バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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009 現状把握

 

 ヒリヒリと痛む拳に、フラフラとよろめく身体。

 それらを無視して、全力で言いたいことをぶちまける。

 

 「クソくだらないことで泣かせやがって、──ぶっ飛ばしてやる!!!」

 

 世界が色を取り戻す中、僕は元凶の少女に向かって叫んだのだった。

 

 「──っ」

 

 打たれた頬を擦りながら、藤岡が立ち上がる。

 

 「────」

 

 てっきり恨み言の一つでも飛んでくるかと思えば、藤岡は何も言わず冷めた視線を送るだけ。

 しかも、その視線を向ける顔に何の感情も見せないのだから気味が悪くて仕方ない。

 

 「……何だよ」

 

 無言。無感情。無機質。藤岡の今の状態を何と形容すれば良いのか、言葉が上手く纏まらない。

 

 「何か言ったらどうなのさ?」

 

 怯むように叫ぶ。

 負けないように、自分を鼓舞する。

 そうしなくては、この少女には勝てない。

 気持ちだけは負けてはならないと無理して強がる。

 

 「ふむ。なーんだ、そういうことか」

 

 そうしていると藤岡が何かを納得しだす。

 

 「何だよ?」

 

 何の感情もない、──無機質な硝子玉のような目がきらめく。

 

 「何って決まってるだろう。どうして、こうなったかが分かったのさ。……突き詰めれば簡単な話だった。イレギュラーであった、あの『特殊個体(エクストラ)』が何をしたのかを看破しただけ。アハハ、本当にあれは余分な事しかしないねぇ」

 

 上機嫌そうな口調。

 けれど声とは裏腹に表情に何の変化もない。

 

 何故かこの時、そんな藤岡に対し人形のようだと思ってしまった。

 

 「そうだよ。所詮、ボクも人形だ。周りにいる影絵たちと何ら変わらない、誰かの妄想でしか生きられない幻想だとも。生きた人間の記憶を持ってしまっただけの慰み物でしかないのは、今に始まったことじゃない」

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 影絵たちが囁きだすと同時に、カツンと誰かの足音が遠くから聞こえてくる。

 

 「さて、今、あの影絵(ショウジョ)と相対するのは色々と面倒だ。ここらでドロンとさせて頂くよ」

 

 藤岡が僕に言う。

 

 「逃がすか!」

 

 その言葉に僕は警戒もせず、殴りかかる。

 

 「いやはや、キミも学習能力がないねぇ」

 

 パチン。

 乾いた音と共に殴りかかろうとした僕の体が慣性の法則を無視して吹き飛んだ。

 

 「うわぁあああ!!!」

 

 揺れる視界に、舞台装置が歯ぎしりする不協和音。

 自由の利かない身体は、そのまま重力に従い地べたへと落下する。

 

 「ああ、そうそう。ボクを追いたければ噂を辿ると良い。その先にボクらは待ってるよ」

 

 グキリ!

 鈍い音と共にぶちまけられた鮮血が誰のものか理解することもなく、僕の意識は途切れたのだった。

 

 ◇

 

 「どうしたの、■■」

 

 母さんが僕を呼ぶ。

 

 「どうした、■■」

 

 父さんが僕を心配する。

 

 「──、──」

 

 懐かしい夢だった。

 両親が仲良さげに僕を気遣う姿は、遠い昔に失くしてしまった過去だ。

 

 そんな、ある筈のない光景は生前の■■■■には得られなかった幸福。

 

 「      」

 

 声が出ない。

 否、身動き一つとれない。

 

 「────」

 

 喧嘩が絶えない家族だったと思う。

 父さんが母さんに手を上げることがあった気がする。

 弱かったから、傷つけた。

 傷つけて、傷つけて、共に力を合わせることが出来なかったから僕らは家族でいられなくなったんだ。

 

 ──だというのに。

 いがみ合うしか出来なくなった二人を僕は最期まで憎むことが出来なかった。

 

 ────「『■■』はどっちと暮らしたい?」

 

 何度、繰り返したか。

 何度、夢見たことか。

 

 幼い頃に見た日々は戻らないというのに、その幸せを取り戻そうとしている。

 

 「────」

 

 パラパラと抜け落ちる記憶たち。

 変わり果てた環境に耐え切れない自分は、只、暗闇に微睡むばかり。

 

 ジジジ。

 モノクロ映像、パラパラ漫画の如く喪失した記憶が蘇る。

 

 この世界に来たばかり。

 右も左も分からず、茫然と起き上がる僕と少女が出会った時の思い出。

 

 「此処は、何処?」

 

 懐かしい顔。

 無邪気な少女の、何処か秘めた表情。

 初めて会った時に見た少女は、何処までも幻想的で美しかった。

 

 「此処は、第二共環高等学園の地下聖堂跡地です」

 

 淡々と事実を伝える声は大人びたものを感じ、言葉の裏でこちらを覗き込むような、蠱惑的な儚さがあった。

 

 ジジジ。

 

 「──っ! 何だ、これ? 頭が、……頭が割れるように痛い」

 

 目覚めてから唐突にやって来る頭痛。

 こちらの思考を乱す眩暈が持ち合わせた自我を侵していく。

 

 「大丈夫、ですか? 何処が痛みますか?」

 

 見慣れた視線。

 いつだって向けられる嘘は、慣れっこだ。

 

 「可笑しい。可笑しい、ぞ。……あれ? オレの名前、何だっけ?」

 

 かき消される記憶。

 自分が何者で何をしてきたのか忘れていくオレの姿に少女が口元を歪ませる。

 

 「そうでした。そうでした。──えーと、貴方は勇貴。七瀬勇貴。それが貴方の名前」

 

 違う。

 それが違うことだけは分かる。

 

 「違わないわ。でも、そうね。私だけでも貴方の名前ぐらいは覚えておいてあげる」

 

 翠の瞳がキラキラしてる。

 宝石のような眩しさで、彼女がこの現状を嬉しがっている。

 

 「アンタの方こそ、どうなんだ?」

 

 忘れてしまうかもしれない。

 この自我が壊れてしまうのは確定している。

 

 でも、今、この時にそれだけは聞いておきたいと思った。

 

 「私? 私の名前?」

 

 そんな意図を呑んだ少女は、その瞳の奥に秘めた感情はこちらには向けられておらず。

 

 「ああ、そういえばまだ教えてなかったっけ」

 

 失敗、失敗と頬を掻く姿に僕はとても魅入ってしまって──。

 

 「私の名前は──」

 

 ジジジ。

 そこで、僕は目を覚ますのだった。

 

 ◇

 

 目に映ったのは、見慣れた白い天井。

 続いて僕を出迎えたのは、鳥のさえずりと微睡むような日差し。

 

 「──っ」

 

 ズキズキ。

 ズキズキ、と頭に冷めた閃光が伝っていく。

 

 「戻った、のか?」

 

 散らかった部屋はいつもと同じ。

 足の踏み場もないほど汚らしいマイ・ルームに居るということは、またリセットされたみたいだ。

 

 コンコン、コン。

 規則正しいノックの音が突然の来訪を僕に伝える。

 でも想像した通りなら、ドアの先に居るのが誰かなんて考えるまでもなかった。

 

 「起きてるよ、──真弓さん」

 

 ガチャリ。

 閉まっていた筈のドアが開く。

 

 「おはようございます、勇貴さん」

 

 一つに束ねた栗色の髪を揺らしながら、来訪者が挨拶する。

 

 「ああ、……おはよう」

 

 それがとても綺麗で。

 それがとても嬉しくて。

 

 そして、その認識が合っていることがとても哀しかった。

 

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