たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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~セファールによる世界同化開始から約一年後~


革新

 

 世界のテクスチャの書き換えを始めてから、大体一年くらいが経過した。

 多分、外部から見れば、ただ私は突っ立っているようにしか見えないだろう。

 これでも地球に力の“根”を下ろし、同化作業を進めているのだ。

 この世界は広い。外側だけでなく、内側――概念的なもので何処にあるとか説明しにくい場所ではあるが――にも広がっており、それら全ての法則を上書きするというのは一大事業だ。

 神々の遺した法則も多い。これらを或いは引き継ぎ、或いは喰らって新たな力とする。

 みるみるうちに自分の存在は大きくなっていく。この体に還元していないため相変わらず全長は千メートル超で停止してはいるが。

 さて――ここで問題がある。

 こうして立っているだけで行っている作業だが、割と意識は自由となっている時間が長い。

 要するに、暇だ。どうしようもなく暇なのだ。

 あまり街を見下ろしているというのも人々にとってはやりづらいだろうし、基本的に私は反対側――海になりつつある地平か、空を見上げている。

 相変わらず、夜になれば星空はどうしようもない程に綺麗だ。

 星空を見上げるのは好きだ。無限の瞬きは夜の訪れから朝までずっと見ていても飽きない。

 しかし、昼は割と暇だ。今侵食している部分は文明もないひたすらの荒野だし。

 

 そしてセイちゃんも今日は来ていない。

 来ていれば一日などあっという間に終わるのだが、彼女も剣の腕を磨くという日課が存在する。

 私と対等であってくれるという面はとても嬉しい。

 それはそれとしてもうちょっと会いに来てほしい。

 ウサギ耳を持つものは寂しがりなのだ。そういえばこれ、耳でも何でもなく、機能すらないただの装飾らしい。なんだよ。

 

 ――そんな風な、日常的な悩みを抱えていたのだが、その時思い至った。

 使い魔作成という、この体が有する機能がある。

 自身の分身(アバター)を作成する能力だ。

 これによって私の要素を切り離して再構成を行い、分身であるマテリアルボディを作成、意識を遠隔で共有すれば、ここで立ったままもう一つの私が活動することが出来るじゃないか。何故今まで思いつかなかった。

 

 

 早速、自身から力などの構成要素をごく一部切り離し、それを操作して新たな形を組み上げていく。

 目指すのは一メートル六十センチほどの人型だ。

 手の上にある立方体は五十メートルはある。力の出力加減を間違えたようだ。

 だが、練習台にはなる。終わったらまた食べて還元すればいい。ここで良いものを作れれば、完成も近い筈だ。

 

 ――そうして出来たのは、黒い肉塊がいくつも組み合わさり、裂け目から無数の赤い目が覗く不気味極まりない触手のような何かだった。

 

 何故だ。何をどうしてこうなった。この体は一体何を受信した。

 縦に長くなったのは分かる。人型を作るために、縦長を目指して組んでいたのは事実だ。

 だがこんな、何を元にしたのかも分からない謎触手を目指した覚えはない。

 冷静になれ私。自分の分身となるのだ。もっと慎重に要素を操れ。

 機能の名称を確認し直せ。『使い魔作成』だぞ? 自分の分身にして使い魔だぞ? こんな悪趣味な使い魔がいて堪るか。そんなもの運用している輩がいたら絶対仲良くしたくない。近付かないでほしい。

 見たくもないので目を瞑り――本当は握り潰したかったが勿体ないので飲み込む。舌を、喉を通っていく感覚が絶望的に気持ち悪くて、もうなんか何もしたくなくなった。今日はここまででいいだろう。

 

 あまりに気落ちしていたのが見えたのか、セイちゃんが来てくれた。元気出た。明日から頑張ろう。

 

 

 次の日。昨日の反省を活かし、小さく、より小さく要素を切り離した。

 今度は二メートルちょっとほどの大きさ。まだ完成体とするには大きいが、二回目にしてかなりの進歩と言えるだろう。

 人型だ。私がこのサイズになったと想像するのだ。二メートル級セファールだ。

 縦長を意識しろ。柱にはしない。人体というのはもっとこう、芸術的だ。

 体のほかに手足があって、顔があるのだ、そう、こんな感じ。とても良い調子だ。

 

