テクスチャの上書きが無事終わり、後は“私の上に成る新天地”という法則が安定するのを待つのみ。
そうはいっても、それには上書き以上の時間が掛かるだろう。私が特別、何かするようなことはないが、十年、二十年――そんなレベルの気長に待つ案件である。
さて、こうして世界と私がイコールで結ばれたことで、全域の事象を大まかに把握できるようになった。
とはいっても、全ての情報をインポートしていれば私の演算能力でもパンクしかねないため、世界の“動き”を数値化――波が大きく動いたところを確認する感じ。
祈りや混乱……プラスでもマイナスでも、波は大きく揺れ動く。
それを確認していなければ、自分自身の状況把握というものすら出来ないのが申し訳ない限りではあるが、いずれは慣れていきたいものである。
大きな“うねり”さえ見つければ、そこに私の分身を投射することも出来る。
急を要することであればそうして直接私が対処出来よう。もっとも、使い慣れた分身は戦闘能力の伴わない人間サイズのものだし、それの投射さえだいぶ時間が掛かる。数時間――下手すると数日単位で。
歩いて赴くよりは何倍もマシだろうが、この投射速度も改善したいところだが……これは無理かなぁ。
もしかすると小型端末に高速飛行機能とかを付加した方が手軽かもしれない。
難儀なものだ。だが、これを乗り切ると決めたのだ。セイちゃんとの約束だからな、折れることはしないぞ。
――そんな決意で頑張る中で、そのうねりは起きた。
場所は私がいるこの国から遥かに西の方。あの辺り、あの剣を持った神とかロボット神とかと戦った場所だっけ。
随分と昔のことを思い出しつつ、ひとまず状況を確認。
何というか、それまで何もなかった場所に突然“存在”が現れたかのような。
異常事態であることは確実だ。この世界に“何か”が起きたというなら、私が全力で対処をしなければ。
私の本体が動くことも視野に入れつつ、反応の付近に端末の投射を開始。
そこへの投射は案外早く、二時間ほどで完了した。もしかすると、私の内にある――あの一件のあと、呑み直した――剣が土地と上手く作用したのかもしれない。
そうだとすれば二時間も掛かり過ぎな気がするが。集中したんだけどなぁ。
『――ふむ』
――という訳で、現地に投射した端末に意識の共有を行ったのだが。
困った。どうするべきだろう。
何せ、夜だ。セイちゃんもらむくんも眠っているだろう。相談できる相手もいない。
思わず、本体と端末、両方で空を見上げる。昼空と夜空、同時に見上げることの何とも趣深いものだ。
とはいえやはり夜空である。今日は新月か。ちょっと寂しい。
――はい、現実逃避終了。この“行き倒れ”と向き合おう。
しかしこれまた、妙な行き倒れである。
顔は人だがそれ以外は人じゃない。あの時のロボット神みたいな機械仕掛けだ。
ただ――神ではない、のか? そんな雰囲気は残っているように見えなくもないが、既に体からは失われているよう、そんな印象。
つまり、『元・神』のような。
ロボット神たちとは違い、人間と同サイズの大きさだし、ちゃんと大筋は人型だ。
そのせいか、どちらかというと、ヒーローもののようなパワードスーツに見えなくもない。
黒い体に走るか細い赤い光。私の本体みたいに前腕から先は大きく、指の先端が尖っているのはまるで獣を模したようだ。
そしてスカート型の装甲に、腕とは違って細い足。やはり指先は獣の爪のように尖っている。
たった一ヶ所、純粋な肉体に見える顔は当然のように整っている。黒髪を肩まで伸ばした少女のものだ。頭にくっついた犬のような耳に一瞬“ケモ耳仲間か”と思ったが良く見たらこれも機械だ。裏切られた。
目元は何やら四角いゴーグルで覆われている。
で、その傍に落ちているのは、彼女の私物だろう、ガラスで覆った炎がてっぺんに装飾された杖。
妙に惹かれるものがあるが、彼女のものだろうし手に取るのはやめておこう。私は良識と倫理観のある巨人(一メートル六十センチ)なのだ。
……しかし、目覚めないな。
なんだろう。ロボットだとしたら、電池切れだろうか。
