思い返せば、二十年という年月は長かった。
しかしこの世界に広がる文明というものを理解するには、まだ短い。
アトリという名を貰った私は、最初の二年間を母様の下で過ごした。
母様とその盟友、聖剣使いことセイちゃん――母様とセイちゃん直々に、そう呼ぶ許可を貰った――にこの世界というものを教わった。
始祖たる二人が始めた世界。
それは、理不尽から始まるものではあったが、こうして今を人々は幸福に生きている。
全てが正しいとは言わない。だが、ひたすらに強固な世界の成り立ちは母様らしいものだった。
それから、十年を掛けて、ヘカテと一緒に世界を見てまわった。
この世界がどんな風に今を生きているのか。
私が知りたくて、頼んだことだった。
まだ世界の全てが理不尽に打ち勝てる訳ではなくて、通りかかった村が侵略種に襲われていることもあった。
母様やセイちゃんだって、すぐにそこに辿り着ける訳ではない。この世界の力は、まだまだ足りなかった。
だから、私は戦いに身を投じた。
この世界を脅かす侵略種。彼らから世界を守るという、至上の命題。
私は、強かった。母様と同じく、強くて、他の誰かを守ることが出来た。
己に備わる破壊の性質を、破壊ではなく守護のために使うというのは違和感があったが――それで守る笑顔と、受ける感謝は、心地良かった。
――残念ながら、防衛機構をはじめとする魔術礼装は、あまり得意ではないが。
私の知識の師であるヘカテも、この点についてはお手上げらしい。
どうも、母様も同じようだ。礼装を使う力加減とか、そもそも魔術を構築する適性とかの問題で、これらは得意になれないらしい。
だから私は、母様やセイちゃんと同じように、武器をとって戦う道を選んだ。
それが出来る人間は少ない。
いなくはないが、存在の強さというどうにもならない壁があることから、侵略種からの反撃を受ければ良くて重傷、大抵は即死という始末。
その弱さが別の強さ――防衛機構という道を編み出したのだ。
ゆえに前線で戦える遊撃兵は希少だった。セファールの娘である私がそこに立つのは、当然だったと言えるだろう。
母様とセイちゃんから近接戦闘の手解きを受けた結果が表れ、死ぬことこそなかったが――武器はすぐに駄目になった。
武器そのものが弱い訳ではない。侵略種という存在が強いだけ。
後は、私の戦い方が乱暴に過ぎるからかもしれない。母様から授かった紋に力を通し、敵の急所を穿つ。大抵それで、敵と同時に武器も壊れてしまう。
壊れてしまった武器が十本を数えた時。
らむの提案によって、新たな武器を与えられることになった。
らむから聞いた話だ。
かつて、まだ世界に神々という存在がいた頃。
母様はこの世界を侵略種と戦える世界とするために、神々を喰らい人の世界を創り上げた。
当然、その頃は神こそが世界の理であったため、それを変えようとするセファールに対し神々は断固として抗戦の構えを取った。
ヘカテも元々女神の一柱であったが、母様の新天地に賛同を示し、人を導くべく盟約を結んだそうだ。
神々との戦いは数年間だった。
その中で母様が死を覚悟するほどの強さであったうちの一柱が、軍神、あるいは戦神と呼ばれる存在であった。
ヘカテによればその頃に存在していた神の中でも最強も名高い一柱であり、母様を打ち倒す可能性も低くはなかったらしい。
その神を激戦の末に倒し、母様が戦利品として手に入れたものこそ、軍神の剣。
手に入れた時には既に折れていたため、剣として真価を発揮することは出来なかったものの、かつてはこれを用いてセイちゃんの命を救ったこともあるとか。
後にこの剣の因子の一部を使い、母様は自身の小型端末が扱うための武器を作成した。
それと同じように、私もまた軍神の剣の一端を持つことを許されたのだ。
私は多くに対応できる武器を望んだ。どんな状況でも突破し得る、希望とならん一振りを。
時に杭、時に斧、時に槍。そんな真紅の長柄こそが、私の戦い方に耐え、幾つもの戦いを共にすることになる唯一無二の武器となった。
――ある日の事だった。
飛来した侵略種は、小型の三体。
国のはずれ、母様が広げて、未だ手付かずの何もない場所に落ちてきた。
当然防衛機構もまだ設置されていない。たまたま付近の地区にいたこともあり、私が対処した。
「……」
――弱いな、というのが正直な感想。
飛来する侵略種というのも、様々だ。遠き土地の山奥にいる魔獣の方が強いだろう個体もいれば、母様やセイちゃんですら苦戦する個体もいる。
今回のものは、大掛かりな防衛機構を起動するのも不要なほど、未熟な個体だった。
或いは、これで種としては完成なのかもしれないが――物足りない。
どうにも、この戦闘欲のような感覚は好きではなかった。
破壊から人を、世界を守れればそれで充分なのに、この
それを感じる度に、私は己の本来の役割を思い出してしまうのだ。
