なんだ、あれは。
――私がそれを目で捕捉して、最初の感想はそれだった。
悍ましい侵略の日々が始まってから、どれだけ経っただろう。
ただひたすらに
生まれてからおよそ四千年。重ねていた侵略種の屍は、ここ数年で底の底まで沈む程度の数に過ぎなかった。
少なくとも一日に数十。多ければ百を超える黒い星を
そこにどうしようもない虚無感、ともすれば、徒労感と錯覚しかねない感覚を抱くことも一度や二度ではない。
母様を守るためだ。それは徒労と感じるべきものではない。
だが――いつ終わるか分からないこれに、人々が希望を失っていることを知っている。
ずっと、明日の、明後日の笑顔を疑っていない母様もまた――いつしか、それを口にすることはなくなってしまった。
ブリュンヒルデが笑わなくなってもう久しい。多くの
認められない。認めたくない。
無限ではないかと思える侵略種の襲来が、母様の信じる世界を奪おうとしている。
らむが信じた世界は、らむが後継に託した世界は、こんなところで終わるものではない。
無限ならそれでもいい。無限さえ、私と弟が喰らい尽くす。
笑顔で満ちた世界を取り戻すために。
果ての見えない、果てがあると信じるしかない戦い。
それに明け暮れるある日、ブリュンヒルデが奇妙な侵略種の出現を察知し、通信を寄越してきた。
『――落ちてきたのではなく、唐突に地上に現れた……体躯も力も小さな個体のようです。傍に、もう一体、通常の侵略種も』
「――ふむ」
小さい、というのはいい。
馬や牛程度の大きさの侵略種ならば幾らでもいた。
巨体であっても、大した力を持っていない個体は数えきれない。
だが、地上に突然現れたというのは、確かにおかしい。
侵略種というものは常に空から落ちてくる。一切の例外はなく、この星の外から接近してくる。
それが地上に出現するのは、母様すら知らないことだろう。一度でも例があれば、誰かが私に話していた筈だし。
『付近にワルキューレはいません。お姉様、お願いできますか?』
「分かった。すぐに向かう。必要があれば、撃滅しよう」
それが観測術式の不具合である可能性をブリュンヒルデが考慮しているのは、言葉だけで分かった。
自身の張った術式にさえ、今の妹は信用を欠いてしまっている。
その術式の冴えは健在だ。強固に防御を施した砦であれば、私も舌を巻くほどに。
今回のそれも、間違いなく侵略種であろうという確信を抱き、ブリュンヒルデに示された座標に弟を急がせる。
戦いの気配を感じ取る。――侵略種同士が争っているのか?
そのような状況は珍しい。かれらに共闘という文字はないが、人間への、世界への攻撃こそが最優先であるのは確実だ。
自身の攻撃に巻き込むようなことこそ当たり前だが戦い合うということは殆ど確認されていない筈だが。
今回の状況の異質さを肌で感じ、弟に速度を上げさせる。川を飛び越え、数キロに広がる森を駆け抜け、その反対側――木の陰から覗けば、その姿が見えた。
「……人?」
見た目だけならば、それは人間だ。男と女の二人組。
男の方は――人間と大差がない、いや、人間以下の力しか感じられない。
女の方はそこそこ、といったところか。人間よりは遥かに強いが、戦闘担当のワルキューレよりは弱い。二人揃っても、脅威となる存在ではない。
それが――他の侵略種と戦っていた。
容姿としては最もポピュラーである大型の竜。力としては中の下。ありふれた個体だ。
女の方は盾持ち。
遠目だが、見たことのないつくりの大盾を構え、竜の攻撃を受け止め、隙があれば反撃する。
