バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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011 覚醒

 

 キキキ。

 

 誰もがみんな、狂ってる。

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 平凡に生きた人間でさえ壊れてしまうのに、そうでない怪物がイカレない訳がない。

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 舞台は廻る。

 時間は戻る。

 記憶が、ちぐはぐに足されていく。

 

 「キキキ、キャアアア!!!」

 

 宙を舞う同胞。

 この世界で弱者は淘汰される。

 それがこの世界の常識であり、そいつを信条にアタクシは生きてきた。

 

 グルン、と何かが歪む。

 ピキリ、と我らの領域が軋む。

 とある秘境の深淵で、終末を見届ける役者(アタクシ)に目を付けた狂人(オトコ)が弱者を虐げる。

 

 「キキキィ! キキキィ! 何者デェスか、テメェ様!?」

 

 敢えて目的は聞かない。

 目の前の黒いローブの男も所詮、いつもと変わらない。

 

 魂魄の花。

 大抵の奴は決まって、そいつを求めて深淵に訪れる。

 それが普通だし、それが当たり前だったからアタクシはそう思っただけ。

 

 なのに、冷たい眼差しをする黒いローブの男を見て、それが間違いだと気づいた。

 

 「これで死なないとは恐れ入った。流石、観測者の末端である。我が一撃を耐えうるとは中々にしぶとい」

 

 男は、怪物以上の上位種。

 人の身で在りながら、その領域を逸脱した超越者そのもの。

 

 そんな超越者(マジュツシ)が、こんな秘境まで遥々訪れた理由が思いつかない。

 

 銀のブロンドヘアーが風に靡く。

 虎視眈々とこちらを睨む碧眼がアタクシを怯ませて、こちらの質問には答えない。

 

 「何デェスか、何デェスか、何なんデェスか!? テメェ様は、アタクシをバカにしてんデェスか!!!?」

 

 その振る舞いに憤怒する。

 同時に得体のしれないそいつに、怪物の中の王である自分を格下と扱う厚顔に恐れを募らせた。

 

 弱気を罵声を浴びせることで、自らを鼓舞する。

 そうすることで、アタクシは目の前の人外に立ち向かう。

 

 「ククク。バカになどしないサ。これでもワタシはオマエを高く評価している。アア、そうダ。どこぞの紛い物と違い、まだその戦意を落としていないところが実に良い。──だが、ネ。アレだけハ。アレだけはいただけなかった」

 

 男の背後に現れる大きな虹の宝玉。

 それは、人類が到達しうる未踏の領域にして、魔導魔術が誇る叡智の結晶。

 万物共通の認識を、固定概念を破壊する力を悠然と振るう姿はまさに『魔導魔術王(グランド・マスター)』の名が相応しいと思った。

 

 ドクン。

 ある筈のない心臓が鼓動する。

 本来、醜悪な怪物として生まれたこの身には恐怖という感情は持ち合わせていない。

 

 しかし。

 目の前の男は、黒いローブの狂人はそんなあり得ない感情を自分に植え付けた。

 

 ドクン。

 ドクン。

 無慈悲に魔術師は手を下ろす。

 一瞬にして空気が重くなる。

 

 「──な、ナニを!?」

 

 驚愕する。

 男と自分にある明確な実力差を。

 狼狽する。

 今に振るわれようとする魔術が更なる高みへ上る状況に。

 

 そして、その宝石のように輝く碧眼がこちらをジッと見つめることに恐怖心を抱き、

 

 「決まっている。先刻、貴様がシドの黙示録にて『真世界帰閉ノ扉(パラレルポーター)』を閉ざしたことだ」

 

 虹色の宝玉が膨張し、弾ける。

 すると、あふれんばかりの光が広がっていく。

 

 「──っ!?」

 

 ──その光を前に、女郎蜘蛛(アトラク=ナクア)は懺悔も与えられず死を確信した。

 

 ◇

 

 部屋中に響き渡る女の嘲笑。

 それは、本当に愉しそうに剥き出しの悪意をオレたちに晒した。

 

 「イヒヒヒヒヒヒ!」

 

