たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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~紀元前一千年ごろ:ラグナロク開戦~


戦士

 

 

 ――それが、異常であるということは、若造である自身にもすぐに分かった。

 

 はじめにこの巨神国よりも遥か西に、またも侵略種が落ちてきたという話を聞いた。

 世界中に配備され、星を守るべく空を翔ける戦乙女たちによる連絡網。

 巨神国はその中心であり、防衛の最前線であるからこそ、侵略種の襲来は全域に告知される。

 俺が生まれた頃には、一年に複数の接近が当たり前になっており、それらと同じ頻度であれば、俺自身不思議に思うことはなかっただろう。

 だが、その一体が討たれた後、二時間後に一体、更にその一時間後に二体――。

 続けざまの襲来で、十二時間の内に合計八体が確認されれば、違和感を持たない者はいない。

 

 それは試練ではなく、我々に齎された終末であった。

 乗り越えるものではない。これを受け入れ、世界諸共滅ぶことこそ正しいのだと、理解出来た。

 誰しもが未だ諦めてはいない。

 最初の一週間で、巨神王が君臨してからの一万年以上という長い年月で確認された数を超える侵略種の襲来があったとなれば、何としてでもその流星雨に抗って見せるというのがこの世界の人間の在り方である。

 防衛機構は常に動き続け、人々は交代制で四六時中空を見上げ、一時間に一度は、何処かの誰かが侵略種を討伐したという報告が上がる。

 ――その、耐えられている状況はいつか終わる。

 我々が諦めるまで、決してこの地獄は終わることがないと、俺は悟っていた。

 

 

 物心ついた時から、俺はどうにも、この世界において異質な存在であった。

 小さな脳から溢れそうになる智慧の泉。

 誰に教わったということもないのに湧き出てくる、この世界の常識ではないナニカ。

 それは幼子であった俺に大抵の常識を教え、戦いを教え、生きるすべを教え、この世界の異常性を教えてきた。

 取り分け特殊であったのが――智慧曰く“正しき世界”だという、この世界とは異なる歴史を歩んできた異なる世界の知識。

 空想を描く物語の類は、確かに存在する。

 だがそれらとは異なる歴史の厚みが、流れてくる知識には存在していた。

 妄想だ、と切って捨てることは簡単だ。どれだけ厚みがあっても、実際に生きている世界の方が現実感も、実感もある。

 だが、それを捨てることを、俺は選ばなかった。

 それは或いは、この世界における全知たる巨神王の加護であり、いずれこの世界に如何なる形かで貢献することになるかもしれない、と。

 

 ――結果として、その予測は正しかった。

 異なる世界における、俺。本来であれば存在すら知らない筈であり、交わることもなかった“もしも”。

 その世界には王が幾人もいて、その一人の子――つまりは王子として生まれた存在。

 やがて彼は戦士となり、幻想種の王たる巨大な竜を屠り、戦士の王と称えられる。

 そんな存在を観測し、倣うように身につけた力は、当たり前のように役に立った。

 

 この世界は、多くの防衛機構と、戦乙女によって守られている。

 地を駆ける戦士たちの長と、全ての白鳥たちを制御するその妹。

 そして代替わりして間もない日輪神官と、人々に防衛のすべを与えたかつての女神。

 頂点にこの世界そのものたる巨神王と、その盟友たる聖剣使い。

 侵略種を相手に、単独で戦うことが出来るのは、純粋な人間ではない彼女たちばかりであった。

 ゆえに人々は防衛機構を作り出し、それぞれが団結して世界を守ることを可能とした。この世界が歩んできた人類史、その努力の結晶というものだ。

 

 人間は何の用意もなく侵略種と出くわせば、抗うことすら出来ない。

 それは長い歴史が証明している、常識ですらない事実。今の人間であれば、本能で理解していること。

 そんな前提があったからこそ、俺という存在は異質に過ぎた。

 

