バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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006 真昼の喧嘩

 

 キーン、コーン。

 カーン、コーン。

 終わりを告げる鐘が鳴り、束の間の休息がやって来る。

 

 疲れた。

 相変わらず授業の内容はちんぷんかんぷんで、僕の頭ではちっとも理解出来やしない。

 

 机に突っ伏すことで、僕は疲れを回復することに専念した。

 

 ガヤガヤ。

 ガヤガヤ。

 

 「勇貴さん」

 

 生徒が教室を疎らにしていく中、彼女が僕に声を掛けて来る。

 

 「……何さ?」

 

 いい加減にして欲しい。

 これ以上、僕に関わっても君に何のメリットがあるのさ?

 もう放っておいてくれよ。

 

 「先ほどの話なんですけど──」

 

 泣きだしそうな顔で彼女が僕を見る。

 止めろ。

 同情を誘うな。

 

 「良いよ。別に気にしてない」

 

 出来るだけ、冷静に、落ち着いて。

 彼女に期待しないように。

 

 「……え? ど、どうしてですか?」

 

 そんな僕を前に戸惑う真弓さん。

 どうして、そんな顔が出来るのとかは考えない。

 だが、その僕の言葉を待ちわびる姿には覚えがあった。

 それが何故か、酷く気に入らない。

 腹立たしくて仕方ない。

 

 「何でも何も、さ。──そんなもの一々気にしてたら授業に追い付けなくなるでしょ」

 

 だから、そんな少女の問いを間の抜けたことを言ってはぐらかした。

 それが、彼女の聞きたかったことじゃないのは分かってたけど、それ以上に腹立たしかったから、そうした。

 

 だって、そうだ。

 僕との話よりも授業の方が大事だと切り捨てるぐらいなんだ。

 だから、そう思ってしまえば物事は解決する筈だ。

 

 ああ、本当にそんな単純なことに気付けて良かったと思う。

 

 「そ、それは──」

 

 「違わないさ! そうだろ!」

 

 彼女が何かを言おうとしたが、僕は感情のまま怒鳴りつけた。

 

 ──そうすることしか出来なかった。否。そうしなければよく分からないものが胸を締め付けて苦しいんだ。

 

 「────」

 

 目の前の少女は、何も言わない。

 驚いたような、けれど、感情のままに泣き出したいような、それでいて感情のままに怒鳴りつける僕の姿に愛しいものを見るような目をしている。

 そう思えるだけの、只、何とも言えないような無機質な表情を浮かべているだけで気味が悪かった。

 

 「──っ」

 

 ゾクリ。

 背筋に冷たいものが伝う。

 この時、初めて真弓さんが異常だと思えた。

 そうだ。普通、怒鳴られている人間はそんな訳の分からない顔をしない。

 怒ったり、悲しんだり、そのどれか一つの感情に支配されるのが人間という感情動物なのだ。

 

なのに、真弓さんはそのどれもが取れないでいる。

 それは、人間という感情動物にはあり得ない行動であり、そもそもそんな一つの感情に縛られない人間は人間と呼ぶべきじゃない。

 

 「勇貴さん」

 

 涙を浮かべる真弓さん。

 だが、その瞳の奥には悲しいという感情が見えない。

 まるで、人間の振りをした機械を相手にしてる気分だ。

 

 気持ち悪い。

 そんな訳の分からないモノと相対することが気持ち悪くて仕方なかった。

 

 「よう。白昼堂々と喧嘩とか、元気が良いじゃねぇか」

 

 どうすればそんな気持ちの悪い少女と話を切り上げれるか考えていると、そこへ赤毛の男子生徒が声をかけてきた。

 

 「火鳥(かとり)さん」

 

 真弓さんが声をかけてきた男子生徒の名前を口にする。

 

 「……知り合い?」

 

 何とも言えない空気を感じ、思わず聞いてしまった。

 

 「別に知り合いって程の関係じゃあ、ねーよ」

 

 それを意味ありげに男子生徒が言葉を濁した。

 だが、それも束の間。

 

 「兎に角、教室(ここ)だと迷惑極まりねぇ。やるんなら、外でやってくれ」

 

 そう言って、赤髪を掻きながら彼は廊下に指を差す。

 

 「……まあ、それもそうか」

 

 何だか釈然としないがその男子生徒に促されるがまま、僕は真弓さんと一緒に廊下へ出ることにした。

 

 たったそれだけ。

 それだけのことなのに。

 

 「ゆ、勇貴さん」

 

 彼女は何故か嬉しそうに僕の後ろに着いて来る。

 

 「……何だよ」

 

 チャイムが鳴ったら、どうせ僕なんて興味もない癖に。

 どうでも良い存在だって思ってる癖に。

 

 なのに、どうしてそんな顔が出来るんだ?

 どうして、そんな合理性の欠片もない行動を取れるんだ?