……装備頼りの面が大きいな、あれは。やはり仕組みは不明なものの黒い鎧や盾そのものが女の力を支え、防御を成り立たせている。
そして女に防御を任せる男の方は、指示と攻撃。
女の方に指示を出しつつ――使い魔、だろうか。魔力に近い要素で満ちた人型を作り出し、攻撃を任せている。
あの、ひとまず使い魔と仮定する存在は、強いな。
さほど長い時間は出現させていられないらしく、まるで影法師の如く幽かな存在感。
それでありながら、一目見て、何処を攻めて砕くべきかの解が出てこない、力の厚みがあった。もしかすると、不覚を取るかもしれないと思えるくらい。
向こうも竜への対抗策が見えていないようで、十分に竜を討伐し得る存在でありながら、攻めあぐねている。
「っ、先輩、今です!」
女の方が、翼に盾を突き刺し、その体を固定する。
不意の反撃を受けないように距離を置いた男の方は、次なる使い魔を呼ぶらしい。
「頼む、ジークフリート!」
――現れた剣士の強壮さは、離れていても理解出来た。
剣士として、この世界で勝てる存在は、セイちゃんくらいではないかと思えるほど。
握り込まれた剣に満ちる黄昏は、眼前の竜を消し飛ばして余りある。
だが――その剣が振るわれる直前、本人の表情には僅かな疑念があった。
「ッ――満ちろ、『
「■■■■■■■■■■■!」
黄昏が迸り、寸前に竜を固定していた女の方が退避する。
――大地に大きな斬撃痕を残し、その輝きは彼方へと消えていった。
凄まじい力だ。凄まじい力だが――。
「……敵性体の撃破を確認。戦闘終了。お疲れ様です、先輩、ジークフリートさん」
「マシュも、お疲れ様。助かったよ、ジークフリート」
「ああ。だがマスター。耳に入れたいことがある」
――うん。戦士としてはともかく、大地に容赦も罪悪感もなく傷をつける辺り、やはり侵略種か。
彼らからは大地への畏敬は感じられない。私の自慢の弟も、その蹄が大地を砕くことこそあれ、それは母様への信頼と、必ずや侵略種を討伐せんという意気込みあってのものである。
少なくとも、眼前で繰り広げられたその暴虐とは似ても似つかないもの。
理解なきその相手への警戒と戦意を高める。無論、挑発も含めて。
「どうかした?」
「まず、今のエネミーは竜種ではない。望まれた以上剣は振るうし、相手を出来ない訳ではないが、外見的特徴を鵜呑みにしない方が良さそうだ。それと――」
「――お二人とも!」
「――君も気付いたか。もう一人、此方に戦意を向けている者がいる。向こうの森だ」
察したらしい。ならば重畳。
弟もやるべきことは分かっている。
向こうは少なくとも、会話が可能な――言葉の通じる何か。
通常の侵略種ではないのなら、その特性は把握しておく必要がある。
その価値があるならば、様子を見る。まずは一撃、狙いは一人。
――――行くぞ、
――――上等だ、
戦闘態勢への移行の一環。精神を弟と統一させ、一体となる。
共に戦い、共に勝ち、運命さえ来れば共に死ぬ。こうなった私たちは、そういう関係となる。
軽い所作で、弟がその足に力を漲らせる。
それに合わせ、私もまた、得物を構え――。
「ッ!」
「ぐっ、ぅ――――!」
――ほんの一息の後、風を超えた弟に合わせ、槍を叩き込む。
激突の瞬間に魔力を迸らせ、内部から敵を粉砕する
影法師のような剣士は接近に対応し、剣でそれを受け止めた。ゆえに、そのまま力を解放し、突き飛ばした。
――浅いな。数十メートルは飛んだが、体の弾けた感触どころか剣を折った手応えさえなかった。
飛んだ先でさらに後退りつつも、体勢を崩さず立ち続ける剣士。追撃はせず、そちらに一番の注意をしつつ残る二人に目を向ける。
――なんだ?
