たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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~紀元前五千年ごろ~


誕生

 

 

 深い深い眠りから、ゆっくりと意識が浮き上がっていくのを感じる。

 それをせざるを得ないほどの重傷から、ようやく回復したらしい。

 侵略種(インベーダー)と呼称することになった、宇宙からやってくる黒い光たち。

 その中でも、群を抜いて強大な存在だった。

 セイちゃんですら、致命傷を負わないために防戦に徹するのが手一杯だったのだ。あの、二百年ほど前には放つ剣気で侵略種の突撃を受け止め、そのまま削り切って不動の勝利を収めたセイちゃんが。

 防衛機構の助けもあって、どうにか倒すことが出来たが――体の損壊がひどかった。

 修復に専念するため意識が落ち、今の今まで眠っていたようだ。

 

 ……本体は、まだ動かせないかな。

 完全修復にはあと一ヶ月……二ヶ月……そのくらいは掛かるだろうか。

 暫くは端末での生活だ。いや、ここ千年くらいは殆どそんな感じではあったんだけど、やはり本体が動かせないのは不安なのだ。

 端末はやはり小さい。戦闘での選択肢こそ増えるが、今回のような本体でなければならない相手に困る。

 まあ、ないものねだりをしても仕方ない。

 暫くは大きいのが来ないことを祈るしかないか。もしも来たら、負担を承知で無理やり動かそう。

 

 そう決意して、端末に意識をインストールする。

 久しぶりに体を操るような不思議な感覚。実際にその通りなのだが、意識を失っているとこう感じられるのか。

 体も重い。動かすにも一苦労しそう。

 それに、眠い。もう一度意識を沈ませてしまおうか。端末に伝わってくる人肌の熱がとても心地良いのだ。

 どんな魔術よりも有効な催眠術ではないか、これは。

 何という抱き枕。安眠の必需品。これ、らむくんか技術局の子に教えてみようかな。同じものが作られて大流行するかもしれない。

 

 ――で、私の端末が寝ながら抱いているその人肌の正体は誰ぞ?

 重い目蓋を開く。そこにあったのは、知らない――

 

『…………知らない子だ』

 

 言うまでもないが天井は見知った星空が浮いている。

 いつも通りの神殿の寝室。何かない限り、誰かが入ってくるような場所じゃないのだが。

 褐色の肌と、それに映える対照的な真っ白な髪。完璧なまでに整った、人形の如き寝顔。

 ……ふむ。この一糸纏わぬ子は誰ぞ? 私と向き合うように眠っているこの子は誰ぞ?

 もしや私はセファールの立場を利用して見ず知らずの娘と一夜……じゃなくて、何ヶ月かの過ちを犯してしまったと?

 

 いや、そんな訳がない。

 割と本気で死にかけた激戦の後にそれほどの余裕があったらこんなに長い間眠っているものか。

 どちらかといえば、そう。この少女が夜這いを仕掛けたのではないか。清純派の巨人の端末に何たることを。

 ……そういう機能ないな、この端末。じゃあ本当になんでいるのこの子。

 というか、もしかしなくても人間じゃないね? どちらかというと、私の端末に近い。どちらかというとじゃなくて、限りなく近い。

 身に覚えのない容姿の端末でも無意識のうちに作ったか? いや、そんな馬鹿な。

 罷り間違ってそういうことがあったとして、こんなに人間に近い精巧な端末など作れる訳がない。

 自分の不器用さを忘れるな。二千年くらい前、使い魔作成スキルでお使い用の自動人形を作ってみようとしたらいつかの四本腕で口が斜めに裂けた黒いヤツが出来て「きせかなきせかな」みたいな謎言語を発し出したくらいだぞ。

 そんな私が無意識でこんな芸術と評しても良い美少女を作れる筈がない。

 