電池切れと言えば最近自分があくまで聖剣のレプリカであることを忘れているように見える“あれ”を思い浮かべるが、この子もそういう理由で動かないのだろうか。
だが、電気で動いているというのは考えにくい。この世界、その類の技術を見たことないし。
であれば――魔力か。よし来た。
この端末は戦闘能力こそないが、構築の段階で結構な魔力を込めている。
そういう機会こそないものの他者に魔力を注ぎ込むなど、造作もない。
早速、手をその腹に置く。
やはり機械だからか――そこから感じ取れるのは冷たさだった。
夏場にはありがたいかもしれない。生憎、暑さ寒さを極端に感じる身ではないが。
そんなことを思いつつ、魔力を注ぎ始める。注文承った、
「――――ごっふ、ごぶふっ!? 何これマッズ!?」
『えっ』
突然飛び起きたそれに思わず後退る。
あ、赤い光が少し強くなった。活動再開の合図であるらしい。
「無理無理無理無理これ無理! 炉心再起動っ! 高速運転! 強制排出ッ! ――――」
なんかイメージと違う。こんなに喧しいとは思わなかった。
ぷしゅうっ、と放熱のように私が注いだ魔力を放出し、また停止する。
そりゃあ今動くためのものも吐き出し切ったらまた止まるのは当然だ。
で、暫くして赤い光が再び強くなる。目に痛いというほどではなく、適度な輝き。
どうやら自前の魔力炉心があったらしい。それを動かす最低限の力すら無くしてあの場に倒れていたのだろうか。
「――よしっ、体内の洗浄完了! 各機能の正常起動確認! 周囲に危険なし――」
……目が合った。多分。
ゴーグルの向こうにどんな瞳があるかは知らないが、此方に顔を向けて止まっているから多分私を見ている。
口を小さく開けて此方を見ていた少女は、やがてふっと笑みを零し、一度空を見上げたあと、私に体ごと向き直った。
「――――――殺せ」
『なんで?』
突然なんだ。自殺志願者でももう少し手順踏むぞ。
いや、その手の人物に会ったことはないけど、ここまで色々すっ飛ばしてこんなこと言ってくる輩、彼女以外にいまい。
「なるほど、合点が言った。白き巨人からすれば私は侵略と蹂躙の手より逃れた餌に過ぎないが、ゆえに一度皿に乗った
なんか語り始めた。
私の事は知っているみたいだけど、これ聞いておいた方が良いやつかな。
「許せよ、母艦カオス。我らの使命は終わった。母星への愛とこの星への愛、どちらを切り捨てるにしても、その決断は百年遅かった。信仰に甘んじ、仮初の生を謳歌して考えを止めた我らへの罰さ、これは。反抗も恭順も隠遁も、我らには与えられていない。ゆえに私もここまでだ。あとは白い巨人に運命を委ねようさ。この身、如何様にも喰らうがいい。……出来れば痛くないようにパクッと一口で行ってもらえると嬉しいですお願いします後生ですから!」
『頭大丈夫?』
「セファールに気遣われた!?」
心配せずにはいられない。
長々と何かに向けて言葉を投げていたと思ったら、突然“私を好きにして!”とか言われても正気を疑うことしか出来ない。
あとブレすぎである。気高いのかチキンなのかどっちかにしてほしい。
「わ、私を食べに来たんじゃ……」
『いや別に。急にここに今までいなかった存在が現れたから見に来ただけ。で、貴女が倒れていたから魔力を注いだら起きるかなって』
「わーいセファールが助けてくれたー。踊り食いがお好みなのね! 残虐! 野蛮! アレス! ……ん? ちょっと待って、アレスの神気が残って……ヒィ!? 剣飲んでるこわっ! セファールこわっ!」
む……もしかして剣の神と知り合いなのか。
どうしよう、思った以上に厄介な案件かもしれない。
予想するに彼女は元・女神だ。もう既に、この世界に神がいないことは確認できているので、どういう理由かで難を逃れたのだ。
本気で困ったな。こういう場合、どうすればいいんだろう。
神が敷いたテクスチャは全部張り替えてしまったし、多分、もう一度この少女が女神に戻ろうとしてもうまくいかない。
