「――ま、この世界にある、“どうにも”な気配。そういう理由でなければこうはなりませんよね」
さもありなん、という風に頷いたのはコヤンスカヤだった。
最初から、それ以外にはないと知っていたような表情。
呆れと――それから、玩弄のような嘲弄のような、曖昧な感情が顔に表れている。
「ンン。神々の情、と。形も失くし、意味も失くしてなお、妄執で世に在り続けるなど、それは形代がなければ成り立ちませぬ。いやはや、残酷なもので」
「よくもまあ、そこまで悟れる存在がいて汎人類史はまともでいられるものね。……ところで貴方本当に汎人類史の英霊?」
「如何にも。汎人類史の未来を憂い、平穏を揺るがすこの特異並行世界の危機に身を投じた次第にて」
「……“身を投じた”、ねえ……ま、いいわ。貴方の技術を解析している余裕はないし、なんだろうと手を貸してくれるなら」
――どーの口がほざいてるんですかねえ。
そんなコヤンスカヤの無言の視線が突き刺さってなお、ドーマンはブレていなかった。
うん。何となく、ドーマンの性質も伝わってくるけど、私から指摘するようなことは何もない。
少なくとも、今この子が自分なりの手段で手を貸してくれていることは間違いないし、別の世界の事情に口を出す気はない。
ドーマンやコヤンスカヤが、リツカやマシュとどんな関係であれ、この世界のために協力してくれているなら、私としてはただ感謝する限りだ。
「えっと……つまり、神霊――いえ、真正の神々がこの世界に残した呪詛が、この世界の災厄として顕現した、ということですね?」
「そういうこと。単独の神のそれなら、セファールだけでも何とかなるだろうけど、これはそういうものじゃないわ」
にしても、そうか。
私が世界を変えたきっかけ。セイちゃんを助けるために実行したあの手段。
もうこの世界にとっては当たり前の秩序になった、私の我儘。
つまるところこれは、その負債なのだろう。遺恨というものは確かにあって、今、この世界に生きる人々まで巻き込むような災厄になってしまっているのだ。
「……まったく。とんだ取引に手を出してしまったものですねぇ。古今東西の神々のごった煮呪詛とか、この世界の尖りっぷりがよく分かります。正直これ、汎人類史を巻き込んだところで手に負えないですよ?」
「別の人類史ってのがアレのアキレス腱なのよ。つまり、呪詛が向けられるこの世界で生まれていない存在である貴方たちが」
現在進行形で、吹いてくる風に乗る悪意は増している。
これは多分、影響力が強くなれば、ただ浴びているだけで害になるような代物だ。
その影響下に置かれない者こそ、彼らということか。
彼らこそ、アレの最大の弱点。勝てる保障はないけれど、最も安全にアレに立ち向かえるという意味で。
……であれば。
『――別の世界から来てくれたみんな。ここにいない、アルキメデスも含めて』
この世界そのものとして、今を管理する唯一の神として――この世界の『総意』として、決断しよう。
『今から私たちは、その呪詛を討つ。この世界の全部をかけて、この世界を守り通す。これから始める戦いで、昔この世界にいた神と袂を分かつ』
即ち、私たちの世界より前にあったものの否定。
リツカたちの世界では、未だ残っているかもしれないものの否定。
この世界が
『私たちは、私たちの明日を迎えたい。だから――今の、そして未来のこの世界のために、力を貸して』
私たちだけでは難しい。彼らにはより高い可能性がある。
そうだというなら、彼らの全力を貸してもらう。彼らの力を借りて、彼らと共に、この世界の未来を掴み取る。
「……先輩」
「勿論。やろう、マシュ。万が一、それが俺たちの目的じゃなくとも――」
「――! はい。短い期間ですが、この世界で多くを見せてもらいました。わたしたちの世界とは違うところは山ほどあって、けれど、わたしたちが見てきた多くの人々のように、誰もが今を精一杯生きています」