 ……でも、やっぱりほぼほぼ私だよなあ。

 肌に浮いている紋章、私の体にあるやつの低出力バージョンっぽいし。

 じゃあやっぱり私が産んだのか。こう、なんか、不思議なことが起きて。

 うん、分からん。彼女を起こそう。状況整理をしないと理解できるものが何もない。

 

『とりあえず、起きて』

「……む……ん……ねむい。さむい。あたたかい」

『――……くっついてていいから、起きるだけ起きて』

 

 寝息を立てていたことから意識が存在していることは知っていたが、実際に反応を返されたことに軽く驚いた。

 というかこの子離れない。めっちゃ引っ付いてくるじゃん。この端末そんなに体温高くないぞ。

 どうにか体を起こさせるものの、まだ意識を取り戻し切ってはいないようで頭がぐらぐらと揺れている。

 なんか逆じゃない? 私の方がぱっちり目が覚めてるんだけど。

 

「……く……む……ぅ……」

『頑張れ。目を開けるんだ』

「…………」

『駄目そうだね』

 

 引っ付きながらぐでーっとしている名称不明、正体不明の少女は、再び意識を微睡の向こうに沈めていったらしい。

 どうしようこれ。埒が明かない。

 暫く様子を見て起きるのを待つべきか。

 私も何ヶ月か眠っていたのだし、把握できていない事情もある。

 とりあえず、私も頭が完全に回り切っている訳じゃないし、目覚ましがてら天井に広がる星空でも――

 

「――セファールッ、今、らむくんから貴女が目を覚まし、た、と――」

『あ、セイちゃん』

 

 その時、部屋に駆け込んできたのはセイちゃんだった。

 そういえばらむくん、魔術の一端でこの国一帯の気配の動きとか色々、感知できるようになったって言ってたね。

 各所に置いてある機械礼装と感覚を共有している……とか何とか。

 この神殿はああいった装置は控えめだけど、最低限私が起きたとかは分かるということなのだろう。

 で、この少女の正体とか知らないかな、セイちゃん。寝ている間に何があったのか説明願いたい。

 

「――――神や侵略種に飽き足らず、無辜の少女まで捕食するようになりましたか」

『なんて?』

 

 妙なことを抜かし始めたと思ったら、部屋の入り口近くの壁をぶち抜いて輝きを放つ聖剣が飛んできた。

 セイちゃんと聖剣は一つであるべきもの。たとえ手放して何処かへ移動しても、セイちゃんが求めるだけで瞬時に呼び出すことが可能なのだ。なんで今求めたの?

 

遺言(いいわけ)遺言(べんかい)遺言(しゃくめい)遺言(べんめい)。いずれかがあるなら聞きますが」

『言葉の裏にある意味合いが全部同じ気がする』

「全部同じですからね。人間好きも行くところまで行けば世界を破滅させるって、そういうことです」

 

 セイちゃんに握られた聖剣の輝きが増していく。

 というか足元が剣気で削れ始めている。ここ私の寝室なんだけど。

 つまりはセイちゃんは私とこの子にそういうことがあったと誤解をしている訳で、そういう事実があったならば世界が滅びるに値すると考えているらしい。

 まあ、そうだね。私に過ちがあれば、イコール世界の過ちも同じになっちゃうからね。

 

『落ち着こうセイちゃん。私、今目が覚めた。この子、起きたらいた。起きるのを待って、話を聞こうとしたところ。セイちゃん、この子知らない?』

 

 目を合わせて、こうして話せばセイちゃんに嘘はつけない。

 見つめ合う事およそ十秒。聖剣の輝きが少し弱まった。

 

「……知る訳ないでしょう。巨神王の寝室とか聖域も良いところなんですから、そんなところに忍び込む気配があればらむくんに伝わります。それが無いってことは――」

 

 ふと、セイちゃんは首を傾げ、考え込む。

 ところで巨神王の寝室とかいう聖域、ここ一分で壁をぶち抜かれて床が削れまくった訳だけど。

 天井にまで被害が行ってたら流石に私も怒ってたよ?

