この体になって二年が経過した。
激戦のピークは、多分あの剣を持っていた怪物か――巨大なロボットの群れだったと思う。
どんな世界観だ。なんかこう、剣と魔法のファンタジーって感じの世界じゃないのか。
一体を中心にかなり細かい連携を取ってきたし、食べても硬いし。
ただ、巨大化するにつれ体が重くて仕方なかったのが、あのロボットを食べてからは軽くなって動きやすくなったのは嬉しい。
どういう理屈かは知らない。それ以降は大きくなっても動くのが億劫にならなくなっただけ儲けものである。
食事には感謝するものであるが、彼らには特にそれを感じるばかり。
体が軽い、こんな気持ちで戦うのは初めて、もう何も怖くない。そんな気分であった。
とはいえ、軽くなっても大きくなっていく体というものは不便だ。
力も目に見えて強くなっていて、強く腕を振るえば洒落にならない衝撃が発生する。
だいぶ慎重にしないと人々の生活圏まで巻き込んでしまいそうなのだ。
少女との関わりも、一層慎重を期すようになった。
挑んでくる分には全然構わないが、誤って彼女を怪我させてしまえば大惨事だ。
にしても、どこへ行っても追いかけてくるな、彼女。ちゃんと食べて寝ているだろうか。
来てくれるのはとても嬉しいのだが、その辺が心配だ。
――あ、来た。
「……その、私が来た時にその耳みたいなのピンと立てるの、どうにかなりませんか。遊び相手としか思われていないようでかなりイラつきます」
この散々彼女に指摘されている小動物みたいなムーブは無意識である。体が勝手に動くだけだ。
そんなこと意識してやって堪るか。
こちとら目覚めて一年だが前世も合わせればそこそこになる。いつまでもそんな子供みたいな反応を意識的にやっていられない。
ところでこれ耳なのだろうか。
頭に二つくっついたそれは、確かにウサギの耳に似ている。
耳があるべき側頭部には特にそれらしき器官はないし、多分これが耳なのだろうが、別に塞いでみても音が聞こえなくなったりすることはない。
この体、というか俺という存在が怪物たちと同じようなものだというのは理解しているし、聴覚がもっと別の器官や感覚に依存しているという可能性もあるが。
その辺りの人との違い、存在の異質さを「そういうものか」と受け入れられるくらいには、この世界にも順応した。
「まったく……失礼しますね。よっと」
少女は俺の手が置いてある場所の傍にある岩に腰掛け、聖剣を鞘から引き抜く。
そしてどこか光の無い、死んだ魚のような目を此方に向けながら、聖剣で指をぺちぺちと叩き始めた。だいぶ雑になってきたねキミ。
「そりゃあこんなにもなりますよ。意味ないですもん。分かります? どこの村にいっても聖剣使いってだけで持て囃されるんですよ。二年近く、一瞬たりともこれを輝かせることが出来なかった私を」
なんか擦れ始めていた。その厚遇に結果を返せないことがよほど重圧らしい。本当に申し訳ない。
電池をあげることが出来れば良いんだけど。
「これでも、それなりに本気で修行はしているんですけどね。未だ細い木くらいしか斬れない始末ですよ」
『え?』
「え?」
今のは言葉を発したくて発した訳ではない。
この体が元から発することの出来る声というか音というかが思わずそれっぽくなっただけである。
いや、そんなことはどうでもいい。結局意思疎通なんて出来ないんだし。
木、斬れたの? その玩具で? デラックスとはいえ光って音が鳴るだけの、良く出来たレプリカぞ?
よく斬れたね? よくそれ折れてないね? そういう魔法でも使ってらっしゃる?
