無限の災厄と戦う土台を整え、そして人間の世界を守るために白き巨神王が旧き神々を一掃したのは前項の通りである。
しかし王家に伝わるところによると、予言者や他国の王、そして始王たる己もまた、かつては巨神を「世界を滅ぼすもの」と確信していたようだ。
それが決定的に変わったのは、巨神王が降臨してから六年後の、星々すら隠れる分厚い雲が空を覆った雨の日。
遥かな彼方の国に語られる、大地を創造したという旧き神が、巨神王を討つべく侵攻してきた夜である。
その夜、我らの国は滅びる運命であった。
現れた神は世界を廻し、或いは全ての大地を裏返すことさえ出来る、一つの力の窮極だった。
神の怒りは巨神王にのみ向けられたものであったが、ひとたび神が力を振るえば我が国も悉く砂塵へとかえるだろう。
絶望した始王は、しかし、見たのだ。
巨神王がその体を堤防として、我らの国を守り戦う姿を。
大地は捲れ上がり、深く深く削れて、我らの国はぽつんと残る陸地となった。
そこから数年の月日が経つ頃には周囲を海が包むことになる、世界の砦たる我らの国。
これぞ、その真の開闢であったのだろう。
――とある王の記した無題の記録、序章六項より引用。
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止む気配のない雨の降り続ける空を、ぼうっと見上げていた。
数十分、いや、数時間は経っているかもしれない。空の色が変わっていないから、朝にはなっていない筈。
特にそうしたいからしていた訳ではなく、それしか出来ることがなかったというだけ。
――いやあ、今回の怪物は強敵でしたね。
もう戦ったのは随分前になる、剣を持った怪物を思い出した。
あの時のように、周囲に被害を出さない正々堂々とした戦いならまだしも、今回はそうではなかった。
まるで嵐だ。周囲のことなんか気にしないのなんの。
目覚めてから六年ほど経って、また大きく、強くなった俺だが、それでも今回は死ぬかと思った。
……訂正、まだちょっと死にそう。
多分、怪物が特殊な力を持っていたとかではなく、単純に強かった。
体中に罅が入って、腹とかは多分裂けている。負った傷としては、これまでで一番だ。
あんなとんでもない力、すぐ近くにある大きな街まで及んだら大変な被害になる。
俺としては、人に危害を加えるつもりはないし、俺の関わった戦いで人に被害が及ぶのも望むところではない。
だから、庇うように動いた。幸い怪物の目的は俺だけだったようで、俺が攻撃を受ければ街まで届く様なこともなかった。
まあ、周囲は街と幾らかの自然以外には何もなくなってしまったけど。
大地が抉られた痕の、まだやたら熱い地面に寝そべり、俺は一休みしていた。
気を張っていれば、多分死なない。ゆっくりとだけど傷が塞がろうとしている様子は見られるし、このまま死ななければ回復するだろう。
ただ、そのための栄養にしたかった怪物にありつくことは叶わず、倒れて目を離しているうちに消えてしまっていた。
倒し切れておらず、何処かに去ったのか、それとも放っておいたら怪物はそうなるのかは知らないが、とにかく最近怪物を見なくなってきた中で貴重な機会を逃してしまったらしい。
久しぶりの食事にお預けを喰らったのは残念だが、街を守れたのは万々歳。
結果として、プラスの方が大きいか、と益体もないことを考えながら、雨の夜空を見上げる。
晴れていれば気分よく見上げていられる満天の星空が広がっているのだが、今日に限ってこんな天気とは、ついていない。
せめてこの、やけに熱い地面だけでも冷やしてくれないものかと思う。火とかを特に何も感じないこの体で熱いと感じるのだから、相当だろう。
この熱が街に変な影響を与えていなければいいけど。
――暇だ。
眠ってしまったらアウトな気がするし、まともに動けるようになるまでこうしているしかないのだが、如何せんやることが無さ過ぎる。
意識から外していないと背中は熱くて鬱陶しい。なんかこう、針でチクチクと刺されている感じ。この体で痛みを感じるくらいの針ってなんだろう。
少しずつ自覚を始めた能力で暇を潰そうにも、今そんなものを行使したら傷を治すための力を使ってしまい悪化する。
久しぶりにスマホが、パソコンが、SNSや動画サイトが恋しくなった。
歩いて戦って食べて寝ての生活で意外と抱かなかった感情である。本当に獣みたいな生活してんな。
「――よっと、失礼しますよ」
その時だった。ずいぶんと久しぶりに、その声を聞いたのは。
少しだけ顔を起こしてみると、胸元にこの世界唯一の友人が立っていた。
雨避けのための最低限の布を被りつつも、その下から覗く顔つきは間違いない。
ここ一年くらい姿を見なかった少女は、随分と大人びた様子に変わっていた。たった一年でこうも変わるのか。
ところで何そのお祭り騒ぎって感じの楽しそうな恰好。布の下に付いてる色々な装飾どうしたの? 観光気分?
