バッドエンド・ガールズ   作:青波 縁

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015 夢みたいな話

 

 偽りの記憶と誰かの思惑で造られた意思によって、僕は形成されている。

 そんな自分には、現実から目を剃らす弱い心しかなかった。

 

 「ハア、ハア!」

 

 一心不乱に寮の廊下を駆け回る。

 何を考えるよりも、誰もいない遠いところに逃げ出したかった。

 

 だけど。

 

 ────「知らないですよぉ、勇貴さんのバカ!」

 

 ぐるぐる。

 ぐるぐる。

 

 ────「でも、許します。許しちゃいます。その代わりなんですが、私のこと、下の名前で呼んで下さい」

 

 誰かにそうされてるみたいで、真弓さんの声が頭の中に木霊する。

 

 「ハア、ハア!」

 

 気持ち悪かった。

 声が響く度に、頭がズキリと痛んだ。

 

 「う、ぅううう」

 

 すると、どうしようもない虚無感で胸が苦しくなっていく。

 

 「──っ!」

 

 ふらふら、と倒れかけの体が何かに寄りかかる。

 

 一人だ。

 現実だろうと、夢の中だろうと僕は何も変わらない。

 

 ────「──また、ね」

 

 黒い髪の自分。

 弱くて、弱くて逃げるように死んだ人間。

 でも、その記憶も本当かどうか分からなくて胸の奥が疼いた。

 

 ────「お久しぶりです、勇貴さん」

 

 「……ぅる、さい!」

 

 思いっ切り拳を地面に叩きつける。

 

 「うるさい、うるさいうるさいうるさい、──うるさぁあああい!!!」

 

 頭が割れるように痛みだす。

 何をするのも、何を考えようとも彼女の声が離れない。

 

 「──っが、ぐぅ!」

 

 それが嫌だった。

 それが気持ち悪かった。

 

 「関係ない。……真弓さんは関係ない! 僕は僕だ!」

 

 ────「──です、ね」

 

 希望だと言ってくれたことが嬉しかった。

 何も出来ない自分を支えてくれたことにも涙した。

 

 彼女の微笑む顔が。

 頑なに前へ進むことを諦めない、あの目が美しいと感じられたんだ。

 

 「でも、それは──」

 

 そう。それは、僕に向けられたものじゃなかった。

 『七瀬勇貴』を通して、存在を奪われた『 ()』に対して向けられたものだった。

 

 「僕じゃ、──ないんだ」

 

 同じ言葉を何度も繰り返すと、死にたくなるぐらい惨めになっていく。

 ああ。こんなことなら、自分の意志で何かしようなんて思わなきゃ良かった。

 

 「あ、ああ、ああああああああああああああああああああ!!!」

 

 涙を流しながら、また拳を地面に叩きつけようとした時。

 

 「勇貴さん!」

 

 「──っ!」

 

 振り上げた拳を誰かが掴んだ。

 

 「は、離せ。離せ、よ!」

 

 それを振りほどこうとするも、

 

 「駄目です! そんなことしたら、駄目なんです。……ほ、ほら! 手が、手が駄目になっちゃいます!」

 

 逆に引き寄せられて、誰かが僕を強く抱きしめたんだ。

 

 「だから、ね。これで手が動かなくなっちゃったら、私、とても悲しいです」

 

 耳元で囁かれる()()の声を聞いてると、何故か安心した。

 

 「──っ」

 

 でも。

 

 「う、ぅううう──っぐす」

 

 涙が止まらない。

 嗚咽が止まらない。

 悔しさが収まらない。

 

 なのに、──僕には何もない。

 

 「勇貴さん」

 

 少女が誰なのか思い出せない。

 顔を見ようとも後ろから抱きしめられて、とてもじゃないけど見れなかった。

 

 「そのままで良いから、聞いてください」

 

 少女が落ち着かせようと、優しく語り掛ける。

 でも、都合よく少女の名前が思い出せない現状に、再び空しさが押し寄せた。

 

 「なん、だ、よぉ」

 

 震えが止まらない。

 苦しさに耐えられそうにない。

 

 そんな僕に──。

 

 「勇貴さんは、スゴい人です」

 

 名も知らない少女は、強く抱きしめたんだ。

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 「──な、に?」

 

 「ですから、スゴい人なんです。それから、強くて、優しくて、誰かが傷ついてたらそっと手を差し伸べれるヒーローみたいな人なんです」

 

 頭が痛い。

 まるで誰かが聞くなと言ってるみたいで、ズキズキと痛みを訴える。

 

 「だから、何もないなんて言って諦めないでください」

 

 それでも、そんな僕に言い聞かせてくれる少女が居る。

 いや、そもそも何もない筈の、──空っぽな僕をどうして彼女は励ましてるんだ?