――彼らにとって、これは本当に成し遂げたいものとは関係がない事柄かもしれない。
得られるものも、神々の呪詛を打ち払うという難題に比べて、小さすぎるだろう。
……だというのに。
「シグルドさんと共に、明日のために戦いました。パリスさんとは、望む平和な世界を語り合いました。リラエアさんの最後の研究が成就してほしい。ロココくんには立派なパン屋になってほしい。フリックさんとエマさんの間にもうすぐ生まれるという赤ちゃんが、元気に育ってほしい。もう二度と交わらない世界だとしても、悲しい終わりにはしたくないんです」
「俺も、まったく同じ気持ち。だから――セファール、この世界のために戦わせてほしい」
――ああ、なんて。
なんていい子たちなのだろう。もう、それ以上背負う余裕なんて無いと、一目で分かるのに――
「お母様。その手で撫でようとしたら、みんな潰れてしまいますよ」
『……む』
無意識のうちに、手を彼らの頭に乗せようとしていたらしい。
危うく、始まる前に大惨事だ――いや、セイちゃんいるから大丈夫だったかな。
代わりに、同じことを思っていたらしいブリュンヒルデがリツカとマシュを撫でていた。羨ましい。
「ありがとうございます、二人とも。貴方たちの強さ、頼りにしています」
撫でられ慣れていないのか、新鮮な反応を見せる二人。
実に微笑ましく思っている間に、コヤンスカヤはセイちゃんに近付いていた。
「撤退表明ならセファールに言ってほしいんですけど」
「いえ。あちらの二人の事情とは別に、私も契約ですので協力を惜しむつもりはありません。少しばかり貴女に確認をしても?」
「何か?」
「貴女は、どう思っているんですか? 神々が世界を脅かしている、現状について」
確かに、セイちゃんは当事者である訳だし、何か思うところがあるのだろうと考えるのは普通だろうけど。
そういうの、セイちゃんに聞くのは間違っているぞ。
「……どう思うって、これまでと何か変えるべきなんですか。侵略種と大差ないでしょう」
彼女にとって、今回の敵は特別なものでもなんでもない。
敵である時点で同列なのだ。過去に何があったとか、運命を捻じ曲げた元凶だとか、そういう事を考えない。
――煩わしいし、考えていたら余計に疲れるから。
「そういう思い入れ、こっちの世界に期待しない方がいいわ。そんな感受性があったら、人間が一万年も生きていられる訳ないじゃない。長く生きるほど無感動になるのが知的生命体なんだから」
「ヘカテに断言されるとなんかムカつきますね」
「盟友に向ける殺気じゃないわよそれ」
セイちゃんにとっては、そういうものよりも、今繰り広げられているこうしたじゃれ合いの方が重要なのだ。
「……なるほど。ええ、それならそれで。狂った世界、大変結構でございます。足掻くところを助けるのなら、そういう世界でなくては」
ともあれ、コヤンスカヤは満足したらしい。
ドーマンも相変わらず、現在進行形でワルキューレのネットワーク維持を手伝ってくれている。
最高の状況だ。
みんながこの世界に力を貸してくれる。この世界の、今の在り方を認めてくれている。
ならば今の世界が続くことになんの問題があるだろうか。
過去の秩序は、もう不要なのだ。
まだ旧い理が残り続けていて、私たちを否定するのならば、ここで完全にそれを排して終わりを告げる。
言わばこれは、私たちの革命だ。
「――なら、始めるわ。世界中に触れは出し終えた。私が言うのもなんだけど、驕った神々を否定してやりましょう。宣戦布告は任せるわ、セファール」
『わかってる。衝撃は防いでね、ヘカテ』
「ええ。星が吹っ飛ぶほどの威力だろうとそよ風にしてみせるわよ。どうせそれじゃあ向こうも死なないだろうけど、思いっきりやりなさい』
開幕の狼煙だ。盛大に燃やそう。
