さて。夢で見るにしても、千年という月日は長い。
しかもその間、特に取るに足るような発展はなかった。
長い停滞? そうだね。何せ、想いの歩みが緩慢だったのはここだけだから。
はっきり言って、この千年という節目で発生した大きな出来事に至るまで、語る必要があったのはこれで全部だ。
セファールと聖剣使いの出会い。
世界の変革と新天地の誕生。
信仰を導く長命の友。
技術の行き先を示す魔女。
そして進歩の始まり。
こうして土台と骨子は出来上がったけれど、世界というものはあまりにも大きい。
意思の統一、信念の形成はまさに日進月歩。
まあ、この時代、これだけの人数で世界を変えるなんてのは、どうしようもなく無理難題だったってこと。
しかし四人に不満はなかった。
少しずつでも、一歩ずつでも先に進んでいる。ならば、いつか辿り着く。
理想や願望ではなく、セファール自身がそう確信していたからこそ、そのいつかを目指して進んでいた。
確かに、このままの速度でも、いつかその時はやってきただろう。きっと一万年のその先には、スタート地点に立てていた。
であれば、それを許さなかったのは宇宙の悪戯か。
汎人類史に伝わる、魔女の属する神話体系には、英雄としての誇りをもって駆け抜ける人生を選んだ男がいたね。
この世界はそれを強制された。たった一つの、宇宙からすればほんの微かな事故によって。
疾走はここから始まる。発展と試練は嵐の如く。何もないがゆえののんびり歩きは、ここでお終い。
これの全てを御伽噺として綴った当時の者は残念ながらいないからね、私が語ろう。
……不安かい? これでも評価は高いんだよ? 伊達に妖精の後継者、夢の
その村は、今はもう残っていない。この時代を最後に、歴史から消えた。
名のない村だ。いつからか、当たり前のようにそこにあって、当たり前のように平和だった。
魔獣が少ない土地だった。家畜も畑も脅かされず、細やかながら得難い幸福を、ずっと続けられる筈だった。
そんな村の近くに、黒い星は落ちた。
信仰が当たり前じゃなくなった時代だからね。神はかつてのもので、巨人は世界を提供してくれるだけのもので、魔獣の類も周囲に住んでいないことから、この村には恐怖がなかった。
どちらかというと、その時彼らにあったのは困惑だ。
今のはいったいなんだろう、何故星が落ちてきたのだろう、ってね。
その不思議に、勇気を出して近付いたのは、その村にいた幼い少女だった。
困惑よりも子供ゆえの好奇心が勝ったのだろうね。
勿論、この時セファールは異常を把握していたから、近くに端末を投射したんだ。
その村に行ってみれば、誰もがセファールの到来に驚いた。
そしてセファールは尋ねた。ここに何か、おかしなことが起きなかったか、と。
当然思い当たるのは、黒い星。
村はずれに落ちたそれを、少女が見に行ったことを告げれば、セファールはすぐにそこに走っていった。
そこで見たのは、残酷な結末?
――いいや。
楽し気に微笑む少女と、その手を受け入れる、黒い竜だった。
まるでそれは、黒い光。
真っ暗闇の中でさえ、そこに“それ”がいることが分かるような、この世界にはあり得ない輝きが、巨大な体から伸びる首をもたげて少女と戯れていた。
体躯は数十メートルはあるだろう。
それが少女と戯れる様は異常ではあるが――セファールはそれに、かつての聖剣使いと自分を想起した。
しかし、あまりにも危険で、世界としては異物であるのは確かだ。
竜が自分を警戒しているのは明らかだった。その宇宙からの稀人は残しておいてはいけないと、何かが警鐘を鳴らしていた。
少女に告げた。危険だ、離れた方が良い。
その頃にはセファールの端末にもそれなりの戦闘能力を伴わせることが出来ていたし、少女の、そして村人の安全を確保することは出来ると判断しての勧告だった。
それに対して――少女は首を横に振った。
たった数時間という僅かな間だろうが、既に純粋な少女は、その竜との友情を感じていたのだ。
少女は大丈夫だと言い、竜から離れることはなかった。
セファールの時間を掛けた説得にも、応じることはない。少女らしい、子供らしい意地っ張りだったと言えよう。
そして、村人たちもまた、その友情を認めた。
もう一度言うが、それまで危険とは無縁であった村だ。
少女が友達となるほどの存在であれば、危険はないと村人たちも判断したのだ。
頑なに折れることのない彼女たちの、“仲良くなれる”という確信、そして純粋な笑顔を――セファールは、信じた。
――うん、もう分かるだろう?