此方に警戒しつつも、ただそれだけではない表情。
少なくとも、ただ敵と判断している相手に向けるものではない何か。
何者か、と問おうとした。だが、直後の空気の震えに、矛先を変える。
「――先にあれだ、エクリプス」
落ちてくる三体。一つ、特に強い個体がいる。
ならば、まずはそれ。この辺りは自然を残した土地だ。街は遠い。
であれば残る二体は後回しでいい。そのまま街に向かったとしても、一体を討った後で十分追いつける。
「待っ――」
男の方が何かを言っていたが、構う暇はない。
厄介と思える力はあるものの、脅威と思うほどではないという認識。
此方にすぐに攻撃してくる様子がないならば、今は放っておく。
空中に張り巡らされた自動迎撃機構が輝く。
あれは傷を負わせ、位置を特定する目的のもので、討伐出来るほどの威力はない。
術式に驚いたのかその場で翼を広げて落下速度を鈍らせた侵略種に向かって跳躍し、上を取る。
「■■■■■■■■■■■■!」
弟の蹄と共に斧を振るい、無防備な体に叩き込む。
隙だらけの体勢で落ちていった巨体は、最早敵ではない。
平等な条件での戦いであれば、私も苦戦しようが――向こうがそんなものを求めていない以上、僅かな間でも対等な時間など与えない。
とん、という軽い力で、弟が“空”を蹴る。
私より器用な弟は、戦いやすく駆けるための魔力の操作に長ける。
空中での制動、僅かな間ながらの滞空、そして、自由落下に勢いをつけるための魔力放射による推進。
その速度に乗り、槍に込めるは、剣士にぶつけた時よりも鋭い力。
巨体が地に墜落するより前にその中心を――貫く。
絶命を確信し、その巨体よりも先に弟が地を踏みしめ、その場を離れる。
可能であるならば、侵略種が地を穢す暇すら与えない。確立されたこの戦法は、戦いの日々で何度行ったかも分からないものだった。
母様を傷つける前に倒れたそれに感じるものなどない。後の二体、それから――
「……?」
――男に女。それから使い魔と思われる剣士。
やはり彼らは、やってきた侵略種と敵対し、戦っていた。
「っ、そこの君!」
剣士と女がそれぞれ一体の足止めをする中。
男が此方に振り向いた。
――私に話しかけているのか?
「この黒いヤツが敵なら、力を貸してほしい! 俺たちは、君と戦うつもりがない!」
「……それは、私に言っているのか」
「そうだ! あっちの――街の方にコイツらを向かわせる訳にはいかないんだ!」
――意味が分からない。
目の前の人間のような侵略種が、この世界の存在でないことは分かる。
だが、侵略種が侵略種と敵対する理由がない。何故彼らは、この世界の――街を守るために戦っているのか。
……それを探ろうとするのは、後で良い。今は残る二体の殲滅が優先か。
剣士の方は問題ない。単独で撃破が難しいのは、盾の女の方だな。
「……――ッ」
女の前に出て、斧の一振り。
片翼を切り落とし、尾での反撃をあえて躱さず、待つ。
受け止められる態勢だけを取っていれば、結局それは役立つことなく、私の前に立った女が盾で受けた。
「――反撃を!」
「ふっ……!」
盾を押し出して侵略種を後退させたところで、女が叫ぶ。
侵略種の額を穿ち、絶命させ――その場でもう一度故意に作った隙を、やはり彼女たちが突いてくることはなかった。
同じタイミングでもう片方もまた、剣士が打ち倒す。
次が落ちてくる気配はない。
戦闘は終了したと――判断できる状況か。少なくとも、彼らにとってはそうらしい。
唯一剣士は此方に警戒を向け続け、いつでも剣を振るえる状況。先程の不意打ちも、次はもっと上手く捌かれよう。
「ありがとうございました。えっと、貴女は――」
――私の名を聞いているのか、これは。
善なる勇者。そんな、頭の中に生まれかけた疑惑を、弟が油断するなと小さく唸って振り払う。
時折母様に感じるものと同じ、与えられた存在意義と戦うもの。そんな錯覚を、前足で強く地面を叩くことで弟が否定する。
確かに、今は何を思うも早計か。
気を抜かず、彼らが何者か問わねばなるまい。
「――私はアトリ。セファールの娘、その長であり、軍神の剣を受け継ぎし戦士の一人」
名乗りに含めた固有の名詞に、それぞれが反応したのを確認する。
だが、それだけでは判断が出来ない。アトリ、セファール、軍神の剣――それらの何を知り、何をしようとする者たちなのか。
