ウルト兎様より、今度は異聞帯のシンボルイラストをいただきました!
本作のタイトルページに掲載しておりますので、よろしければ。
「北欧神話について語りましょう、オフェリアちゃん」
『突然どうしたのよナジア』
強制的に通信を中断させられた会合の日から五日。
とりあえずあの次の日にもう一度場を設けてもらい、改めて異聞帯についての報告会を行った。
ベリルが概要くらいは話してくれていたようだ。ゆえに、第一声はカドックの「あんたの異聞帯、セファールと聖剣使いが和解した世界って本当か?」だった。
それを既に知られていたら、精々侵略種くらいしか話すことがない。
ベリルめ。これを知って驚く顔は私が見たかったのに。
さて、今日の通信はオフェリアとの一対一だ。
聞いた限りでは、彼女の異聞帯はやはり北欧の地に相応しい。
であれば、彼女に問うほかあるまい。元より彼女は北欧の古き民に縁のある家系であるらしいし、相談相手としてはこれ以上ない。
「いえ、何というか、こっちの異聞帯も北欧神話に通ずるところがあって」
『ああ――セファールだっけ。そうよね、あの巨人を中心に繁栄したなら、こっちに近くてもおかしくないわ。その発端が一番おかしいんだけど』
「違いない。でも、知っていたのね。セファールが北欧神話に影響していたこと」
『へ? え、ええ――ちょっと、ね。あー、そう、私の騎士に聞いたの。大神オーディンがセファールの亡骸――その破片からテクノロジーを得て鋳造したのがワルキューレだとか』
――いや、気にすまい。
今回は私は仕事外モード。あくまでも雑談であり、オフェリアの異聞帯の情報を探る目的はない。
相手の一挙一動への分析を停止。どちらかと言うと此度情報を与えるのは、此方なのだ。
「そうそう。ただ、今回聞きたいのは、ワルキューレについてじゃないのよ。というか、本来セファールに関わる存在じゃない筈なんだけど」
『へえ。一体誰?』
「大英雄シグルド」
『ッ――――ん、んんっ! すぅ……はぁ……シグルドね、ええ。何を聞きたいのかしら』
良かった。知っていたか。まあ、知らぬ筈があるまい。
ヴォルスンガ・サガに語られる、邪竜を打ち倒した北欧世界最大の英雄。
討伐した竜の心臓を喰らい、無限の叡智を手に入れた戦士。
北欧世界からサーヴァントとなる英霊を選ぼうというのなら、まず真っ先に名前が挙がるだろう彼。
その他についても聞きたいことはあるが――今まで手に入れたこの異聞帯の情報の中で、こればかりは私が常識だと思っていたことが見当外れではないか確認しておきたかった。
「ひとつ、シミュレーションしてみて」
『……? え、ええ』
「まず、サーヴァントとしてシグルドが召喚されたとして」
『ッ、こほっ、けほっ……!』
「オフェリアちゃん? 調子が悪いなら、出直そうか?」
『んんっ……大丈夫よ。こっちの異聞帯は寒いから。風邪の兆しかも、ええ。手短に頼めるかしら』
「……そうね。なら、手短に。シグルドの逸話から、宝具として考えられるものって何がある?」
とりあえず、一瞬分析を再開し、オフェリアから風邪の諸症状が見られないことを確認してから、尋ねた。
オフェリアは怪訝そうに首を傾げる。
まあ、質問の意味は分からないだろう。
聞かずとも、シグルドの伝説であれば宝具に相応しい逸話など多くある。それでも、専門家からの意見は聞いておきたかった。
『……クラスにもよるけど。魔剣グラム、竜の心臓を口にして得た叡智、愛馬グラニ辺りは固いんじゃないかしら』
「そうよね。――そうよね。安心した。シグルドってのはそういう英雄よね」
『何があったのよそっちの異聞帯……』
心の底から安堵する私に、オフェリアは異様なものを見る目を向けてきた。
いや、本当に不安だったんだぞ。
この世界は――はっきり言う、おかしい。おかしいが過ぎる。
ここにいると汎人類史で培った私の知識の、何が正しくて何が間違っているのか、その境界線すら曖昧になる。
何があり得たかもしれない人類史だ。こんなの異世界だ。空想だ。ファンタジーだ。たとえセファールが生存する世界があったとて、こんな世界になるものか。
