「という訳で。セファールとの盟約により、人に前に進む力を教えるためにここまで来たわ。元・女神、三叉路のヘカテよ」
その後、紆余曲折あってようやくヘカテの不審者疑惑が取れた。
そしてセイちゃんと、これから関わっていくだろうらむくんの前で名乗る。
やっぱり“三叉路の”ってつけるんだ。気に入っているのかな。
「……まさか、本当に女神だとは。しかもボクがいたところの女神じゃないか?」
「そのようね。その節は……なんかこう、本当に迷惑を掛けたわ。アポ……匿名希望の彼は本当にこう、傍迷惑で。いえ、彼に限った話じゃないんだけど」
ここに妙な関係が芽生えていた。
らむくんの体を魔改造した謎の神、ヘカテの知り合いらしい。
彼女も知るほど傍迷惑な神のようだ。
「しかし、申し訳ないがへりくだるのは勘弁してほしい。信仰を向ける神はもう、セファールのみと決めていてね」
「気にしないわよ。元・女神って言ったでしょ。既に神性なんてないんだし。そうね――最低限の崇敬を込めて“ヘカテ様”とは呼ぶべきではあるけどね」
「へかてさま」
「どうしてあんたがセファールと気が合ったのか分かった気がしたわ」
なんか今、らむくんの呼び方ちょっと不自然じゃなかった?
どことなく馬鹿にしているというか、棒読みというか。あれか。やはり神相手である以上、その辺りは露骨になってしまうのか。
「ともかく。セファールと交わした盟約は、人に“力”と“智慧”を与えること。その中心は、信仰の始まったここであるべきと考えたわ」
「
「はいそこ静かに! 貴女一人しか持てない力でしょそれは! そんなヘファイストスにもなんで物が斬れるのか分からない代物、二つとこの世にないんだから!」
また知らない名前が出てきた。
察するに剣に一家言ある人物――
やっぱり神にすら分からないんだ、あの聖剣の仕組み。
実際のところ、“玩具でも斬れるくらいセイちゃんが強くなった”という説が有力な辺り怖い話である。
あれでトドメを刺される身としては至極複雑ではある。誰もが聖剣と認めているのなら、それはそれで良いかもしれないと思う自分もいる。
「ところで、何背負っているんだい、君」
「あ、やっと聞いてくれた。なんでセファールも聖剣使いも一切聞かないのよこれ」
「よく分からない体してますし、それがデフォルトなのかなって」
『特に気にならなかった』
「ねえ、これ大丈夫? 本当にこれで新天地とやら大丈夫?」
そういえばヘカテ、なんか背負っている。
何か丸っこい、歯車みたいなもの。それ重くない?
「はぁ……こっちは“智慧”の方。人間たちがいつか至って、追い越すべき
ヘカテはその荷物を下ろし、結んでいた紐を解く。
一メートルやそこらの歯車を横にしたような、謎の装置。
なんか急に世界観変わったね。いや、ヘカテの存在自体がそうなんだけど。
というか、やっぱりあのロボ神とかだけおかしくない? 神様とそういうSFって結びつかなくない?
「オリュンピア・デバイス。私たちという
ヘカテがその歯車に手をかざすと、その上にさらに複数の歯車が浮き上がる。
そしてそれらが組み合わさって映写したのは――宇宙?
