たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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幕間『人間/戦士』

 

 

 軍神の極光が、上空を駆け抜けていく。

 それを感じながらも、視界に収めることはなく、俺は目の前にいる侵略種と命を削り合っていた。

 牽制として放った散弾をものともせず突っ込んでくる大型の獣。

 肉体を影で覆ったようなそれは、影ではなく三次元の物質であることを意識しておかなければ、たちまち距離感を見失う。それは侵略種と戦う前提でもあった。

 とはいえ、単純。

 ただ真っ直ぐに駆けてくるというだけならば、目にも止まらぬ神速かセファール神体の如き巨躯でもなければ、対処出来ぬほどに思考力を奪う攻撃ではない。

 

「ふっ――!」

 

 最低限の動きで躱し、横面を殴り付けて体勢を崩す。

 引っ繰り返った図体の脳天に砲口を向け、砲撃機構の引き金を引く。

 放った“本命”は獲物の頭を貫き、体内でその威力を放出する。

 仕留めたという確信の一秒後、侵略種は絶命する。これでまた一度――凌いだか。

 

 砲撃機構に装填したものと、剣筒に入った残弾を確認する。

 まだ余裕がある。あまり持ちすぎても重量が増え、動きが鈍るため、弾数の制約は逃れられない課題だ。

 ひとまず問題ないことを確認してから、絶命した侵略種の解体に移る。

 

「……しかし、先の極光。巨神王直々の力だとして、やはりあの方角には何かがあるか」

 

 先程より海から吹き続けている悍ましい風。

 巨神国一帯を覆う防衛機構の罅から吹き込んでくるそれは、熱を持つ訳でも、雨を運んできている訳でもないが、肌をチリチリと焼くような感覚がある。

 この風については、魔女ヘカテより二度の通達があった。

 まずは朝。この風を感じ始めた頃に、海上に確認されている嵐から発せられる、特殊な呪詛を帯びた風である旨。

 同時に、人間に有害な可能性があるため、人々は家から出ず、各地の戦乙女は可能な限り風を防ぐよう防衛機構を維持し続けよと。

 

 それから二度目。今より五分ほど前のこと。

 あの嵐を、この世界で発生した特殊な侵略種と認定。この瞬間より巨神王と聖剣使いを含めた、この世界の最大戦力をもって討伐することが発表された。

 各地の防衛機構で侵略種の襲来は防げるが、限界はある。

 機構を連続して維持できる時間には限界があるし、今対応したもののように、機構を貫いて落ちてくるものもいる。

 

 空を仰ぐ――防衛機構が展開した障壁の向こう。

 黒い星が無数に落ちてきては障壁に激突して罅を入れ、その上に展開された空翔ける戦乙女部隊が迎撃する様子が遠目に見える。

 あの罅の修復が間に合わなければ、障壁の内部に侵略種が入り込む。

 機構の維持、修復に携わっていた人々も避難している以上、そちらも戦乙女のみで対応することになる。

 よって内部に侵入した侵略種を討つ戦力が現状不足しており、今、俺がいるような辺境は後回しにされていた。

 この辺りには人は住んでいないものの、放置すれば悲劇にもなろう。

 もっとも、俺も分類としては、避難すべき人間に当たるのだが。

 

「……だが」

 

 戦う術がある。やれることがある。

 巨神王に戦力の一つとして認められた身として、この状況で何もせずにいるという選択肢はなかった。

 たとえ“彼女”からの忠告を無視することになろうとも、これは戦士としての矜持、責任感によるものだ。

 聞いた話では、この数週間共闘し、背中を預けることさえあった友人もまた、最前線に赴くという。

 そんな中で何もせずにいるというのは、あまりに情けない。

 

 

 

 ――彼らは数週間前、突然に現れた。

 この世界とはまた異なる世界からの客人。巨神王はその出自を認め、侵略種との戦いにおいて力を借りることを宣言した。

 巨神王が認めたとはいえ、その奇妙な存在を疑う者は少なくなかった。

 だが彼らは、この世界と異なる技術により、見事侵略種を討伐して見せたことで、人々からの信頼を勝ち取った。

 俺もまた、信ずるほかなかった――何故ならば、彼らが扱う技術は俺が幼少より幻視していた異なる世界における技術そのままであったのだから。

 魔術という名は同じであるものの、発展の仕方が違ったのだろう。

 異邦の戦士を呼び出し、それに指示を出す少年と、大盾を用いて彼を守る少女。

 リツカとマシュは侵略種と戦える存在であり、ゆえに力を合わせる友となるのは必然であった。

 友といえる間柄なら他にもいるが、皆、侵略種と真っ向から戦えるような人間ではない。

 よって彼らは、俺としては初の、背中を預けられる人間の友という存在となった。

 

 

 

 多くの話をした。休息の折、加熱炉を囲みながら。

 