そう――己が正しいのだと信じていないと、バグる。この人類史に染まってしまう。助けて。
『……そっちの異聞帯には、つまり汎人類史の伝説とは違うシグルドがいるってことよね』
「ええ……三千年前、ラグナロクと呼ばれる大戦で数多の侵略種を撃ち落とした、今も生き続ける、聖剣使いに次ぐ人類最強の戦士、らしいわ」
『――――?』
うん、そういう表情になるよね。分かる分かる。
一体今の説明の何処に、その人物がシグルドだと特定できる要素があるだろうか。
ない。何処にもない。強いて言えば“人類最強の戦士”の部分で特別彼という英雄に愛着のある者が名前を述べるだろうというだけだ。
ラグナロク――北欧神話における終末。
人も世界も何もかもが蹂躙され、神さえその例外ではない最終戦争。
この異聞帯には、それと同じ名を冠する戦争があった。
いや、正確には“ラグナロク”とは発生した現象の方を指す名前であり、それに立ち向かった大戦は“ラグナロク戦線”と呼ぶらしいが。
今から三千年前、紀元前一千年ごろに発生した、侵略種の大量襲来現象。
それ以前の約一万年間に現れた総数をたった七日間で超越し、なおも途切れぬ飛来する星々は流星雨の如し。
セファールと聖剣使いだけではない。それまでに用意された侵略種への迎撃手段全てを稼働させ、動ける者全てが動くことになったこの異聞帯最大の戦い。
地響きと絶叫は絶えず、迎撃の輝きが夜さえ明るく照らし続ける、世界の誰もが一秒後の死を覚悟しながらも生き抜いた悪夢の時代。
既にその時代、人間は強かった。
自分たちこそが世界を守るべき存在だと自覚し、そのための機構は用意されつつあった。
一騎当千の戦士というものもちらほらと現れ、“世界を守る”という命題の下、その力を結集していた。
空を翔ける白鳥の群れ。地を駆ける騎馬の群れ。それらを筆頭として世界は守りの戦いを続け――その戦乱の末期、限界を超えても諦めぬ戦士が生まれた。
一騎当千など生温い。何万の星を撃ち落とした戦士、それがシグルドだという。
滅びに抗う戦いの中で、セファールや聖剣使いの手にすら余る悪夢の中で、誰よりも英雄らしくあった者。
ゆえに彼に向けられるものは、信仰ではなく尊敬。
人である以上、誰しもがそれに至る可能性を持つ――辿り着ける戦士の頂点として君臨し続ける者こそ、この異聞帯のシグルドだ。
『――なるほど。ファンタジーね』
「ファンタジーでしょ」
ざっとシグルドの概要を話してあげれば、四割くらい理解を放棄したような、どこか明るい顔でオフェリアは言った。
共通の見解だ。オフェリアはクリプター屈指の真面目人間だ。やはり私は正常だった。
どうするんだこれ。たった一人の、この異聞帯の重要人物のほんの概要を調べるだけで、一体何度エラーを起こせばいい。
まだ聖剣使いとも、異聞帯の王とも謁見出来ていないというのに。
「――いやあ、確かに。あたまのおかしい……じゃなくて、奇妙な人類史もあったものですねぇ」
その時、私の真後ろから聞こえた声。
いや、知っていたからな。部屋の扉を開けたの丸聞こえだったし。
『ッ――コヤンスカヤ!? どうして――』
「ええ、ロシアに行く前にそれぞれの異聞帯を見ておこうかなと。今度北欧にも立ち寄らせていただきますので、その時はよしなに」
異聞帯を渡り歩く権限を持った、クリプターよりかは異星寄りの存在。
彼女に対しては――よく分からない。
人を弄ぶことを至上としている、クリプターさえ例外ではない、というのは分かるが――どうも底知れなさがある。
キリシュタリアに今度見解を聞いてみようかな。というか……え、コヤンスカヤここにいるの? この異聞帯に?
「……コヤンスカヤちゃん、貴女、ここに来てどれくらい?」
「そろそろ十日くらいになりますかね? この世界、技術の方向性はとんでもなく面白いけど、人が皆覚悟キメちゃってるのはよろしくありません。転がってくる
「貴女の所感は気になるけどまた後で。とりあえず、異邦人証明どうしたの?」
「へ? 異聞帯の王に会いに行ったら顔パスで解除してくれましたけど……」
「――は?」
解除? 延長じゃなくて、解除?
え、つまりこの世界の住民として、いわば永住権を認められたってこと?