これが、セファールが新天地となった世界における、最大の過ち。
この時彼女が村人の意見を無視して、そして村人たちを巻き込んででも竜を討伐する――それが、一番正しかったのだと思う。
如何に残酷な行いだったとしても、仕方のない犠牲だったと目を瞑って、ね。
多くを生かすための足切りは、どんなものであろうと最適解であることは変わりなかった。
それを、人を信じるばかりにセファールは見逃した。
もしもそれが、脅威を内に仕舞い込み世界に馴染むようであれば、受け入れよう。
だって、自分だってはじめは異邦人だったのだから、と。
竜がこの世界を受け入れるならば、それは素晴らしいことだ。
セファールが愛する世界を、その外部の生命体が好ましく思ってくれるということなのだから。
人間が信じるならば、自分もそれを信じよう。人も、セファールも、どこまでも純粋で、どこまでも優しかった。
――その村の“恐怖”と“祈り”を感じ取ったのは、生命が瞬く間に消失していったのは、およそ三十日後のことだった。
明らかな異常事態を受けて、セファールは魔女に相談した。
魔女は険しい表情でまず、これは不味い、と一言零した。
それから、この新天地始まって以来の最悪の出来事を予感して、端末ではなく本体で向かうよう、セファールに告げた。
すると、その異常を見て取った日輪神官も続いた。聖剣使いも共に行け、と。一千年間連れ添った巨神王とその運命、二人を向かわせるという辺りで、魔女と神官が内心どれほど焦っていたか察することが出来るだろう?
手に乗った聖剣使いを気遣いつつも急いで一昼夜。それでも、二人で向かわない選択肢はなかった。
巨神王は千年前から強くなれる限界にあったが、聖剣使いは千年間、研鑽を欠かしていなかった。
どれだけ才能が無くっても、聖剣が剣の体さえ成していなくとも、千年続ければ辿り着く場所はある。
少なくとも巨神国と呼ばれる、彼女たちが住む国では、その剣を疑う者はいない。
だからこそ、既に巨神王にとって聖剣使いは、命を助けた無二の親友というだけでなく、命を預けるに足る相棒であった。
神官も魔女も強くはあったが、この星の戦力となると結局この二人に集約される時代だったんだ。
セファールが気付くのが遅かった訳ではない。
竜ははじめ、その村のはずれでただ大人しくしていた。
竜という存在を知らなくとも、その翼が折れていたのを少女は感じ取ったんだろうね。
それを労わって、大人たちの家畜の世話を真似して甲斐甲斐しく付き添った。
竜はそれを受け入れた。大人たちも手伝って、彼らが持ってくる野菜や果物は何なのか分からなかったけれど、少女が目の前で食べたのを見て、食糧だと理解した。
きっと、竜にとっても食事というのは有効な治療手段ではあったのだろう。
村から受け取った、竜にはあまりにも少ないそれを喰らい、少しだけ元気になった。
首を起こし、二つの足で立つことが出来るようになったそれを見て、村人たちは驚いたが、やはり少女だけは喜んでいた。
竜は少女を決して脅かさなかった。
その純粋な愛情を理解していたから? ――さて、どうだか。
少女に手を出さなかったものの、竜は貰っている植物が自身の食糧として適していないこと、もっと適したものが近くにあることを知っていた。
ゆえに、竜は深夜の内に村の家畜を全て平らげた。
朝起きた村人たちは大混乱だ。
家畜が一匹残らず消えてしまっている。これは何事かと。
村人たちはきっと逃げたのだろうと辺りを探しに行き、その内一人が、一回り大きくなった竜に気付いた。
竜の犯行と気付いたその村人は竜を糾弾した。
そして少女が止めるのも構わず、その感情に身を任せて手に持っていた農具を振るい――呆気なく、竜に喰われた。
人の味を、そして人が持つ、自分に都合の良い力の大きさを知った竜は、もう止められない。
少女の理解が追いつく前に、村人は一人残して全て食い殺された。
傷を癒し、強くなるのに有効で、なおかつ大した抵抗も出来ない人間は竜にとってこれ以上ないほど好ましい獲物だっただろうね。
竜は喰らっては大きくなるを繰り返し、しかし、最初に自分に愛情を向けてくれた少女だけには、手を出すことはなかった。
少女もまた、純粋で、それでいて狂っていた。
これだけのことがあってなお、その竜を過ちと見ることも恐怖の対象とすることもなく、傍にいたのだから。
人を喰らって、竜は数百メートルほどにまで大きくなって。
夜が明けた頃、ようやくセファールと聖剣使いは辿り着いた。
少女と竜以外は何もなくなった、昨日までは村だった場所に。
■世界
長い停滞期。
ヘカテによって技術は伝えられたものの、それが実を結び、発展に至るきっかけがなかった。
それでも、ゆっくりと進んではいた。あと一万年と経てばものになったかもしれない。
だがそんな、汎人類史のような小さな歩みを、この世界の運命は許さなかった。
■竜
侵略種第一号。異邦人、後に侵略種認定。
紀元前一万一千年ごろ、まったく偶然にこの世界に飛来した黒い星。
人も、獣も、植物も、およそ生命らしいものを喰らって成長し、巨大化する。
中立・中庸、星属性。特別な星の力、人類の脅威、領域外の生命、超巨大特性。
■少女
村はずれに落ちてきた黒い星に最初に近付き、愛した、何でもない少女。
この時代の人間の例にもれず純粋で優しく、傷を負ったその竜を放っておけないとセファールを説得した。