やあ、おはよう藤丸くん、マシュ。よく眠れたかい?
うんうん、結構。ようやくまともな拠点が確保できたからね。睡眠は毎日しっかり取りたまえよ。
さて――集まってもらったのは勿論理由がある。
異聞帯への進攻目途が立った訳じゃないよ。
大西洋異聞帯に行くにはまだ、シャドウ・ボーダーの航行能力が不足している。
目下作業中の専門家が言うには、先にインド異聞帯に行く必要があるらしくてね。
そこで調達する部品と取り付けるための事前準備の最中ということさ。
また、太平洋異聞帯についても一応は保留。
他の異聞帯に比べ異様なペースで拡大しているここは、近いうちに中国の異聞帯と衝突するだろう。
その際に発生するのは、異聞帯同士の争い――どちらかの人類史を、どちらかが飲み干す生存競争と思われる。
これは現状、手が出せない。
太平洋異聞帯は海の上だ。大西洋異聞帯と同様の理由で侵入には無理があり、これまでの異聞帯攻略ペースから考えると、衝突までに中国異聞帯の空想樹を伐採するということも難しい。
今回の話はまた別。ともすれば、異聞帯よりも厄介かもしれない話。
というのもね、特異点が発見されたんだよ。
……うーん、今の言い方はちょっとだけ語弊があるな。
正確には、特異点が向こう側から接触してきた。
特異点を示す座標にあった、ほんのちょっとした歪みを此方が発見するや否や、レイシフトを実行するのに十分な情報を寄越してきて、かつ現在進行形で此方の機器の観測に補正をしてきている。
つまるところ、特異点からの“来てくれ”という合図みたいだね。
それが此方に害意があって誘っているのか、或いはSOSなのかは判断が付かない。
そもそも――白紙化地球においてこれほどの特異点は発生し得ない筈だ。
あり得るのは、放っておいても人類史に影響を及ぼさないレベルの微小特異点のみ。
人類史そのものが真っ白になってしまっている以上、人理崩壊の予兆が発生するための舞台自体が存在しない。
だから何かの間違いかと思ったんだけど――トリスメギストスⅡは今も正確に、その座標を示し続けている。
問題となるのはもう一つ。
この特異点の発生地点なんだけどね。
落ち着いて聞いてほしい。
――年代は紀元前一千年。場所は北欧だ。
「――ダ・ヴィンチちゃん、それは、まさか……」
そう。先日攻略した北欧異聞帯に被った座標。
さらに年代は紀元前。特異点としては、第七特異点バビロニア以来の神代を示している。
――考えられる可能性は、人理焼却の影響を受けた特異点でありながら、カルデアの技術をもってしても発見できなかったということ。
それが人理の漂白と、北欧異聞帯による上書き、さらに異聞帯の消滅という三度の更新によって状態が変化し、捕捉可能な数値になった。
新たに特異点は発生し得ないけれど、“元々残っていた特異点”であれば、漂白された地球にその残滓があってもおかしくない。
人理修復後に北欧に異常が残っていた形跡はないし、ゲーティア自身、計画に利用した特異点は七つだ。
ゲーティアを倒してから見つかった亜種特異点と類似の現象と言って良いだろう。
「では……この特異点の攻略が本日のミッションですね」
うん、そういうことになるね。
異聞帯の切除は絶対の課題ではあるけれど、今は何処にも向かうことが出来ない状況だ。
そして今の空白期間でこの特異点を無視すれば、次にいつ、レイシフトを行えるような猶予が生まれるか分からない。
不明点は多いが、向こうの数値修正もあって、レイシフトの成功率はかつてないほど安定している。
どうかな――やってくれる?
