バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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008 言いたいことは只一つ

 

 ウルタールの猫が鳴きました。

 侵略者は人類未踏の領域に踏み入れました。

 愚か者は気づきません。

 愚か者は人類です。

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 「──畜生」

 

 取るに足らない弱者の叫びは聞こえませんが、最果てを目指す外道たちは悦びました。

 

 キーン、コーン。

 カーン、コーン。

 

 終末の鐘が鳴り、その音色を何処までも響かせるのです。

 

 「──どうして、だ?」

 

 脳に這い回る猫の呪文。

 ぐるぐる同じことを繰り返す悪循環。

 名前のないそれが、地を這う虫けらをあざ笑うのです。

 

 キキキ。キキキ、キキキ!

 キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ。キキキ、キキキ、キキキ。キキキ! キキキ、キキキ、キキキィ、キキキ!?

 

 歓喜の声を上げる影絵たちは、死に絶えていく人間たちの絶望を愉しみました。

 ええ。悪辣なそいつらには、人の心などそこら辺にある玩具に等しいのでしょうね。

 

 ──だが、嘆くことはないです。それが人類の敵であることは確定しました。

 

 「ああ、──クソ。どうして、こうなんだ」

 

 誰も■■に手を差し伸べない。

 

 無慈悲な現実は、この夢の世界においては取るに足らない光景です。

 

 壊れかけの人形は起き上がろうとする。

 その行為に意味がないことも、叶わぬ夢物語と知っても尚、弱者であることから──、逃げることを止めようと■■はしていた。

 

 「──っ」

 

 けれど覆らない現状に■■の心が折れかけた時──。

 

 「これで分かっただろう、■■■■? 現実なんてこんなもんだって、言うことを、さ」

 

 暗闇に少女の声が木霊したのです。

 

 ◇

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 影絵たちが狼狽える。

 スクラップ寸前のデータを前に何をしに来たと疑問視する。

 修復出来る段階はとうに過ぎ去った、と。

 その事実は拭うことの出来ない現実で、今も尚、記憶の概念が喪失したそれは風前の灯火だと少女を罵った。

 

 「──藤、岡?」

 

 少女の姿が見えない。

 視覚情報はブラックアウトされており、何も映さない。

 

 「そうとも。ボクは藤岡。藤岡飛鳥。最果ての今にして絶対なる知識を司る魔術師の一人、さ」

 

 それを意に返さず、少女は語りを続ける。

 でも、そんなことは穴だらけの記憶の自分でも知っていることだ。

 

 ……聞きたいのはそんなことじゃない。

 

 「ほう。そんなにボクが何者か知りたいのかい? ──まあ、良いだろう。そんなに知りたいのなら教えてあげようじゃないか」

 

 暗闇の中、藤岡が口を開くのを感じる。

 彼女がいつもと違う、──醜悪な笑みで自身の正体を語りだす姿が何故だか想像出来た。

 

 「別にそこまで畏まることじゃないさ。とても簡単で、単純な話。つまり──、ボクは僕で、キミは僕。始まりにして、傲慢を騙る原初の愚者。みんなはボクのことをね、■■。『■■■■』の記憶の概念とも呼ぶんだ。──おや? 肝心の名前が聞こえない? そりゃあ、残念。だが、あと少しで魔導魔術王(グランド·マスター)となるキミが気にする必要はないさ」

 

 楽しそうに声を弾ませながら、藤岡はそう言った。

 

 「……何、言って、んだ?」

 

 だが、彼女の言葉は頭の悪い自分には受け入れられなかった。

 それは本当に、理解するのも烏滸がましいもので。

 許容することは、それまでに培った自分の生き方を否定するような何かをしなければ出来ないもののように思えた。

 

 そんな自分をあざ笑う藤岡飛鳥の声には、何の悪意も感じなかった。

 