「え、何? 喋れたんですか?」
『
「あ、無理なんですね。なんでか安心しました」
よかった。未だ会話出来ないことは納得してくれたようだ。
アイコンタクトの精度も高まってきた。俺は彼女の目を見てもその時の機嫌くらいしか分からないけど。
「この切れ味はどうにかならないものですかね。そこまで認められていないのかって落ち込むばかりです。農具どころかその辺の石の方がよく切れるって」
確かに、聖剣が意図的に力を抑えているとも取れなくもないなまくらっぷりである。
もうこの際、鈍器として使ったらどうだろうか。
聖剣ならぬ聖鎚。それはそれでちょっとかっこいい気もする。
「変な想像しないでくださいね。なんか聖剣に作用しそうで怖いですから」
まさか、そんなこと起きないだろう。
思い込みでものの作りが変わる世界だったら今頃俺ももっと気楽に暮らせている。
具体的には、人間相応のサイズに縮小したい。
このサイズで助かることなんて、次の安住の地候補を求めて移動している時と怪物と戦う時くらいである。どちらも生きていく上で必要なことではあるのだが、その事柄自体が“無くせるなら無い方がいい”ことなのだ。
「……はい、百回。今日はこんなところで良いですね。食べます? そこの森で採ってきたんですけど」
雑に指を叩くのを終えた少女は、剣を鞘に仕舞うと手に持っていた麻袋から赤い果実を取り出し、此方に向けてきた。
少女の手に収まるほどの小さな果実である。
そろそろ“何百メートルぐらい”と自身のサイズを推測することも面倒になったのだが、指先ほどの背丈の少女の手に収まるほどの果実である。人とアリのサイズ比以下の小粒である。
空腹を覚えない体なので別にいいのだが、消化すらされないんじゃないかなと不安になるレベルである。
いや、くれるというなら貰うけど。せっかくこの子の好意なのだし。
「本当に食べるんですね。まあ、どうぞ」
指先に果実が乗せられ、それを落とさないように慎重に口元まで運んで、放り込む。
うん、何も感じない。
味があるとかないとか、噛む噛まないとかの話じゃなくて、舌に何かが乗った感覚もない。鈍感というかグルメな舌である。
「私が言うのもなんですけど、もうちょっと躊躇した方がいいですよ。貴女に毒を盛ろうとしている神もいると思いますし」
今のところそういう神様の存在は確認できていないし、手を出してくる気配もないので大丈夫だと思う。
そういえば、例のロボットたちの中にガスみたいなのを噴きかけてくるのがいた気がする。
あれを浴びた後はなんか体の調子が頗る悪かった。大きな顔のロボットを食べてからはそれも治まったけど。
もしかするとあれは毒の類だったのかもしれない。それで、あの顔のロボットは解毒の力を持っていたとか。であれば納得も出来るぞ。
呆れた表情のまま、少女は果実をもう一つ取り出し、齧る。「酸っぱ……」と顔を顰めていた。何も感じなくて良かった。
「……出た、哀れみの表情。その顔から体まで、いつか縦に両断してやりますからね。この聖剣が私を認めてくれた暁には……っ」
怖い。その犯行予告も、本気であの玩具で両断を成し遂げる気なのも。
たとえばあの聖剣のモデルみたいな光の奔流を使えるようになったとして。
彼女の十数倍くらいだった時ならまだしも、今の状態だとあれでも結構厳しいんじゃないかなとは思う。
というか剣からビーム出すのは例の怪物くらいで十分である。
あれ本当に痛かったからね? 胸に穴開くかと思った。最初から開いてたわ。セファールジョーク。
いや、まあ彼女の修行が報われてほしいという気持ちはある。
しかし彼女との友情は現状電池切れの聖剣によって繋がれているにも等しい状態だ。
もしも修行が報われ、彼女が鈍器で全裸の女巨人を斬る才能に目覚めたら。或いは聖剣が単なる玩具であることを知ったら。
どの道、この友情は終わりを告げるだろう。
それは何だか嫌だな。もっとこう、どちらも納得が出来る上での和解というか、共存をしたいものだが。
「悩み事ですか? あるんですね、貴女にも。歩くか戦うか食べるか寝るかしか出来ないと思ってたんですが」
獣か。ちなみに彼女と遊んだりもしているぞ。
「遊んでいる訳じゃないっつってんでしょうが。ええ、そうやって私を甘く見てのさばらせておくがいいです。その内神々すら凌駕する剣の才を目覚めさせてみせるので」
ともかく、彼女のその才とやらが目覚める時が来るのであれば、楽しみではある。戦うことになるか否かは置いておいて、だ。
その時のために、まずはその聖剣を持ち替えるべきではないかと思わずにはいられない。
なんかこう、RPGの初期装備的な剣でも良いから。
本当にあの怪物の剣を吐き出すことを検討した方が良いだろうか。
過ぎたるは何とやらとは言うものの、鈍器を剣と勘違いして修行を続けるよりは万倍マシだろう。
一の経験値だけ積める代物であっても今より良い状況になるのだ。だって、今彼女が積んでいるのは恐らく鈍器の経験値なのだから。
