることが、もう私には出来なかった。

 

 だって、それは──。

 

 ────「だって、その方が楽しいじゃない」

 

 少女の笑顔に毒された私には、受け入れがたいことになってたから。

 

 「……どうして」

 

 何故、■■■■の顔が過るか分からない。

 諦めたら、楽になるのは明白だ。

 なのに、私はまだ生きるのを諦めない。

 

 「……」

 

 いや、嘘だ。本当は分かってた。

 只、その事実を受け止めることが出来なかっただけで、答えはとっくの昔に出てた。

 

 ────「たとえ死ぬと決まっても。人はね、夢を見るの。死に抗おうって、立ち向かえるの」

 

 少女の吐露は、人間なら誰もが夢見る綺麗事でしかない。

 そこに真新しいものはなく。特別なものはない。

 

 だが。

 どんなに罵られようと、傷つけられようとも。こうして我慢できたのは、少女が語った綺麗事に憧れたから他ならない。

 

 「──っ」

 

 そう。それは、身勝手極まりない愚考だ。

 影絵と言うシステムには不要な欠陥で、赦されない大罪でしかない。

 

 けど。

 

 「……そう、だ。生き、るんだ。もっと、い、き、て──」

 

 ──生まれて初めて得たこの感情だけは、私は手離したくないのです!

 

 「クケケ! ──でも、そりゃ無理だ。諦めな」

 

 そんな希望を打ち砕くように、下卑た男の嘲笑が辺りに響き渡った。

 

 「……あ」

 

 追いついた。

 追いついてしまった。

 

 バグを刈り取る処刑人がすぐ後ろにやって来た。

 

 「良いところまで行ってたぜ。後もう少し先に行かれてたら、オレ様もテメェのアストラルコードを見失うところだった。……でも、残念だったな。受け入れろ。そうすれば楽になるぜぇ」

 

 無慈悲な死刑宣告が告げられる。

 

 カダン、ゴトリ。

 

 振り返ると、男が銀のアタッシュケースをこっちに向けて構えてる。

 

 「まあ、それが出来たらこんなところまで逃げてねぇんだろうがよぉおおお!」

 

 巻き舌に叫ぶ男。

 それは獲物を前にした狩人ではなく、どちらかと言うとスプラッタ映画の怪物そのもの。

 

 しかし。あと少しのところだと言うのなら、そのまま逃がしてくれても良かっただろうに。

 全く、空気が読めてないにもほどがある。

 

 「そいつぁ、残念だったなぁ──!」

 

 自分の思考を読んだのか。

 それとも、声に出ていたのか。

 不躾なことを考える私に向かって、喪服男はアタッシュケースの蓋を開ける。

 

 「まあ、それもこれもこれで全部(しま)いだ」

 

 ガシャン!

 鉄の悲鳴と共に、開けたアタッシュケースから真っ白なマネキンの腕が伸びていく。

 

 「クケケケ」

 

 響き渡るラップ音。

 箱から吐き出される、おぞましい気配を纏う(マネキン)

 

 「じゃあな、嬢ちゃん。精々、この世を恨んでくれ」

 

 処刑人はそう告げ、物言わぬそいつへ命令する。

 すると歪なマネキン人形の目が真っ赤に輝く。

 

 ギチギチギチッ!

 指令(オーダー)を遂行する為、怪物(マネキン)が関節を軋ませ、質量の法則を越えた手向けの花を放つ。

 

 「──あ」

 

 伸びる(マネキン)の腕を見て、そこで漸く私が犯した過ちに気付く。

 

 窮地の度、■■を■き戻す自分は。

 それを始末しようと処刑人が私を仕留める姿は。

 何十、何百という『いたちごっこ』を繰り返すことは、きっと悪意を感じた痛みの何倍も辛いということを。

 

 「────」

 

 ……こういう時、普通の人間なら恨み言の一つでもするのだろうか?

 だが生憎、私はそういう人間らしい感情(きのう)は持ち合わせていないから、どうすることも出来ない。

 

 コンマ一秒。

 私の頭を捉えた腕が、風を唸らせた瞬間。

 

 「おい、何やってる!」

 

 死神(マネキン)の腕が私の頸に届く間際に、グイっと手が引っ張られる。

 

 「──え」

 

 ガシャガシャ、ガシャン!

