目を覚ましてから、多分、七日目。
これくらい経てば、俺の身に起きていることが夢幻などではなく現実なのだと否応にも理解できる。
ほんの一週間前まで、当たり前のように過ごしていた日常は、呆気なく終わった。
最期は一瞬だった――と思うから、よく覚えていない。
でも、あの日は最高の出来事があって、そのために外に出ていたところだった。
戦利品を抱えて町なかを歩いていたのが最後の記憶だから、多分車に轢かれたとか、通り魔に刺されたとか、そんな感じなのだろう。
それで死んだということは、目覚めてすぐに理解できて。
とてもではないが受け入れられず、それどころではない状況に助けられつつもひたすら現実逃避を続け、ようやく気持ちの整理を終えられたのが、つい先ほど。
ここは天国とか地獄とかの死後の世界ではない。
本当にその類の世界があったとして、こんな世紀末な場所だとは思いたくない。
何せ、目覚めてからなんか得体の知れない怪物が引っ切り無しに襲い掛かってくる。
どちらかというと、あの対面した時の不思議な感覚は“神様”といった感じだが、こんな次から次へと神様が襲い掛かってくるなどあり得まい。いや、怪物が襲ってくるのもおかしいが。
幸いこの体は強かった。
訳の分からないこの状況で、とにかく生き延びるために抗い、複数の怪物相手に勝ち切ることが出来るくらいには。
生存本能に従って怪物と戦い、空腹こそ感じていないが求めるように怪物を食べて、傷を癒す。
この体は怪物を摂取すれば、人ではあり得ないほどの速度で傷が癒える。
それに早い段階で気付いたのは幸運だった。
この体は強い。だけど、今の時点で分かっていることとして、大きい。
戦いに巻き込んでしまわないように気を付けているが、人を見かけた。
彼らが小人だというよりは、この体があまりにも大きい。
多分、数十メートルといったところ。青白くて、奇妙な文様が浮かんでいる、全裸の女性のような体。というか、女性であるのは多分間違いない。
いわゆるTSという奴である。そういうジャンルが存在していたことは知っている。だが誰得なのか。自分がそれを体験したところで、困惑やら恐怖やらしかない。
それに背丈にしても限度がある。これでは八尺様どころか八十尺様である。
その上、怪物を食べる度に、体に力が蓄えられている感覚がある。
多分、これを続けているともっと大きくなる。この体、未だ成長期なのだ。
一応、この体で生きていくという覚悟は決めた。それしかないことは理解した。
しかし、このまま同じような生活を続ける訳にもいくまい。
どうにかして、この怪物からの襲撃という目下の課題を解決し、平穏を手に入れなければ。
どういう世界かは不明だが、このTS女巨人にも安寧の地がある筈である。
ああ――そうそう。この体の名前については、物心ついた頃には、自覚していた。
セファールというらしい。残念ながらこの体は日本出身ではないようだ。知ってた。
……いや、ここどこなのだろう。本当に。
さて、問題です。
この体になってどれだけ経ったでしょう。
答えは一年。ビックリするほど激動で、ビックリするほど安寧など無く、ビックリするほど長い一年が経過した。
気分は流浪の民である。平和を求めて世界を歩き、その先で新しい怪物に遭遇して激戦を繰り広げ、その怪物がいなくなった後は何となく居心地が悪くなって別の場所を目指す。
その繰り返し。どうやらこの体はあの怪物たちを好物と定めてしまったようで、本能的に求めてしまうのだ。
怪物がいなくなった場所を安住の地と定めようとしたことはある。
だが、その度にどうもむず痒い衝動に駆られ、十日と経たずに次へ向かってしまう。
そうしている内に、なんか体が大きくなった。
徐々に成長するのではなく、突如として一気に倍になった感じ。
かなり手強かった怪物が持っていた剣を噛み砕いて呑み込んだ時、いきなりその怪物を見下ろすほどの急成長を果たしたのは驚いた。
人とコミュニケーションを取ろうとしたが、やはりこの体だと恐れられているようなので断念。
そりゃあそうだ。人と比べ四十倍くらいの背丈の青白い全裸の女巨人がコミュニケーションを取ろうとしてもまともに接してくれる訳がない。