「私たちの技術ではありふれたものではあったけど、この世界はまだまだ、そこには遠い。これを理解して、辿り着くまでが私に出来る導きよ」
――未来的な技術担当の神だったのかね、ヘカテたち。
だってこんなの、私が知る“前世”ですらなかった機械だし。
浮き上がった星々、触れてみればもっと詳しい情報すら分かりそうだ。
あと、まだこれが真髄ではないことは分かる。もっともっと、範囲を広げることも出来そうだ。
「……セファール、らむくん、これ理解できます?」
『千年早い』
「理解出来ていたらもっと驚くんだろうけど、逆に何も感じないかな」
「身の程をご存知のようで何よりだわ。先は長そうなのだわ」
どこか遠い目をしてヘカテは言った。
如何に彼女からすればありふれたものであっても、私たちからすれば未知の産物である。
これに人が辿り着く――どれほど掛かるのだろうかと思えるくらい、それは私の知識の埒外にあるものだった。
「それからもう一つ、人間には学んでもらうわ。私に許された
言って、ヘカテは手を前に伸ばす。
その十数メートル先にあるのは、果実の成った木。
木を見据えながら、軽く指を動かせば――まるで見えない糸に結ばれて引っ張られたかのように、成った果実がヘカテの手元に引き寄せられた。
『おぉ、魔法』
「魔術の方が相応しいわね。これは理解の外にある現象じゃなくて、あくまで自分の理解の範囲でことを成す
飛んできた果実を受け止め、私に向かって投げてくる。
いや、この端末、ものを食べる機能はないんだけど。セイちゃん、あげる。
「いらないです。それ酸っぱいんで」
『食べた事あるんだ……』
「蜂蜜に漬けると美味しくなる。南に工房があるから後で渡してこよう」
あるんだ、蜂蜜の文化。
らむくんに果実を渡す。工房とやらも、たかが一個果実を渡されたところで困らないかな。
「簡単な例を見せたけど、こういったことが出来るかどうかは個人次第。同じものを組んで、用意しておかないと使えないわ。一生で組める数にも限度があるでしょうし、こっちは出来れば才能で切り捨てたいんだけどね」
『ヘカテは今の……魔術? 幾つ使えるの?』
「私は限度はないわよ。そういう
『異世界チートか』
「意味が分からないけどそこはかとなく馬鹿にされている気がするわね」
魔術……その実態は、私のイメージの中にある魔法とは、随分と異なるらしい。
しかも、あれだけ大層な杖持っているのに使ってないし。
何とかかんとかパトローナムみたいな呪文を口ずさんで不思議を引き起こすとか、そういう技術ではないようだ。
「その魔術? 私にも使えるんですか?」
「訓練次第ね。貴女の場合、その聖剣を振った方が何をするにも早い気もするけど。で、セファールは論外。体の作りが私たちの常識外だからまず無理として」
『えっ』
え、何? 私、今のやつ使えないの?
面白そうだし、色々学んでみようと思ったのに。
「この中だとあんたかしらね、らむ。一番伸びしろがあるの」
「伸びしろ云々は良いとして、ボク本名で名乗った筈なんだけど」
「長いし呼びにくいのだわ。“らむくん”ってのがしっくりきたし、それでいいのだわ」
「君、時々意図的に知能を低下させていないか?」
らむくんが少し不憫だった。
私くらいはしっかり呼んであげようかなと思ったが、本名を一回呼ぶうちに“らむくん”で二、三回は呼べる。
やっぱりこのままでいいか。友人間なら愛称って大事だもんね。
「さて。らむの疑問は黙殺するわ。これらの技術は、一つの文明体系が両方を学ぶことは出来ない、というのが私たちの結論よ。かつての私たちの文明がそれらを得られたのは、長い時間と連続した奇跡と努力が重なったから。時間の面倒は見るけど、奇跡と努力に関しては、私は一切関与しないから、そのつもりで」
「ボク個人への対応に不満はあるが、そこは問題ないだろう。人々の進歩は確実だ。君が齎す二つを平らげる度量はあるさ」
「ええ。ここの人たち、結構辛抱強いですよ」
『めっちゃ大丈夫』
「不安なのだわ」
いや、私が人間を信じているというのは本当なのだ。
前世でだって、人は長い時間を掛けてあそこまで発展した。
こうして不思議な技術の許された世界であれば、もっと、更に先に至ることさえ可能なのではないか。
それをらむくんやヘカテが導いてくれるというなら、なおさら、間違える可能性は少ない。
「……まあ、人類皆が私の愛弟子となることを期待しましょうか。それじゃあ、まず初めに一つ要求をしたいわ」
「なんだい?」
何故か妙に気高い雰囲気を放ちつつ、ヘカテはらむくんに切り出した。
どうしたのだろう。元・女神からいきなり現在進行形で女神だぞみたいに胸を張って。