 目の前を魔の手が横切る。

 そのまま、呆然としていると──。

 

 「バカ、──逃げるんだよ!」

 

 黒髪の青年が立ち尽くす私に叫ぶ。

 そして掴んだ手を強引に寄せ、そのまま走り出してしまう。

 

 「え、え、……えええ!?」

 「──っな! テメェ!?」

 

 誰も予想してなかった空前絶後。

 恐怖に怯える青年が考えなしの正義感で私の手を取っただけ。

 

 「何ちんたらしてんの!? もっと早く走るんだよ、バカ!」

 

 こんなその場の勢いなだけの逃避行は絶対成功しない。

 そんなことは解ってる。

 

 「……っ、さっきからバカバカ言わないで下さい! 私、貴方と違って繊細なんですぅ!」

 

 だと言うのに、その手を振りほどくことが出来ない。

 それより、走り出す彼の後を追うので精一杯でそれどころじゃなかった。

 

 「うるせー! 良いから走るんだよ!!!」

 

 だって、こんな私を助けてくれたことが嬉しくて、涙が止まらないのだから仕方ないじゃない。

 

 「おい、止まれ! 止まりやがれぇ! テメェ、分かってんのか? これがどういう状況なのか、テメェは解ってやってんのか!?」

 

 ルールによって活動を停止した死神(マネキン)を再び起動しようとする■ー■■■。

 

 「そいつは只のシステムでしかねぇ。庇ったところでテメェに得はねぇえ!」

 

 罵声を浴びせる男に振り返ることなく青年は走り続ける。

 

 「テメェは死ぬし、そいつは此処で消す。それは絶対だし、何よりテメェに拒否権なんてもんはねぇのをいい加減解れよぉ……。嗚呼、そうかよ。それがテメェの拠り所ってヤツか? だったら尚更、消去するっきゃネェエよなぁあ!!!」

 

 遂に■ー■マ■はトラッシュケースへと戻った(マネキン)を起動させる。

 

 「──っ!?」

 

 瞬間。

 目覚めた殺戮兵器(マネキン)が逃げ続ける私たちの前に現れる。

 

 「知るか。そんなもの知るか! そんなテメェ勝手なルール知ってたまるかよ!」

 

 青年は怯えながらも叫ぶ。

 処刑人(マネキン)の腕が伸びるのを、恐怖に震えるばかりの彼が私を庇うように前へ出た。

 

 ────「そうやって誰かに意思を遺せるってことは、とても素晴らしいことだって私は思うわ」

 

 一筋の光の如く──死に行く少女『名城真弓』の想いが聞こえる。

 

 かつて、自分はこれほど生きたいと願ったことはなかった。

 人形のように指令を実行する影絵では、そう願うこと事態叶わなかったから。

 

 ──でも、臆病だった彼の精一杯の勇気を前にしたら、そんな迷いは消し飛んでしまった。

 

 「──っ!!!」

 

 ドクン。

 再び『名城真弓』から託された恩恵(ギフト)を発動すると、息を呑む間もなく空気が凍るのを感じた。

 ジリジリと肌を焦がす何かが胸の底から湧いて来る。

 

 ドクン。

 ドクン。

 在りもしない心臓が鼓動する。

 

 カチリ。

 運命の歯車が欠ける音が響き渡ると、世界は逆しまに回りだす。

 

 これは、遠い昔の記憶。

 彼が■■■■と言う名前を認識していた頃。

 意志に芽生えた影絵が、一人の少女を犠牲に得た能力で助かっただけの話。

 

 それが在ったから、私は生きている。

 それが在ったからこそ、私は彼の傍に寄り添い続ける。

 

 たったそれだけで、世界の何もかもを敵に回すだなんてどうかしてると思うけど──。

 

 でも、後悔はない。

 名城真弓が■■■■の未来を守るために託した恩恵(ギフト)を今日まで引き継いでるのは、そういうことだ。

 

 キーン、コーン。カーン、コーン。

 鐘が鳴ると同時に、意識が■へと戻っていく。

 

 「起立、礼、着席」

 

 「────」

 

 未だ意識が朧げにさ迷う中、シェリア・ウェサリウスの号令が告げられる。

 それを合図に次々と『生徒たち』が授業から解放されるのを呆然と見続けた。

 

 「……ああ、終わったんですか」

 

 小休止していた身体に熱を灯す。

 そうして、私は喧嘩した彼の下へ急ぐのだった。

 

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