Q.異聞帯強すぎない?
A.別に他の世界と競うために発展していた訳じゃないし……。
Q.もっとパワーバランス考えてあげて。
A.異星の神に言え。
この世界は異聞帯である。
あり得た“かもしれない”人類史である。
そういう前提の上で生まれた、一種のファンタジーである。
そう、全ての思考に前提として情報を追記してからは、ある程度この世界の歴史も受け入れることが出来るようになっていた。
先入観を捨てることこそ肝要。これが出来なければ、いつまで経ってもエラーを起こす日々は終わらない。
ああ――だからキリシュタリアはこの異聞帯を私に任せたのだ。
人が先入観を捨てるには時間が掛かる。その点、私であれば、必要であれば一旦思考から外すというのは機能の一つだ。
その上で新しい知識を詰め込む。この異聞帯の住民、その一人となった気分でいるのだ。
私は遂にこの境地に達した。再臨だ。新ナジア・ハーウェイだ。
「……なるほど。やっぱり、神霊がまともに残っている訳じゃないのね」
コヤンスカヤが今、何をしているのかは知らないが、一応彼女には既に『ラグナロク戦記』を渡している。
その内あれはオフェリアの下に渡り、神々の黄昏の名前だけを借りた防衛戦争は彼女に知れることとなるだろう。
あの内容は頭に詰め込んだものの、私はどうも気になっていた。
『ラグナロク戦記』はシグルドが己の視点からラグナロク戦線を綴った内容が主となっている。
前書きによれば、この本には戦線の犠牲を歴史が忘れぬようにという目的もあるらしい。
であれば、作中に登場する、彼が寝食を共にした同僚や親友、部下といった者たちの名は実名だろう。
しかし――だからこそ不思議な点がある。
この戦線において多大な戦果を挙げ、間違いなく英雄であったと彼が断言しているにも関わらず、シグルドのように巨神王から直々の祝福を受けることもなく、この後の歴史に一切描かれていない、まるでこの戦線のみ歴史の上に現れたような名前があるのだ。
この者たちが戦死したという記述はない。どころか、最後を締め括る、シグルド本人が祝福を受けた場にも名前が登場している。
ラグナロク戦線を生き残ったのは確実。
そして――先入観は捨てるべきではあるが、それはあまりにも、“その後の歴史に関わらない”とは思えない名前なのだ。
――フェンリル。
――ロキ。
――リーヴ。
――リーヴスラシル。
いずれも北欧神話に登場する名だ。
神をも喰らう終末の獣。世界さえ弄ぶトリックスターの神。そして終末の後、新たなる人類の祖となった二人の人間。
どうせこの異聞帯のことなのだし、汎人類史のそれとはまったく違う存在ではあるのだろう。
まず、創世神話に語られるはじまりの話以降に残った神が、その神性を捨て去って人の導き手になったヘカテだけだという。
ゆえに、神の名を持つロキも、同じ名を持つだけの人間である可能性は高いが――彼も、他の三つの名を持つ者も、戦線末期に現れ、大活躍することが出来た存在だったことは間違いない。
ヘカテ以外に神が残っていなかったというのは、他の文献と照らし合わせた限りでは確実だ。
彼らについて、シグルド本人に聞ければ良いのだが――これ以上この名前に執着しても、今日の進展は望めまい。
……もう夕方か。そろそろ本日の調査は切り上げなければ。
この中央図書館は良い。汎人類史では逆立ちしても生まれないような本ばかりだが、この世界を知るならやはり本だ。
時間と健康管理を気にしなければ何日だろうと居続けられる。だってこんなの全部理解するとか不可能だし。
本棚から引っ張り出して積み上げていた本を元に戻すべく立ち上がる。
瞬間、此方に向けられる警戒。
一挙一動にこれだ。まあ、それは当然であるのだが。
そして、その内一名が歩いてくる。
共通の白装束に身を包んだ、赤いポニーテールの少女。
その威圧的な視線は、最初に会った時のまま。……まだ仲良くなるには遠いかあ。
「手伝います。一度に運ぶには重いでしょう」
「ありがと、アガーテ」
「主命ですので、お気になさらず」
異邦人証明の延長を取り付けた際、護衛――と、監視を目的として私にあてられたのが彼女。
この世界の守護の要。侵略種による破壊の後、再生と共に生まれるという白血球。空を翔ける白鳥部隊。黒き星を穿つ、白き小さな星。
母なる大地、母なる世界を守るための、最大規模の防衛機構。
それが、戦乙女――ワルキューレだ。
人に遥かに勝る存在の強度を持つ、世界を、そして人々を守る者たち。
セファールに仕え、そして人と共に生きてきた彼女たちは、この世界において人に並ぶ一つの種族。
感情を持つため、人と同じくその在り方は多様化し、あくまで戦乙女としてその存在意義に注力する者や、人と恋をし人の子を産む者など、“
その一羽、個体名をワルキューレ・アガーテ。