鈍器で無理やり斬撃を繰り出す練習をしている身だ。試しにまともな剣を持ってみるだけで世界が変わるかもしれない。斬鉄剣を技の冴えだけで成し遂げるのだって夢ではないぞ、きっと。
■セファール
地表が燃えていない。世界が燃えていない。
文明らしきものは全て避けて通られた。(なぜか)神々だけは隷属さえ許されなかった。
意味分かんね、と予言者は空を仰いだ。
これからは人の時代なのか、と支配者は頭を抱えた。
(神々は)手遅れだ、と学者たちはあきらめた。
で、アレは結局なんなの、とアナタたちは困惑した。
――――それは今日も丘の上で寝ている(現在全長256メートル)。
■聖剣使い
聖剣で細めの木を切れるようになった。
セファールという目標に比べれば、だから何だという感じなので本人は成長をまったく実感出来ていない。
何処の村に行っても結果の伴わない称号で厚遇されることに嫌気が差しやさぐれ始めている。
落胆や失望、怒りといった感情を向けられるのは慣れているが、最近、聖剣を見た鍛冶師に哀れみを向けられるようになったのは解せない。
■聖剣
電池切れ。
――セファールによる『聖剣の模造品であり、玩具』という認識、生前の『ようやく入手した大切なもの、間違っても傷つけてはならない』という思い入れの影響を受け、耐久力に強烈な補正が掛かっている。
ただし『剣としての機能がある訳がない』という認識も同時に影響を与えているため、切れ味は本来の玩具としてのそれより低下している。
光る(光らない)、鳴る(鳴らない)、壊れない、斬れないがセールスポイント。斬れない……筈なんだけどなぁ。
■ロボット
オリュンポスの神々。
地球に飛来する前からセファールを知っており、ゆえに警戒していた。
合体すればワンチャンあったが、力の要であった戦闘艦が既に敗北していたため、全力を出し切れず全滅した。
セファールは彼らを捕食した時、惑星の環境に最適化するための機能を獲得。
肉体にテラフォーミングが実行され、地球の重力など各種環境が原因の体への負荷が無くなった。
ちなみに本話で言及されたガスによる攻撃も、彼らのうち病毒・疫病を操る神の散布したナノマシンという設定。
実はセファールを殺す寸前まで行っていたが、顔のロボットを食べたことで上位命令が発行され無力化した模様。
■魔法
世間一般でイメージするところの魔法。
概ね型月世界の魔術と同義。
聖剣使いには魔術の心得はなく、他者は聖剣に魔術を行使するなど恐れ多いという認識のため、特に聖剣に強化魔術は掛けられていない。
■前世の世界
セファールに憑依した人格が前世で過ごしていた世界。
型月世界ではなく、普通に二十一世紀の現実世界をイメージしてくれれば問題ない。
余計なことをした神様(仮)については言ってしまえば舞台装置であり、それ以上の意味はないため気にしなくていい。よくある話である。
■今世の世界
型月世界。紀元前一万二千年ごろの世界。
この時代は人類史でも大きなターニングポイントであり、遊星の接近とそこから放たれた尖兵により地球は大きな被害を受け、先史文明は事実上消滅した。
本来の歴史であれば地上の文明、そして太古の神々を蹂躙したセファールは聖剣使いの人間によって討たれた。
メソポタミアの神々もこの時壊滅の危機に陥ったが、セファールに命乞いをしたことで生き延び、その後『一度だけセファールの手助けをする』という盟約を交わしており、とある世界線ではこの神の子に当たる某英雄王がその負債を支払っている。
また、Fate/Grand Orderにおいてはこの時代がきっかけとなり二つの世界が切り捨てられ、異聞帯が誕生した。
セファール及び遊星の設定の初出となるFate/EXTELLAでは、遊星から放たれた星船は月に落下し、地上に出現したのはムーンセルの機能を用いて投射されたマテリアルボディなのだが、ムーンセルの存在しない世界においても何らかの形でセファールは地上に出現している。
シュメール王朝の時代より更に太古の、非常に神秘の色濃い時代。多分現代人がそのまま転移したら爆発四散する。
■捕食遊星ヴェルバー
紀元前一万二千年ごろに地球に接近した遊星。被造物であり、ムーンセルを作成した文明の手によるものとされている。
接近した惑星に存在する知的生命体の文明を破壊し、収穫する観測装置。
該当の惑星に接近すると、文明を破壊するためのユニットが搭載された星船が放たれ、それぞれに定められた方法によって文明の破壊を実行する。
一万四千年前に地球への接近によって放たれた星船は三基あり、そのうちヴェルバー02と呼ばれる機体に搭載されていたのがセファールである。
――本作の世界線においては、神様(仮)による転移により、どういう訳か『一般人の魂』と『聖剣(誤)』と入れ替わるように『ヴェルバー01』と『ヴェルバー03』が現代世界に落下。
遊星はそちら側が実行した手段によって現代世界の文明を収穫して去っていった模様。とんだとばっちりである。
■神霊
とっくに手を出しているし毒も盛っている。
■友情
一方通行のものを友情と呼ぶのは憚られる。