 ――そうして出来たのは、四方向に伸びる腕と、細い足、顔を縦に裂く大口を持った、光沢のある黒い体だった。

 

 だから何故だ。どうしたというんだ。もう少し理解できる失敗をしろ私。

 まずなんで腕が四つある。二つならまだ分かる。こんな広げたらプロペラみたいになる人体を私は知らない。

 あと、強度が足りず力なく曲がっている点はともかくとして足の形だけ無駄によく見えるのはなんなんだ。私は別に足に特殊な拘りを持っている訳じゃないぞ。

 で、口。ふざけているのか。顔に必要なのは口だけじゃないぞ。なんだこの占有率は。

 そもそもどうしてやたらと黒くしたがる。私の星空みたいな体を再現しようという無意識か? ならせめて青系統から攻めろ。黒から攻めるな。

 失敗だ。これは人型と呼ぶには抵抗があり過ぎる。斬新とかカリカチュアとかそういう問題ですらない。こんな新しいヒトのカタチ認められるか気色悪い。

 この形が許されるのだとすればケタケタとせせら笑って人類を滅ぼす化け物くらいのものである。そんなのこの世界に湧いてきたら全力で消し飛ばしてやる。

 ……腕の強度だけ結構しっかり出来てるな、これ。

 命令を送ってみれば、後ろの腕と足で体を支え、前二本の腕を上にあげひらひらと振った。白旗である。何故か気分が悪くなったのでこれも呑み込んだ。

 

 何とも言い難い後味の悪さのようなものを察してくれたのか、セイちゃんが今日も来てくれた。元気出た。明日から頑張ろう。

 

 

 それからおよそ一ヶ月。遂に納得のいく形の分身が完成した。

 人に比べて大きな手などを調整し、バランスを人に近付けた超小型の私である。

 身長、ぴったり一メートル六十センチ。理想的と言えよう。それに、この形状は記憶領域に保存したのでもう量産すら可能だ。

 最初の二つの失敗から、本当に苦難の連続だった。

 やっぱり黒くなった厳つい炎の巨人だの、頂点に枝分かれした角の生えたもふもふの毛玉だの謎の発明がいくつも生まれては消えていった。

 一度、私とは似ても似つかないが、感心するほどに美しい人型が出来た時はそれを採用しようと思った。

 長いブロンドの髪に穏やかな表情、何故か付属した色鮮やかな蝶の翅――あれではセイちゃんに会っても分かってくれなさそうだったので結局不採用としたが。

 

 まだ改善点はある。

 何より強度が足りていないのだ。自立するための最低限のものは有しているが、激しい運動などは不可能だ。

 しかし、その辺りはまた後でも構わない。これでようやく、私からセイちゃんに会いに行くことが出来るようになったのだ。

 意識を飛ばし、共有を行う。白い巨人としての私と、小さな私。どちらも正しく自分の体であり、二つを同時に持つというのはやはり慣れがいる。

 手の上で暫くその体を動かす練習を積む。

 歩いて、そして――

 

『――喋れる。完璧』

 

 これで大きさの壁というものも無くなる。動くのに不自由も無くなる。

 ちゃんと動けるようだし、セイちゃんと会う時は此方を主にすれば良いのだ。

 彼女も喜んでくれると確信して、そっとその体を下におろす。流石に飛び降りたら死ぬ。というか高いね、手の上って。え、なんでセイちゃんこんなん飛び降りて着地出来るの?