「――神殿よ。私が住まう神殿を用意しなさい」
「セファール、君の神殿、空き部屋貸せる?」
『問題ない。というか大きくし過ぎ。なんでまだ拡大工事してるの?』
「おかしいわね。冗談で言ったらセファールと同棲する流れになってるわ」
ヘカテが良いなら別に構わないけど。
らむくんの先導の下建てられた神殿、絶賛工事中。
とりあえず中心部は出来たけど、何やらまだ大きくしている様子である。
私、この端末で寝泊まり出来る部屋さえあればそれで良かったんだけどな。
ちなみに、要求していた星空の天井は技術的問題につき却下された。
……ヘカテの持ってきた技術であれば実現可能なんじゃないか。この機械、プラネタリウムっぽいし、量産出来ないかな。
「やっぱりなんか腹立つので一回斬っていいですか?」
「なんで!? 一回斬ったら普通は死ぬのよ! 元・女神でも例外じゃないの!」
「…………!?」
「セファール! 貴女が軽い気持ちで端末を使い潰すから! セファールッ!」
『別に軽い気持ちじゃないし』
軽い気持ちでぶった切られる端末にだって私の命が収まっている。
セイちゃんに斬られる度に、死んではいないが死んでいるのだ。軽い命なんてことはないんだぞ。
この辺りはセイちゃんの命の受け取り方の問題である。私は悪くない。
……とりあえずまた聖剣を振り上げてヘカテににじり寄るセイちゃんを止めよう。
人間の可能性を信じるといったのは嘘ではないが、前途多難だ。主に私たちが。
■セファール
オリュンポスの神々とは文明体系が違い過ぎて魔術の修得は多分無理。
■聖剣使い
魔術は使えなくもないかもしれないけど多分聖剣使った方が何をするにしても早い。
■らむくん
魔術の才能があるらしい。本名を呼ばれることは今後もない。
■へかてさまヘカテ
人間に機械技術と魔術を伝えることにした元・女神。
魔術の女神だけあってその技量は本物。その演算能力と構築速度から、他の追随を許さない。
それでも面々と比べ、なんだかヘタレな印象を抱きがちなのは単にこの上層部の空気が浮かれ切っているだけである。
一応全員、やる時の責任感はしっかりと持っているので安心されたい。
この雑談時の空気に慣れることこそ、もしかするとヘカテ最大の試練かもしれない。
ちなみにこの後、国のはずれにある岬に小屋を建ててもらった。それまではセファールの神殿に世話になった。二日に一回聖剣使いに斬られかけた。
■オリュンピア・デバイス
この世界におけるギリシャの神話体系唯一の遺産。
その実態は星間航行に使われた広域レーダー。
旗艦に搭載され、広範囲の惑星や移動物体を観測・調査し、外敵の捕捉や自身たちの目的に沿う星を探すために使われた。
地球に降り立った後は旗艦からは取り外され、その後どのような役割が与えられたかは不明。
現在は地球を中心として周辺の天体運動などを観測可能な、小さな天文台となっている模様。
汎人類史においてはある数学者の手に渡り、研究が成されたという話もあり、その機能が完全封印された状態で二十世紀初頭に発見される。
発見された島に因んで『アンティキティラ・デバイス』と名付けられたが、それが外宇宙より飛来した船団由来の機械だと知る者は少ない。
■魔術
コードキャスト。
起こすべき事象をあらかじめ
引き起こす事象についての理解が及んでいないとそれに関わる術式の作成は難しく、しかし一定の法則、文法さえ学ぶことが出来れば、後は術者の応用次第で如何様にも広げることが出来る。
汎人類史における、魔術王によって確立された魔術とはまったく異なる。
魔術回路を使う点こそ違いはないものの、その在り方は遥かに世俗的で、文化的で、ありふれた代物。
ギリシャ神話における魔術師が使う技術は、人が増え始めた時代になって女神ヘカテを中心に、地球人に馴染む形でこの技術を
現実世界か霊子世界かの違いこそあるが、とある世界においてはこの体系にまで在り方が回帰したものが、霊子ハッカーの中では一般的となった。
その性質から使用時に逐一構築するという行為は非効率的であり、予め構築した術式を何らかの形で保持しておき、それに魔力を込めて起動するというのが正しい使い方。
汎人類史の魔術は使用者に依存するスキル、この異聞帯における魔術は作成者でなくとも使える消耗式のアイテムである。
――言うまでもないが上記の設定は全て本作の独自設定のため注意されたし。
■蜂蜜
黄色い熊も大好きなあれ。
古来より人間と深いかかわりのある甘味であり、一万年前には既に採蜜技術が存在していたらしい。凄いね人類。
ちなみにギリシャ神話における養蜂の神アリスタイオスはアポロンの子供である。ケイローンの弟子でもある。