たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

31 / 57
~紀元前一千年を迎える少し前~


次代

 

 ――空を見上げる。

 今広がっている雲一つない快晴、そして夜の満天の星空。

 昔は、それが好きだったんだと思う。

 寝室の天井に広がる作り物の星空の方が遥かに好きになってしまったのは、いつからだろうか。

 今やこの空は、侵略種が落ちてくるもの、という認識の方が強くなっている。

 

 侵略種との戦いが始まって、そろそろ一万年という月日が経つ。

 最初の頃は、とにかく私やセイちゃんが世界中を駆け回るしかなかった。

 それから、千年くらい経って、人々が各々が出来ることを尽くして侵略種を討つことが出来るようになった。

 数々の防衛機構は世界中に広がっていき、戦いは安定するようになって。

 アトリやブリュンヒルデ、そして多くのワルキューレが生まれたことで空にまで防衛機構の手が回り、地上にまで落ちてくる侵略種も全てではなくなった。

 そうやって進化してきた戦いの歴史は――終わる気配がない。

 侵略種はより強く、より多く、世界(わたし)を、人々を侵さんという意思を剥き出しにして襲い掛かってくる。

 昔は数年とか、数十年に一度というペースだった。

 それが、今はどうだ。

 一年に数体。来ていない時ですら、いつやってくるか分からない侵略種に恐れながら空を見上げる日々。

 

 ある日のこと。

 私は淡々と作業をするらむくんの隣に座って、少しだけ真面目な話をしていた。

 

『――昔の空の方が、好きだった』

「そうだねえ。今や、あの空に希望を向ける者なんていなくなってしまった」

 

 世界を守る白鳥たちが翔ける空。そうした、憧れはある。

 だが、ワルキューレという存在自体が、この世界がいつ来るかもわからない侵略種という危機に脅かされている証左だ。

 私にとっては、皆、可愛い娘たち。

 出来れば、彼女たちにも幸せを――と望むことが、おかしいことは分かっている。

 極論してしまえば、ワルキューレはこの世界のシステムなのだ。それを、何より彼女たち本人が自覚して、そのように生きている。

 

 ――見上げる空に、舞う翼。

 哨戒中の一隊の先頭を翔けるのは、ワルキューレの在り方としてはありがちな、長命を選んだ娘の一人。

 その中でも()()()――五百年以上の年月を生きることが出来ている戦士。

 

「……リリオペが死んでそろそろ五百年。クラリッサも統率役が様になってきたね」

『ん。後継ってのが重圧になっていなくて、よかった』

 

 あの娘――ワルキューレ・クラリッサは元々、長命を選ぶつもりがなかったらしい。

 心変わりがあったのは千年ほど前。

 侵略種との戦いで彼女の小隊を纏めていた、千年近くを生きていた歴戦のワルキューレ――リリオペが戦死したこと。

 

 侵略種に統一性はない。直前のものより格段に弱い個体が来ることもあれば、前代未聞の強さの個体が唐突に襲来することもある。

 その特性もバラバラだから、千年単位で生きてきたワルキューレがあっさりと戦死するということもおかしくないのだ。

 

 リリオペは死の間際、隊を任せる後継者としてクラリッサを選んだ。

 その意思は私の方にも伝わってきたし、ブリュンヒルデをはじめとして、他のワルキューレたちが否定することもなかった。

 あとは本人の重荷になっていないかが不安だったが――彼女は決してリリオペにも負けていない。

 きっと自身の後を継いで、超えてくれると確信していたからこその任命だったのだろう。

 

「……昔は、もう少し落ち着いた世界になると思っていた」

『私も。少なくとも……侵略種(インベーダー)との戦いが、こんなに長く続くとは思ってなかった』

「安定してきた、だけでは喜べないのがどうにも、つらいところだね。君にとっては、特に感じるものも大きいのだと思う」

 

