……。
……うーん。
大丈夫、覚えている。ちゃんと記憶している。らむくんのフルネームだって一発で覚えられたのだ。
私の記憶力を侮ってはならない。
『――えー。ティターン神族の裔新月の魔女冥府の――』
「それ全部繋げて一つの名前じゃないわよ! 称号! 別名! 通称! 駄目だまるでこの星の文化を解していないやつが世界そのものになってる!」
おかしいとは思っていた。
明らかに名前が長すぎないか、これでは友人に呼ばれる時も大変だろうと。
しかし、そうだとすれば何故わざわざ称号やら別名やらを一緒に名乗ったのだろう。
私はただ、呼ぶのに困らない名前を聞いただけなのに。
「今のは位が高い者の嗜みなのよ! 自身を示す名が多くあること、即ち偉業と信仰を積み上げた証!」
『見栄か』
「一言で切って捨てられた!? ええそうよ見栄よ! 極論してしまえば単なるかっこつけよ!」
なるほど。そういうことなら分からなくもない。
しかし、そうだとしても多すぎではないか。
代表取締役社長、何とかです、みたいに代表的な一つだけならまだ分かりやすいと思うのだが。
私だって白い巨人って呼称があるけど、自己紹介するならセファールだけだぞ。
「貴女も最早世界と一つになったんでしょうが! これからはこういうのも考えとかないと侮られるわよ!」
『例えば?』
「へ? ……そ、そうね……」
そんなの考えるの大変だろうと尋ねてみれば、彼女は口元に手を当てつつ、また杖の炎を揺らしてそれを見やる。
あれ、カンニングペーパー――カンニングファイヤーか何かなんだろうか。
「……あー……こほん――『我は白き巨人。神代の終焉。
『了解した。次からはそう名乗る』
「やっべえくらい余計なことした気がする!」
うむ――イメージしてみると、中々どうしてかっこいいのではないか。
今度セイちゃんとらむくんで予行練習してみようかな。
自分の名前で考えてみると、なるほど、仰々しい前置きが増えるほど名前のインパクトが増す気がする。
これは彼女に感謝しなければならない。
今後何度使うかは分からないが、こんな名乗りを考えてくれた彼女は恩人だ。
……ん?
『それで、名前は?』
「ヘカテ! ヘカテよ! 凄い! すっごい経験! 名乗り直すとか考えたこともなかった!」
『うん、覚えた。よろしく、ヘカテ』
うん……? よく考えれば、誰かを呼び捨てにするのは初めてではないか。
というか名前を知るということすらなかったのだが。
「……そうね、二十点。“様”を付けた方が良いわよ。畏怖と崇敬を込めてね」
『へかてさま』
「……? もっかい“様”外してくれる?」
『ヘカテ』
「…………“様”付きでもう一回」
『へかてさま』
「なんでよ!?」
何がだ。情緒不安定過ぎてそろそろ怖くなってきたぞ。
もしかすると、倒れた時に頭でも打っていたのではないだろうか。
先程の『頭大丈夫?』が効いてくるかもしれない。
『……多感な時期か』
「哀れむな! 少なくともあんたよりか遥かに年上よ! ん……? いや、尖兵の作成自体はずっと前に終わっていた可能性も……? ね、ねえ、あんた生まれて何年?」
『とりあえず目覚めてからは十一年』
「多感になる前の時期じゃないか」
セファールに思春期も何もないと思うけどね。
まあ、年上だと言い張るのならそういうことにしておこう。
これ以上指摘しても面倒なことになるだけだ。
「絶望的に馬鹿にされている気がするのだわ」
『めっちゃ気のせい』
「あんたその外見でやけにフランクなの怖すぎるからやめてほしいんだけど」
少なくとも、巨人である本体よりは親しみやすいと思うんだけどなぁ。
確かに、瞳は何だか無機質だし、喋っても口は動かない、宇宙人を思わせる無表情の権化である。
とはいえ、せっかく人と同サイズの端末なのだ。どちらかというとマスコットキャラ的な親しみを抱いていただきたい。
キュートなウサ耳も付いているぞ。仲良くしようじゃないか、ケモ耳仲間よ。
「……頭のこれ、各種連絡の送受信を目的にした変換デバイスであって耳じゃないからね」
『――なんで考えていることが分かった?』
「自分の耳触りながらこっちの頭見てたら嫌でも伝わるわよ」
セイちゃんのように視線だけでツーカーが通じることはないらしい。
ちなみにらむくんはまだ発展途上。伝わる精度としてはセイちゃんの三割といったところだ。
というか、なんでそもそも視線で分かるんだろうね。逆にヘカテには伝わらないことに安堵した。
――しかし、あまりにもツッコミが来ない。
彼女が元・女神であるならば、彼女が知っている私は巨人である。白い巨人って言ってたし。
だというなら、この場にいる私のこの姿は不思議ではないのだろうか。
それ以前に、私とこの世界の状況を割と知っている風だった辺り、何か仕組みがあることは確実だが。
そんなことを聞いてみれば、ヘカテは頭痛を抑えるように己の眉間を指でぐりぐりしつつ説明してくれた。それ逆に痛くならない?