待って、また分からないことが増えた。何それそんな特例知らない。
そんなものがあるとして、なんでコヤンスカヤに? 私より遥かに危険人物でしょ?
「……一体、どうやって……」
「ですから、王に会って話しただけですって。向こうの言っている事はよく分かりませんでしたが、そこはそれ。ああいうトップに顔を知ってもらうのは良いこと尽くめ。ナジアさん、貴女ならよく分かる筈では?」
「それが簡単に出来たらこんなに苦労してないわよ……」
なんだ……? 私が駄目でコヤンスカヤなら良い理由は……?
「ふぅん……? なんでしょうねぇ。同じ異邦人でそこまで際立った差別をする方には思えませんでしたが……」
「……その辺りも調査しなきゃか。とりあえず、ありがとオフェリアちゃん。こっちが異常中の異常であることを再認識できたわ」
『え、ええ……あー……そうね。さっきの話、もうちょっと詳しく知ることが出来る文献とかない? 私の視点から分かることがあるかもしれないし……』
「ああ、そうね――どうにかしてそっちに送れないかな……」
本をスキャンして送るのは、この通信回線だけだと難しい。
コヤンスカヤに頼むと幾らつくか分からないし、キリシュタリアのところのカイニスに宅配なんて頼んだら間違いなく激怒される。
となると、何か……。
「――私が北欧行くとき、ついでに持っていきますよ。ある程度の持ち出し許可は貰っていますし、それをオフェリアさんに貸し出すくらいなら、お金を取るまでもないでしょう」
「…………」
『…………』
「はーい『何言ってんだこいつ』みたいな視線はそこまで! ナジアさんの
……どういうつもりかは知らないが、この世界の兵器を持ち出させる訳でもなし。
本を一冊渡すくらいならいいか。いい、のか?
良い筈だ。オフェリアにも気疲れが見えたしな。これを読んで……もっと疲れそうだ。
何せ――
ラグナロク戦記。著者、シグルド。
――本人が自伝も兼ねて執筆した代物なのだから。
■ナジア・A・ハーウェイ
少しだけエラーに対する耐性が付いた。
しかしその耐性そのものを異常事態と捉えてしまい、正常な認識能力を取り戻すためにオフェリアに縋った。
この世界を知ろうと頑張っているが、未だに聖剣使いにもセファールにも会えていない不憫属性。
■オフェリア・ファムルソローネ
「先程から、何を読んでいるオフェリア」
「……黙って、セイバー。集中――そう、集中しているの」
「クク。ただ集中しているだけでそうはならんぞ。奇人の記した怪文書を読むが如き曖昧な表情。思わずお前の背後に宇宙を想起したほどだ」
「意味が分かりません。……セイバー。これは例なのだけど、フェンリルが人間と共闘して世界を守る話があったとしたら、どう思う?」
「――――?」
「あとはロキも。その悪辣な知恵を人間のために使い、守るべき世界を守るっていう話」
「――クク、少し休め、オフェリア。これは俺からの善意というやつだ。一日、何者にも邪魔されず、心を穏やかにして眠るがいい。案ずるな、この部屋には誰も近付かせん」
「……今日ばかりは、そうしようかしら」
■コヤンスカヤ
毎度お馴染みNFFサービス。最近バスター宝具に連発の概念を与えたやべーやつ。
単独顕現による侵入も勿論異邦人判定を受けるが、異聞帯の王に会ったところ即座に解除された。
基本的に滞在期間の延長はあっても、異邦人証明自体が消えることはない。この対応は、“今後何度世界の外に出て、またこの世界に訪れても、異邦人証明は発行されない”ということ。
それも含めてあまりにもあたまのおかしい世界過ぎて、彼女としてはあまり好きではない模様。
誰もの思慕が縺れ合い、別の方向性を向いているからこその人間だ。人間が人間である限り、全てが同じ方向を向く群れは作ることが出来ない。
完成された世界かもしれない。醜悪ではないかもしれない。だが、気持ち悪い。彼女にとってこの世界は悍ましくて仕方ない。
誰もが信じる終末は、虚飾で満ちたものになる。彼女はこの世界に来たその日の内に確信した。
あんなにも吐き気を催す歪んだ愛、純粋に過ぎる矛盾が、美しい末路など迎える筈はないのだから。
■シグルド
太平洋異聞帯におけるシグルド。存命。
聖剣こそ人間の輝きの至上たる世界において、魔剣をもって名を轟かせた戦士。投げない。