そういえば、どうやらこの世界、俺の生きていた二十一世紀の日本と比べ、随分と古いというか、特殊な文化圏であるらしい。
幸い言葉が分からないなどの事態は起きていないものの、見たことのない建築様式だとか生活スタイルだとかは、この世界で生きていく上でいつかは学びたいものである。
……今のところそれが望むべくもないのがつらいところではあるが。
――しかし、しかしだ。
この一年間、嬉しいことが何もなかった訳ではない。
たった一人ではあるが、俺と対等にコミュニケーションを取ってくれる人がいた。
怪物のように強いということもない、ただの人。
いや、ただの人ではないようだけど。どういう訳か明らかに場違いなモノを持っているし。
ともかく、彼女はこの体での俺――もう今生と言っても良いか――にとって、初めての友人となった訳だ。
「いや、誰が友人ですか。頭どうかしてるのでは?」
そんなことを彼女に視線で告げてみたところ、辛辣な返事をいただいた。アイコンタクトで伝わるようになってきた辺り、仲良くなれているとは思うのだが。
どうやら彼女からすれば、まだ友人には遠いらしい。独特な距離感の持ち主である。
得物を両手で構えてにじり寄ってくる少女を見下ろす。
ここ四日ほど滞在している丘で寝そべっていたところやってきた彼女は準備万端と言ったところ。
もう何と言うか、これだけ世紀末の生活を過ごしていると彼女が救世主にしか思えないのだ。
「その目を体よりキラキラさせてこっち見るのやめてください。そんな小動物っぽいムーブされても怖気しかしません」
そうは言っても、この体を恐れることなく結構な頻度で、しかも何処へ行っても会いに来てくれるのがたまらなく嬉しいのだから仕方ない。
これだけ怪物との戦いの日々を繰り広げていれば誰でも人が恋しくなるというものである。
惜しむらくは、彼女と言葉を交わすことが出来ないということ。
この体は声を出すことこそ出来るものの、言葉は話せない。人々の言葉が分かるようになったのも暫く経ってからだし、あれだ。経験値が足りないのだ。
怪物を食べれば食べるほど、この体は色々と成長出来る。
何故ここまで曖昧なのかと言えば、本当に成長する要素が色々としか言いようがないから。
食べたものが力になって、この世界の常識やら、
怪物たちからすれば洒落になっていないだろうが、どんどん俺が手の付けられないものになっていく気がする。その分、食にありつくのに困らなくなるので喜ばしいが。
……なんか価値観が野性的というか、弱肉強食になっているのは否めない。一年間もこの環境にいれば誰でも変わる。
「ともかく、今日こそ貴女を討たせていただきます。聖剣もそろそろ、再び私に応えてくれる――そんな気がしますので」
未だ名も知らぬ彼女の目的は、俺を倒すことらしい。
いや、その気持ちは分からなくもない。人から見れば数十メートルの女巨人とか下手な災害より脅威である。
怪物たちが人々にとってどんな存在かは知らないが、あんなの人間からしても怪物だろうし、私も似たようなものだろう。
ともかく、彼女はその使命の下、俺をずっと追いかけてきている。
「なんですかその目。憐れみをくださいとか一言も言ってませんけど。ええ、どうぞ笑うがいいです。この聖剣が今一度輝きを見せてくれないのは私の未熟。ですが今日こそいける、そんな気がします」
しかし、俺としても反応に困るものが一つ。
彼女が持っている“聖剣”なるもの。名前だけ聞けば、さぞ名高い逸品なのだろうとは思う。
見た目からしてもその青と金で彩られた一振りは聖剣と呼ぶに相応しい。
――見た目だけは、であるが。
はじめ彼女が持つそれを見た時、まさか本物かと感動しかけたものだ。
その聖剣がやけに聞き覚えのある声でやけに聞き覚えのあるセリフを喋り出したり、振られてもいないのに剣戟の音を響かせ出した時は一体何が起きたのかと思った。
あれは聖剣であって聖剣ではない。
前世に存在したとあるゲーム、そしてそれを原作としたアニメ映画に登場した聖剣を再現した玩具である。