「……侵略種三個体、討伐を終えた。後は頼んで、構わないか?」
『はい! アトリ様の手を煩わせてしまうとは……』
「良い。これが私の役目だ。寧ろ、積極的に頼ってほしい」
侵略種たちが完全に停止したのを確認し、小型の移送を担当する局に連絡する。
大型の種であれば、母様かその端末が直接赴き、その力を吸収するが、小型であれば侵略種の方を運ぶ。
仕留めたものなら人間が触れても問題はない。母様のもとまで運び、新天地を修復するための力とするのだ。
破壊の後の再生に、母様が己の力だけを利用していたら、母様が弱る一方になってしまう。
ゆえに、この侵略種の力を吸収し、それを無色の力へと変換した後、世界に還元する。
こうして世界は今の形を維持してきたのだ。
軍神の剣を自身の内に収納する。
この機能は、便利だ。武器を魔力に変えて収めておくことで、身軽なままに戦場へと向かうことが出来るし、不測の事態にも対応できる。
代わりに魔力が尽きてしまえば取り出すことも出来なくなるが、そもそも私は魔術礼装が苦手なのだ。あまり問題はない。
さて、帰ろうか、と踵を返し――向こうから歩いてくる、こんなところに来るとは思えない友が見えた。
「やあ、アトリ。侵略種討伐、ご苦労様」
「らむ――どうしてここに?」
母様の紋章があしらわれた、白く豪奢な装束に“着られた”、子供の姿。
その実、黎明より母様やセイちゃんたちと共に人々を導いてきた日輪神官も名高い、この国の事実上の王。
そんな存在が護衛もなくこんな僻地にやってくるべきではないと思うのだが……というか、その服、裾を引きずっているしこんなところ歩くのは良くないと思う。
「ちょっと君に預けたいものがあるんだ。セファールも君になら任せられそうだ、と言っていてね」
「母様が?」
母様に直々に期待を掛けられるならば、この上なく光栄なことだが――何だろう。
首を傾げ考えていれば、その間にらむは懐から小型の魔術礼装を取り出す。
「転移を使う。構わないかい?」
「む……わ、わかった。ゆっくりで頼む」
「はいはい」
――転移は、何度か経験があるが、苦手だった。
まだらむをはじめほんの数人しか操れない高等魔術。
決まった地点にビーコンを設置し、体を半霊子化、そこへ向けて高速移動を行う技術だ。
基本的に構築が完了した魔術は他者でも起動できるものだが、これに関しては実行中に幾度かの再計算が必要となることから、人々に広まっていない。
大型化したポータルのようなものを世界中の要所に設置するという案もあるようだ。その実現は、遠い未来になるとヘカテは推測していたが。
らむの手の中で起動した術式が私たちを囲み、体が変換される。
そして大きく頭が揺さぶられて――気付けば、まったく別の場所に立っていた。
「っ……ここは……?」
「侵略種研究局の地下だよ。
幾つか扉があるだけの、殺風景な通路。
転移の反動でふらつく体を壁に預けている私を残し、らむはその内一つの扉に入っていった。
侵略種研究局……魔術局や技術局と共同で防衛機構を開発している局だったか。
とはいえ、そんなところに何があるというのだろう。
何かを私に任せたい、と言っていたが。
頬を軽く張って酔いを覚まし、扉を開ける。
――僅かな明かりしかない暗い部屋に、黒い輝きがあった。
「……これは」
「――君が生まれた時の話だ。セファールが重傷を負いつつも撃破した侵略種。与えた傷を侵食させ、やがて自身と同じものにしてしまう災厄。その影響を受けつつも、彼は生き延びた」
強靭な四足で立つ、私よりも大きな黒い体。
薄らと走る紋章は私に近い。つまりは、母様の紋章だった。
「本当に偶然だ。セファールの破片の一つが彼に刺さり、侵食を中和――いや、適応させた。侵略種となりつつも、セファールの欠片がその脅威性を拭い去り、他に例もなく再現も出来ない単独種となった」
「……それが、この馬、か?」
強い力を持っているのは分かる。
侵略種と同じもので、それでいて、母様と同じものだ。
だが、確かに脅威性はそこまで感じない。
暴れ出せば恐ろしいだろうが、そうする気配さえ見せない、穏やかな瞳が此方を向いていた。
「長らく研究がされていたが、セファールがこの前、ボクに言ったんだよ。『アトリの馬として、どう?』って。此方は散々扱いに迷っていたってのに、あっさりと」
――何度か、馬を駆ろうと思った時はある。
私のような役割であれば、機動力がいる。私の足となり、戦場を駆ける馬が欲しいと思った。
だが、すぐに諦めた。馬では私の戦いに耐えられない。かつての武器のように、使い潰す羽目になってしまう、と。
或いは母様は、その時の私の無念を、気にしてくれていたのだろうか。
「セファールの因子が存在を補強している影響で、恐らく君のように長く生きることが宿命付けられている。相棒とするようなら、長い付き合いになるだろう。きっと――ボクでは見ることが出来ないほど、未来まで」