 ワルキューレだけではない。この世界に生きるあらゆる生命だって、私にとっては子供みたいなものだ。

 それを脅かすように出来ている侵略種は許しがたい。

 だが、今のこの状況こそが最善である以上、どうにもならなかった。

 毎度毎度の戦いで、少しでも被害が少なくなるように、願うばかりの立場は、正直なところ――つらかった。

 

『皆は頑張ってくれている。けど……時々、心が折れそうになる』

 

 ――ちょっとした、本音。

 セイちゃん、らむくん、ヘカテ。多分、こうやって零すことが出来るのは、その三人だけだと思う。

 長く対等な立場である彼の前だからか、気付けば、口にしていた。

 

「――そっか」

『…………それだけ?』

「何だかんだ、君が絶対に折れないことは知っているからね。それに、ボクに気の利いたこと言えると思うかい?」

 

 ……むぅ、確かにそうだな。

 別に無意識だったから、何か言葉を掛けてほしかったという訳でもない。

 だから、らむくんの反応として正解ではあるのだが。

 

『あれだね。らむくんは乙女心が分かっていない』

「――――――――ふっ」

『せめて何か言葉で反応してくれない?』

 

 私渾身のボケを一笑に付すとは何たることか。

 言葉というのは文化の極みだろう。文化の最先端にあり続けたらむくんが、言葉すら寄越さないなんて許されるべきではない。我、巨神王ぞ。

 

「いやあ。笑いのキャパシティを超えただけさ。うんうん、流石、セファールに相応しいジョークだった」

『許す、本音を言いたまえ』

「二度と言わない方がいい。ボクじゃなかったら鳥肌が立ちすぎて死ぬ」

 

 どういう意味だそれ。

 喧嘩か? 喧嘩なら買うぞ。魔術ではヘカテに並んで最高位とは言えこの距離で殴れば勝てることは知っているんだからな。

 

『まったく、失礼にも程がある。仮にも王様で神官なのに、礼儀も何もない』

「前者は本当に仮なだけだからね。君たちがいる以上、形式上の王様なんて誰でもいいのさ。最低限に人を纏められれば、それで」

 

 そういうものなのか。

 結局私は、どちらかと言えば神の方なので、巨神王なんて大袈裟な称号こそあれど、王様らしいことはしていない。

 この端末だって、神様として使われる方が多い訳だし。

 だから、人としての王様は必要じゃないかと思っていたのだが……そこは私とらむくんの感じ方の違いだろうか。

 まあ、どうあれ今は、らむくんが人々を纏めることが出来ているから、問題ないのだが。

 ……。

 

『……ところでらむくん』

「なんだい?」

『何してんの?』

 

 今、何となしに見つめている、らむくんの作業。

 術式を組み上げている彼の前に鎮座する機械は、彼がヘカテと共に作ったもの。

 私たち以外の誰も招くことのない、太陽の良く見える部屋で、こんな大掛かりなものを作った理由。

 考えればすぐに分かる。だけど、それは私が指摘するのではなくて、彼が言わなければならないこと。その上で――私が受け入れなければならないことでもあった。

 

「――後継者造り、かな。リリオペのようなことは避けたいし、目が見えなくなる前にね」

『――――』

 

 ああ、知っていた。知っていたとも。

 私はもっと、ずっと先まで生きなければならない。セイちゃんも、そこまで生きてくれると誓ってくれた。

 ヘカテは、少なくともあと一万年は余裕だと言っていた。普段は節約モードに徹しているとかなんとか。

 そんな中で、この数千年、目に見えて弱っていったのは、らむくんだけだった。

 元々、既に亡い神の祝福で長命を得ていたのだ。

 その寿命は確実に磨り減っていくし、もうそれが残っていないことも、何となく分かっていた。

 

『――斬新な後継者造りだね』

「まあ、前代未聞だろう。普通の人じゃあ寿命が短いし、かといって君の力での長命ではなく、ボクのように特有の長命でないと、後継としては不相応だと思ってね」

 

