たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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少女

 

 

 何の取り得もない、普通の村娘だった私の人生が変わったのは、十三歳の誕生日だった。

 妖精たちによって齎された、星を救うための聖剣。

 その一振りを村に持ってくると共に妖精は、こう告げた。

 

 

 

 このつるぎはほしのねがい。

 

 このつるぎはほしのいのり。

 

 ほしをすくうつもりがあれば、どうぞにぎってみてごらん。

 

 つるぎがきみをえらぶのならば。

 

 きみとつるぎにうんめいがあれば。

 

 つるぎのこえがきこえるはず。

 

 つるぎはきみにといかけるはず。

 

 ほしをすくうちからがあれば、つるぎときみはいっしんどうたい。

 

 きみがめざめるはじまりのひを、つるぎはきっとしんじてる。

 

 

 

 村長も、村一番の力持ちも、その剣を手に持ってみた。

 だけど、剣は沈黙したまま。誰にもその声を聞かせない。

 そのお告げは出まかせなのかと、誰もがそう思い始めたころ。

 村長が私にもそれを握ってみるように言った。

 

 とにかく、その担い手はこの村にいるはずで、もう村長としては手あたり次第という気持ちだったのだろう。

 せっかく聖剣を預けられたのに、誰も選ばれないとあれば、この村は隣村だけでなく世界中の笑いものだ。

 だから、どうせあり得ないと思いながらも、村長は私を呼んだ。

 今日は誕生日。これは運命に違いないと、後には引けない持ち上げ方をしながら。

 追い込まれているのは分かるけど、考えなしにも程がある。

 これで何もなければ、そんな風に持ち上げられただけの私はどうすればいいのか。

 世界中には笑われないけれど。隣村にも笑われないけれど。生まれてからずっと、私の世界だったこの小さな村で、私はそれからずっと笑いものだ。

 それはなんだか、憂鬱だった。

 何の取り得も無くて、面白みもなくて、これから先も無難に成長して。村の幼馴染と夫婦になった時と、子供が生まれた時の二回だけ、村のお祭りの主役になって。あまりに普通なまま、人生を過ごしていく。

 そんな、予想するまでもない、楽しさも悲しさも感じない当たり前の将来がこんなことで無くなってしまうのかと、そんな取るに足らない切なさが足取りを重くさせた。

 それでも、たった数メートルはあっという間で、村長にその聖剣を手渡されて。

 

 

『問おう。貴方が私のマスターか』

 

 

 ――確信していた少し寂しい未来は訪れなくて。

 だけど、当たり前の人生は、唐突に壊された。

 

 

 その日から、私の人生は、変わった。

 村での私の扱いもまた、当然に、変わった。

 誰もかれもが、私を特別視した。

 水汲みも針仕事も、村での仕事は何一つ与えられなくなって、日がな一日棒切れを振り回すだけ。

 笑いものになることこそなくなったけれど、みんなとの距離は、すごく離れた。

 親しい人なんていなくなった。村長も、幼馴染も、母さんと父さんも、向けてくる感情が目に見えて変わった。

 だから、それから逃げるように、早くその使命を終わらせようとして、早々に修行をやめて、聖剣を持って村を飛び出した。

 

 

 私の使命は、ただ一つ。

 彼方の空を走るまがつ星から降ってきた、白い巨人を倒すこと。

 多くの神様がそれを見て、“あれはこの世界を終わらせるものだ”と言った。

 多くの神様が戦って、みんな負けて、食べられてしまったんだとか。

 神様が戦いに負けて食べられるというのは、言葉でこそ理解できたけど、事実として受け入れるには私には少し難しかった。

 朧げに、そんな存在に私なんかが勝てるものかという諦めだけは自覚していた。

 そうやって、最初から諦めていたからこそ、聖剣は私を見限ってしまったのだろう。

 

 少しだけの食べ物を持って村を飛び出して。

 何日かかけて、生まれてから見ているだけだった山を登った。

 外に狩りに出る男の人たちでさえ、「あそこは悪戯好きの悪い神様がいるから行ってはならない」としていた平原がもうすぐ見える。

 背丈より高い草木が生い茂る山の反対側。すぐ先も見えないような森を、精一杯に腕を動かし草木を掻き分け下って行って。

 木の根っこに躓いて、すっ転がりながらも開けた場所に出て、そして、見た。

 

