たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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第六幕『みにくい白鳥の子』-5

 

 ――巨人王スルト。

 神々の時代を終わらせるために生まれた終末装置たる、炎の巨人。

 それまでの繁栄に黄昏を齎し、世界を焼却して新たなる人の時代へと作り替える役割を持ったもの。

 異なる世界の知識を持つブリュンヒルデは、そう説明してくれた。

 彼女――スルト自身の表情からしても、それは間違いではないらしい。凄く顔に出るな、この子。

 とはいえ、気になる点もある。

 

『今のブリュンヒルデの話と、実際の君は違う?』

「見られぬ明日のための役割なぞ、認められなかった。ゆえに叛逆し、結局はどっちつかずのまま敗北した身。それが俺だ」

 

 つまり、このブリュンヒルデの知識を肯定しておきながら、彼女の辿った道がそれとは違うというところ。

 終末装置としての自分は、“こと”が終わればその世界に存在する理由はなくなる。

 スルトはその、新たな世界に切り替わった後の結末に抗った。

 そうして負けたのだ。前の世界に生きる神か、後の世界に生きる人間か、或いはその両者に。

 

「とはいえ、“実際の俺”と言う言葉の解釈にもよるがな。そこの女の持つ智慧は汎人類史、ないし北欧神代のテクスチャはそれに近い終わり方をした人類史のものだろう。俺はまたそれとは違う、俺の行いによって決定的に世界の進展が停滞した世界のスルトだ」

 

 汎人類史――なんかコヤンスカヤたちもそんな言葉使っていたな。

 リツカたちの世界がそれで、スルトはまた別の世界からやってきたのか。

 終末装置として在るべきだった彼女が運命への叛逆を試みたことで、どうあれ世界は変わったのだ。

 ――この世界は討たれる筈だった私が生き残ったことで変なルートを歩んでいることはコヤンスカヤたちから聞いていたけど、それと同じ感じ。

 成否はどうあれ運命に対してそれではいけないと待ったを掛けて、明日を望んだ者。

 

「この世界も同じだろう。よもや遊星の尖兵たる――戦乙女の素体たる白い巨人が世界の理などと。原初巨人(アルビオン)の如し、か。詩人の絵空事も侮れんな」

 

 何のことやらではあるが、私という存在については彼女もまた知っている訳か。

 ワルキューレとして生まれた時点で私のことは知られてしまっている筈。それを、元々の知識と照らし合わせれば、そんな世界であることは推測できるのだろう。

 彼女の方が、少なくともこの世界の外から見たこの世界の理解は深いようだ。

 

「俺のことはもういいだろう。俺の過去を省みてお前たちに利があるとは思えん。それよりも、お前たちだ。俺を戦乙女の器なぞに収めて何をさせようと言うのだ?」

「ワルキューレの使命は、その躯体にインプットされている筈です。そして、“私たち”もお母様も、貴女に望むことを変えるつもりはありません」

「俺に星守を望むと? 星の終わりを望んだ俺に? ――クク、性質の悪い冗談だ。破壊は何処まで行っても破壊でしかない。それを知らんのか?」

 

 癖なのか、喉を鳴らすように笑うスルト。

 言っていることは分かる。その力は何かを守るためのものではないと――自己の限界を知っている身の発言。

 一度敗北し、終わったがための自己評価か。

 だが――それがどうしたという話だ。

 

『元々、私だって本質は大差ない。それが大元になったこの世界は、“守るための力”を選んでいられる余裕はないの』

 

 なんであろうと、それがこの星の人々を守る力になるのであれば受け入れる。そういう状況にあるのがこの世界だ。

 リツカたちだって、この緊迫した状況でなければ、もっとややこしい事態に陥っていただろう。

 