「だから友人じゃ……いや、もうそれはいいです。あと“こうも変わるのか”はこっちの台詞です。また倍くらいに大きくなってますよね貴女」
うん。そろそろ五百メートルくらいあるんじゃないかと思っている。
だからか。だから傷の治りも遅いのか。
にしても、彼女はどうしてこんなところにいるのだろうか。
周囲はこんな有様で、もし彼女がいたら今頃は大変なことになっていただろうし。街にいたのだったら間一髪だ。
「まあ、街には滞在していた訳ですが。その件はともかく、まずは聞かせてください。――死ぬんですか? 或いは、死にそうですか?」
そんな、一年くらいぶりの再会で最初の質問はやけに物騒なものだった。
確かに聞かれても仕方ないくらいの傷ではある。
傷は深い。深いが、背中を貫通するほどのものでもない。相変わらず開いているのは胸と両手の穴だけである。セファールジョーク。
――冗談だ。その表情怖いからやめてほしい。背中熱い筈なのに背筋が冷えた。
油断すれば死にそうではあるが、死ぬつもりはない。とりあえず治るまでは気を張って、死なないように努めるつもりだ。
そう、視線で伝えれば彼女は――安心するように、だと嬉しい――溜息をつき、荷物を下ろした。そこ濡れるよ?
「……とりあえず、死なないなら良かったです。目を見開いてテンション上げないでください気色悪い――耳大丈夫ですか? ピンと立った勢いで右の上半分が切れて落ちましたけど」
大丈夫だと思う。というかそこもダメージ受けていたのか。知らなかった。
聴覚には異常がないし、痛くもない。他の傷と同じくその内治ると思う。
「勘違いしないでほしいんですが――言葉の通りなんで本当に勘違いしないでくださいお願いします。勘違い、しないで、ほしいんですが、貴女に死なれると困るんです。これでも聖剣に選ばれた身なので、貴女は私が討たないとならないんですよ。そちらも大変なのはわかりますが、こっちも人生台無しになってるんで、本当お願いします」
最初のツンデレ疑惑にテンション上げたことが申し訳なくなるくらい切実な理由だった。
聖剣に――あの玩具と信じたいモノに選ばれて以降、村を出て、拠点を転々としながら鍛錬を重ねてきた彼女。
その最終目標は俺だった。忘れがちだが俺だった。
確かに、あの怪物との戦いで死んでしまえば、彼女が腕を磨いてきた理由がなくなってしまうに等しい。
危なかった。それは頭に入れておかないと。
「だいぶ狂ったこと考えてますよね。ああもう余計なこと言った……っ」
今は彼女が何をしても俺は傷つかないが、彼女は俺が原因で生き方を狂わされたのだ。
それを成し遂げられるようになった時に俺がいなければ、何の意味もなく終わってしまう。
そんなことは許されない。であれば、彼女の友人として成すべきは一つ。
「ちょっと、待ってください。待ちなさい。それより先を考えないで。重く捉えるのは良いとして方向性が違」
――そうだ。俺は彼女以外には殺されない。何があろうと、絶対に死なない。
「ああああああぁぁぁぁもぉぉぉぉぉ……っ」
元々、この世界に来たのは突然で、誰かと何かの因縁があった訳でもない。
唯一あの聖剣――聖剣だけが縁であった以上、幕を下ろすのであればそれを担う彼女が相応しい。
彼女もそういう運命を、そういう使命を自覚している訳だし、俺自身が何も考えないというのはあまりに失礼という話だ。
そう考えると、早く傷を治さないとという気分になった。早く全快になり、いつ彼女の覚醒を受け止めても恥ずかしくない状態でいなければ。
「ほんと何なの」
多分無意識だろうぼやき。
うん、気長に待つので頑張ってほしい。本望というのは、多分こういうことだ。手を貸すことは出来ないが。
「……もういいです。分かったんで手を貸してください。割と考えなしに来たんで雨避けがこれ以外ないんです」
手を貸す――ああ、物理か。
このサイズ比だ。屋根になることは容易い。
腕は……うん、動く。ゆっくりと動かして、大きな手を少女の上まで持っていく。
当たり前だが、雨粒は突き抜けて少女に降りかかる。
「――――穴ぁ!」
さっき不発したので再挑戦である。セファールジョーク。
■セファール
降臨して六年。全長512メートル。
本人の認識としては怪物を糧としつつ世界を回る旅巨人。その他全ての認識としては神殺しのやべーやつ。
死にかけたのは最強の軍神(剣を食べられなければ怪しかった)、病毒を司る神(本人無自覚)に続いて三度目。