 

 私が転がり出た場所のすぐ近くには、動かなくなった悪戯好きの神様がいて。

 その力がぽろぽろと零れるのを見下ろしていた“それ”の目が、此方を向いた。

 

 

 はじめてその姿を見た時、神様に対して失礼だと知りつつも、綺麗で、キラキラしていて、神様みたいだと思った。

 満天の星空のようにきらめく体と、そこを流れ星が走ったような金色の文様。

 穴の開いた、大きな、とても大きな手。

 村で、結婚したお嫁さんのために作る絹糸で作った布よりも真っ白なヴェール。

 

 

 確かに人とは全然違うけれど。/そんなの、神様だって一緒だし。

 感じ取れる力は途方もなく怖いけれど。/そんなの、神様だって一緒だし。

 見方を変えれば、とんでもなく気持ち悪いけれど。/そんなの、神様だって一緒だし。

 

 

 それでも――。/なにより――。

 

 

 ――その姿に初めて、自分との運命を感じた。(その姿に初めて、自分との運命を感じた。)

 

 

 初めて感じた運命というものは、私と比べてあまりにも大きかった。

 頑張ろうとした人に運命が伴わないなら、まだ分かる。かわいそうだけど、不幸だっただけ。

 だけど、出会った運命に対して、私には覚悟も何もない。考えていれば気が楽になる諦めだけ。

 そんな私を、巨人は歯牙にもかけなかった。

 

 

 剣を振るう。ひたすらに、その足に叩き付ける。

 斬る、という行為には遠い。ゴールなんて見えるのか、そもそも、ゴールはあるのかという状態。

 木で木を叩く様な、最低限“削った”と思わせるような音や感触もない。

 ぺちん、ぺちんと、手を打つよりも呆気ない音が、流れ作業のように聞こえてくるだけ。

 それを見下ろす巨人の瞳が、今度は村のみんなよりも怖くなって――気付けば私は、村まで逃げ帰っていた。

 

 

 果たして、それをどのくらい繰り返しただろう。

 はじめの頃は、村のみんなは温かい心で迎えてくれた。

 残念だったが、生きていて良かった。まだ勝てないのは仕方ないさ。次こそはきっと。だってお前は、聖剣に選ばれたのだから。

 逃げ帰ってくる度に、同じような言葉を掛けられる。それをいつからか、とても悍ましく感じるようになった。

 同じような言葉なのに、籠められた心が変わってきていたから。

 そのくらいなら、耐えられる。みんなは私に失望を感じていたのだろうけれど、私はそれより前――村長があの日、私の名を呼んだ時点で“望み”は“失っている”わけだし、まだお相子だ。

 

 そこに悲しみが混じり出して、私は気持ち悪くなってきて。

 

 怒りが混じり出した日を最後に、私は二度と村に帰ることはなくなった。

 

 

 何故悲しむのだろう。何故怒るのだろう。

 失望は分かる。私だってこの運命の前に失望した。

 落ち込むのはまだ分かる。私だって眠っていた巨人の首をひたすら突いて、一夜明けても巨人が起きることすらなかった時は情けなくて落ち込んだ。

 でも、私はこの運命に悲しんだことはない。私はこの運命に怒ったことはない。

 だのに、なんでそんな感情を、私に向けてくるんだろう。

 

 

 そこから私は、巨人を追いかけながら、剣の鍛錬を積んでいった。

 流石に外で寝泊まりするのは寒いし、獣たちに襲われると危険だから、出来るだけ人の住んでいるところに駆け込んで、暫くお世話になる。

 どうにもならない日は木に登ったり岩陰に隠れたり穴を掘って身を潜めたりして、一晩中警戒する。

 不思議なことに、何処に行っても聖剣使いの噂は存在した。

 だから何処に行っても、期待と希望が付きまとう。

 それは、巨人に挑む後押しにはならなくて、ただただ捨てられない荷物として積み上がっていくだけ。

 そしてやがて、悲しみだの怒りだのが見えてくると、また、逃げるようにそこを後にする。

 