「しまっ――人間! 一体そっちに行った! 持ち堪えて!」

「――応。だが、一つ提案をしたい」

 

 その四肢を不規則に動かして突っ込んでくる巨体を見据える。

 開かれる大口。黒々とした牙の群れ。

 俺とて人間。本来であれば、あれに襲われれば瞬く間に散る筈の命。

 だが――一度それを否定して、抗うことに成功してみれば、“それが出来る存在なのだ”という認識で塗り替えることは容易かった。

 

「ッ――――!」

 

 その突撃を、得物で押し止め、受け流す。

 当然、もう一度、ヤツは此方に向かって来ようとする。

 ゆえに、振り向きざまに合わせて獲物を構え――引き金を引く。

 発破。射出。命中。爆裂。

 脳天を撃ち抜いたという確信。足を滑らせるようにして倒れ込んだ侵略種は、そのまま動かなくなった。

 

「――この標的、当方が片付けても構わないだろうか?」

「もう片付けているじゃん……にしても、そっかあ。噂は本当だったかあ」

 

 間違いなく討ったことを確認し、共に戦っていた戦乙女に向き直れば、彼女は残った三体の首を切り落としていた。

 正確、高速の双剣技――あれで元は戦乙女の中でも凡才だったというのだから、恐れ入る。

 本音を言えば、たった一体しか此方に来ないとは思っていなかった。“剣”が余るというのは、好ましい話ではあるが。

 

「怪我はない? 真正面から受け止めてたけど」

「無傷。一度の突撃さえ耐えられないほど、軟弱な“つくり”ではない」

「……君って本当に人間?」

「正真正銘の人間である」

 

 信じられない、という視線も無理からぬこと。

 これは、出所の不明な智慧を元に鍛えた結果だ。事情を説明しても荒唐無稽に過ぎる。

 

「まさか本当に侵略種と戦える人間がいたなんてね。これはお姉様に報告案件だなぁ……下手するとお母様にも。どうしよ、最近はどっちもメチャクチャに忙しいし……」

 

 はぁぁ、と気が重そうに溜息をつく戦乙女。

 そういう野心もない訳ではないが、それを報告する身を考えれば頭も痛くなる。申し訳がない。

 手を組んでぶつぶつと呟き考え事をしている彼女の邪魔をする訳にもいくまいと判断し、俺もまた自身のやるべきことを行う。

 即ち――次の戦支度と、勲の摘出を。

 

 討った侵略種に近付き、腰に提げた剣を引き抜く。

 このまま放っておけば侵略種は魔力に満ちた結晶体となる。

 そうなれば、巨神王が吸収し己の力とする以外に用途がなくなる。そうなる前に、使えるものを切り落とし、保管する。

 牙、爪、角、眼。いずれも一切色に変わりのない純粋な黒だが、触れてみれば質感は異なり、他の部位とはまた違う“呪”で構成されている。

 

「……いや、何してんの君」

「侵略種の解体を。我が砲撃機構で放つ剣は侵略種の爪や牙を加工したもの。使った分は仕留めた獲物で補填しなければならない」

「ごめん色々突っ込みたいこと増えた」

 

 戦乙女は俺が作業のために置いた武器と、『剣筒』を検める。

 あまり複雑な機構でもないため、触れて調べられても困るものではない。

 世界を守る要たる戦乙女であれば、人の防衛機構に興味も湧こう。

 

「えぇ……嘘だぁ……? 侵略種から爪剥いで剣にするとかそんな悪趣味な……死んでも危険なのがいるってのに……」

「無論、万全の注意あっての行動である。触れる手甲には十二分に防護を施し、出来た剣も放つ時まで一切外に破壊を齎すことはない」

「やだ今の人間ぶっ飛び過ぎ……? ってか剣にしているのに何で射出するのよ。それ剣じゃなくて弾って言うんだけど」

「剣ではある。しかし、弾とも言う、ということでどうだろうか」

「いやそれっぽく言っても納得できないから」

 

