――嵐のような
体を取り戻せば、感じ取れるのは自らの重み。
何ともありがたいものだ。生きている、という感じではないか。暫く起き上がれそうにないな。
「あぁ……吐きそ。酔うってこういう感覚かぁ」
そりゃあ当然か。体あっての魂なのだから、魂をそこから離して活動するなど、そもそも出来るようになっていない。
恐ろしきは『寝台のモルペウス』。よくもまあ、知的生命体ならば分け隔てなくその夢に介入出来るなんて広い機能を持って生まれたものだ。
あくまで私が行ったそれは疑似再現に過ぎない。
だが、それだけでアイツの器用さは十分に伝わった。
夢――ねえ。確かに凄い。自由そのもの。私たちが認識出来ない概念を理解しようとした神性は、凄い奴だったのだ。
まあ、モルペウスは私たちの技術体系だけではなく、この星の文明と併合して誕生した同胞だから、不可能を可能にする土台は出来ていたのだろう。
それを、末端機体ではあるがこの星に辿り着くより前に生まれた私が模倣するのが難題なのは当然だ。
……複雑ではあるが。私には、結局どれだけ経っても人間を完全に理解できないと告げられたようで。
――一応、倒れた状態でも魔術は行使できる。
動けはしないが、私の魔術構築は内部で行うもの。一切の支障はない。
視界を世界中のエーテルとリンクさせる。大気に満ちた魔力の一粒一粒を疑似神経として繋げ、世界を把握するための目とする。
言わば、それは千里眼。
まあ、この星の人間が時々生まれ持つ先天的な技能ではなく、先程までやっていた無茶と同じく魔術で再現しただけのものだが。
――よし、見えた。
一手を打ち、後はどうなるか。その瞬間に立ち会うことが出来ない以上、こればかりは願うことしか出来なかったが。
二人の人間と、あとは英霊たち。いずれもこの世界のために戦っているじゃないか。
子供、か。まだ成人すらしていないくらいの、少年少女。
……悪く思わないでほしい。あんたたちにとっては、余計な試練だろうけど。
視界を、より広げていく。今の世界を把握する。
これまでの一万一千年。あの特殊な眼を持つ人間は数例見られた。
ただ視力が良いというだけではない。大陸の向こう、世界の裏側にさえ視界に映す異常な能力。
共通点といえば、魔術行使に高い適性を持っていたということか。然るべき――魔術の研鑽に努めていれば、私の足元くらいには及んだかもしれない面々だったが。
そんな研鑽の自由は、この世界にはない。
誰もかれもが空を睨み、侵略種の迎撃のために己の才を使い尽くさなければならない世界。成長の方向性が確定した歴史。
ああ――なんとも。いいよ、他の連中はどうあれ、私は認めてやろうとも。
いつか、どこかの神話体系。私たちの知らない人類史における、途轍もなくお節介な神の成り下がり――そっちの世界では神霊とでも呼ぶのだったか。
あんたたちに言わせれば、こっちはさぞ“つまらない”人類史だろうさ。
千変万化の試練、多様な成長なんてない。たった一つの試練と一万年以上向き合ってきた――向き合うための成長の歴史なんて。
世界を分かつ可能性の枝は、そういうのは認めない。うん、理解は出来る。
すべての人間がはじめから生きるための方向性を定められているよりは、自分で道を選べる方が良い。私だってそう思う。
――だから、切り捨てる、か。
宇宙のエネルギーは有限なのだから、こういう多様化の見られる星系になければおかしいというもの。
あの神霊が、私に分かる程度の残滓を置いていったのも、勝ち残るべき人類史からの親切な宣告だったという訳だ。
「……負けるって思ってんのかな。ここで終わりだって。諦めろって」
神霊から見れば、この世界が剪定されるというのは逃れようのない事実なのだろう。
何を思って、わざわざ世界を超えてまでそれを教えてきたのかは知らない。
だが、悪趣味にも嘲笑いに来たというのであれば、その報いは受けてもらう。
詰んだ世界、か。余計なお世話だ。
諦めないと
そういう世界なんだよ、ここは。
だからそれを教えてやる。あんたたちの命を、希望を、世界を利用し切ることで。
――あの神霊から摘み取った縁で、向こうの世界に触れた。
あの神霊が知る大いなる終末を歪ませて、この世界とのパスを繋げた。
今、私たちに齎されようとしている終末と向こうの終末をリンクさせ、向こう側の人類史に孔を開けた。
こうすることで、人類史を修正しようという、向こう側の戦力がこちらに介入する。私たちの世界の危機を、修正対象と誤認した状態で。
大きな賭けだ。それも、私の独断の。
これはセファールにも聖剣使いにも、らむの後継にも告げていない。
だって――私の中だけに仕舞いこんでおけば、セファールが“将来の終わり”を自覚せずに済むから。
別に、彼女を慮ってのことではない。断じてない。
ただ、終末を自覚した世界なんてものは、そこから先の存続が後ろ向きになると考えただけ。
そして、セファールがネガティブになれば人々にもそれが伝播して、この危機を乗り越えたとしても結局、どうしようもなくグダグダになって終わることだろう。
そういうのは駄目だ。この世界の終わりは決まっている。
