――さて、と。ここは私が君たちに教える必要があるか。
ラグナロク戦線。流星雨の如く降り注ぐ侵略種との戦い。
その終局を飾るのは他でもない、この世界の“内”からの発生だった。
セファールも聖剣使いも、詳しい事情は知らないからね。この部分を語るのは、こういう反則が必要だ。
少しばかり話すのは躊躇われるけど、これも世界が今に至るまでに必然迎えるべき結末。
悲しくて、悍ましくて、理不尽だけど、これから君たちが見るものの前提を知っていてほしい。
侵略種というのは、この世界の外からやってきた敵だ。
そういう意味でははじまりの侵略種というのはセファールになる。
この世界で築かれていた秩序を破壊して、世界を作りなおしてしまったのだからね。
ところが、世界そのものはその変革を受け入れた。
人々もその変化で生き方を変えた訳でもなく、百年も経って世代が変わる頃には当たり前の世界になった。
セファールは今の世界を愛しているし、その上で生きる命もまた世界を愛していた。
だから侵略種という今や当たり前になった敵に対して抵抗を続けている。
であれば――“前の世界を取り戻そうとするもの”もまた、彼女たちにとっては同等の敵となるのは必然だ。
この新天地に生きることを許されなかった者たちがいる。
いや、少し訂正。彼らは新天地が誕生するより前に討たれていたからね。どちらかというと彼らの行いが新天地のきっかけになってしまったというのが正しいか。
つまるところそれは、かつての秩序。
――神と呼ばれる者たちだ。
様々な巡り合わせの悪さによって、神々は選択を誤った。
そのために、彼らは世界を奪われた。
大半が軍神の剣によって滅ぼされ、残る者たちも己が秩序ではなくなった世界で大したことが出来る訳ではない。
とはいえ、だ。
神々の影響の一切が、この世界から消えたのかといえば、そうでもない。
たとえば日輪神官の系譜は太陽神の祝福――執念ともいう――が現代に至るまで残っていたりする。
軍神の剣なんて最たるものだ。
巨神王の武器となり、多くの姿でこの世界を守っているけれど、結局はかつて最強を誇った軍神の得物であるのだから。
そんな風に、ざっと今から三千年前、ラグナロクの終端にも、そうした神の影響が残っていた。
別に、特定のこういう神がいた、とかそういう話じゃない。
名のある神から名も無い神まで多種多様な神々の想念。
分からなくもないだろう?
彼らからすれば、何処かの誰か、まったくの
それがきっかけで自分たちが諸共討ち滅ぼされるなんて、理不尽にも程がある。
元をたどれば、そういう理不尽への怒りを生きている内に持って、セファールを討たんと奮起するべきだったのだろうけど、まあそれはいいか。彼らが怯えたからこその今の世界だし、もしそうなってセファールが滅びる結末なんて私は見たくないからね。
実際のところ、“これ”がいつこの世界に刻まれたのかといえば、その発端はこの世界が新天地となるよりも前だ。
敗北を悟った神々が後の世界を想った。
軍神の剣が神々に振るわれるその刹那に抱いた強い感情。
魔女と同じような理屈で新天地へと変わった世界に運よく生き残った神々が、意味を失って消える前に残した未練。
ラグナロク末期。この時代に現れたのは、そうしたものが、募り募って、詰み上がって、膨れ上がったものだから。
――選ばれた二人は、なんてことのない、ただの少年少女だった。
今の基準で言えば成年を迎える前の、同じ村から選ばれた二人。
事を起こしたきっかけである神は自らの滅びを確信していて、それでも諦めきれなかった。
そのままいけば、待っているのは侵略者の手に落ちた世界だ。
人間を殺さず、文明を破壊せず、神々だけを手に掛ける壊れたセファールのことだ。自分たちが滅びた後に世界もまた滅びることは無いだろう。
だが侵略者によって支配された世界で、生命がまともに生きていける筈がない。
そうなってしまった世界を再び秩序の下に成る世界と出来るのは、神々をおいて他にあるまい。
正義感と、それから義務感。
そして、負けてなるものかという意地が始まりだった。
こうなった神は厄介だ。何せ頑なだからね、人の一人や二人攫うし、その意思など聞かずに利用する。
つまりだね、神は彼らをいつか目覚める逆転の駒としようとした訳だよ。
自身の力を切り離し、それを少しずつ増幅させながら眠り続ける二人の人形。
いつか彼らは目覚め、その時こそ世界を侵した侵略者を完全に討ち滅ぼし、再び神々の世を取り戻さんとする救世者。
二人に与えられた役割はそれだ。
ああもうこの時点で理不尽極まりない。神の世を取り戻すための戦いを、どうしてただの人間が押し付けられなければならなかったのか。
――そんな倫理観など、この時代にはなかった。この時代、誰より知られていた人間が、そんな役割を押し付けられた筆頭だったからね。