 

 「どうしても何も、私はこんなところで諦めて欲しくないんです。スゴくて、強くて、格好良くて、優しい貴方が前を向けなくなるのが嫌なんです。──だって、諦めなかった。どんな絶望的な状況でも、多くの人に手を差し伸べてきたのを私は知っているんです」

 

 何を言っているんだ?

 よく知りもしない癖に、ベラベラと都合の良いことばかり言いやがって僕の何が分かるのさ。

 

 「分かります。分かるんです。だって、私は貴方のヒロインなんですから」

 

 「……ヒロ、イン?」

 

 ────「もう覚えてないだろうが、この体の持ち主もかつてキミに恋する残留思念(ヒロイン)の一人だった」

 

 不意に藤岡の言葉が頭に過る。

 

 「──っ」

 

 じゃあ。じゃあ、後ろにいる君が僕だけの彼女ってこと?

 いや、そもそも。この僕だけの彼女って認識は何処から来るものなんだ?

 

 ザー、ザー。

 ザー、ザー。

 

 頭が悲鳴を上げて、考えることを止めろと訴える。

 

 「あ、ああ、ぁああああああああ!」

 

 喉から声が張り裂けそうだった。

 目の前の世界が崩れてしまいそうで、意識が飛びそうだった。

 

 痛い。

 とにかく、頭が割れるようで痛かった。

 

 「大丈夫。大丈夫です、勇貴さん」

 

 でも。

 

 「貴方は立ち上がれる人。貴方だけは、私たちと違う魂を持った人間。もっと先へ。この世界より遠くの現実に行ける人なんです」

 

 そんな僕を少女は離さない。

 

 「……わかんない。分かんないよ。いつも立ち上がれたのは、なし崩しに出来ただけで。僕は君が言うほど強くないんだ」

 

 項垂れようにも。

 崩れ落ちそうになる体を支える力がそれを許さない。

 

 それが、分からない。

 ヒロインだから、こんな弱いヤツを見捨てないのはどう考えたって可笑しい。

 

 「可笑しい、ですか?」

 

 「うん。……可笑し、いよ」

 

 僕を支える少女の疑問に、すかさず答える。

 

 「じゃあ、逆に聞きますけど。私は、どうしたら良いんですか?」

 

 するり、と。

 途端に抱きしめる力が弱まって、背中越しに少女のすすり泣く声が聞こえ始める。

 

 「どうしたら良いって、そんなの──」

 

 振り返る。

 そんなもの知るかと文句を言おうとした。

 

 けど。

 

 「──っ!」

 

 振り返った先に思いもしない光景が広がっており、思わず絶句してしまう。

 

 ジジジ。

 だって、振り返った先の少女が、影絵たちに全身を蝕まれてるなんて思いもしなかったから。

 

 「何が、起こってるの?」

 

 いやその前に、どうして目の前の少女は痛がってないんだ?

 全身が食い物にされてるというのに、まさか痛くないのか?

 

 「痛いですよ。……痛いに、決まってます」

 

 そんなことを考えていると、少女は苦しそうに言う。

 

 「でも、それよりも大事なことがあるから我慢してるんです」

 

 何をそんなに必死なのか、分からない。

 何でそんなに頑張れるのか、分からない。

 

 そもそも、どうして僕に構う必要がある?