 

 ジジジ。

 ソレハ、キミには備ワッテイナイ機能ジャナイか。

 

 「──あれ? 今、僕は何を考えた?」

 

 頭が可笑しい。

 自分のことなのに、自分がよく分からない。

 分からない。

 分からない、分からない、分からない。

 

 ────「私、勇貴さんが思ってるよりいい人間じゃないです。誰からも愛される事もなく憎まれる。勇貴さんはそんな嫌われ者の私にとって、希望なんです」

 

 真弓さんと話したこともない会話が頭に過る。

 彼女と出会って日が経っていないというのに、何故そんな出来事が頭に過るのか意味が分からない。

 

 ズキリ。

 

 「あた、ま──頭が、痛い」

 

 酷い痛みで、目の前が霞む。

 誰の記憶なのか分からないそれが僕を可笑しくしてる。

 

 ────「……っく、そぉ」

 

 とうとう、傷だらけになりながらも立ち上がる誰かの幻まで見えた。

 何が正しくて。

 何が間違いなのか曖昧になっていく。

 

 「勇貴さん」

 

 痛い。

 痛い、痛い、痛い、怖い。

 

 どうして、こんなに痛いんだ。

 どうして、こんなに辛いんだ。

 

 どうして、どうして──。

 

 「──え?」

 

 誰かが僕を抱きしめる。

 冷たくなっていた僕の体に温もりが伝う。

 

 「痛い、ですか? すみません。でも、お願いです。どうか私の話を聞いてください。目を逸らさず、逃げないでください」

 

 いつの間にかしゃがみ込んでいた僕を真弓さんが抱きしめて、背中を擦ってくれていた。

 何で?

 どうして彼女は、こんなどうしようもない僕を見捨てない?

 

 「うる、さい。……ぼ、ぼくが。僕が何したって言うのさ? ──君は知らないだろうけど。僕は何をするにしても臆病で、嫌なことがあれば逃げてばっかりの駄目な人間なんだ。そんな人間が誰かに優しくされるとかあり得ないのに。なのに。どうして君は僕に肩入れ出来る? 何を期待してる? ──君は、何がしたいんだ!?」

 

 誰も見ていないのに。

 誰も期待なんかしないのに。

 

 ──ドウしてオマエはソンナ無駄なコトをネガエルのダ?

 

 「明日が──。明日が、見たいのです」

 

 唐突に、真弓さんが口を開いた。

 まるで罪を告発するみたいに僕を真っ直ぐ見つめてもいた。

 

 「──な、に?」

 

 意味が分からない。

 何がしたいと聞いて、明日とかあやふやな言葉を使いだした。

 そんなものはいつだって訪れるというのに、どうかしてる。

 

 「覚えていませんか? この願いは、貴方が私に言ったのです。──誰もいない夕暮れの教室で、まだ貴方が貴方の名前を憶えていた頃の話。……ええ、分かっています。もうその記憶さえ思い出せないことは分かっているのです。ですが、たとえ貴方が忘れてしまっていたとしても。その願いを分かち合うことが永遠に叶わないとしても。それでも確かに貴方は私たちにそう願って、そう在るべきだと笑ったのです」

 

 それは、誰の言葉だったのか。

 それは、何の告発だったのか分からない。

 

 只、きっとそれが彼女にとって何よりも大切なことなのは分かった。

 

 「私はそれを叶えたい。それを叶えるためならば、何を犠牲にしても構わない。ですから、お願いです。どうか、私に貴方の記憶を取り戻させてください」

 

 真弓さんが僕に手を差し伸べる。

 そこまで話してくれても、どうしてそこまで約束に拘るのか僕には理解することが出来ない。

 未だそんなことを分からずにいる自分には、彼女の懇親がどうにも受け入れそうもない。

 

 でも。

 

 「──ぅん。うん、うん、うん!」

 

 そんな彼女の懇親に何故か涙が出てきたのは確かだった。

 

 「勇貴さん」

 

 真弓さんが僕の名前を呼ぶ。

 差し伸べられた手を取ろうとして──。

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 「──え?」

 

 目ノ前ニ居タ筈のマユミさんが真ッ黒ナ影ニ変ワッタ。

 

 「勇貴さん?」

 

 アレ? 何ダコレハ? オカシイぞ。アレレ? ドウシタと言ウノダ? 目ノ前ガ突然、暗クナッタ死。足元ガ覚束ナイ死、息ガ出来ナイ。

 

 「──勇貴さん!」

 

 少女ノ声ガ聞コエル。デモ、ソレも直ニ無クナル。嘘ダ。嘘ダ、嘘ダ、嘘ダ。消エル? 消エテ、消エテ。体ガ暗闇ニ呑マレル。ソンナ、予感ガ死テ──。

 

 「お疲れ様、■■。どうやら、キミの時間は此処までのようだ」

 

 意識ガ堕チル最中、藤岡ノ声ガ聞コエタ。

 

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