そしてそんな代表がセファール打倒の使命を成し遂げられていないことを、この二人の人間は憂いていた。
なんという巡り合わせ。“であれば自分たちの方が”――ごく僅か、細やかに思っていた感情に付け込まれてしまった。
もしも、それだけであれば侵略種にも劣る、小さな災害に過ぎなかったことだろう。
先程も言ったように、ラグナロク末期に起きたこの災厄は、募り、詰み上がり、膨れ上がったものだ。
小さな正義感、小さな義務感、小さな使命感に突き動かされる大多数。
そんなありふれた事態によって、この善なる神の計画は歪みに歪んだ。
その二人は神々の想念の受け皿だ。
セファール如きに滅ぼされたという恨み。聖剣使いが役割を全うしなかったという怒り。
そうして変わった世界を受け入れた人間たちの愚かさに対する憐れみ。
未練や無念は彼らを見つけた。感情を受け入れ、いつか目覚める、新たなる世界への災厄の萌芽を。
さて、方向性が決まってしまえば、後はそちらに向けて突っ走るだけ。
魔女以外の神がいなくなる頃には、それは世界規模の膨大な呪詛の卵となっていた。
セファールは気付けなかった。
何よりそれは、セファールが気付いてはならないものだから。
神の願いは呪詛へと変わっても、世界を変えるに足る規模になるまでという前提は崩されていなかった。
必ずや、セファールを討ちたいという意思だけは、怒りを抱いた神も、恨みを抱いた神も、世界を救いたがった神も変わりなかったんだ。
聖剣使いは気付かないフリをした。
彼女はあくまで、人々の先頭に立つ、人間の一人という立場を崩さない。
等身大の思考を全うする彼女は、育っていくその感情の卵を“気付き”から外した。
自身が気付くならば、相対するならば、それが顕現してから。目の前のことだけを考えるからこそ、自分は自分でいられるのだと、彼女は理解していた。
魔女は知っていた。
知っていて、しかし自分ではどうにもならないと確信し、それを乗り越えられる最善の手を打った。
神官は気付いた。
自身にある神の祝福からか、その異変を悟り、しかし死期が近かった彼には何も出来なかった。
ただ、彼にも確信があった。
魔女とはまた違う――この世界ならば必ず乗り越えられる程度の障害だという確信が。
魔女がセファールに、その時まで伝えなかったのは何故だろうね。
自身が元・女神であったことから、神々の呪詛に思うところがあったのは確実だけど。
もしかするとそれは負い目かもしれないし、或いはそれが秘密ではなくなるまで伝えられないというような、神々の密約があったのかもしれない。
ゆえに自身の中で対策を講じた。神々による世界の否定への尻拭いも兼ねて。
結果として事前に対処することは出来なかったまでも、世界は他の人類史からの戦力を受け入れることで抗えるようになった。
そう判断した魔女は、ラグナロクという災厄のピークたる今こそ――いつか激発するこの問題を解決すべき時と、二人の人形を目覚めへと誘導した。
――ところで。
世界の資源に限りがあるのと同じように、一つの世界を滅ぼす災厄にも限度がある。
一定を凌駕するほどの滅びを乗り越えてしまえば、引っ切り無しの滅びの連鎖というものはひとまず止むものだ。
本来、そうした事象が発生するほどの滅亡を、人は乗り越えられはしない。
その希少な例がここにある。
侵略種の大量襲来で弱った世界に目覚めた嵐。それを乗り越えることで、この世界は一度落ち着いたんだ。
そこからは現代まで、侵略種は不定期で襲来すれど、対処と発展が可能な歴史が続くことになる。
ゆえに最大の戦い。ゆえに最大の世界の危機。
この世界の上で目覚めて、そしてこの世界が救うことが出来なかった、罪なき災厄。
世界に歯向かって、世界を超えた同盟によって、ラグナロクの
この世界が存続するために必然的に抱え込むことになった黒い歴史。
「――さあ、イル。目覚めの時だ。今こそ闇夜を切り拓く」
「うん。きっと
神々の切り札。
神々の妄念。
神々の最後の希望。
混沌を分かつ剣。天をも喰らう海。
かつての天地との真なる訣別。
世界の行く末を賭けた決戦――幼年期の終わりの話をしよう。
■破天海域
神々が自分たちの世界を取り戻すためにこの世界に刻んだ希望。女性。
名もない村から選び出された誰かであり、■■■■■■■■という海の名を受け入れた災厄。
ラグナロクの終末に目覚めた、侵略者たるセファールを討ち神々の世を取り戻さんとする“救世者”。
■黄金山脈
神々が自分たちの世界を取り戻すためにこの世界に刻んだ希望。男性。
名もない村から選び出された誰かであり、■■■■■■という巨人の銘を受け入れた災厄。
ラグナロクの終末に目覚めた、侵略者たるセファールを討ち神々の世を取り戻さんとする“英雄”。