「……? なんか年寄りっぽいぞ、らむ」
「年寄りだからね、ボク。極めて長い一生も、もう折り返しはとっくに過ぎているんだ。少しは老爺らしい態度を取らせてくれ」
……そうなのか。
何だか、全然そうは思えないけど。母様も、セイちゃんも、らむも、ヘカテも、いつまでも変わらないように思えてしまう。
見る限り、その時が今日明日とか、数年後、数十年後には来なさそうだ。
……他の三人は知っているのだろうか。知っているんだろうな。それでいて、一切変わらない関係を続けているのだ。
そう思うと――この、らむの頼みというのが、彼が“やり残したくないもの”に思えた。
――その瞳に、真正面から向き合う。
全て、理解しているようだった。己の体が何に蝕まれ、何に救われたのか。
穏やかな中に、隠れた闘志が見えた。彼は隠しているつもりだろうが、何を思っているかはお見通しだ。
運命、と呼ぶのかもしれない。もしも母様が、彼の“それ”を知っていたのなら、やはり、母様は凄い。
「……私に付いてこれるか、
――お前の方こそ、付いてこい、
不思議と伝わってきた彼の感情に、なるほど、と笑みが浮かぶ。
どちらが先に、母の力を受けたのか。答えは出まい。
だが、この“見解の相違”がある限りは――仲良く出来そうだ。そんな確信があった。
――空を駆ける白鳥と対を成す、地を駆ける騎馬の群れ。
その先陣で万軍さえ打ち砕く、戦士アトリ終生の愛馬。
空を覆う偽りの光を喰らい正しき極光で塗り替える、侵略と奪還の蹄。
軍神を冠する鎧を纏う、黒き神馬の名は、『
日輪座す巨神国に唯一許容された、陰りを示す勇名である。
■アトリ
生まれて二十年、弱い敵だと物足りないお年頃。
戦闘スタイルは戦況を良く見て、敵の急所を全力でぶち抜く最適な一手を打つ頭脳派。一撃で仕留めれば被害も広がらないのだ。
ただし武器が耐え切れず、大抵その一発で武器も一緒に爆散する。
それを重く見たセファールより軍神の剣を授かり、新たな前線の星となった。ちなみにこの時の意図としては、継戦能力よりも「飛び散った破片で怪我したら危ないな」という心配の方が大きかったという。
日輪神官の手引きで終生の愛馬と出会う。なにかと自分と張り合う弟は命を預けるに足る相棒であった。
■エクリプス
元は巨神国で飼育されていた家畜の馬であった。性別はオス。
しかし、二十年前の侵略種の襲撃で負傷。その個体の侵食能力で衰弱していたところに、偶然飛んできたセファールの小さな破片が刺さり、存在を補強することで生き延びた。
この経緯を理解しており、セファールを母と見ているが、その成り立ちは娘であるアトリよりも、聖剣使いに近い。そのため、通常「セファールの子」という括りに含められることはない。
暴走が危惧され侵略種研究局で預かられていた彼の処遇は、セファールの一声によって決定した。
日輪神官もまた、それが最も彼の、そしてアトリのためになると判断し、彼らを引き合わせることとなった。
光を喰らう性質を持つ。黒い輝きである侵略種も喰らう。元々草食とか知ったことじゃない。侵略種と一括りにしていても全て種族は異なるっぽいので共食いではないのだ。
武功を上げまくったので軍神の剣まで与えられた。真紅の馬鎧だ。もはや防具である。
騎手であるアトリとの関係は一目で理解した。なにかと自分と張り合う妹は背中に乗せるに足る相棒であった。
■局
ムー巨神国内で各種分野の発展の中心として設置される機関。
国内においては防衛に携わる戦士も含め、多くの成人がいずれかの局に所属している。
魔術の発展を目指す魔術局、防衛機構の開発を行う技術局は世界を守る要であるため所属先としての人気も高い。
やや偏屈者の集まりやすい局などはあるが、各局の立場は同列であり、局同士の諍いは存在しない。人間同士で争いとかやっている場合ではないのだ。
■軍神の剣(斧槍)
放つ輝きの向きを変化させ、多くの状況に対応できるアトリの汎用型軍神の剣。
通常形態は斧の反対に杭、先端は槍。三色の光により三つの武器形態を同時に出力可能。剣にはならない。
これを用いた近距離~中距離の接近戦のほか、光弾を放つことによる遠距離攻撃も備える。
真名を解くことにより先端で三色を束ねた極光の一撃はあらゆる侵略を砕き得る。
天も次元も突破して明日へと続く道を掘るのだ。
■軍神の剣(馬鎧)
軍神の如き嘶きを極光と成し、軍神の如き勲を積み重ねる、軍神の如き馬鎧。
極光と日蝕、相容れぬ筈の二つは互いを喰い合わず、同一の敵を確実に塗り潰す。
黒き侵略の輝き、白き秩序の輝き、赤き軍神の輝き。
三つの輝きを一つに持つ唯一無二の神馬は、戦場に吹き荒ぶ嵐の如く、黒き雲霞を喰らい尽くす。
■この世界を侵略種と戦える世界とするために神々を喰らいどうのこうの
大本営発表。