 「そうだね。分かりたくないよね。分かってしまったら、その分、苦しいんだから当然か。──まあ、そんなことボクの知ったことじゃないんだけど」

 

 僕は知らない。

 まだ少女が知りうる全てを理解できない。

 

 「いつの日か、キミはボクに言ったね。『オレは諦めない。いつかオレは自分の明日を取り戻すんだ』と。嗚呼、今も鮮明に思い出せるよ。怯えながらも決意したキミの姿に当時のボクは何も言えなかったとも。──うん。あれは中々に滑稽だった」

 

 懐かしむように、■■飛鳥は語りかける。

 何も見えない暗闇の中で当時の自分に文句を垂れ流す姿は、普段の大好きオーラを感じさせない。

 

 「ああ、そのままで良いとも。これは、只の感傷。哀れなボクを慰める自傷行為に過ぎない。もう覚えていないだろうが、この体の持ち主もかつてはキミに恋する残留思念(ヒロイン)の一人だった。……まあ、だからと言ってキミは何も気にする必要はないし、それをするだけボクの力が弱まるからしなくて良い」

 

 身体が動かない。

 暗闇の中で踠き苦しんでも、堕ちていく感覚が支配されていくだけで何も出来ない。

 

 「嗚呼、そんなことはどうでも良いんだった。そんな詮無きことまで気にしていたら、目的は完遂出来ないし。……すまないね。どうやら、また話が脱線してしまったようだ。──つまり、ボクが何を言いたいかというと、ね」

 

 影絵たちは見ているだけ。

 そもそも、この暗闇は夢世界にいる人間には誰も干渉出来ない領域だ。

 

 故に──。

 

 「今ならば、あの影絵(ショウジョ)にボクらが入れ替わったとしても気付かれないということさ」

 

 ノイズ。

 

 「──っ!?」

 

 ピー、ガガガ!

 消失した電波信号が『怠惰な人間()』を虚ろにし、空になる素体は、息をする間もなく存在をエラーへと変換されていく。

 

 「安心すると良い。彼らはボクを容認している。過負荷(オーバーロード)することで、キミのいた現実世界へとアクセス出来る『扉』を開ければ後は好きにして構わないと来た。相変わらずクソみたいな連中だが、今のボクには都合が良い。なーに、初めからそれだけの為にここまで築き上げてきたのだから、利用しない手はないだろう?」

 

 意識が保てない。

 存在が不確かなモノへと移り変わるのが感じられる。

 どうしようもない激痛が全身に伝う。

 

 「ぐぅ、ぁああああああああああああああああ!!!」

 

 酷いものだ。

 何故、僕はいつもこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

 どうして?

 どうして、いつも──。

 

 ────「ギャハハハ! あーあ、溢しちゃってるしよぉ。気持ち悪いなぁあああ!」

 

 幾度も虐げられてきた。

 理不尽な目ばかりで、良いことなんて一つも思い出せない人生だった。

 それを思い出す度に逃げて、逃げて、逃げて──。

 

 「あ、ああ、ぁああああああ」

 

 誰からも期待されず、誰からの優しさも受けず、誰の信頼も勝ち取ることもしない。

 そんな負け組、社会のつま弾き者となることを受け入れたのに、この仕打ちは何なんだ。

 

 「キミにはバラバラとなった肉体という情報を取り戻させた。不完全だった■■飛鳥にボクという記憶の概念を注ぎ込んだ。完全な魔導魔術王(グランド·マスター)へと至る為の布石は、ここぞとばかりに押し留めて誤認させた。あらゆる幻想が勘違いするようコントロールルームに細工をしたのは、本当に苦労したよ」

 

 嫌だ。

 怖い。

 僕が僕じゃなくなるのが恐ろしくて仕方ないのに、何も出来ない。

 