――うん、ありがとう、藤丸くん。
確かに、このレイシフトの補助が、特異点からのSOSだった場合、向こうはよほど切羽詰まっている状況である可能性が高い。
手段を選んでいられなくて、特異点という外部から介入可能な領域を故意に発生させたという可能性も――もしも未来視やそれに類する能力を有する者がいた場合はあり得なくもない。
この特異点は、年代的には北欧神代の真っ最中。
未来視持ちがいてもおかしくないだろう。事実、あの大神オーディンもその類だ。
――挑発だったらいつも通り、か。それもそうだね。そうなったら、いつも通りの特異点攻略になるが……君たちなら万事解決してくれるだろう。
どれだけ可能性が低くても、助けを求めている声を見捨てられない――うん、異聞帯でならそれは必ずしも正しい行いとは限らないけど、特異点においては間違いなく“正しい”と自信を持って言える。
実感はないけど、記録として知っているよ。第六特異点でも、その献身が最後には自分たちの助けになったって。
あの時と同じだね。君たちは紛れもなく善性だ。
きっちりばっちり、人助けをしておいで。あ、勿論特異点そのものの解決も忘れずにね!
――――と、忘れてた。ストップ藤丸くん。
今回の特異点に同行するメンバーだけどね。
ひどいことに、現状カルデアで召喚出来ているサーヴァントの中に、今回のレイシフトの適性値が基準を満たす者が誰一人いないんだ。
これがもう、本当にすごいんだよ。藤丸くんの適性値百パーセントに対して、サーヴァントたちは軒並み一桁前半。
ホームズなんてもう最悪! 堂々のゼロパーセント! 特異点側に「マジ無理」って拒絶されてるレベル! こんなのこれまでのどんな特異点だってなかった、思わず笑っちゃったもんね!
それから、ブリュンヒルデやシグルドといった北欧由来のサーヴァントや、あとは何故かアルテラ辺りは七パーセントほどあるけれど、まあこの数値じゃレイシフト許可は出せない。
「という事は――先輩が単独でレイシフトを? ――そ、それは無茶です! マシュ・キリエライト、待ったを掛けます!」
うんうん、落ち着いてマシュ。そんなだったら私だってもう少し考えるさ。
実はね、もう一人この特異点についての適性値が最大、確実にレイシフトを完了できる者がいる。
――マシュ、君だ。
「……え? わたし、ですか?」
そう、マシュ。
ゴルドルフくんやムニエルくんといった職員一同も高い数値を持っているけど、今回は除外。
何故なら同行できるサーヴァントがいないからね。ここは確実を取ろう。
「あの……そうはいっても、
そこさ。今回は藤丸くんとマシュ、二人でのレイシフトが最適だと思っている。
というのも、残ったリソースで藤丸くんの魔術礼装のほかに、マシュの
普段のレイシフトであれば、同行可能なサーヴァントがいる以上、マシュに負担が掛かるのでそれは推奨しない。
だけど今回は別。
唯一、カルデアから同行できる、サーヴァント級の戦力と言える。
これまで通り、レイシフト先で現地の人物や召喚されたサーヴァントの手助けを得られる可能性はある。
だから、最低それまでの間――藤丸くんを任せていいかい、マシュ?
「ッ――はい! マシュ・キリエライト、全霊を尽くして先輩をお守りします!」
うん、それなら安心だ。
忘れてはいけないが、特異点は神代で発生している。
神秘の濃度は第七特異点ほどではないだろうが――この年代の北欧は神秘の終末期にある。
北欧異聞帯でも決定的なターニングポイントであった、神々の黄昏――ラグナロクと呼ばれる終末戦争。
これが発生した年代と言われている。
異変があってこその特異点だからね。この戦いが神話通りに繰り広げられている保証はない。
だが、当然の警戒をするのであれば、神々や巨人種、戦乙女に神獣が跳梁跋扈する、ともすれば北欧異聞帯を上回る激戦区になっているだろう。
北欧の
その規格外な神秘性は、どんな脅威があるかさえ想像できない。
レイシフト完了直後こそ、決して油断しないように。早々に神霊と激突するつもりでも良いかもだ。
――よし、覚悟はいいみたいだね。
君たちの勝利は疑っていない。きっと、この特異点の異常も何だかんだで突破して、君たちの成長に繋がると信じている。
さあ、行っておいで。
「了解です。行きましょう、先輩――!」
――レイシフト完了、最後まで数値の補正は続いていたね。
やっぱり、向こうは明確に此方を招いている。それが助けを呼ぶ声であることを祈るだけ、か。
うん? 通信が切断……?