これは私たちの意気込み。この世界を助けてくれる者たちも含めたすべてによる、最古にして最新の“侵略種”の否定。
見せてやろう。これが、新天地の象徴。今の世界の在り方だ。
「――セファールさんの頭上に、何かが……」
座標定着、仮想顕現。
ただ、私はそれを想起するのみ。使わせてもらうぞ、かつての強敵。
『発射……『
私が知る中で、最も強い神。
譲り受けた剣が今も世界を護っていることから、神としてその名が語り継がれている唯一の存在。
その仮想顕現。私が持つ力の一つであり、この戦い最初の一撃。
現れるは、真紅の鋼体。
もう私の方が遥かに大きくなった。それに、その姿は半透明。魔力で構築された仮想体に過ぎない。
だが、それでもなお――いつか私が死にかけるほどの武を振るったその威圧感は健在。
寧ろ巨大に。より、巨大に。
ヘカテ曰く。今の私が、なおも“強かった”と感じるそのイメージによって、さらに強くなった、空想の一振り。
放たれた極光の流星は、大陸の外――濃さを増している黒い嵐のど真ん中に突き刺さった。
■セファール
やらなきゃセイちゃんが死んでいたのでかつての変革に一切の後悔も罪悪感もない。
今更それが呪詛という形で出張ってきても、ただ迷惑でしかない。
ゆえに、この時代で完全に神々とこの世界の縁を断つ決断をした。ただし軍神の剣と親友たるヘカテは例外とする。
■聖剣使い
神々からの重い期待や、それに対する裏切りなどとうに忘れた。
今の世界において、変革以前の世界から関わりのある存在はセファールと聖剣のみである。
ゆえにそのセファールが脅かされるならば躊躇いなく断つ、かつての世界の秩序を――侵略種と同等として、単なる外敵として斬るという道を選ぶ。
――否、そういう選択肢しかない。ただの人間が一万という年月を生きるために極端なまでに精神性を切り詰めた、彼女特有の狂気の形。
■シグルド、パリス、リラエア、ロココ、フリック、エマ
藤丸とマシュが巨神国での滞在中に出会ったという人々。裏で色々あったらしい。
リラエアは本編に登場したワルキューレで技術局のトップ。
ただ一人を除き、物語の大局を動かすような存在ではなく、歴史の中にか細く刻まれるだけの“誰か”に過ぎない。
しかしそうした無辜の人々との出会いを通して、人理を修復し、漂白に立ち向かう彼らは歩んできた。
此度の出会いもまた、彼らにとっては掛け替えのないものだ。
たとえ、もう二度と関わることのない並行世界の誰かであろうとも。
■『
セファールが今もなお最大の強敵と認める軍神の仮想顕現。
指定した座標に魔力を集め、セファール自身のイメージの形を構築。
現れた軍神に攻撃を代行させ、直線状に破壊の極光を解き放つ。
簡単に言えば、衛星兵器ではなくセファールが召喚地点を指定するようになった『
ただし、この仮想顕現した軍神はセファールを攻撃目標とは定めていないため、攻撃方向、攻撃対象は概ねセファールが決定することが出来る。
これは、軍神の剣がこの世界の面々の武器に転用されるようになったくだりでヘカテが軍神の名誉を残すために色々と頑張った結果、人々の軍神へのイメージがヘカテ同様、「この世界側の神であった」という形になったため。
それをセファールが肯定し、そのイメージを元に存在を構築しているため、この世界に好意的な形での権限となっている。
また、この世界で完全な軍神の剣を見ることが出来る唯一の手段でもある。
破壊規模が防衛機構の比ではなく、被害を抑えるにはヘカテの割と本気の防御術式を併用する必要があり、これまで侵略種との戦いで数回使用したきり。
最初にセファールが何となく使えることを自覚してぶっ放した時、ヘカテはその理屈を知って「やっちまったのだわ」と一ヶ月ほど頭を抱えていたのだが、軍神自体の印象が上向きになった証拠でもあるし結果オーライと半ばヤケクソで受け入れたという。