 

「…………どういう事です?」

『どういう事なんだろうね』

 

 まあ、セイちゃんに聞いて答えが返ってくる期待はしていなかった。

 らむくん、ヘカテと比べてセイちゃんは人に対して積極的に関わるタイプじゃないからね。

 関心を抱くことと言えば三位に侵略種、二位に聖剣、一位に私だもんね。どやあ。

 やべ、聖剣の光増した。ストップ、セイちゃん。私が悪かった。クール、クール。

 

「……さわ、がしい……」

『あ、起きた』

「騒がしい原因は貴女ですけどね」

 

 ようやく手が離れた。目を擦りつつ呻く少女は意識を“目覚める”方向へとシフトしたらしい。

 ゆっくりと開かれ、空気に触れる赤い瞳。

 どこか、空虚に感じられるそれが私を捉える。

 

「……――――おはよう、母様」

『……――――おはよう、娘』

 

 思わず、答えて。

 ああ、なるほど。完全に理解した。

 

『セイちゃん。私、娘が出来た』

「今ので一体何が通じ合ったのかは知りませんけど、とりあえずどっちもしっかり目を覚ましてください。冷静に、それから正気になってください」

 

 その日、久しぶりにセイちゃんは頭痛を覚えたらしい。




■セファール
侵略種との戦いで負傷し、およそ三ヶ月の間、意識を落として回復に努めていた。
現時点でまだ意識が完全に復活した訳ではなく、今の意識の総量で動かせるのは端末のみであったため、本体はまだ休眠状態。
起きたら見知らぬ少女と寝ていた。母様と呼ばれた。それらは今の状態で理解するには難解過ぎる事象であった。
使い魔に変な機能を付け加えようとするとバグって前衛芸術になる。
一度、それでもいいかとお使いに出したところ街中で侵略種と間違われ大変な騒ぎになった。

■聖剣使い
ここ三ヶ月くらい碌に寝ていない。
セファールが起き抜けに自分の知らない少女と“そういう交渉”をするほど血迷ったのならこの世界はいっそ滅びた方が良いと思うくらいの倫理観はある。
上記が果たして倫理観のある思考といえるのかどうかは議論の余地がある。

■娘(仮)
セファールを母様と呼ぶ暫定不審者。ちなみに「セファールを母と呼ぶ」のはこの世界ではさほど珍しいことでもないので不審者要素は「聖域に侵入して全裸で寝ていた」点である。
セミロングの白髪、赤い瞳、褐色の肌を持つ、身長百六十センチの細身の少女の姿。
その容姿は汎人類史において、サハラ砂漠で朽ち果てたセファールの遺骸からフン族が発見した存在と同一。

■剣気迎撃
聖剣使いが有するスキル。
数千年もの間、剣を振るい続けたことにより磨き上げられた、外敵を斬らんとする剣気に威力が伴ったもの。
敵意に対して防衛本能のように放たれ、それを受け止め、断ち切る。あくまでも攻撃ではなく、防御手段。
並の敵であれば、自分に向かって突撃してきただけで微塵切りになるし、やろうと思えば手を動かさずに他者と鍔迫り合いが出来る。
極めて強力な攻撃性を持ったバリア。視認できない絶界とかそういうあれ。
寝ている彼女に茶々を入れたセファールの端末がバラバラになった回数が一回や二回で済まないのは言うまでもない。聖剣使いは寝起きが悪いのである。
剣気、精妙に達し申した。一念巨神王にも通ず、人の身と侮ったな。アッケナイモノヨ…。
――ちなみに、子供の躾けに「悪い子は人間砲弾になって聖剣使い様に撃ち込まれるぞ」というのが定番らしい。
彼女にとってさえ不意打ちになるほどの勢いを出せば剣気云々の前に大変なことになるし、常識の範囲の勢いなら寝ていても彼女の反応は間に合うので安心していただきたい。
じゃあなんでセファールのちょっかいはNG判定なのかって、これもじゃれ合いのようなものである。
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