 持てる力を、才能を、アイデアを選り好みしていては、侵略種という脅威を退けることは出来ない。

 そんな世界が一万年かけて、人間一人という単位までが世界レベルで必要とされる巨大な防衛機構まで発展した――そんな風な人類神話が技術局を中心に広まっているレベル。

 人を部品の一つみたいに言いたくはないけれど、誰一人軽視できる人間はいないというのは私も同感。

 皆で明日という未踏を夢見て、そこに足を踏み出すことに尽力する。

 そのためには、他の世界というよそ者だろうと、力を貸してくれるならば構わない。

 

「――そうか。確かにお前も、元はこの星の大敵だ」

『でも、今は違う。ここは私の愛する世界。滅ぼそうというのなら許さないし、守ってくれるというのなら、差し出せるものはなんだって差し出す。明日を勝ち取るために』

 

 今や討伐した侵略種だって利用する者がいるのだ。

 ……いや、私としてはやめてほしいけど。

 選り好みしないとは言うけど、あの子の奇行についてはセファール本気で困惑である。ブリュンヒルデもよく心配しているし出来ることなら別の手段を選んでもらいたい。

 

「……この世界の明日など、どうでもいいが」

 

 少しの間、黙考していたスルトは、白の広がる胸元に黒い手を当て、呟く。

 

「――――そうか。おまえはそう諭すか。この俺に、星の終わりに、ならば次は星を守れと。氷焔に溺れた女よ、おまえは――」

 

 もしかすると彼女は、ただこの世界に流れ着いたというだけではないのかもしれない。

 もっと、別の――誰かの小さな想念が関わっているとか。

 この場にいない誰かに向けた言葉は、風に吹かれて消えていく。

 そして、彼女の胸の白色が少しだけ広がり、辺りに分かるほどの冷たさを放つと――答えを返してきた。

 

「使ってみせるがいい。俺のことを。加減はせんぞ。たとえ何千何万の人間どもを巻き込もうと、俺の知ったことではない」

 

 本来の性質の一端なのだろう。スルトは獰猛に笑い、そんな警告をしてきた。

 ワルキューレの体では、本来ほどの力は発揮できないだろうが、それでも“そのつもり”になれば可能だという確信があった。

 要は、使うならばうまく使えと、そう言っているのだ。

 

『ん。信頼する。よろしくね』

「新たなる姉妹機(ワルキューレ)の誕生を祝福します。スルト――この銘で呼んでも?」

 

 辺りを巻き込む戦い――彼女がそれを望むのであれば、それに沿う役割を与える。

 スルトの思惑が善にせよ悪にせよ、扱いは誤らないという、ある種の決意と覚悟がブリュンヒルデには見えた。

 ワルキューレを総括し、指示する身。

 たった一人でその立場を担う私の次女は、己の大事な役目をスルトに対して行う必要があるか、尋ねる。

 即ち、命名。

 ワルキューレは名を持たずに生まれてくる。ゆえに、空に輝く綺羅星の名を、ブリュンヒルデが与えるというのが習わしだ。

 だが、スルトは既に個人の名を持っている。それをこれからも使い続けるかという問いに対し、彼女は首を横に振った。

 

「その名は巨人王としての俺の名だ。新たな運命を受け入れた以上、この体である内にそれを名乗ることはない。好きに名付けろ」

「分かりました。では新たな銘を。輝く星を貴女に下ろし、新たなる願いとしましょう」

 

 生まれてくる姉妹の誰に対しても平等に、ブリュンヒルデは名を与える。

 この世界を守るための空の輝き。いつか誰もが希望を持って見上げる空を齎すための同志として。

 かつて、ヘカテたちが星の海を旅していた頃に発見した星の名。

 それらの意味を読み解いて、相応しいものをブリュンヒルデは妹たちに授ける。

 これはヘカテから直接、星々の輝きの“意味”を紐解く方法を教えられたブリュンヒルデにしか出来ないこと。

 

 新しい妹は、これまで生まれたワルキューレとは一線を画す、特殊な存在だ。

 であれば――命名は難航するか、或いはその存在にぴたりと合致する名がすぐに見つかるか。

 私には分からなかったものの、目に映る範囲で黒い流星が降り、防衛機構が迎撃する光の走る空を見上げていたブリュンヒルデは――すっと目を閉じ、微笑む。見つかったようだ。