 人のように、百年足らずの寿命ではなく。

 自分ほどではなくとも、神官として、王様として相応しい長命を。

 セファールの恩恵を受けずに今までそこにあった者の後継として相応しい者を。

 らむくんは、らむくん独自の技術で、自身の代わりを生み出そうとしていたのだ。

 

「歪に見えるかい?」

『……そうだね。結構、趣味が悪い』

「なら、それは君のせいだよ、セファール。ここまでボクは、君が望む以上は対等足らんと努めてきた。それが、後継者に拘りを抱く今に繋がっているんだから」

『……む』

 

 拘り、か。なら、私の責任だな。

 ――こうして、結果的に出来る存在は、きっとらむくんにとって満足いくものになるのだろう。

 私やセイちゃんと対等に成り得る、そんな存在になるのだろう。

 らむくんがその役割を終えた後も、人の世界を続けるために。

 

「ボクが死んだら、この子を頼むよ。最初はきっと未熟だろうから」

『――仕方ないから引き受ける』

 

 それがらむくんの願いであるのなら、聞くほかない。

 彼のことだ。きっと後継者は、彼を超えるほど優秀になるだろう。

 

『……あと、どれくらい?』

 

 だけど、それがどうにも気になって、聞いてみて。

 

「……百年くらいじゃないかな」

 

 ――そんな、私たちにとっては本当に短くて。

 だけど、余命として告げるにはあまりにも長すぎる年月。

 それを冗談交じりに言うらむくんがおかしくて、一頻り笑う。

 

 

 

 

 らむくんの見立ては少し外れて、九十年と少しで、彼は眠りについた。

 後継者である、ホムンクルスとでもいうべき少年は、礼儀正しくも元気な子で、日輪のように輝く笑みで、人々を引っ張ることになる。

 だけど、彼が支配者として一人前になるよりもずっと早く、その時は訪れた。

 

 天を覆うほどの、黒い流星雨。

 希望の一切が曇り、それが落ちてこない日の方が珍しくなった、地獄の日々。

 絶え間なく世界の何処かが傷ついて、磨り減って、削れていく――運命が齎す終末、私たちの黄昏。

 

 ――後にラグナロクと呼ばれる、長い、長い戦いである。




■セファール
一万年以上、共に世界を運営してきたからこそ、ちょっとした本音を打ち明けることもある。
世界に生れ落ちる生命が事実上、自身の子供であるため、それが失われることを我が子の死として受け取ってしまっている。
それはどうにもならない、この世界の摂理であり、明日を守るためには仕方のないこと。
受け入れるほかない別れ。絶望しか降ってこない空。
そして親友を喪った心の傷を狙うように、黒い流星は雨となった。

■らむくん
自身の限界を悟り、後継者を造り上げた。
一万年以上の年月。それを彼は、人を纏める者として生き続けた。
聖剣使いは、自身にその立場は相応しくないと見切りをつけた。それは正しいことだ。
これだけ長い間、支配者として責任感を持ち続けることなど、精神が耐えられる筈もない。
だというのに、彼はその体の寿命までを使い切った。そうでなければ――この世界に、友人たちに、示しがつかないから。

■ワルキューレ
二百年では自身の使命を果たすのには足りないと、長命を求める個体は多い。
だが、その大半は五百年と生きることはない。
長命を得たことで使命感がより強くなり、それが無謀に繋がってしまうためだ。
とはいえ、そんなありがちな時期を乗り越え、歴戦の戦士となった者もまたいる。
千年近くを生きる者はごく少数であり、ワルキューレ・リリオペは、ともすれば侵略種を相手に一騎当千すら可能とする逸材であった。
アトリやブリュンヒルデほどではないが、長きを生きて英雄とも言える力を手にした者。
――そんな、戦いの中心となるほどの将は決していない訳ではない。
ただ、守るべきは世界の全て。あまりにも広い戦場に対して、それらはあまりに少なかった。


★ウルト兎様よりらむくんのシンボルイラストをいただきました!

【挿絵表示】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。