 何ということはない。

 この剣を最も高い威力に変換して敵にぶつける方法が、中に込めた魔力を暴走させて放つことという結論に至ったまで。

 剣の形であれば、その威力の“向き”というものも分かりやすい。

 ゆえに、侵略種という攻撃性を剣に変え、弾として、砲撃機構に装填して放つ。

 それを主軸として組み上げたのが、俺が侵略種と戦うための戦法だった。剣の一本一本が使い捨てとなるデメリットは存在するが。

 

「無論、巨神王に奉ずる体の全てを使いはしない。安心してほしい」

「私が気にしているのはそこじゃなくて、貴方の常識の類なんだけど」

 

 仕方あるまい。これ以外の方法であれば、必然、リスクも増す。

 肉体の頑強さも得られれば良いのだが、侵略種の身は己を守るということが考えられていない。

 これで防具を作ったとて安全性が確保できる訳でもなく、これが最大限、人間が安全に戦う手段であるのだ。

 

「はぁ……とりあえず、貴方のことはお姉様たちに報告するわ。戦法はどうあれ、戦える人間がいるってのは、この戦況を打開する要因になるかもしれないから。もしかするとお呼びがかかるかもだけど」

「承知。救援感謝する、ワルキューレ・ネネッタ殿」

「それが私たちの使命なので、感謝されるまでもありません、ってね。――で、人間、貴方の名前は?」

 

 千年を優に超える年月を戦い続ける、歴戦の戦乙女。

 それに名乗るに足る功績を挙げた訳でもないが、求められれば名乗るほかない。

 

「――シグルド。魔剣を持ちて侵略種を撃ち落とす、戦士を志すもの――と覚えていただきたい」

 

 ――身勝手にも、人間の意地を代表している者として。




■シグルド
ほら、投げないでしょ?ムー巨神国沿岸の、とある地区で生まれた人間。
現在、二十歳前後であり、自他ともに認める若造。しかしどこか達観した、冷たい氷のような人物。
物心ついた頃から、頭の中にこの世界とは異なる人類史の光景が浮かぶ現象に苛まれている。
人の諍い、国の滅亡、神々の黄昏といった、この世界にはない別の過酷さを知ることで、侵略種に対する恐怖に複雑な耐性が芽生え、年齢不相応な精神が出来てしまった。
その智慧を妄想と切って捨てることも出来たが、彼はあえてそれを元に、己を鍛え上げる道を選んだ。
別の世界における戦士の王たるシグルドの見様見真似で戦い方を学び、それをこの世界に適応したものに改造。
侵略種との戦いに適した、砲撃機構を抱え、剣を弾としてぶっ放す魔剣戦士が誕生した。
砲撃機構はこの世界の技術が中心だが、魔剣の加工は別の世界の智慧を中心に自ら組み上げた、この世界にも別の世界にもない独自の手法。
技術の独占ではあるが侵略種を加工するなどという暴挙は誰も真似しようとしないのでセーフである。
今、メインとしているのは試作型の魔剣。弾とするほか、侵略種の解体に利用しているのもこれ。

■ネネッタ
ワルキューレの一羽。二百四十番目というかなり早い段階で生まれた個体。現在残るワルキューレの中でも、最古参の一羽に数えられる。
生まれて間もない頃から目立った功を挙げる、強力な個体であった。
その力を長く誇示するため――ではなく、世界の維持に自らの力は有効だと考え、長命を選択。
一時期はその使命感が強くなりすぎて、多々暴走しかけていたものの、アトリとブリュンヒルデの助けもあってそれを乗り越え、今まで生き残るに足る戦士になった。
武器は細身の双剣。空戦、地上戦どちらも得意で、アトリやブリュンヒルデの副官を務めることも多い。
やや子供っぽい性格は、身に付けた技術の凄烈さとはまるで噛み合っていない。不調だったり寝ていても体が勝手に動いて戦えるタイプ。聖剣使いもその類らしい。

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