さて、緊急事態である。
端末しか動かせないとはいえ私の意識が戻った時点で割と騒がしくなりそうではあるが、それ以上に緊急事態である。
このまま流すのは不可能な事態である。
私が知らない間に、私に娘が出来ていた。
もう私が目覚めたとかそんなことを気にしている場合ではない。
第……もう一万回はとっくに超えているだろう新天地首脳会議だ。
私ことセファール。セイちゃん。らむくん。ヘカテ。
そして今回は特別ゲスト、私と同じ身長の娘(生後三ヶ月未満)である。ずっと眠っていたから自分でも生まれてどれだけ経ったか分からないんだって。
神殿の一室でテーブルを五人で囲む。
ずっとくっついてるじゃんこの子。服着せるの苦労したよ。
『――そんな訳で、娘です』
「……」
くっつきつつも、小さく頭を下げる。礼儀が出来ていて素晴らしい。
ところが、それを受けた三人――セイちゃんは既に知り合っているが――は非常に微妙な表情だった。
「……ヘカテ。任せていいかな。ボクは皆にセファールが意識を取り戻した旨を伝えてこないと」
「え、やだ。私も忙しいもの。魔術局の子たち、今代は優秀だから面倒見たいのよね。当事者の三人に任せるわ」
「私をしれっと当事者に含めないでください」
『パパ、認知して』
「聖剣の新しい鞘になりたいんですか」
暗に“お前を殺す”って言ってない? ちょっとした冗談じゃないか。
「はぁ……それで、君は誰だい? セファールを母とするのは、まあ置いといて」
至極面倒そうに、らむくんは少女に聞いた。
まあ、娘らしいこの子は現状不審者である。
私に限りなく近い存在とはいえ、私のベッドにいた理由とか、そもそも彼女が何なのか分かっていないのだ。
「――私は母であり、母は私だ」
『なんか哲学的』
「私はセファールのバックアップ体として存在していた躯体だ。それが先の戦いで母様から離れ、飛散した魔力や生命力、それから……人間たちの祈りを集めて疑似的に形成された人格……それが私だと思う」
「最後だけ急に自信なくしましたね」
「私としても、推測できる己の誕生理由がそれしか考えられない……すまない」
「あ、いえ、私の方こそなんかすみません。いつものノリで軽口言っちゃって」
何か互いに頭を下げ合っている。こういう光景珍しい。
この四人が集まると、全員頑なに自分こそが正しいと言い張ることも多いからな。
まあ、マウントを取り合ったりするのはどうでもいい話題だけだが。
一応全員、世界の最前線にあることは自覚しているのだ。真面目な場面ではちゃんと気持ちは一つになるぞ。
いや、それはどうでもいいとして。
私のバックアップだったのか、彼女。そういうものは作れるだろうとは思っていたけど、力を分けるのもどうかと思ってやっていなかった。
最初から破損した部分に存在していたのか、私の損壊に反応して発生したのか。
少なくとも、別の人格が生まれていることから、私のバックアップという性質は既に失われているようだが。
「バックアップ体……この端末と在り方は近い訳か。この神殿にいた理由は?」
「それは……分からない。目覚めたら、あそこにいた」
「……別に不思議でもないわ。命が生まれるならそれは母の傍であって然るべきよ」
おお、ヘカテがなんかいいこと言ってる。
昔、外宇宙から来た機神の裔って話を聞いたような聞かないようなだけど、ヘカテが一番そういう感覚に親身というか。
「……そうか。とはいえ、ボクとしては判断を付けにくいな。セファール、彼女が君のバックアップだったというのは、確認できることかい?」
『出来ないけど、そういう機能はあるっぽいし、この子の体の性質は私と同じものなのは分かる。私から生まれた存在だっていうのは、多分間違いない』
「この子より曖昧って」
『ぶっちゃけ私から作成された筈のバックアップがこんなに可愛いわけがないっていう感想』
「まあその通りではあるのだわ」
私のセンスは皆も知っての通りだ。
何も考えずに一から使い魔を作ろうとすると大体前衛芸術になるぞ。
そんな私からこの子が生まれたというのが一番信じられない。
……褐色の肌に私に似た紋様を刻んでいる辺りはちょっと前衛芸術っぽい。
「ヘカテ、どう思います? これ未来視案件では?」
「私もうアレ使わないって決めてるから無理。ただ、いいんじゃないかしら。この子が人の願いから生まれたってのは、何となく私には分かるし」
『いつの間にそんな力を?』
「貴女たち最近私が元・女神だってこと忘れてない?」
そういえば、ヘカテは元々人の信仰を受けていたんだっけ。
祈りとか願いとかは感覚で理解できるらしい。
ちなみに私はその辺り、よく分からない。信仰の対象になっているってのは当然知っているが、それを具体的に実感できているかと言えば、別にそんなことはない。
強いて言うなら、この世界に生きる人を思えば強くなれた気がするという感じ。
私としては、この子を迎え入れる……というか娘とすることに否やはない。
あまりに唐突な出来事だったが、くっついて離れないし、可愛いし。
で、らむくんは私たちの判断に任せる方針らしいし、ヘカテは賛同。セイちゃんは?