「――侵略種ではないなら、お前たちは、何だ」
■アトリ
生まれてからおよそ四千年。ちなみに汎人類史のアルテラの特徴的な衣装である頭のヴェールは着けていない。
弟であり愛馬であるエクリプスと共に積み上げた功績の数々は、如何なるワルキューレにも劣らない。
どころかその機動力と、戦士の長としての立場のため、ラグナロクが始まるまでは単純な侵略種の討伐数ならば聖剣使いよりも多かった。何故逆転したのかって、敵が多すぎるゆえに聖剣の最大捕捉が猛威を奮っているのである。
力量で言えばセファールと聖剣使いに次ぐ、この世界における最強の一角。
斧槍一体の長柄たる『軍神の剣』を武器として、エクリプスの勢いに乗せた突撃や薙ぎを得意とする。
手の掛かる弟がまだ自分を弟だと認めないのがここ三千年くらいの悩み。
■エクリプス
生まれてからおよそ四千年。
軍神の銘を冠する真紅の馬鎧たる『軍神の剣』に身を包む黒馬。
四千年の中で立派な人外――馬外になり、馬鎧と僅かながら恩恵を受ける遊星の紋章の力を最大限に活用し疾走する。
魔力の操作に長ける器用な人物――馬物。馬鎧の力もあるが、足元に魔力で仮初の足場を作ることで空を駆けることが可能なほか、ある程度ではあるが空中での姿勢制御や制動を行うことも出来る。
何なら一定以上の魔術礼装の扱いに関してはアトリより上手い。
アトリとは戦闘ともなれば互いに意識と精神を統一させ、人馬一体とも言うべき圧倒的な機動力による戦闘を実現する。
手の掛かる妹がまだ自分を妹だと認めないのがここ三千年くらいの悩み。
――というか、アトリが生まれたきっかけの戦いで傷ついたことから順番で言えばアトリより上であることは明らかなのだが、そんな理詰めをしたところ、追い込まれたアトリがセファールに泣きついて事が大きくなった事件があるため、この辺りはもううやむやになっているし誰も言及しない。
馬が理詰めで責めるのもおかしいしそれに負けるのもおかしいが、この世界がそもそもおかしいし汎人類史にも理性的でおかしい馬っぽいのがいるため気にしてはいけない。
個人的にはあのUMAよりCV小野大輔氏な皮肉げな兄のイメージ。
■藤丸立香
「紀元前一千年の北欧に来たら近未来的な都市が広がっていた件について」
現時点でまともな特異点か今季のトンチキ系特異点か判断しかねているカルデアのマスター。
現地基準で平均以下の能力値。アトリの攻撃に掠れば弾ける程度の耐久力。
戦闘能力としては、契約サーヴァントの影法師を短時間召喚して戦わせるというものを採用している。割と所持率の高いクソ強ガンドは難易度を著しく下げる恐れがあるので没収。
本作の独自設定だが、敵性体に有効な戦法等を立香本人が把握することで召喚するサーヴァント側はそれをある程度共有できる。
慣れない相手は保有する能力などが読めず、竜殺しや神性など、どんな特性が有効か分からないもの。
それをよく学び、最適な英霊と共有することで、初めて対等以上に戦うことが出来る。
初見の強敵戦は大体観察で終わるし、此方が勝ち切れる戦力差でもないよね、という話。
ちなみにカルデアとの通信は例によって切れている。繋がっていたらホームズ辺りが面倒くさい。
装備は極地用カルデア制服。第七特異点バビロニアで用意された第五真説要素環境適応もバッチリ施された優れもの。
■マシュ・キリエライト
「これが神代北欧末期……紀元前とは思えない技術力です」
どちらかといえば真面目な方の特異点だと思っている後輩。
第二部仕様のため、オルテナウス装備。それがなければ満足に戦えない身だということはアトリに見抜かれている。
戦闘における役割としては、シールダーの防御能力を活かした盾持ち。
彼女を主体に有効なサーヴァントを援護、攻撃役として召喚するのがマスターの仕事である。
■ジークフリート
立香たちの本特異点初戦闘を終わらせたセイバーのサーヴァント。
世界最高峰の竜殺しである以外に、セイバーとしても非常に優秀であり、カルデアの旅路をオルレアン直後という序盤から支えてきた。
カルデア最古参の一角であり、その信頼も篤い。
今回の戦闘では竜相手にトドメを刺すため召喚されたが、その剣を振るう前に目の前の敵は竜とは一切異なる何かだと悟った。悟ったので特攻の乗らない宝具で倒した。
ちなみにジークフリートの出典となるニーベルンゲンの歌において、