重傷を治し動くのに結構な日にちの回復が必要なようで、戦いの跡地で横になっている。守った国では“今なら安全に巨人を見られる”と広まっているとかいないとか。
人間を意図的に避けていることはこの六年で知られている。
「人間など糧にならないからだ、眼中にすら入っていない」と見る者は実のところ少ない。
何せ――“それ”が降臨した時、他でもない神々が「あれは人も神も、世界の全ての文明を破壊し、喰らうものである」と大々的に警告していたのだから。
ゆえに、「人を避ける、或いは神々のみを喰らう理由があるのではないか」と考える人間は増えてきている模様。
聖剣使いの使命のため己の存在の重要性を再認識したことで耐久力ほかが強化された。どっかの施しの英雄みたく、意地で耐える。底力L9。
■旧き神
とある創世神話に連なるきわめて強大な神。
その気になれば自身の信仰される地域・神話体系の外にまで手を伸ばし、破壊・創造を行えるという。
今回、急速に衰退が進む神々の中で、成長を重ねるセファールに唯一勝てるのは己のみと発起し、侵攻した。
周囲の全てを巻き込む覚悟で戦ったが、セファールが人間の国を背にし、守って戦う姿を見て、「人間の望むところの守護神」を想起してしまいひどく動揺。
文明を悉く破壊する筈の厄災が人間を守ることの矛盾により思考にエラーが発生し動きを止める。
最後の瞬間、その巨人こそが世界を、人々を守る要になるという、ありもしない“もしも”を思い描き「よもや、これからは――」と何故か穏やかになった思考の中で独り言ち、その間にセファール渾身のカウンターを受けて倒された。
ただし、この時セファールに重傷を与えており、反撃後倒れ伏したため、捕食される前に自己を失い消滅した。
ちなみに捲り上げた大地は高濃度の真エーテルが表面を覆っており、この時代の人間であっても触れるのは危険な状態。数年も経てば地面に浸透し、生態系豊かな海になることだろう。それまでは絶対に踏み入ってはならない。駄目なんだってば。
■聖剣使い
激戦の跡地の中で横たわっていたセファールにいてもたってもいられず徒歩で来た。
各地で人々の悩みを解決したお礼などで貰った護符や祭具などをありったけ起動してやってきたため問題なく来ることが出来た。足裏がひどいやけどでギリギリと痛むが、それだけだ。
持ち前の直感はセファール関連限定でランクアップする。何となく伝わってくる思考に嫌な予感を覚えることがある。大抵何かが起きる。
この世界において今後ツンデレという概念が生まれるかは定かではないが、言っていて本人もなんか恥ずかしかったようでセファールの傷がそれなりに治り眠った後、一人頭を抱えていたとか。
「お前を倒すのはこの私だ」精神は紛れもない本心。ただまあ、自身の運命にして、それなりに語り合っている相手にそれ以外の情を抱かないほど人でなしな訳でもないのも事実なのだが。
ちなみに今回、初めて末尾に「!」が付いた。
■とある国
旧き神の侵攻の折、セファールが近くにいたため、戦いに巻き込まれかけた国。
なお、便宜上「国」と呼ぶが、神の手の下になったものではなく、ある程度の規模の人々が集まった結果出来たものであり当時の“国”とは定義が異なる。
支配者は賢王として知られ、善政を敷きよく勉学に励んだ。
戦いが始まり、仕える予言者により旧き神の何たるかを知ると、国の終末を悟り絶望。
神の前では抵抗も逃亡も無意味。国中に触れを出すことを最後の責務とし、国と共に滅びようとした。
だが、巨人は彼らを、国を守った。
たとえ、旧き神の侵攻が巨人を討つためであっても。巨人がそこにいたからこそ、この国は滅びんとしていたのであっても。
――世界が辿った結果として、確かに巨人はその時この国を守ったのだ。
■オリュンポスの神々
かつてセファールの強敵として立ちはだかった、外宇宙からの機神たち。
その経歴から遊星の存在を知っており、だからこそ――自分たちを信仰する愛する人間たちに、同じ世界に在りし神々に、巨人の脅威と齎される終末を声高らかに伝えた。
(以下、FGO二部六章のネタバレを含みます)
■ケルヌンノス
幾つか感想をいただいたため、一応言及。
本作においては聖剣を作るべき妖精はとても模範的な働き者のため、ブリテン異聞帯のような悲劇は起きていない。
セファールに対し攻撃的な神とも思えないため、現状のところ、概ね汎人類史と同様の来歴を辿っていると思われる。
――ただし、この後も全て同じとなるほど、汎人類史と近い世界ではないのだが。
言ってしまうと本作には一切登場しないため、今後の展開から自由に想像していただきたい。