あの最後の日、どうしても欲しかったその玩具を知り合いに売ってもらった。
それを抱えて家に帰っている途中に死んだのだ。
もしかすると、一緒にこの世界に来たのかもしれない。そして何があったのか彼女に渡り、俺を討つための聖剣ということになっているようだ。
そんな事情を知っていれば、本物の聖剣だと思い込んでいる彼女を見て涙の一つも流したくなるものである。
大きくなった時に食べた怪物の剣、吐き出せる気がするし、彼女にあげようかな。当たり前だが、あの玩具では俺を千回斬っても――もとい叩いても傷は付かない。その点、あの剣と怪物は凄かった。怪物たちをどうにか安定して倒せるようになった頃、久々に本気で死を覚悟した相手である。
「くっ……光ってください、私の聖剣。今こそ使命を果たす時。何故光らないのですっ」
多分電池切れだと思う。
光った状態で斬られた――もとい叩かれたのは最初の数日くらい。
あの時は適度に相手して追い返していたが、どうやらその後自主トレーニングに励んでいたらしい。
そして電池が切れた。光らなくなった。それを彼女は“聖剣が自分の未熟さに呆れ、力を抑えている”と思い込んでいるようだ。居た堪れない。
「ええい、ならば光らずとも。覚悟してくださいっ」
努力虚しく、結局再度光ることのなかった聖剣にぺちぺちと叩かれるいつもの戯れ。
一応、俺としては数少ない彼女とのコミュニケーションではあるのだが、彼女が病んでしまわないかが心配だった。
■セファール
一万四千年前に地球に接近した遊星から放たれ、地上を蹂躙した白き巨人。
本作では名も無き一般人が憑依したことで人間の文明への破壊行為自体は行われていない。
破壊した生命、文明を吸収して巨大化していく。
現HPと同等の魔力を吸収することでHPが倍化し、全長が16メートル時点から倍になるごとに能力値の桁が一つ上がる。
現在全長64メートル。能力は大体Aランクの200倍。
襲い来る怪物たちと戦い、喰らい強くなっていくことに快感を覚え始めている。好物になっているというのも割とある。
転生して一年経過。最近の悩みは弱肉強食の価値観に染まり始めていること。楽しみは食事と聖剣使いの少女との戯れ。
■聖剣使い
セファールを討つべく、はじまりの聖剣の担い手に選ばれた少女。
ダウナーな性格だが意思は強く努力家。
出身の村ではさほど目立つ存在でもなかったが、偶然か必然か、聖剣使いとなると途端に祭り上げられ、神々でも倒せないセファールを、たった一人で討伐するよう命じられた。
初戦を終えて敗走した時は、村人たちは落胆しつつも彼女が生存したことを喜んでいた。
しかし数日後に聖剣に光が宿らなくなったことをはじまりとして、彼女が負けて帰ってくるたびにどんどんその態度は冷たくなっていく。
やがて村にも居辛くなり、移動したセファールを追うという名目で村を出て、他の村や集落を転々としつつセファールに幾度も戦いを挑んでいる。
聖剣に光が灯らなくなったことを彼女は「自分が聖剣を使うに値していない」と判断し、修行に明け暮れているが、未だ聖剣は応えてくれない。
とあるアニメ映画において聖剣の担い手である騎士王と瓜二つ。それより多少幼いが、驚くほど聖剣を持つことがしっくりくる容姿をしている。
最近の悩みはセファールの眼差しから何となく思っていることが伝わってくるようになったことと、なんか向こうが遊び感覚で自分と戦っているように見えること。
■聖剣
電池切れ。
■怪物
世界の理である古の神霊たち。“怪物”というのはあくまで何も知らないセファール基準。
セファールの蹂躙を防ぐべく戦っているが、悉くが打ち倒され、捕食されている。
セファールは彼らを取り込むことで傷を癒す栄養素としているほか、彼らが受ける信仰=文明を吸収することで加速的に進化している。後者についてはセファール自身は真相を知らず、「なんか食べる度に強くなっている」くらいの認識。
神霊的にはセファールが人間やその文明を襲うどころか避けているのに対し、自分たちと率先して戦い捕食してくることが理解出来ない。
ちなみに一番強かった軍神は戦闘中に剣を喰われた挙句、巨大化されて敗北した。