バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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010 ちっぽけな勇気

 

 ゴポゴポ。

 ゴポゴポ。

 

 目を背けたくなる光景で。

 耳を閉ざしたくなる過去で。

 

 ゴポゴポ。

 ゴポゴポ。

 

 夢のように曖昧な、苦しいだけの現実がそこにはあった。

 

 「ハア、ハア」

 

 死して求めた先には、それより残酷な世界が待ち受けている。

 そんなこともつゆ知らず、一心不乱に逃げ出したのをオレは覚えてる。

 

 ズキズキ。

 ズキズキ。

 

 ──痛い。

 痛くて、痛くて、脳の血管がはち切れそう。

 

 息が出来なくて。

 声が出せなくて。

 無力な自分を見せつけられ、──只、夢の中を溺れてる。

 

 生きることが辛かった。

 苦しいだけの日々が嫌いだった。

 

 なのに、神様はまだオレを苦しめるんだ。

 

 グチャグチャグチャ。

 グチャグチャグチャ。

 

 何度も打った、オレをイジメた野郎の頭を潰す感触が離れない。

 殺した。

 殺した。

 オレが殺した。

 どうしようもなく酷い奴らで、死んで当然の連中を殺したんだ。

 

 なのに。

 

 なのに、なのに、なのに、なのになのになのに、──なのに!

 

 あいつらの死は呆気ないほど一瞬だったのに、オレは今も尚、苦しんでる。

 

 ウンザリだ。

 ウンザリなんだ。

 飽きることなく再生されるトラウマ(それ)は、オレから消えてくれない。

 

 「ハア、ハア!」

 

 荒い息遣いをオレはする。

 返り血で真っ赤に染まった自分は、何時救われるんだと自問する。

 

 もう責める人間など居ないのに、オレは一体どうしたら良いのか分からない。

 

 「……う、うぅう」

 

 全身に噴き出す汗が気持ち悪い。

 激しく鼓動する心臓が喧しい。

 

 それは宛ら、パンクロックな世界に無理やり詰められたような気分。

 

 「やってられないよ」

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 夢が終わる。

 他の誰でもない半端者が呟いて、それは静かに幕を閉ざした。

 

 ◇

 

 このタイミングで部屋に真弓さんが訪れた。

 流石のオレも訪れた理由を察せない程、鈍くはない。

 

 ──いや、もっと早く気づけなきゃいけないことなのに、オレはまた逃げようとしていた。

 

 「……そう、ですね。──でも、仕方ないんです。だって、気づける筈がなかった。いや、気づくことさえ貴方には許されていなかった。そんなことが出来ないよう少女たちに管理され続けたんですから、当然です」

 

 だから自分を責めないでと真弓さんが言う。

 いや、『名城真弓』という形をしただけの少女がオレに微笑んだんだ。

 

 「……それでも、オレは気づけなきゃいけなかったよ」

 

 でも、知っていた。

 オレだけはこの少女の気持ちを知っていた。

 知っていたことを憶えてた。

 心と魂と肉体を引き裂かれたとしても、オレはそんな彼女を置き去りにしてはいけなかった。

 

 未だ穴だらけの記憶と継ぎはぎだらけの感情が訴える。

 

 偽物だったとしても。

 人間じゃなかったとしても。

 目の前の少女が名城真弓という人間ではなかったとしても。

 

 彼女は、オレにとっての『名城真弓』であり、七瀬勇貴にとっての『名城真弓』なんだから。

 

 「────」

 

 そこで気づいた。

 オレを見つめる宝石のような翠の瞳はくすんでおり、光が見えないことを。

 それは、つまり。幻ではなく本当の彼女の姿が見え始めてる証拠で。七瀬勇貴が追い求めた真実に近づいたとも言えた。

 

 でも、そんなことはオレには関係なかった。

 そんなものより、オレはオレにとって一番大切なモノを助けなきゃいけなかったのに逃げてしまっていた。

 

 そのことが何よりも悔しくて仕方なかった。

 

 「そんなことないです」

 

 何処かで、キキキと嗤う影絵の声。

 今も尚、こちらを覗く深淵。

 あの闇が何なのかも分からない、正体不明の怪物たちの気配を前に真弓さんはオレの心中を否定する。

 

 「私の方が貴方に助けられてばかりです」

 