 「ボクはね、■■。この世界がとても気に入ってる。本当の意味で、誰も責めない。誰も奪わない。誰もボクらを傷つけない。まさにボクらみたいな社会のつま弾き者にとって理想郷じゃないか。キミとて、一人の人間として扱われることがどれだけ困難なことか理解してるだろう? ──だから、あいつの言う現実世界に戻るなんて、死んでもゴメンなんだよ」

 

 もし彼女が僕の記憶を受け継いでいると言うなら、この仕打ちは当然だ。

 

 ──そう、僕らは弱者。それも、救いようのないクソな弱虫だ。そんなことは僕が一番よく分かってるし、ピンチに駆けつけるようなヒーローが現れないことも知っている。

 

 ……けど。

 

 ────「明日が──。明日が見たいのです」

 

 僕自身さえ忘れていた願いを彼女は覚えてくれていた。

 それがどれだけ難しいことか、微かに残る記憶(けいけん)が教えてくれている。

 

 なのに、どうして、諦めるなんて言える?

 

 「──っ!」

 

 痛くて苦しいのを無理して、何かを掴もうと必死で手を伸ばす。

 誰の助けもない現状。

 誰の願いも聞き届けない現実しか此処にはない。

 

 それでも、──あの少女の願いだけは叶えてあげたいと強く思えたんだ。

 

 「アハハハ! 無駄だよ、■■。邪魔する障害は全て取り除いたんだ。諦めて、早くそのアストラルコードの権限を手放してしまえ!」

 

 その時。

 

 ────「ユーキ!」

 

 唐突に、■の声が聞こえた。

 

 「────!」

 

 全身に激痛が走るのを無視して必死で手を伸ばす。

 

 ────「忘れ物だよ!」

 

 カチリ、と何かが填まる音が響くと続けざまに暗闇が晴れていき、閉ざされた視界に色が灯る。

 

 「──な、なに?」

 

 そこで黒髪の少女──、■■飛鳥の姿が(あらわ)になる。

 

 ドクン。

 心臓が鼓動する。

 たちまち全身を覆っていた堕ちていく感覚が消失し、襲い来る痛みが和らいでいく。

 

 「……バカ、やろぉ、う」

 

 口からこぼれた悪態が誰に対してなのかは、解らない。

 けれど、こうして自分の意志で立ち上がれたことがとても誇らしく思えた。

 

 「何が、どうなっているんだ? ──バカ、な。どうして、暗闇が晴れる? どうして、キミはボクを視認出来る? いや、そもそも何で──」

 

 僕は、七瀬勇貴なんかじゃない。

 それどころか、本当の名前も思い出せない人間(ろくでなし)でしかない。

 

 ──だけど、重要なのはそんなことじゃなくて。

 

 「……ぅる、せぇ」

 

 フラフラの身体に力を込めて。

 

 「何を、」

 

 藤岡が何をする気かと問う前に感情のまま僕は、

 

 「うるせぇえ!!!」

 

 ──今出せるありったけの力を振り絞って、狼狽えるバカに殴りかかる。

 

 「ぐぅえ!」

 

 すると僕の渾身の一撃が奴の顎へヒットし、そのまま後ろへと身体を仰け反らせることに成功する。

 

 「う、ぐぅ!」

 

 ドサッ!

 

 軟弱な僕の拳にじんと痛みがやって来ると同時に、今度は途方もない疲労感に襲われる。

 

 「……ハア、ハア」

 

 疲れた。

 自分の身体が少し動いた程度で息が切れるほど衰弱している。

 だが、そんなことより今は──。

 

 「好き放題に言いやがってよぉ……」

 

 歯を食いしばって、倒れたバカに言いたいことを怒鳴り付ける。

 

 それは、とても大切で。

 僕が今一番、許せないことで。

 

 「正直な話、──君が何考えてんのとかどうだって良いんだけどさぁ……」

 

 倒れる前の出来事が。必死で泣きじゃくる彼女の顔が頭に過る度、拳を強く握った。

 

 「クソくだらないことで泣かせやがって、──ぶっ飛ばしてやる!!!」

 

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