 

『よし、行く』

 

 ともあれ、これでめでたく人間サイズで地上を踏みしめることに成功した。

 人類の――訂正、白い巨人の偉大なる一歩である。この一歩は小さいが――本当に小さい、いつもの一歩の数百分の一だが、私にとっては代えがたい一歩なのだ。

 

 草花が足をくすぐり、木は私よりも背が高い。

 どこか、ひどく懐かしい感覚に浸りつつも、セイちゃんの小屋を目指す。

 この体で歩いてもさほど長い距離がある訳でもない。

 街のはずれの開けた場所にぽつんと立つ小屋――その近くに、その姿はあった。

 長年を共にした相棒たる聖剣を握り、振り上げて、振り下ろしてを繰り返している。

 集中している。邪魔するのは気が引けるが――駄目だ、抑えきれない。

 

『セイちゃん』

「え……ん――? へ、あ……は?」

 

 妙に多種多様な反応が矢継ぎ早に返ってきた。

 まあ、分かる。驚いているのだろう。そうなることは予想出来ていた。

 私はこんなことも出来るのだ。私だって成長しているのだ、と腕を組み、胸を張る。

 ――その表情が、何か、変わった気がした。

 

「……あー……なるほど。油断した。そっか。まあ、当然、いてもおかしくないですよね。いや、おかしくはあるんですけど」

『え?』

「あ、声が同じ――なら喋らなくて結構です。喋らないでください。喋ったら斬ります」

 

 なんだ? 空気が変わったぞ。

 発される何かは目の前の少女から感じたこともない冷たさ……もしくは熱さ。

 ごめん、分からない。私セイちゃんが分からない。今、彼女に何が起きているの?

 

「問いは二つ――いつ産まれたんですか? あと、父親は誰ですか?」

『――、…………ん?』

 

 聴覚がバグっているだろうか。何を喋っているかは分かるのに何を言っているかが分からない。

 いつ産まれたかは、多分七年前。父親は知らん。管理者の名前も消えていたし。

 そう答えるのは良いとして、何故このタイミングでそんなことを聞き出すのか。

 これは……あれだな。混乱している。錯乱かもしれない。

 ちょっと落ち着かせた方が良い。セイちゃんがいつもより変だ。

 

『セイちゃ――』

 

 しかし、その判断は少しだけ遅く――

 

「――セファール以外にセイちゃんと呼ばれる筋合いはありません」

 

 横に薙がれた一筋の閃きが、マテリアルボディを真っ二つに断ち切った。




■セファール
一乙。死因はマテリアルボディ試作型が聖剣使いにぶった切られたこと。
世界のテクスチャを塗り替え始めて一年が経過。空想樹より先に空想の根を落として地球を漂白した女。
暇だし聖剣使いも遊びに来てくれないしで寂しくなり、市井に出るためのマテリアルボディの作成を始めた。
本体の意識を共有するため、マテリアルボディとは完全な同一存在となる。
まだ人と同じ大きさである体の構築に難儀しており、そのサイズと強度の両立には時間が掛かるようだ。
ちなみに現在のマテリアルボディ、非常に脆弱で耐久値も人間の数パーセントという有様。
ただし害意のある攻撃に対しては強大なダメージカットが発生するようになっている。でも死んだ。

■聖剣使い
街のはずれ――セファール寄りの土地の小さな小屋を貰った。
セファールに一番近い場所というのは本人の希望であり、彼女の監視、そして最前線にいることで街の人々が安心するという理由。
軽くなった体を慣らすことに未だに苦心。ただ、聖剣がいきなり切れ味を取り戻したことは嬉しい。光らないけど。
色々な勘違いの挙句、遂にセファールを斬った。
事情はともかく成長は成長であり、革新である。この故事から後の世界では二十歳が成人の年齢と定められるようになった。(諸説あり)

■聖剣
取り戻す切れ味なんて最初からない。ないんだけどなぁ……。

■マテリアルボディ失敗作その1
裂け目から赤い瞳が無数に覗く黒い肉塊の柱。
あまりにも不気味なため、誰の目に入る前に口に含み、その感触に嗚咽を零しつつも呑み込んだ。世界最古の触手プレイである。

■マテリアルボディ失敗作その2
人型と呼ぶには斬新という域すら超越した新しいヒトのカタチ。
妙な美脚と腕の丈夫さが売りだが、腕を動かしてみたところ得体の知れない気分の悪さを覚えたので呑み込んだ。白旗……? 何のことでしょうか……。
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