『……生き残りがいると思わなかったけど、別にもう、積極的に手に掛ける理由はない。だから、一旦落ち着いてほしい』
「え……えぇ……? じゃあなんでまだこの星にいる訳……? ――嘘ォ!? 神代終わってるぅ!?」
動揺しつつも、少女は何やら杖の炎に目を向け、また騒ぎ出した。
うるさいなこの子。全部私が悪いんだろうけど、これが果たして元でも女神だったのかと思わずにはいられない。
「ん? ん、んん……? ……セファールが神々だけを残さず捕食して……世界と同化して運営を始めた? ごめん意味わかんない、統一言語でOK」
『……』
傍から見れば杖を揺らしながらその先の炎と会話しているやばい人である。
あの炎に何が見えているのかは知らない。
或いは今わの際に、あの炎の揺らめきで温かい幻でも見ているのかもしれない。え、死ぬのこの子。
「……貴女、本当にセファール? 間違いなく遊星の尖兵?」
『セファールであることは間違いないけど、後半のはよく意味が分からない』
「おいヴェルバー! おたくの
今度は空に向かって叫び始めた。中々に情緒が不安定だ。
ところでヴェルバーとは。もしかして私の管理者か。もう別の存在意義が出来ちゃったしどうでもいいけど。
「くっ……もしかすると物凄い厄介な世界に取り残されたかもしれない。うわぁ、“生きろ”って。ポジティブな自分の演算機能が今日だけは恨めしい」
『……ところで、一つ聞きたいんだけど』
「何よ。仲間なんて残ってないわよ。それとも母星の場所? 残念でした、それを出力する権限は私には」
『名前は?』
「呑気か!」
だって、このままどうこうするにも名前を聞かないとやりづらくてしょうがない。
適当に仮の名前でも付けてみようか。
悲惨なことになるぞ。ロボ子ちゃんとかがお望みか。
「……いいわ。名乗るわよ。こういう手合いは要求を無視すると面倒だもんね」
弱気だったり驚いてばかりだったりするがこの子、割と普通に失礼である。
たかが自己紹介に何だか覚悟を決めるように一度深呼吸をした少女は、そのゴーグルを左右の耳当てのような機械に収納した。
やっぱりあの頭にある犬耳っぽいやつ、飾りなんだろうか。
ゴーグルの下にあったのは、赤黒い瞳。恐怖と強がりと――そして矜持が見て取れた。
「ティターン神族の裔。新月の魔女。冥府の案内人。星を照らす導きの一灯。――私はヘカテ。三叉路のヘカテよ」
■セファール
テクスチャの上書きが完了し、世界とイコールになった。
それに伴い、世界中の観測が可能になったが、それを引き受ける演算能力はないため、大まかな波を読むだけに留まっている。
また、任意の場所に端末の投射を行えるようになった。こちらは時間が掛かり、離れた場所だと数時間から数日掛かる。
そもそもセファールとは世界を蹂躙するだけの存在であり、世界そのものとなり理を司るほどの力は持っていないため、これらはどうしても不向きなのだ。
彼女の魔力は絶望的に不味いらしい。
■ヘカテ
Fate的にはメディアやキルケーの魔術の師といえばポジションが分かりやすいだろうか。
魔術女神ではあるが腕っぷしも決して弱くない。汎人類史においては巨人たちとの戦いであるギガントマキアにおいて、オリュンポスの神々と共に戦列に並び、松明で巨人を倒している。
本作において、オリュンポスの神々はセファールに捕食されている。
聖剣使いを救うために縁を手繰り寄せた際、オリュンポスに名を連ねないギリシャの神性も軒並み釣られていたが、たった一柱、彼女のみがとある手段で逃げ果せた。
その後、何だかんだで躯体の魔力炉心すら動かせなくなるくらいの魔力切れに陥り、セファールに発見されたのが今回。
機械の躯体を持ち、顔だけは人のものだがそれもそう見えるようにしているだけ。
なお、既に信仰は潰え、その神性は失われている。
気付いたらセファールが世界を変えていた。謎過ぎる世界に取り残され、既に意味が分からない。古い異星人の常識というゴーグルではこの世界は覗けやしないのだ。
余談だが上述したギガントマキアは型月世界においてはセファール案件らしい。なんなん。