たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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逆光

 

 

 

 

 ――空は、青かった。

 爽やかに晴れ渡っていれど、しかし、そこに希望なんて感じない。

 分かる。見えるものなんてないけれど、黒い星々が迫ってくることが分かる。

 

 空を塞ぐのは、私も好ましくはなかったけれど。

 苦肉の策だ。太陽の光は変わらず降り注ぐ。雨も、雪も、そういう天気であれば変わらない。

 侵略種という対象だけを防ぐために、蓋をする。

 

『――――ッ!』

 

 私という存在を構成するリソースの一部を引き剥がし、空へと上らせる。

 その一時――世界中の大地が白く染まった。

 浮き上がった魔力の障壁は天幕となり、直後に落ちてきた侵略種はその何層もの嵐に焼かれ、絶命して降ってきた。

 ――うん。問題なく機能している。

 規模(スケール)を二つほど落としてでも世界中に展開した甲斐があったというもの。

 

「……お母様、大丈夫ですか?」

『――ん。大丈夫。これで、何ヶ月かは、抑えられるかな』

 

 世界全域を平等に覆う天幕は、戦いしかなくなった日々に、仮初の安寧を生む筈だ。

 その間に、ワルキューレたちも、人々も、ある程度は息を抜いてほしい。

 そうでないと――本当に、誰一人立てなくなってしまう。

 

『ブリュンヒルデは休んで。少なくとも、何処かが綻びるまでは、何も起きないから』

「その前に、妹たちの部隊を再編制しないと。それから、各地の防衛機構の修復支援も。お母様ばかりに頑張らせる訳にはいかないので」

 

 ――侵略種との戦いは、それまで、多くても数ヶ月に一度というペースだった。

 変化は突然だ。

 黒い流星雨。世界中が戦場になるまで、一日とて掛からなかった。

 侵略種の大量襲来という異常事態はそれまでの、確たる備えをしておけば被害は最小限で済むという認識を、たった一晩で粉砕してくれた。

 決して安定に甘んじていた訳ではない。

 “多少の被害”を“無傷”にまで昇華出来るよう、全体が研鑽と努力を欠かしていなかった筈なのだ。

 その最善では足りなかった。人々の笑顔は一瞬で奪われた。今、この時、誰が笑っていられよう。空の色、時間によらず――世界は暗くなっていた。

 

 七日間で、これまで対処してきた数を超え、尚も侵略種の雨は止む気配がない。

 セイちゃんもアトリも戦い切りだった。聖剣が百度輝いても雨雲は切り裂けず、アトリとエクリプスの極光が大陸を駆け尽くしても新たな光が落ちてくる。

 戦えない訳ではないのだ。

 侵略種が複数落ちてきても、今や人々が操る防衛機構で対処が出来るほど、かれらは進歩した。

 だが、あまりにも数が多く、あまりにも悪夢が長い。一体どれほど、これを続けていれば良いのか。

 一度に十体を相手に出来る防衛機構でも、百体が同時に突っ込んでくれば成す術がない。たとえ十体が相手であっても、その状況が絶え間なく続けば次の朝日までも耐えられない。

 

『……なら、程々に。無理はしないで』

「無理をしないと、いけない状況ですもの――もっと、頼ってください、お母様」

 

 ワルキューレたちだってそうだ。

 総数としては、増えている。世界(わたし)が壊れた分だけ、続く修復の波で生まれるワルキューレは多くなる。

 誰かがその役目を終えて落ちれば、その意思を継いだ娘が現れる。ただし――失われた命も、力も、戻っては来ない。

 一騎当千の如く、崇敬を集めていた娘たちが、何人失墜しただろう。

 ブリュンヒルデは普段通りに見えて、とっくに限界だ。

 独自の状況共有能力により、愛する妹たちが現在進行形で砕かれていくのを、否応にも理解してしまう。

 しかし、彼女たちを管理、指示する立場として、共有を切るなどということは出来ない。

 泣く暇すらないことは、この状況では悪影響しか与えない。だから少しでも休んでほしかったが――今の彼女の、使命への依存は、危険だ。

 

 ワルキューレの発端として、はじめから圧倒的な力、長大な寿命を持っていたブリュンヒルデには、後付けで長命を持ったがゆえの感情への負荷が掛かりやすい時期が存在しなかった。

 使命感が強迫観念に変わる危険な時期。どれだけ他者が気遣っても、無謀を煽ることにしか繋がらない不安定。

 今のブリュンヒルデは、それと同じだ。

 過去、何人もの娘たちがそれに陥って、自暴自棄になって死んだ。止めることが出来た例は少数だ。

 折を見て、休息を命じないと。こうして束の間の安寧が続くうちに。

 