 温かな眼差し。

 安らぎを与えんばかりの思いやり。

 胸に手を当て、少女は訴える。

 

 「手を引っ張ってくれました。誰もが嫌った私を。誰もが私の生きる理由を閉ざしたのに、そんな私の手を引っ張って逃げてくれたんです。それは、誰に出来ることじゃなく。それは、貴方にしか出来なかった。……それが嬉しかったんです」

 

 嬉しかった。

 その言葉を聞いた瞬間、目から一筋の滴が流れた。

 

 「──っ」

 

 覚えのない出来事が彼女の生き甲斐となっている。

 どうしようもないオレが愚直に犯した間違いが目の前の少女の行く末を導いている。

 

 それがどんなに奇跡だったか。

 それがどんなに手に入らなかったモノだったか、きっと誰にも分からない。

 

 「だから、……だからですね!」

 

 必死でオレの手を取ろうとして、真弓さんは取れないでいる。

 その姿に愛らしさを感じた。

 

 「な、んだよ?」

 

 嗚呼、奪われてしまった記憶が恋しい。

 夢を語るように思いを馳せる彼女を見てると眩しくて仕方ない。

 

 こんな中途半端な自分には勿体ない強くて優しい彼女が手を差し伸べてくる。

 

 「元気を出してください、■■さん」

 

 ちっぽけな勇気だ。

 どうにも、このいじらしい少女はオレを励ましてるようだった。

 

 ギュッ。

 差し伸べられた手を握る。

 

 「ああ、──そうする」

 

 温かい。

 握った手がこんなにも温かいと感じられるのはいつ頃だろう?

 

 ジジジ。

 ザー、ザー。

 

 「────」

 

 違和感が脳を掠める。

 それは大切な記憶だとか、そういう類ではなかったと思う。

 天才的な閃きでも、悪魔的なシンパシーでもない。

 

 ──けれど、そのノイズに何故か懐かしいモノを感じた。

 

 「勇貴さん?」

 

 真弓さんが心配する。

 

 「……何でもない」

 

 気休めの嘘を吐く。

 彼女にもそれが伝わったのか、

 

 「そうですか」

 

 そんな不器用なオレに、簡潔な返事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「キャハハハ! キャハハハ! 本っ当に救えない野郎デェスこと!」

 

 乱暴にドアが開かれる。

 蹴とばされたドアノブが音を立て吹き飛ぶのが見えた。

 

 「──っ!」

 

 聞いたことのある女の嘲笑。

 途切れ途切れの声色で微かに聞き取れた悪意が来訪を告げる。

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 影絵たちが歓喜し、来訪した悪意に狂喜乱舞する囁きが平穏を崩す。

 

 「まあ、それもこれもワカってたってことでしょーケド!」

 

 グルん、と空間が軋む。

 ワラワラと数多の蜘蛛たちが開けたドアから侵入し、その中心に赤黒い何かを形成していく。

 

 ──そう、数秒の隙もなくゲラゲラと嗤うそいつをオレは知っている。

 

 「デェスが、デェスが! アレが失敗することは分かってたんデェスからアタクシも罪な女デェスよねぇえ」

 

 怠惰の権能(チート)持ちにして、この場に居る筈のない第三者。

 影絵たち同様、下卑た笑みを浮かべる怪物はどうせいつかの決着をつけに来たんだろう、と頭の中に住み着く悪魔が囁く。

 

 「──アトラク=ナクア!?」

 

 クネクネと身を捩じらせ、美しい女郎蜘蛛はその名を示す。

 

 「そうデェス! そうデェス!!! 最高にイカシタ女、ナチャ様デェス!!!」

 

 地に着くほどの赤い髪、暗闇の中の泥みたいな瞳が悪鬼の如く目を吊り上げる。

 それに常識は通じず。

 それに倫理は持たない。

 

 只、厄災を振りまくことを生き甲斐に女は不条理をばら撒くのだ。

 

 「イヒヒヒヒヒヒ! さあ、テメェ様! 夢微睡む時間は終ワりデェス! これより始まル殺戮は、きっと楽しいショウタイムになるでショウ!!!」

 

 響き渡る女郎蜘蛛の嘲笑。

 それは、本当に愉しそうに悪意を顕したのだった。

 

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