「なるほど。辛い出来事だっただろう。そんな中で心を折らず、立ち続けられた貴殿らは――強いな」

「俺だけじゃあ何も出来なかった。マシュや、ここにはいないけど、支えてくれる皆がいるから、俺は今ここにいるんだ」

「それは理想的な繋がりというものだ。人間とは元来支え合うもの。この世界における聖剣使いでさえ、巨神王という存在が支えているからこそ、人であり続けられているのだから」

 

 彼らの世界のこと。幻視する世界の遥か先の時代――彼らが生きる時代は、危機にあるらしい。

 戦える可能性を持った者さえ、それを対処する権利すら与えられず。命からがら逃げ延びた彼らのみが、世界を取り戻すために戦える存在だった。

 戦うことを選んだ訳ではない。戦う選択肢しかなかった、ただの一人の人間であり続けられた筈の子供たち。

 その不屈は、この世界では決して芽生えないものだった。

 

 

 

 多くの話をした。戦支度の折、砲撃機構の具合を確かめながら。

 

「時々、よく分からなくなるんだ。本当に自分の歩んでいる道が、正しいのかって」

「……先輩、それは……」

「うん。分かってる。一つしか道がないのは。マシュとシグルドしか聞いていないからぶっちゃけるけど……たまに、思うんだ。ここで楽になる(止まる)と、どうなるんだろうって」

「――その背負うものを、当方は想像することしか出来ない。貴殿が感じている痛みがどれほどなのかも。だが、和らげることは、或いは出来よう」

「え……?」

「リツカ。人は無限を背負えたとしても、保障出来る世界は狭く、小さい。先を視る瞳も無ければ、尚更。全てを背負ったとしても、その全てのために今を生きるな。己の、己の世界の明日のために生きる。それが、人が背負った全てを力に変えて歩む唯一の考え方だと、当方は思う」

 

 痛ましかった。

 彼らが背負っているものの大きさは、俺にも分かる。多くを守るため、多くを切り捨て、それらもまた背負ってきたのだろう。

 ゆえに、己の生き方を語って聞かせた。この世界の誰しもの生き方を聞かせた。

 それが彼らの世界の在り方に適したものかは依然として不明だが、未来が無色であることは何処の世界も変わりあるまい。

 背負う重みを感じたままに歩むならば、人は明日という一歩先を思うのが限界だ。だから、未来を必要以上に意識する必要はない。

 一日一歩である限り、人はどこまでも進めるのだ。

 

 

 

 そして、多くの話をした。共に侵略種を討ち、それを解体しながら。

 

「シグルドはどうして、“それ”で強くなる道を選んだの?」

「これが最適解であると、気付いてしまったためだ。倫理的、常識的でないことは理解しているが、この世界において一人の人間が戦士となるには、力も時間も決定的に不足している」

「……でも、その手段は……」

「在るべき“己”という形から離れるもの。無論、最初にその葛藤があった。だが、些末なことだ。当方の心が変わり、しかし当方の身が健在であった時に備え、既に信ずる者に介錯を任せている」

 

 人が侵略種と戦うことは不可能であるという前提を、異なる世界の自身に学ぶことで克服した。

 侵略種を討つ手段を、連中の肉体を利用することで手に入れた。

 爪や牙を剣と成し、砲撃機構に乗せて放つ戦術は、幸いにも有効だった。

 ――しかし、それでは足りないと判断するまでは長くなかった。

 体の強度そのものがどうしようもなく人間であり、どれだけ鍛えても、牙の衝撃には耐えられず、拳をぶつけても此方側が弾けることに変わりはない。

 

 

 

 それを解決する手段。体をより強靭なものへと変える手段。

 この身を本来は至ることの叶わない領域へと到達させる手段。

 

 

 思い付き、それを心に決めるまで、そう時間は掛からなかった。

 寧ろ、即決であったと言っても良い。出来るという確信があったがために。

 そして、それを可能とする技術を持つ友もまた存在した。

 許しを得るには相当の苦労を有した。だが、この選択は――この世界に生きる一つの命として、俺自身が選んだもの。

 そう宣言し、俺はこの技術を得た。

 

「――――」

 

 討った侵略種を解体していく。

 爪と牙は次なる刃とするため。一通り剥いだ後、最後にその胸を裂き、侵略種の存在としての核を摘出する。

 即ち、心臓。

 今も幻視する、異なる世界の英雄の姿。大欲の変じた災厄を討ち、その心臓を飲み干して叡智を得た剣士の王。

 あの者と同じ。黒く輝く重い心臓を己の糧として、我が内に取り込むこと。それが俺の至った、人より上にある者たちと並ぶ手段であった。

 

 この“黒”は世界を、そして人を侵すものだ。当然、このまま唇に触れればたちまち命にまで届こう。

 その呪いを無力化し、肉体を補強するための力とする術を――巨神王から。

 その術を肉体が受け入れるための手段を――我が友、ブリュンヒルデから譲り受けた。

 