 ――ブリュンヒルデお休み計画を立て始めた矢先。

 彼女の隣、つまりは私の手の上に、懐かしい姿が現れた。

 

「――お疲れ。二回り縮んだ甲斐はありそうね」

「ヘカテ様――」

 

 この悪夢が始まって、そろそろ二年経つか。

 最初の十日間ほど共に異変を観測し、未曾有の危機と見てからは各地の対処に回っていた、親友の一人。

 ほぼほぼ二年ぶりに見たヘカテは、随分と様変わりしていた。

 

『久しぶり、ヘカテ。なんか錆びた?』

「錆びるかっ。――まあ、経年という意味じゃあ間違ってないけど。あちこちイカれて、だいぶ老けた気分だわ。大陸単位の対終末防御結界とか一ヶ月ぶっ通しで動かすものじゃないっての」

 

 ――分かった。体中に走る赤いラインが色褪せているんだ。

 結果、黒い体も相まって全体的にくすんで見える。

 にしても、ヘカテ本来の機構をフル稼働していたのか。それも、大陸単位で。

 防衛機構の配置が比較的薄い巨神国の外で被害が少なかったのは彼女のおかげだったんだな。激戦が過ぎるから、要因まで見ていられなかった。

 

「これで二ヶ月は、一応平穏かしら。相変わらず油断は出来ないけれど、人間たちが眠る時、ほんの少しだけ安らげるくらいには」

『……三ヶ月は維持できる確信だったんだけど』

「無理よ。接近の増加傾向は続いているんだから。このままのペースで増え続ければ二ヶ月と少しが限界」

 

 ……防衛機構の修復は、どうにか終わるとして。

 皆が休まる機会の確保はやっぱり難しいか。

 結構――相当、力は使ったんだけどな。それでも碌に耐えられないくらい、侵略種は増えているっていうことか。

 

「……ヘカテ様。この現象は、いつ終わるのですか?」

「この大量襲来のことを言っているなら――千年ってところじゃないかしら。そのくらいあれば、私たちも、セファールも皆滅びきるでしょ」

 

 憔悴した様子のブリュンヒルデの、切実な問い。

 それに、ヘカテは事も無げに言った。正確には――事も無い、と見せかけながら。

 

「――――――――、それは」

『……つまり、私たちが全部死ぬまで、止まらないってこと』

「そ。確証はないけど、これだけ私たちに害意を向けて来てるんだから、大方滅びの具現化よ。一つの強い世界が弱っていく様子――出る杭は打たれるってやつ? そんな強硬手段の一つに思えるけどね」

 

 ヘカテは、何処か遠くを見ていた。

 杖の先の炎を通してはいない。ヘカテは、あれを通して未来を見ることはなくなった。

 だからそれは、あくまで彼女の推測に過ぎないのだろう。

 とんでもなく博識で、何を根拠に、何を組み立てて、何処からが事実で何処からが空想なのかも分からない幾何学を描くヘカテの推測。

 一つが抜きん出て強くなってしまい、ゆえに修正を求められるという――何処か、ありふれたものだった。

 

『――なんか、人間的だね、ヘカテ』

「私も感化されたわね。一万年以上も人間の面倒見ていればそうもなるのだわ。ま、それっぽく言ったけど憶測の一つに過ぎないから、本気にしないで」

「は、はぁ……一体どこからが憶測ですか?」

「『確証はないけど――』から全部。つまりは、滅ぶまで止まらないってのはそれなりに自信を持って言えるってこと」

 

 その上で、襲来のペースが加速し続けて、私も含めて限界を迎えると踏んだのが千年後、と。

 勿論、ヘカテのことだ。そうは言いつつわざと此方を過小評価しているのだろう。

 実際にそうなったとして、千年は耐えられる。そうなることで、千年後の私たちを安心させよう、勇気付けようとしているのだ。

 

「ま、抗うなら抗うで、限界まで付き合うわよ。引き延ばせるならやってみなさい」

 

 本心だ。ヘカテはその滅びを受け入れて、世界に付き合ってくれると言った。

 だが――ちょっと違うな。やっぱりらむくんが死んだこととか、人々の笑顔が曇ったこととかで、ヘカテも弱っているんだ。

 

『――ヘカテ。あまりブリュンヒルデを絶望させないで』

「……悪かったわよ。ごめんね、ヒルデ。でも、現実は正しく認識しないと」

『現実主義の癖に夢見がちで頭お花畑なのがヘカテでしょ。これで参ったとか、炉心と演算回路が腐った?』

「クッソ辛辣なのだわ!? 今までの精神ダメージ値が一位だった『名乗りを見栄扱いされた時』をたった今更新したわおめでとう!」

 

 え、嘘。あれ一位なの?