 

 「ずっと見てたんです。考えることもロクに出来ないのに、必死で自分の意思で生きようとする貴方を。私じゃない誰かの為に、苦しみながらも立ち向かっていく姿を私は見続けたんです」

 

 少女の透き通る翠眼に僕がいる。

 その目に見える堅い決意が、半端な自分には眩しいものだと分かってしまう。

 

 「勇貴さん。空って見たことありますか?」

 

 「そ、ら?」

 

 「はい、そうです。雨が降ったり、ポカポカな日差しの太陽が出る空のことです。何でも、本当の空には雪というものが降るんだそうです」

 

 ……知っている。

 『 ()』の記憶だと、雪が降る季節のことを冬と呼ぶんだそうだ。

 

 「そうみたいです。その冬に降る雪ってやつは途轍もなく冷たいと聞きました。──でも、そんな雪を見たことがないんです、私」

 

 ……。

 

 「雪が降り積もった景色は、それは本当に幻想的で美しいらしく。そんな光景を貴方と一緒に見れたら、どんなに幸せだろうと思うんです」

 

 「──え?」

 

 僕と一緒に?

 

 「それでですねぇ。雪が降る中で、『まち』と言う場所で『いるみねーしょん』とやらを眺めながら、私たちはデートするんです。……あ、そうです! デートと言えば、お洒落な『かふぇ』で互いに食べてるパフェをつつき合うとかもやってみたいです。──ええ。此処では出来なかったことを沢山するんです」

 

 それは。

 それは、夢みたいな話だ。

 

 「はい。きっと楽しくて、胸がドキドキするような、──そんな夢みたいな話です」

 

 想像する。

 現実の、外の世界で僕ら二人が楽しく過ごす光景を。

 

 それは、楽しそうだ。

 うん。叶えられるのなら、一緒に叶えてみたいと思えた。

 

 「でも、それはこの世界に居たままだと叶えられないんです」

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 影絵たちが嗤いながら、今も尚、夢を語る少女を蝕み続けていく。

 

 「この世界は、ウルタールの猫たちの脳内に巣くう影絵という生命体によって構成されてるんだそうです」

 

 眩暈がする。

 頭が割れそうになって、少女の言葉を誰かが遠ざけようとした。

 

 「その影絵たちに構成された人間──、つまり幻想と呼ばれるのが私たちです。幻想が外の世界へ行くには、先ず肉体という器を用意しないと駄目なんだと聞きました」

 

 それは。

 

 ────「ボクにはキミを蹴落としてでも叶えたい願いがある!」

 

 (るい)があの夜に言っていた願いなんじゃないか/そうだと思うぜ。

 

 「ええ。所詮、私たちは泡沫の夢。夢の中でしか生きられない、脆く儚い存在。きっと声を出しても、現実には届かないんでしょう」

 

 ジジジ。

 

 「──っつぅ」

 

 目の前にノイズの傷が見え出す始末で。

 

 「きっと次に会う私は、今の私でない私。私の残留データを使って構成された上位幻想に過ぎません」

 

 影絵たちに蝕まれてる少女の顔は、もう真っ黒でよく見えない。

 

 「ですが。それでも、私は託すのです」

 

 それでも、彼女は手を伸ばす。

 

 「どうか受け取って下さい」

 

 キキキ!

 キキキ!

 

 真っ黒な手を取る。

 そうして──。

 

 「私たちの願い、──いや、(フィリア)の夢を」

 

 少女(フィリア)は別れの言葉を告げ、塵となって消えたんだ。

 

 「ま、待って!」

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 グニャリと視界が歪む。

 影絵たちがこれ見よがしに、今起こった現実を無かったことに改竄する。

 

 「──待って、くれよぉ」

 

 崩れ落ちるように、その場に膝をつく。

 すると、フィリアが語った夢が頭の中から段々と消えていく。

 

 「がっ、ぐぅ、ううう」

 

 でも、忘れてなんかやるもんか。

 フィリアが僕に託した夢は、こんなことで揺らぐものじゃないんだ。

 

 「う、ぅううう!!!」

 

 その証拠に、掴んだ手はずっと何かを握ったまま動かなかった。

 

 ◇

 

 「あれ? 僕、何してたんだ?」

 

 見慣れた天井が出迎えず、けれど見知った学生寮の廊下で僕は目を覚ました。

 

 キキキ。

 キキキ。

 

 思い出そうにも、記憶にモヤが霞んでしまって呆然と宙を見つめることしか出来なかった。

 

 けれど。

 

 「何、これ?」

 

 握った拳を開けると、そこには見覚えのない鍵があった。

 

 ジジジ。

 

 「──あ」

 

 そう。そこには彼女(フィリア)の温もりが残った銀の鍵があったんだ。

 

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