神秘の影響かな。支援もあってレイシフトだけは確実に出来ても、特異点そのものはひどく不安定ってことだろうね。
とにかく、藤丸くんとマシュの観測だけは続けて。二人が意味消失してしまわないように。
■ノウム・カルデア
新生して間もない、人理漂白という前代未聞の危機に立ち向かう、人理継続保障機関フィニス・カルデアの後継組織。
異星の神の一派による、二〇一六年末のカルデア襲撃から逃れたメンバーを中心として、彷徨海を拠点に設立された。
所長にゴルドルフ・ムジークを据え、シオン・エルトナム・ソカリスとそのサーヴァント・キャプテンを新たに協力者として加えている。
現在カルデアはロシア異聞帯、北欧異聞帯の切除を終え、キリシュタリア・ヴォーダイムが担当している大西洋異聞帯に侵攻する計画を進めている段階。
そのためには移動兼異聞帯に潜入するための虚数潜航を行うシャドウ・ボーダーの改良が必要であり、材料調達のためインド異聞帯を攻略を次の目標としている。
現時点で大西洋異聞帯を超える規模を持ち、なおも拡大を続けている太平洋異聞帯は優先度としては大西洋よりも下。
此方もいずれ切除しなければならないのは同じだが、中国異聞帯と衝突しどちらかは消滅するとみなされ、この勢いを利用する算段も無くはない。
ただ、太平洋異聞帯が中国異聞帯を呑み込んだ場合、次は侵入する必要のあるインド異聞帯に向けて拡大するとされるため、計画を急いでいる。
■特異点EX
ノウム・カルデアが活動を開始し、次の異聞帯に侵攻する前に発見された特異点。座標は神代北欧を示している。
魔神王が計画に利用した七つの特異点とは違うものではあり、人理修復後に何らかの要因で発生したもののカルデアで発見されることがなかったもの、北欧の地への度重なる人理の上書きで表出したのでは――と推測されている。
特異点の側からカルデアの観測に補正を掛けており、レイシフトの手助けをしている。
本特異点にレイシフト適性を持つサーヴァントが存在せず、護衛の同行が出来ないという異例の状況。
適性値が高いのはカルデアのマスターである藤丸立香をはじめとした、“生きている人間”のみ。
そのため、藤丸とマシュの二人をメンバーとして、残るリソースで
――カルデアの面々は知らないものの、北欧の地はバイパスであり、そこから観測不可能なルートを通って二人は太平洋上のある地点に飛ばされている。
扱いとしては二部二章の後日談、或いは三章の前日譚といったところ。
正確には、三章introと本編の間に入る。
とはいっても三章の舞台が衝突事故寸前、三章のきっかけとなる人物も不在なのだが。
■レオナルド・ダ・ヴィンチ
ダ・ヴィンチちゃん。カルデア視点での便利な語り役。
実はレイシフト適性値が十三パーセントほどあり、カルデアの生存メンバーに次いで高かった。
■藤丸立香
台詞が与えられない原作主人公。ぐだ男の方。ちゃんと喋るから安心してほしい。
人理焼却、そして人理漂白という二つの人類史の危機に立ち向かってきたカルデアのマスター。
たとえ、後に何も残らないのだとしても、目の前に危機が広がっていれば手を貸さずにはいられない。
謎の多い特異点だろうと、SOSであるならば、見つけた以上は助けに行くのが彼という人間だ。
――それじゃ、とりあえず同盟を結ぼうか。
■マシュ・キリエライト
ダ・ヴィンチちゃん視点での合いの手担当。
人理修復終わってからはイベントへの参戦率も減った気がする。気がするだけかもしれない。
今回は
まだ二章終了時点なのでアトラス院のやべー兵器は未搭載。
根っからの善性。後悔は先に立たない。目の前の悲鳴を無視すれば、絶対に悔やむことになる。
だから特異点での出来事が泡沫の夢だとしても、自分が力になるのであれば先輩に付いていくのみだ。
――見つけただけの事象何もかもに首を突っ込むことが、必ずしも本人にとって良い“結末”を生むとは限らないという話。
★ウルト兎様よりヘカテのシンボルイラストをいただきました!
通常パターンと『なんか錆びた?』状態です。
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