「これよ。不明を照らす灯火」
杖が再び揺らされる。やはりかカンニングファイヤー。
「過去の編纂、現在の観測、未来の保障。千里の先の闇をも明かす標の火。まあ、あまりに遠い過去や未来は照らし過ぎると理解を超えて脳も体も焼けるけどね。試してみる? 果てまで照らせば、死ぬ前の一瞬だけど、“すべてを
『丁重にお断りする』
「賢明ね。セファールのくせに」
人の手にも余れば巨人の手にも余る。そういうのは使い方を分かる者が適度に使ってこそだ。
現在を見通すって点については、私も似たようなことは出来るしね。
それでさえパンクしかねない情報量だというのは知っているのだ。過去や未来なんて考えるまでもない。
「だからまあ、今私の前にいるのがセファールの端末ってのも、神々の希望だった筈の聖剣使いと親睦を深めているのも、アポ――こほん、
『おお、凄い。素晴らしい。ところでどうやって生存を?』
「いいわ、凄くて素晴らしい私が説明したげる。まあ、簡単な話よね。体を分けて神性のない“人格”を作ったのよ。かつ冥府に籠って見つからないよう隠れていたわけ。残りの“私”は例外なく貴女に蹂躙されたし、残っているこの私も昔の力なんて殆ど使えないけど」
ちょっと煽ててみたらペラペラ話し出したぞ。ちょろくないかこの子。
えっと……つまりは女神が神じゃない自分を作っていて、そこの部分だけ生き延びたってことか。
で、冥府ってのが具体的にどこかは知らないけど、私がテクスチャの上書きをした際に世界の裏側とかも全部検めたから、逃げ場がなくなったと。
そうして電池切れ――魔力切れを起こしたのは、まあ追求しないでおいて、たまたまこの日、かくれんぼに限界が来たのだろう。
「――それで。貴女は私をどうするのよ」
自虐していたヘカテは、そのぐったりとした気分を振り払うように首を振った後、話題を変えた。
『どうするって?』
「どうあれ神は全滅して、世界は変わった。そこに現れた元・女神。私では単独の星間航行は出来ないし、何より貴女が旗艦の性質を喰らったことで、少なくともデータ上、私の
『そうなの?』
「そうなの。だから――再起動の恩義で恨みつらみには一旦目を瞑る。私の標が照らすべき道を指し示す役割を、貴女にあげる」
星間航行だの旗艦だの――ところどころの言葉は神とは結び付きにくいものだが。
少なくとも今の彼女は、かつての在り方を貫き、既に私の内にあるものに従うべきと判断したらしい。
――そこに、私が抱く罪悪感はない。
既にそれは私にとっては決意に変わっており、それも含めて進むべき道を定めたのだから。
ならば、私自身が標を欲することはない。私が彼女に何かを求められるのなら、やってほしいことは一つだけ。
『――――人間』
「人間?」
『人を、導いてほしい。神がいなくなった世界で、今は私が拠り所の受け皿になっているけど、そこになんの加護もないってすぐに気付く。だから、“神様無しでも人々が生きられる”ように、ヘカテが与えられるものを与えてあげてほしい』
そうすれば、私という世界の上で、人は強く生きられるようになる。
私は本当の神ではないし、祈られたところで出来ることなど限られている。
喰らった神々の力をそのまま受け継いでいる訳ではない。ゆえに世界から既に万能という概念は消えているのだ。
私の信仰をらむくんが進めてくれているけど、結局は人それぞれに強さが必要になる。
人の導きを得意としているならば、ヘカテ以上にこれを任せられる者などいまい。
「……なんだかなあ。本当に、わけわかんない。セファールがそこまで人間好きになって、人間の文明を残した理由だけは、どうやっても見えない」
『……それは』
「言わなくていいよ。この炎の扱いは無意識下で全て理解している。その私でも炎の先にそれが見えないってことは、つまり知るべきじゃないってこと。残る筈のなかったものが残った。セファールに起きたバグは、この星最大の幸福かもしれない」
――本来、人も神も、この世界の文明は全てセファールによって蹂躙される筈だった。
私というはじまりに何があったのかは、本当に分からない。気付いたら私はセファールだったし、それより前に何があったのかも、もうぼやけていて判然としない。
一つ言えることは、私はかつて人であったから人に手を出さなかった。ただそれだけ。
だが、本来の――私の知らないセファールを知る者からすれば、その
「やってあげるわよ。元々それが私の役目。もう女神ではないけど、その
『――ありがとう』
「私が持つ“力”と、私たちが持ってきた“智慧”。渡せるのはその二つよ。人間が上手く使えばあとは勝手に進歩するし、利己に走れば貴女の上で人間は滅びる。そんな争いの種をくれてあげる」
『大丈夫。間違えそうになったら、私が止める』