 一つ一つ減っていく、戻ることの出来る場所。

 その場しのぎという自覚から逃げるように、また剣を振るう。

 最初に巨人と戦った日から暫くして、聖剣は眠るように光を失ってしまった。

 はじめの数日、訳も分からなかった私に、はっきりと道筋を指さしてくれたあの声も、もう聞こえない。

 聞こえてきた言葉は私には少し難しかったけれど、確かに、あの時の私には必要な標だった。

 それはもう必要なくなったのか。或いは、それさえ聞かせるに値しないと聖剣が判断したのか。

 後者だろう。前者であれば、この聖剣は光まで失わない筈だから。

 

 未熟だった。当たり前だ。覚悟がない。当たり前だ。

 寝過ごしたばかりに、目覚める時を見失ってしまって、深い暗闇の中にいる感覚。

 道筋を灯していた星のような光はもう遠くに行ってしまって、戻ってくることは二度とない。

 もう一度見つけるには、正しい道をずっと早い速度で走って追いかけるしかない。

 そんなことは不可能だから、剣を振るう。ちゃんとやっている風に見せかけて、現実から逃げ続ける。

 

 

 卑怯者でしかない私を、その巨人はあろうことか“友人”と呼んできた。

 訂正。呼んでない。何となくだが視線からそういう意思が伝わってきた。

 意味が分からない。人とは考え方とか、友人の基準が違うのかもしれない。

 村に住んでいた頃は、同じくらいの年の子は幼馴染だったし、年上や年下の子も友人とは違う気がした。友人らしい友人なんていなかったので、私の認識が異なっている可能性だってないとは言い切れない。

 けれど、分かる。聖剣使いと白い巨人の間に友情が芽生えるのは絶対的におかしい。

 白い巨人は世界を壊す存在で、ならばこの世界には友人と呼べる存在なんて出来ない筈。

 私は白い巨人を倒すべき存在で、敵を友人と呼ぶのはおかしい筈。

 

 つまるところ、巨人にとって私は敵という認識すらないというだけの話。

 だから、此方に無駄にキラキラした目を向けてきたり、近付くだけで耳をピンと立てて喜色を表現するのだ。

 とんでもなく純粋な表現で私と接してくるさまは何というか、全力で舐め腐っているとしか思えなかった。

 あれの前に立つと、虚言がぽろぽろと飛び出てくる。

 あることないこと、思っていることいないこと、堰き止めるものもなく、好きなだけ出てくる。

 

 そんな不思議な相手をいつか見返してやるという闘争心は――私にとって、初めての納得できる目的だった。

 使命にくべる薪なんてない。相変わらず、元々示されていた道は見えない。

 だが、まったく別の炎が点った。その先は違うと分かる、道が見えた。

 であれば――――そちらでもいいかと思った。剣を振る意味というものが初めて生まれた。その日から、一振り一振りが、確かに変わった。

 

 少しして、木の枝が斬れるようになった。

 砕くでも、折るでもなくて、斬れるようになった。

 そして巨人と出会って大体二年経った頃に、細い木を斬れるようになった。

 巨人にはそのことを話してやりつつも、本気を試しはしない。

 まだ足りない。これでは成長とすら呼べない。農具や石ですらこれよりまともだ。私が斬って、驚かせてやるべき相手は神様に攻撃されても死なない巨人。

 ここはまだ、スタート地点未満の場所だ。

 

 振るう。振るう。磨く。磨く。

 空腹に気付けば、食べる。夜になったことに気付けば、眠る。

 村や集落を見つければ、暫く厄介になる。積み上がる新しい荷物の色が変わるまで。

 そしてまた鍛錬を重ね、時々巨人に会いに行く。

 訪れた場所にあった困りごとが、前に進む糧になるならば、あえて引き受ける。

 

「助かった! 離れの畑を荒らしに荒らして、それだけじゃ飽き足らず村に入ってくるところだったんだよ!」

「そうですか。最悪の事態は避けられたようで、何よりです」

「ああ。いやあ、流石は聖剣使い様! あんな凶暴な魔獣も真っ二つたあ、恐ろしい腕だ!」

「いいえ。まだ聖剣の力に頼っているだけ。まだまだ――あれには至らない」

 