彼女は十五年ほど前に生まれた、ワルキューレの中でもかなり幼い個体で、まだ多くの感情を芽生えさせるには早い身であるらしい。
であれば、この怪しい異邦人を監視するという役割には打ってつけだ。警戒は露骨に警戒だし、それは私も自覚しておけということなのだろう。
こうして率先して片づけを手伝ってくれたり、親切ではあるのだが――あくまでそれは、役割の範疇であると認識しているだけ。
表情を知らないような少女はどうにも……昔の自分を思い出してしまうな。
「本日はもう戻られるのですか?」
「ええ。閉館時間も近いでしょう?」
「そうですね。では――」
本を一通り片付け終え、私が滞在している施設へと戻ろうとしたとき。
ようやく、図書館の入り口に立っていた“彼女”に気付いた。
「やあ。今日のお勉強は終わったかい? ナジア・ハーウェイ」
まるでその存在は、一輪の花。
美しさという意味ではない。どんな赤子の手だろうと容易く散ってしまいそうな儚さがそこにあった。
白いローブと虹の如き髪が印象として抱かせる生命力の一割とて、その存在にはある気がしない。
「――何でここに?」
「巨神王への報告を済ませたついでにね。ああ、アガーテ、君はブリュンヒルデのところに向かってくれるかい?」
「お姉様の……? ですが、私はナジア様の護衛を――」
「そちらは私が受け持とう。彼女に渡してほしい報告書だ。一刻も早い方が良い用件だし、私の名を出してくれて構わないよ」
「はぁ……」
彼女を侮ってはならない。この世界において最高峰の魔術師だ。
そして、それでいてこの世界最初の味方。異聞帯という異常をこの世界で誰よりも早く察知し、私に接触してきた人物。
「それでは、命令の優先順位を変動します。ナジア様の護衛をよろしくお願いいたします、マーリン」
「ああ、そっちも頼むよ」
一足先に図書館を出て、光の翼を広げて舞い上がっていくアガーテ。
それを、手を振って送り出す魔女――夢の語り部、マーリン。
本来はアーサー王伝説に登場する筈の、花の魔術師も名高いキングメイカーだ。
「さて、行こう。例の話の続きを行いたい」
言って、杖を一振りすれば、視界に映る景色は一瞬ノイズに包まれ、次の瞬間には私に割り当てられた部屋にいた。
この世界でも、未だ以て使える者など限られているという、装置や触媒を用いない物質転移。
それを扱える彼女の規格外さ以上に、何となく、マーリンらしくはないなというのが感想。
口にはしないが。私のマーリンのイメージはあくまで汎人類史のものだ。
魔術という言葉そのものが全く別の技術を指すこの世界を語るには、私はまだ早い。
「――続きって言うと」
「嵐の壁。我々の危急の課題だ」
私は椅子に、マーリンはベッドに腰掛ける。
嵐の壁――異聞帯を囲い、外の世界とを隔てる領域の境界。
他の異聞帯において、この壁がどのように考えられているかは不明だ。
だが、少なくともこの世界においては、これは侵略種の危機にも匹敵する大問題である。
何せ世界が統一され、各地の通信手段さえ整っているのだ。
壁の外にあった筈の世界との通信が途絶え、観測すら出来なくなっている今、この壁を消し去る、ないし押しやって観測範囲を広げることが、マーリンの当面の目的であった。
「やはり、あれは消せないね。異聞帯なる、この世界に押し付けられた状況を考えると、“広げる”べきだろう」
「……そうね。ただ、そのためには私が巨神王と接触するのが必須よ。そうして空想樹を育てることで異聞帯は広がる。“そこにあった場所”も、いつか見えてくる筈」
「空想樹、ねぇ……」
――空想樹オメガ。この異聞帯に根付き、育つ筈だったもの。
それは、私が見る前に巨神王と聖剣使いによって回収され、防衛線にて絶賛兵器に転用されている状態。
絶望である。まだ報告こそしていないが、これをキリシュタリアにどう説明しろと言うのか。
「――そうしなければならない訳じゃあないらしいよ。あれの成長の目途は立っているからね」
「は?」
「まあ、それが空想樹とやらが望んだ成長かは知らないけど。接種させる栄養側を空想樹に合わせたんじゃなくて、接種させる栄養で育つよう、空想樹に手を加えたらしいからね」
「――何してんの?」
暴挙だ。暴挙にも程がある。
兵器に転用した、までは聞いた。だが、空想樹のつくりそのものを改造する世界があって堪るか。
何という排他世界。この世界で生きたいならば、こちらの都合で育つように合わせろと。
これだから危機の対処になりふり構っていられない世界は困る。使える人材は皆使っているから、落ちてきたものは空想樹でも使うというのか。
「そういう訳だ。君が何をするまでもなく壁をどうにかすることは出来そうだが――今起きている未曽有の危機について、詳細を教えてくれたのは君だからね。そろそろ君を信用しよう」
「――――、つまり……」
「近いうちに巨神王に会わせよう」
――空想樹の問題という頭痛の種は出来たが。