 部屋に現れた女郎蜘蛛、アトラク=ナクアが嗤いだす。

 それを合図に、下僕の蜘蛛たちがオレたちへ向かって一斉に糸を吐く。

 吐き出された糸は強靭で、触れれば生身の人間など一溜りもないのは誰の目から見ても明らかだった。

 

 「キッシャアアア!」

 

 爪が伸びる。

 奇声が唸る。

 血に飢えた蜘蛛たちが必死に肉を齧ろうと牙を剥く。

 

 「──光よ!」

 

 真弓さんが呪文を詠唱し、襲い来る蜘蛛たちに光の雨を降らせる。

 

 「キキキィイ!!!」

 

 無数の蜘蛛が光の雨に呑まれ、消滅していく。

 だが、降り注ぐ雨を掻い潜れた個体が一瞬の隙を突き、真弓さんへとその魔の手を伸ばす。

 

 ドクン。

 

 数秒後に光の雨を降らせる彼女に蜘蛛たちの毒牙が向かうのは、明白だ。

 

 ドクン。

 ドクン。

 

 脈動する魔導神経。

 分泌する脳内麻薬。

 

 下卑た笑みを浮かべるアトラク=ナクア。

 空想の起源を追い、駆け出す。

 

 「──っ」

 

 イメージする。

 『七瀬勇貴』が振るう最強の魔剣を。

 

 その権能(チカラ)を全身全霊で揮えば、目の前の邪悪へと届くだろうと想像する。

 

 「キキキィイ!!!」

 

 眩い黄色の肌に毒牙が向かう。

 そうはさせるかと想いを強くする。

 

 願いを形に。

 想いを剣にすれば、彼女を守るヒーローになれると思いこむ。

 

 ──ドク、ン。

 

 蜘蛛と真弓さんの間合いは二メートル。

 全力で駆け出して、彼女の前に立つことに間に合わせる。

 

 「────」

 

 空間が軋む。

 フラフラと足元がおぼつかず、よろめく。

 だけど、駆け出すことを止めず、前を見据える。

 否、ずっと前だけを見据えている。

 

 弱いオレをヒーローと呼んだ彼女。

 何もかもが敵だと言って、オレの前でしか笑えない少女。

 

 そんな少女が後ろにいる。

 今も尚、オレを守ろうと必死で戦っている。

 

 「──っ」

 

 ──そんな少女を守りたいが一心に、ありとあらゆる魔術を破戒する幻想殺しの魔剣を願った。

 

 「キッシャアアアア!!!」

 

 彼女の柔肌へと一秒も満たず、毒牙が迫る。

 

 呼吸が止まった。

 目を見開き続けた。

 脈動する心臓がこれ以上ないほど高鳴った。

 

 怪物との間合い数センチ、目と鼻の先。

 常識と非常識の境目に到達し、無謬の理が頭に浮かんだ。

 

 そうして──、

 

 「──ッラ、シャアアア!!!」

 

 この手に幻想を破戒する権能(チート)があると信じ、迫る蜘蛛たちへと渾身の一撃を解き放つ。

 

 「──!」

 

 ゴクリと息を吞む音。

 ピシリと何かがひび割れる音がして、真っ白になる視界。

 

 「キキキィイ!?」

 

 瞬く間もなく魔術破戒(タイプ・ソード)が空を斬り、牙を剥けた蜘蛛たちが一瞬で消滅する。

 

 「ハア、ハア」

 

 それは、空前絶後の奇跡だった。

 

 影絵たちにして見たら、いつもの光景でしかない。

 だが、七瀬勇貴にして見れば馴染み深くても、オレにとっては初めての現実化(リアルブート)

 

 「グゥ、ウウウ、──ガア!」

 

 バクバクと心臓が鼓動し、冷や汗が止まらず、全身の神経に激痛が伝ってしまい、分不相応な魔術の行使に身体が悲鳴を訴える。

 

 「■■さん」

 

 そんなオレの姿を、目を見開く真弓さん。

 オレ自身も驚きが隠せず、その場で倒れそうになる。

 

 「……何の冗談デェスか? オイ! ソレは一体、何の冗談だって聞いてるんデェスよ!?」

 

 余裕だった女郎蜘蛛が叫ぶ。

 自身を脅かす事象に、誰よりもあり得ないと嗤ったそいつが取り乱す姿はザマァなかった。

 

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