 初めて聖剣で奪った命を見下ろし、頭の中に刻み込む。

 いつか星にも届く一振りのため。そこに至るまでに積み上げたものを、何一つとして忘れない。

 これは、その中の一歩。他と同じ、だけど決定的な一歩。

 

 ――聖剣に選ばれて四年。十七歳の誕生日を迎えた、次の日の出来事だった。




■セファール
全裸の青白い女巨人。これらの要素から「白い」と「女」を抜くと青鬼になる。
まだ全長16メートルの頃。

■聖剣
劇中の名シーンを再現する台詞やBGM、SEを多数収録している。

■聖剣の鞘
スコップとして代用できる。聖剣を引き抜いておけば中に水を入れて持ち歩けるので優秀だがその場合聖剣が割と邪魔になる。

■運命構図
Fateシリーズでよくあるやつ。一番有名な「問おう」の時のあれ。呼称は某百科事典より。
本作では150cm前後くらいの少女に対し、全長16メートルの全裸の青白い女巨人である。まあ、まだ構図が成立する範疇だろう。
聖剣使い視点ではなんかごちゃごちゃ言っているが、セファール側は「え、何で人がいるの?」って素で困惑しているだけ。

■魔獣
この時代で言えば魔獣クラスで下の中くらいの個体。
小規模~中規模の村の住民が総力を結集し、多少の犠牲を出しつつ撃破出来るくらいの存在。
聖剣のスペックをもとにカルデアで行われた計算とシミュレーションの結果によれば、たとえ一番細く脆い尾の部分であっても、“切断”は不可能とのことなので試したりしないこと。

■妖精
聖剣には何も手を加えていない。それどころか、「形が間違いなく聖剣だから」と提出しただけでその内実すら見ていない。
その手抜きを少し反省して広報活動だけはやった。本気でやった。仮に妖精國だったとしても伝説になるほど頑張った。
今はまだ脆い少女が、いつか落ちてきた星を断てる剣聖になるとメチャクチャ全力で喧伝した。せめてもの贖罪というやつである。

■聖剣使い
あまりにも普通な村娘。
聖剣の声を聞いたことで普通の軛から外れてしまい、白い巨人と戦う宿命が決定された。
ちなみに聖剣について妖精は何も手を加えていないため、彼女の番で声を発したのはたまたま彼女が初めてそのボタンに触れただけの話である。
普通であることを自覚する機会すらなく、当たり前を当たり前のまま過ごしてきた無色の魂。
そのため感受性は高く、これと決まった方向性に対する精神の成長も早い。これはこの時代の人間にはよくある、ありふれた性質である。
聖剣を手にし、「普通の人生」という僅かな力で手を引かれる程度の望みが無くなったことを悟ったものの、その空白は使命感より先に諦観が埋めた。
これが外交的・能動的な性格であれば、或いはその時点で英雄として覚醒したかもしれないが、内向的で受動的、かつダウナーな、所謂根暗であったため、使命を受け入れるのに時間が必要だったのだ。
しかし、その時間は与えられず、村での役割を取り上げられ、彼女は聖剣使いになった。
使命感が無いままの村人からの期待・希望は強迫観念にしかならず、村から逃げる(追い出される)ようにセファールへと向かい、そこで初めて運命を見た。
ところが、不完全かつ不安定なまま運命に相対したところで魂の方向性など定まる筈もない。土壇場での目覚めなど当然なく、駆ける運命にひたすら差を開けられている状態。
目覚めるべき時はとっくに過ぎ去り、惰性と諦観を抱えたまま、その虚無感と絶望を忘れるように剣を振るう。そんな状態で芽吹く才など、ありはしない。
そして初めて点った熱。それは少女の微かな負けず嫌いの証。しかし、やはりその方向性は運命が指し示す道とは異なる。熱だけで進む道は才の芽吹く余地もない不毛の地。やはり目覚めるものはない。
――ただひたすらに、“経験”による力が積み上げられていくのみである。
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