この世界は、そこに向かってひた向きに歩いていけばいい。この終わりは私だけがひっそりと知っていれば良いのだ。
自分たちの世界を正すためにやってきた少年少女。
彼らには申し訳ないが、神々の悪戯に巻き込まれた不幸だと思ってほしい。
その神秘の薄さには驚愕した。もしかすると、神などとは縁のない存在なのかもしれない。
それだけで、向こうの世界の忙しなさ、過酷さがある程度は伝わってきたが――いいや、同情はしない。
同情して、罪悪感を抱いて、向こう側に悟られても嫌だからな。彼らが善人だろうと悪人だろうと。
これさえ終われば、今後関わる訳ではない。また別の世界同士だ。どちらも真相は知らないまま、“世界を救う”ための今回ばかりの同盟。それでいい。
――いやはや、黒幕。まるで悪の親玉だ。
私だけが秘密を知っていて、何もかもを利用している自覚がある。セファールにこんな役目務まらないしな。こういう事を背負える役というのも必要なのだ。
「あとは――それで戦力が足りるか、か。侵略種が絶えず降り注ぐ世界であと一つ、こっちの置き去りにした問題。それに対処する余裕があるかどうか」
多分、こっちも……知っているのは私だけだろうな。
感じ取れただろう聖剣使いやらむは本能的に無視していただろうし、セファールは感知出来なかっただろう。
私も、可能であるなら放置しておきたかった。
こっちについては、同情するし罪悪感もある。
だが、今となって、まったく関係のない者たちがその災厄を浴びることになるのは許しがたい。
ここはもう新天地。セファールと聖剣使い、それかららむと私が導いてきた、旧きを捨てた世界なのだ。
だから堂々と言える。
――あんたたちの存在は間違いだ。ここに、あんたたちの居場所はない。
最後まで悍ましい手を打ち続けたあんたたちに、私は味方しない。
私は人間たちが好きだし、この世界が好きなのだ。セファールという個人は別に……うん、好きではないけど、それはそれとして。
これが間違いだというのなら、私はこの間違いこそを愛すると決めたのだ。
暫し休んで、起き上がる。
久方ぶりの体がガシャガシャと音を立てるのが小気味よい。人間たちにも評判である我らが技術の賜物たる躯体は好調だ。そういえば、技術局の連中が
――それはともかく。
見据えた視線の先。海はいつも通りの穏やかな風に凪いでいる。
海と青空。それしか見えない景色が好きだった。だから私は、巨神国のはずれの岬を住居に定めたのだ。
今や空は侵略種の黒と迎撃による多種多様な光の影響が何処かにあって、完全な青空を見られることは少なくなった。
この空は、じきにもっと荒れる。
今度は世界の外からではなく、世界の内に発生した
新天地を脅かそうとする黒き外敵が侵略種の定義であるのならば――あれはこれまでで最強の侵略種となることだろう。
そう――侵略種。あんたたちはその類なのだ。たとえ、自らが認めないのだとしても。
「――いつまでも、こうしちゃいられないか。セファールに伝えにいかないと」
人間たちの旅立ちをいつ、とするかは解釈の分かれるところだろうけど。
あくまでもこの世界の結末を人間たちが自らの終着点だと深層で考えているならば、“あれ”は弱かった人々の象徴でもある。
もう、人間たちは強い。あんたたちが庇護すべき幼年期は終わりを迎えて久しいのだ。
だから――抗わせてもらうぞ。私もまた、新天地の楔の一つとして。
私が導く希望の先はそっちじゃない。人間たちがもっと強くなる未来なのだから。
■三叉路のヘカテ
空から落ちる黒い星の正体は断言できない。
だが、あの嵐の正体なら分かる。分かっていた。私であれば、理解できなければならない存在だ。
悲しく思う。確かに怒り狂っても仕方ない。理解するとも、同情もしよう。その上で、あんたたちは敵であると断言できる。
だけどまぁ――その根底だけは私だって変わらない。だから一度だけ、機会をくれてやる。他でもない、この世界の未来のために。新世界が千年の向こうを迎えるために。
……本当は、適度に弱体化させて、程よく導いて連れ出してやるつもりだったんだけど。
夢神の真似事など不可能。自分はその劣化版でしかない。言うなればそう――
■寝台のモルペウス
ギリシャ神話における夢の神で、眠りの神ヒュプノスの子。ギリシャ神話って本当になんでもいるな。
本作では後にギリシャ神話の体系となる機神船団が地球にやってきてから、人間の文明と習合して誕生した神性という設定。
■黒い嵐
其は憎悪。其は嚇怒。其は使命。其は救世。
本特異点の異常によって現れたものではなく、元々この世界にあったもの。
■大神
ギリシャ神話じゃないとある神話体系の主神。智慧を司る隻眼の神霊。
実は彼が行った、詰まないための三つの干渉に『ヘカテの気付き』は含まれていない。
彼の残滓は世界の感覚そのものであるセファールさえ感付かないレベルのものであり、事実上「彼が存在した痕跡はない」と判断できるものだった。
ゆえに別にこの時点で剪定の結末を教えるつもりさえなかったが、長年とある調査をしていたヘカテに捕捉され、その残滓を単純な魔術勝負で殴られて幾らかの情報を搾り取られた。
大神渾身のうっかりである。