 肉体に刻んだ圧縮術式(ルーン)により肉体の崩壊を遅延させ、同時に取り込んだ心臓をリソースに変換する。

 身体能力において侵略種と並び、超えるための、侵略種を取り込むことによる肉体改造。

 我ながら妙案だとこれを話したのは、過労を憂いた巨神王により、ブリュンヒルデが暫しの休養を命じられていた折だった。

 そんな中でも使命に強い責任感を持ち、世界を、巨神王を案じる彼女の気晴らしに付き添っていた折だった。

 

 一つ、駒が強くなることで、多少なりともその心は軽くならないものか。

 

 

 提案から十分も経たないうちに、俺は有無を言わさぬ“威”を伴った笑みを浮かべたブリュンヒルデにより巨神王のもとへと連行されていた。

 

「お母様。私よりもさらに疲労を溜めた人がいます。私は彼のように前線に出ている訳でもありませんし、まだ――」

『……とりあえず、休みが必要なのはブリュンヒルデもシグくんも同じ。比べている暇があったらその分寝なさい』

 

 

 ――疲労による妄言と取られたその時の一幕はともかく、今の俺はその術により、侵略種をより有効的に糧と出来ている。

 身体の強化は実際に侵略種の攻撃に対する耐性となっていた。

 無論、他の人間にも適用するようなことを、巨神王は許可しないだろうが。これは今回ばかりの特例と言えよう。

 

 これにより侵略種の討伐効率は飛躍的に上がり、戦乙女同様に巨神国を守護するための戦力として、扱われるようになって数年が経ち。

 空を翔ける極光と、それが貫いた嵐の災厄。

 異なる世界の戦士も含めた、強大な侵略種との戦いの始まりを予感する。

 戦力として、俺自身が一際強く輝く存在になることが出来たという自負はある。

 そして、この戦いへの招聘を受けなかった理由も、また分かる。

 

 ――或いはこの辺りもまた、戦場となるならば。

 

 根拠のない、しかし確信に近い仮定に思考を巡らせながら、心臓を嚥下する。

 戦闘態勢、続行可能。世界に及ぶほどの災厄でさえ、立ち向かう気勢は十分。

 魔剣の貯蔵も、また万全。であれば、その瞬間を待つだけだと、俺は彼方の海に向け戦意を新たにした。




■シグルド
自己改造のヤベー奴。
侵略種の再利用に定評がある。実のところ、数が多すぎてセファールが吸収する分を考慮しても飽和状態にあるため、さほど問題にはなっていない。
人々からすれば、聖剣使いのような神話級の存在ではなく、同じ時代を生き、それでいて侵略種と戦える希望の星。
ワルキューレたちからすれば、人間だけど割と自分たちより強い気がするバグ的な存在にして、お姉様を誑かす危険人物。
この世界にやってきた藤丸たちと出会い、何度か共に戦っている。前話でマシュから名前が出たのはそのため。
カルデアは北欧異聞帯での戦いを終えているため、戦闘スタイルのまるで違うシグルドと連続して出会ったことに混乱こそあったが、無事友人の間柄となった。

汎人類史のシグルドを模倣して肉体を鍛えたことで侵略種と戦えるほどに成長したが、それでは足りないと更なる高みを目指す。
その結果、侵略種の心臓を取り込んで肉体を改造するというとんでもない発想に至り、その術が欲しいとセファール及びブリュンヒルデに直談判した。
正気を疑われ、休養のため隔離施設に監禁されるだのなんだのといったドタバタにもめげない説得で彼女たちは折れ、幾つかの制約付きでそれは許可された。

ブリュンヒルデの存在は、出会う前から知っていた。
幻視する世界を、真に存在する別世界だと確信したのは、彼女がいたから。
とはいえ、あの世界のシグルドとこの世界の自分はまた別。
彼女もまた然り。ゆえに道は交わらないし、偶然があったとしても、それより先には至らないと思っていた。
だが――

――――一目惚れというのだろうな。

■ブリュンヒルデ
ワルキューレ・ネネッタの紹介によりシグルドと出会った後、上位の存在でも妹でもない、特別な/特別ではない知人となる。
基本的にセファールのもとでワルキューレたちの統制を行っているため、前線で戦うシグルドの戦いは妹伝手にしか知ることがない。
ゆえに、数少ない休息においてのみ直接関わる――プライベートな間柄になった。

別世界の知識で得た技術を応用した、文字に魔術としての意味合いを持たせ、それを刻むことで効果を発揮する『ルーン』という技法を考案した。
いわばこれは礼装を持たずとも、即席の構築に思考を使わずとも、強力な魔術の行使が可能な技術であり、その完成度は師たるヘカテも一目置いている。
ただ、「一つの文字に複雑な意味合いを構築する」ことがそもそも至難の業であるため、まともに扱える者が殆どおらず独自技術と化している。
これを――気乗りはしなかったが――受け継いだのは、気の触れた結論に至った仲の良い友人だった。

■セファール
最近別の時空のカルデアに世界規模の母性が降臨したことに危機感を抱くこの世界の母。
藤丸やマシュとはまた別の方面にヤバい人間がこの世界にもいる。不安。
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