「……まあ、父親がいないなら」
『パパ、認知して』
「次言ったら世界滅ぼしますよ」
さっきよりストレートな“お前を殺す”発言だった。
なんでそんなに父親ポジションの言及に過激なのこの相棒。
「ともかく。セファールが構わないならそれで。その子については私のセファールレーダーが罪無しと告げています」
「何その胡散臭いレーダー」
「セファールに関しては何より信用出来る私の
何それ凄い。
そんなものを持っていたからセイちゃんは昔から私と意思疎通が出来ていたのか。
セイちゃんからのお墨付きもあれば、もう間違いはない。
『決まった。正式に私の娘』
「ぁ……ああ……嬉しいが、いいのか? そんな簡単に、何というか、緩く決めて」
「割といつもの事だよ。危険以外には大らかに、というのがセファールの方針だからね」
重大事項にしては軽い流れだが、そういうものだ。
対侵略種に関して以外は、緩いノリでやってきたのが、この世界なのだから。
『ところで、娘。名前は?』
「めっちゃ今更なのだわ」
「名前は……定義されていない。元々、セファールとなる筈の躯体だったからだろうか」
確かに、バックアップであるという前提なら、セファール以外の名前はないか。
かといって、名無しのままという選択肢はない。
母として、私が名前を付けてあげなければ。かっこよくて、尚且つかわいい名前を。
そう、だな……彼女の名は――
+
――戦火の中で、はじまりを思い出す。
己の名前を意識する度に、戻ることの出来ない何千年もの過去が、脳裏をよぎる。
突然に目覚めた私を、あっさりと受け入れた母と、その盟友たち。
その柔らかい空気を守らなければという決意に至るのは、早かった。
母様たちが作るその空気が、私は好きだった。
そして、それが無くなって、誰もかれもが命を懸けて戦う侵略種との戦いが、好きではなかった。
皆が笑顔でいられるというのは良いことで、それを奪う悉くは、悪いことである。
それを初めて母に話した時、“だから、笑顔でいられるために皆、戦っている”と聞いた。
明日の笑顔を、明後日の笑顔を、未来の笑顔を守るために、今日、笑わない。
未来の平和のために、今日に全てを尽くす。
そして、隣の誰かの安寧のために、己の明日を投げ捨てて世界を守る。
――――それを歪だと感じてしまうのは、この世界に生まれた民として、おかしいことなのだと自覚している。
この世界の人々はその生きざまこそが当然なのだ。
私もその中で生まれた以上、何故変だと思うのか、具体的に理由を述べることは出来ない。
ただ、単純に、“本来私が破壊すべきであった文明”というのは、もっと自己中心的で、もっとバラバラなものであった筈なのだ。
遊星の尖兵たるセファール。
母様がその破壊の対象であった筈のこの星を何故庇護する側になったのか、私は知らない。
何度聞こうとしただろう。だが、その度に聞くのが怖くなって、その一歩を踏み出せなかった。
その本来の使命を知らないようにさえ見える母様にそれを指摘するのは、開くべきではない禁忌のように思えてしまう。
……そう。母様はそれでいいのだ。
どんな不具合があったにせよ、今、母様は破壊ではなく文明を、世界を守ることを良しとしている。
私も、己の本来の存在意義よりも、そちらの方が好ましかった。
人の笑顔は見ていて心地良いものだ。
母様もそれを見るのが大好きで、人が笑顔のままに文明を発展させることに、この上ない喜びを感じていた。
私という存在は、人よりも強い。
多くを破壊するための力は、此方の視点に立てば、多くを守れる力であった。
私が暴虐を振るうことで、誰かが命を投げ捨てず、一つ多くの笑顔が明日に花咲くのであれば、それは何という光栄だろう。
ゆえに私は戦う。