「滅ぼすじゃなくて?」
『止める』
「……あっそ。なら、加減せずやるわよ。もっとも、“偉大なはじまり”はいないようだし、それが世界の理として染みつくまで何千年掛かるかは知らないけどね」
それでも、ありがたい限りだ。
本来ならただ、憎悪か恐怖かの対象にしかならない私に、そんなに長い間、力を貸してくれるなんて。
何千年の先――望むところだ。その先で、強い人間の時代が来るならば。
――こうして、黎明の導き手たちは巨神王と出会った。
あらゆる不可能を可能に叩き落とす、世界の運命にして希望。其は、聖剣使い。
全ての不可能の行き先を封じた、世界の指導者。其は、日輪神官。
遍く不可能を否定した、世界の開拓者。其は、新月の魔女。
新天地の歴史、その最初期の出来事。
人に新たな信仰が芽吹き、“力”と“智慧”を学ぶ。
ただし信仰に愛はなく、学習には信念がなかった。
それはある時、決定的に変わる。単なる、些細な偶然。無限無数の星々で、たまたま選ばれたのがここだった。
この世界における本当の人類史のはじまり。終点まで続く戦いの、最初の一ページ。
この黎明から千年後。紀元前一万一千年。
魔獣の一つも近くに生息しない、穏やかな村に、翼の折れた黒い星は落ちてきた。
まだ人は弱く、
人は純粋で、
人は優しかった。
■セファール
前半のやつは終章のゲーティアが正体を現した時「我が名は――」みたいなくだりで名前を言うまでやたら前置きが長かったとかそういうアレ。
聖剣使いの語ったように、「加護がある」と思い込ませることは出来ても、実際に加護を齎すことは出来ない。
セファールとは即ち破壊であり、蹂躙なのだ。
ゆえに、人間には等身大の導き手が必要だった。
想いの行き先を指し示す友は出来た。そしてここに、力の行き先を照らす魔女と出会った。
あとは、立ち上がった人々が走り出すための、最後の後押しだけだ。
■へかてさまヘカテ
ギリシャ神話における良心の一つ。ギリシャの冥府にはまともな神が集うのだ。
三叉路の別名の通り、三つの顔、三つの側面を有し、セファールの蹂躙から逃れるべく三つの手段を行使した。
その結果“神性を放棄し、かつセファールの手が伸びにくいと判断した冥府に引き籠る”という方法で三分の一のみ生き延びる。
そして外との繋がりを遮断してひたすら気配を消し節約生活を送っていたのだが、テクスチャの上書きで冥府もまた検められ、隠れていた位相のバランスが崩れ、暫くの抵抗も空しく外に放り出され、その際の衝撃で炉心が緊急停止し行き倒れとなっていた。
その杖に灯る炎は万能的な千里眼に近い。
過去、現在、未来の不明をその炎を通じて照らすことが出来る。
ただし遥かはじまりの混沌も、遥かおわりの真理も、少なくともこの地球が受け入れることが出来る知的生命体には遠すぎるもの。
果てが見えるのは一瞬。そのすぐ後には理解を超えた脳も肉体も焼け落ち、“何かを見た”事実も消えてなくなる。
ゆえに汎人類史のギガントマキアではこれを用いて巨人に一つの真理を見せ焼却した。同じく参戦していた運命の女神モイライはブチギレた。
常識的で生真面目、内向的かつ能動的という本来不要な苦労を背負いまくる性格。
汎人類史では魔女の母と称されるほど魔術師の育成に長けており、それはこの性格ゆえの面倒見の良さもあってのこと。
弟子がどいつもこいつも大成した一方で、結局惚れた腫れたで面倒臭いことになった。恋を知らないため、男を見る目と恋愛神の悪戯から逃れる方法を教えられなかった自分をひどく情けなく思っている。
この世界においては、同じ使命を持った機神たち――もちろん、その他の神話体系の神々も――を救えず一人生き残ったことに大きな後ろめたさを感じており、かといって理の変化した新天地に住まう人々を見捨てられるほど外道でもなかった。
人々からの信仰が既になくとも、この身は命を終わりまで導く灯火。ゆえに、彼らの未来を明るくするため、神々の遺したものを世界に刻むため、己の全てを捧げることを決めた。
――果たして、セファールは彼女の生き様に合致する要求を告げ、契約は成された。
ヘカテ個人が齎す“力”と、彼女の神話体系が齎す“智慧”。
後者はヘカテがおらずとも、いつか辿り着くだろう。それが数千年早まるだけだ。
だが、前者のそれは決定的にその後を変えた。汎人類史のように、人の王が見せ、人の王が確立した本来の力とは在り方が別物であるからだ。
■この星最大の幸福
地球「お前それ本気で言ってるの?」
本作、あまり長くするつもりがなかったので要所のプロットしか用意していないのですが、それだと新キャララッシュとか、数千年一気に飛んだりとかになりかねないという。
ぐだぐだと日常を垂れ流すのも苦手なので、匙加減に悩むところ。