 

「見つかりました。貴女にこれ以上なく、相応しい輝きの銘が」

「所詮、個人を識別するためでしかないものだがな。聞かせるがいい。何だろうと文句は言わん」

「はい。貴女の銘は――」

 

 氷と焔を内に宿す、別の世界から流れ着いたワルキューレ。

 新たな娘を迎え、この世界は降り注ぐ滅びに対して、また一つ強くなった。

 それを嬉しく思う。数としては増加傾向にある黒い星に勝ち切る希望に、なってくれる筈だと。

 久しぶりに、ただ純粋に喜んでいた。

 

 ――数日後にこの世界に吹くことになる、黒い風など知る由もなく。




■スルト→ワルキューレ・オフィーリア
元・消えぬ炎の破壊男児。ブリュンヒルデによって地雷なのか何なのか自分でも良く分からない部分を全速力でぶち抜く名前を与えられた。
本人はまったく無自覚だが、割と感情が顔に出る。
巨人王としての能力は基本的にランクが下がった状態で有しており、世界を焼き尽くす程の出力はこの姿では実現できない。
感情に昂ぶりが発生したり、ある種の迷いが発生した際、氷の属性が強くなって冷却することで“暴走を遷延”し、思考に余裕を与えるスキルを新たに獲得しており、これが幾分かスルトという存在を理性的にしている。
マイルドになっていれど一人称は俺だし基本的な性格もさほど変化がないため書いていて頭がバグりそうになるが、今の姿はあくまでロリである。
凍り付いた胸元の描写がそこそこ出ているのは現状全裸であるため。ワルキューレが生まれた際、裸であるか礼装を纏っているかは決めていないため定かではないため、彼女が例外かどうかは不明。
性別にはあまり頓着していない。有体に言えばどうでもいい。それはそれとして、人と大差ない身の丈になったことには割と困惑している。
ちなみにスルトという名の小惑星は存在しないが、土星の衛星に命名されている。

■セファール
別世界の存在に対しても、三人称には「あの子」を用いる。一万年ものの世界レベルの母性は伊達ではない。
スルトについては藤丸たちの世界とはまた別の世界からやってきたという認識。
また、ブリュンヒルデの持つ知識と藤丸たちの世界が同じという裏付けは取っていないため、これもまた別の世界だと思っている。自分たちの世界が並行世界モノのクロスオーバー作品の舞台になっている件。
カオスな状況ではあるが――滅ぼすためならばともかく、生きるために彼らが手を貸してくれるということは、つまるところ吉兆だろうと強く感じている。

■ブリュンヒルデ
セファールの次女にしてワルキューレの長。
ヘカテの弟子として数々の教えを受けており、オリュンポスの神々が見出した星々の名を紐解くすべもその一つ。
それを元に、生まれたワルキューレに相応しい銘を与える役割を持つ。
今回も新たなワルキューレの性質を見て取り、これしかないと判断した銘を与えた。
あくまで――あくまでこの世界の命名法則から偶然えらいところをぶち抜いただけであり、彼女に一切の他意はない。

■アルビオン
時計塔の地下に残る遺骸の主たる境界竜……ではない。
本話においてスルトが言及したアルビオンとは、十八世紀英国の詩人ウィリアム・ブレイクが提唱した独自の神話観における原初巨人アルビオンのこと。
世界の卵であり人類の祖――そこから広がる神話を、ブレイクは幻視した。
余談だが、ブレイクは後世に影響を与えた詩を多く残しており、例を挙げると、藤丸立香の精神セコムこと巌窟王エドモン・ダンテスの宝具の和名『虎よ、煌々と燃え盛れ』の元ネタの元ネタだったりする。


★ウルト兎様よりオフィーリアのシンボルイラストをいただきました!

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