命は壊さない。文明も粉砕しない。
私はただ、この世界を襲う“破壊”をこそ、破壊する。
やってくる侵略種を悉く、討ち滅ぼす。その私が、初めて抱いた、絶望。
感じ続ける命の危機。地獄と呼ぶに相応しい戦乱の中で、奇妙な者と、私は出会った。
これまでに例のない異質な侵略種。
その、脅威性を感じない、人と同じ姿。
見ず知らずである筈の私たちと共に、他の侵略種と戦う不思議な者たち。
「――私はアトリ。セファールの娘、その長であり、軍神の剣を受け継ぎし戦士の一人」
そんな異邦の民。善なる勇者に、私は――
「――侵略種ではないなら、お前たちは、何だ」
――母様と同じものを、感じた気がした。
■アトリ
セファールの本体修復時、飛散していた生命力や魔力、そして人々のセファールへの祈りと、より強い“守らなければ”という意思が、命を宿した存在。
剥がれた破片がセファールの死を予測したことで、内部に作成されたバックアップ体に上記の願いが集い、人格を得た。
生命として幼子から成長する必要がないため既に完成された、天性の肉体を有している。
セファールの娘として多くを学び、そしていつか戦場を駆けることになる戦士の子。
意識が芽生えた時に何らバグは発生していないため、セファール本来の目的を把握している。
しかし母がその使命から外れ、世界の守護者となったことを良しとし、母が愛する世界で、自身もまた守護者たらんと立つこととした。
命も、文明も破壊しない。己が破壊すべきは、この世界を脅かす“破壊”なのだ。
空を覆う偽りの輝きを蝕み、己こそが世界を輝かさんと、彼女はその暴虐を振るう。
■セファール
新天地首脳の一人。
基本的に考えは雑だがここぞという時の方針は彼女によって決まる。
今回、正式にアトリを娘として迎えた。私の娘がこんなに可愛いわけがない。
まだ意識が戻り切っている訳ではないため、絶妙に頭が悪い。
アトリへの態度は溺愛。あまり戦ってほしくはなかったが、その戦闘の素質は軍神の剣を授けるに相応しかった。
■聖剣使い
新天地首脳の一人。
自身が人を導くに足る存在だとは思っていないため、首脳会議についてはさほど積極的ではない。
とりあえず三人の話がぶっ飛んだ方向に行きそうになった時に修正する役割くらいは持っている。
ただしセファール関連になると一番暴走する。セファール本人も悪乗りするため、恐ろしいほど面倒臭くなる。
アトリへの態度は溺愛。アトリには自身と同じく剣を使ってほしかった。そうはならなかった。
■らむくん
新天地首脳の一人。
巨神国の事実上の王であるため、責任感は強い。始祖の二人が雑な時は自分も雑になる。適度な息抜きである。
今回の件は明らかに面倒な案件だったためぶん投げる方針だった。セファールの娘であればセファールも聖剣使いも真面目になるだろうという信頼も無くはない。
アトリへの態度は溺愛。何だかんだ、新たな生命の誕生を嬉しく思っている。
また、後に彼女に最大の出会いを齎したのも彼である。
■へかてさまヘカテ
新天地首脳の一人。
普通に面倒見が良いため、首脳会議にも積極的。人が詰まった時、物凄い遠回しに助言を出す魔術のおねーさん。
三人が暴走しがちなので相変わらず苦労する常識人。まあ、その騒がしい空気は苦手ではない。
ただし今回の件は死ぬほど面倒な気がしたため投げる方針だった。
元々人間を好ましく思った女神であった事もあり、人間に近い感覚を持っている。
アトリへの態度は溺愛。実はアトリの名付け親である。
セファールたちが提案する名前がどれもこれもアレ過ぎたため、ここ最近で一番頭を使うことになった。
アトリの名はエーテル、及び天空神アイテールから。
敵の無き、輝ける空をいつか――という願いを込めたものである。