大きな目標のクリアを果たしたらしい。マーリンとの接触は、やはり功を奏した。
あとやっていた事と言えば知識を溜め込んでいただけだが。不審な動きなどすればどうなるか分からないのだから仕方ない。
「数日中のどこ、という約束は出来ないが、七日以内。だから、そろそろサーヴァントでも召喚して、親交を深めておくといい」
「――ああ、サーヴァント」
そういえば、召喚権があったなと思い出す。
意図して召喚を行わなかったのではない。そんなことをする余裕がなかったというだけ。
だが――王との接触が約束されたのならば、使役するサーヴァントの紹介も兼ねておいた方が良いだろう。
「まあ、君の動きが監視されないのはこの部屋だけだ。趣はないが、ここで済ませてくれたまえ」
「もう行くの?」
「私も忙しくてね。護衛を任されてはいるし、部屋に結界くらいは張っていくよ」
ノイズに塗り潰されるように消えていくマーリン。
こんなに忙しない世界で、重役などやっているのだ。やることなど山のようにあるのだろう。
静寂に包まれた部屋。窓から差す夕日は、数少ない汎人類史と同じものだった。
「……」
――やるか。せっかくの権利を使わない理由はあるまい。
「望むのは……そう……」
――――愛。
生者も、死者も愛せる者。愛と世界を秤にかけられる者。
その愛で世界を変えた者。そして何より、己の愛を未来に捧げられる者。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。
それが満たされるならば、召喚される英霊に疑いは持つまい。
淡々と詠唱を続ける。
北天に舵を。錨を上げ、大海に乗り出すこの身に導きの星を。
魔力は天底より、天頂へ。大きな命の祝福をここに。
「――西の螺旋は昇華の雲に。東の暁は黄金の鶏に。汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」
私という存在、令呪という楔の下に、召喚は成る。
「――んん? 異邦人証明? ううん……まあ、とりあえずは、解除で」
赤い瞳、白い髪、褐色の肌が覗く、黒いローブ姿。
およそ英霊とは思えない、小さな体躯。
そして、手に持っているのはその身長よりも大きな、先に炎を閉じ込めた杖。
「クラス、セイバー……じゃなくて、ライダー……でもなくて、キャス、ター……でもなくて、アルターエゴ。正確には、アルターエゴにして、フォーリナーにして、アヴェンジャー」
戦士のようで、女神のようで、何の変哲もない幼子のようで――あり得る筈のない、死神のような、
十にすら満たないだろう幼い少女が、そこにいた。
「――サーヴァント、真名、エッツェル。召喚に応じ参上しました。えっと――問おう、貴女が私のマスターですか?」
■ナジア・A・ハーウェイ
悟りの境地に達し切れていない常識人。
■ワルキューレ
セファールが己の体を用いて作り出した人型の生命体。侵略種による破壊からの再生に伴って生まれるとされる。
飛行能力を有し、世界を巡回しその秩序を守ることを存在意義とする。
人よりも存在の強度が高く、侵略種に対する世界防衛の要であり、遥か上空の第一防衛線にも無数に派遣されている。
全員がセファールを母と認めており、彼女たちにとってはまさに『母なる世界』を守るために全力を尽くす。
基本的に個々の人格と二百年程度の寿命を持つが、その在り方も時代を経るごとに多様化していき、人格を閉鎖して機械として尽くすもの、寿命を手放し人間との愛を選ぶもの、その逆で母から長大な寿命を貰い受けてその信念に生きるものなど、同じ種族と一括りにするのは難しい。
女性個体しか存在しないのは、セファールが女性であることが理由とされている。
人間と結ばれ産まれた子供は人間であり、性別は一定ではない。また、戦乙女の力や寿命も持たず、人間の子として生きる。
――メタ的な話になるが、本作に登場するオリジナルのワルキューレの個体名は北欧神話に登場するワルキューレの名前からの出典ではない。悪しからず。
■マーリン
グランドクソ女。太平洋異聞帯における夢の魔女。
人の世の導き手。過去があるからこそ現在があり、未来へ続いていくゆえに、過去の出来事を編纂し言の葉に乗せて紡ぐ
一輪の花の如く小さな生命力ながら、人が英雄になるに足る夢の欠片を摘まんで現代まで生きてきた存在。
必要がなかったために、キングメイカーという性質はない。
世界の存続こそが至上命題であり、異聞帯同士の争い、地球の白紙化、異星の神といった諸現象をこの世界の誰より重く見ている。
■空想樹オメガ
……テ……シテ……コロシテ……。
■エッツェル
ナジアが召喚したサーヴァント。クラスはアルターエゴ/フォーリナー/アヴェンジャー。
赤い瞳、白い髪、褐色の肌を持つ、黒いローブ姿の幼い少女。外見相応の少したどたどしい話し方をする。