 初期も初期、まだ盟約すら結ぶ前だぞあれ。出会ったその時の出来事でしょ。

 この時のセイちゃんに斬られかけたこととか、その時のセイちゃんに斬られかけたこととか、あの時のセイちゃんに斬られたこととか、どの時のセイちゃんに斬られかけたこととかよりもあれの方が上だったの?

 

 ……まあいいや。それならそれで、記録更新だっていうなら懐かしい始まりの日を思い出すことにもなるだろう。

 思い出せ。ヘカテはそんな、諦め屋じゃない。付き合いが良すぎるお人よしならば――勝手に結末を決めるな。

 

『抗うんじゃ足りない。勝ち切る。勝って、もっと先に進む。この世界は、これしきのことで滅びない。何かがここを滅ぼそうとしているなら――それも超えられるくらい、可能性に溢れている』

「――お母様」

 

 ワルキューレは誰一人、折れていない。折れかけてはいても、その芯だけは、罅割れてもいない。

 人々は強壮だ。明日は駄目かもしれないけれど――明後日に笑えるかもしれなければ、今日と明日を頑張れる。

 そんな世界であることは、(せかい)が誰より知っている。

 だから、滅びてなるものか。相手の全てが滅びきるまで、意地でも私たちは滅びない。

 

「……なんかむかつくわね。セファールに可能性を説かれるの」

 

 ――よし、戻ったな。

 相変わらず赤いラインは控えめなままだけど、ヘカテの気持ちだけは元通りだ。

 

「――ああもう、しゃーない! やってやるわよ。抗戦でも引き延ばしでもなく勝てるならやってみなさい!」

『その意気。ヘカテはそうじゃないと』

「もう私も手段を選ばないからね。本気で、全霊で、戦乱を終わらせてやろうじゃない!」

 

 こうなったヘカテは凄いぞ。私の想像出来ないことを想像出来ないレベルでやらかす。

 とんでもないこと仕出かして、そして結果的に上手い方向に転がるのだ。

 ブリュンヒルデも、ちょっとだけ元気出たな。

 さあ、天幕が壊れるまで、全力で立て直して、全力で休むぞ。他でもない、勝ち切るための反撃に向けて。




■セファール
全長三二七六八メートル→八一九二メートル。
使い魔作成スキルの応用で自身の分身とも言える強力な天幕結界で世界を覆い、束の間の安寧を作り出した。
以前の侵略種接近ペースであれば、四桁や五桁メートルの規模(スケール)の成長に数千年を要する。それだけの力を一気に使い、僅か二ヶ月の時間稼ぎとしたのだ。
ラグナロク開始以降はそれまでとは比にならないペースで侵略種が襲来するため、このレベルの力の補填も賄えるほどになっている。
世界の修復、防衛、そして本体を用いた戦闘。セファールとしての全てを使い、滅びに立ち向かう。
全ては未来のため――勝利のために。

■ブリュンヒルデ
ラグナロク開始以降はもっぱらセファールの側近として寝る暇のない日々を送っている。
ワルキューレの中でも抜きんでた力を持っているが、それでもアトリと比較すると劣る。
どちらかというと、彼女独自の魔術を用いた支援の方が得意であり、その過剰スペックによる補助は敵にするとぶっちゃけ侵略種より怖い、とアトリは語る。セファールも語る。
前線に出て、無数に散っていく妹たちを否応にも感じ取ってしまうため、病みかけていたが諦めなど知らないかのような母に感化され、少しだけ持ち直す。
――とある人間の戦士の存在は、ワルキューレ伝手に知っているだけ。

■三叉路のヘカテ
魔術の伝道者。防衛の穴を埋めるべく巨神国の外に出て、大陸規模で被害を抑える結界を、一ヶ月張っては一日休んでのペースで約二年間展開していた。
侵略種については、この世界への修正力――出る杭を打つための抑止の一種と踏んでいる。
実際のところ、その推測には明確な根拠がなく、色々と説明付けても「もっと単純な何かではないか」という疑念が消えないでいる。
ただ、「侵略種の襲来は終わらないこと」と「侵略種は“何か”がより分かりやすく、攻撃的になった“現象”」であるということは確信しており、そのペースの加速は即ち滅びを逃れられなくなったことと同義と結論付けた。
セファールは好きではないが気に入っている。共に人間を愛し、かれらが発展することに歓びを感じる同士のことは、紛れもなく親友であると言い切れるし、信じることが出来る。
彼女が“この世界は勝ち切れる”というのなら、自身が演算した加速的な終末を捨て去り、名も知らぬ“御同輩”の残滓をかき集めて、掟破りの狼煙を焚いて見せるくらいには。



――輝け。輝け。導きの灯。

――届け。届け。希望の灯。

  果てなき嵐の果てを超え、遥か虚空の彼方まで――
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