・アルキメデス:幕間『人理/学士』
・オフィーリア:第六幕『みにくい白鳥の子』-5
・ヘカテ:いつか、どこかの、アナタたち。-2
相対した敵が何者であるか。
未だ謎の存在である侵略種を究極の敵とするこの世界において、常に考慮しなければならない事柄だ。
だが、それはヘカテやブリュンヒルデの仕事であると、ずっと昔にセイちゃんは言ってのけた。
彼女にとって敵の何たるかなど、どうでもいい。
聖剣によって“断つ”対象であるならば、やることはただ一つ。
ドーマンが映し出した現場の映像に、セイちゃんたち三人が現れる。
術式の展開、転移した三人の存在が確定するまでの、一秒の半分にも満たない時間。
その時間で動き出すことが出来る者は、この世界には少なくない。
経験を積んだワルキューレたちはそれよりも短い時間一つ一つに選択の猶予を持っている。
それを知っている私が見て、強いと感じるあの黄金もまた、それが出来るだろう。コンマ数秒で何も出来ない存在ではない筈だ。
しかし彼はそれをしなかった。
転移が完了するまで、その威容を動かすことなく、見据え続けた。
自らが相手取る、自らの世界の敵と、真っ向から対峙しようという意思表示か。
あまりにも経験のない、理性のある敵との戦いだ。その真意は判然としないが、ともかく彼は普通の侵略種ですら当たり前にやることをしなかった。
転移の完了をただ、泰然と待つ。ゆえに、当然のようにセイちゃんに先手を譲った。
――私たちの世界にとって、敵への対応というのは、こういうものである。
「――――――――ッ」
まだ敵を視認すらしていないだろう段階で飛び出したセイちゃんが振り下ろした聖剣。
予期できなかった者ならば気付く前に断つほどの一振りは、個人に掛けるには過剰なほどの守りによって防がれた。
黄金を覆う神々の圧。本来は世界を守るために展開されるだろう最上位の加護。
ヘカテやコヤンスカヤがドン引きするほどの守りによって剣を受け止められたセイちゃんは、ほんの僅かに息を入れ、さらに剣を押し込みつつも持ち前の剣気を叩き付ける。
周囲一帯を一気に削り取る斬撃の檻。それにさえ怯むことなく、神々の執念は初撃として放った一連の攻撃を受け止めた。
「ク、ぉおお!?」
誰かと共に戦うということを考慮しないセイちゃんの剣気は、標的を選ばない。
一振りに伴って巻き起こる剣閃の嵐は残っていた転移の術式を細切れにし、間一髪で身をよじって躱したオフィーリアが悲鳴を上げる。
無論、躱せると踏んでの任命である。彼女であれば、セイちゃんとの共闘は可能だ。
そして何度もセイちゃんと共に侵略種を打ち倒しているアトリとエクリプスとしては勝手知ったるというもの。
跳躍してセイちゃんの第一撃を躱し、思わずといった様子でへたり込んだオフィーリアをフォローするように傍に降り立つ。
「よくやったぞ、オフィーリア。セイちゃんのアレを怪我なく避けられる者はそういない」
「――待て。俺の価値観が正しい、常人寄りのものであるならば味方の攻撃とは本来避けるものでは」
「巻き込まれるぞ、こっちだ」
「おぉぉぉぉ――!?」
言うまでもないが、これはセイちゃんと、アトリにエクリプスと、そしてオフィーリアの共闘である。
斧槍を振り上げほんの一隙に檻の中に飛び込んだアトリたちにオフィーリアが続くと同時、それまで立っていた場所を斬撃が通り抜け、草木を捲り上げて更地にする。
世界を守るためのコラテラルダメージ。
傍に立つなら、それは当たり前に対応できる者ということ。
一応味方がいるという考慮をしているだけ、セイちゃんも加減している。初手聖剣解放五連打とかはしていないし。
セイちゃんの剣が受け止められたとしても、それ以上がない訳ではない。
それがアトリたちを同行させた理由。
世界を斬るとか――そういう特殊な状況が関わらないならば、単純な破壊力という側面においてアトリはセイちゃんの上を行くし、オフィーリアも負けてはいない。
「っ――――」
セイちゃんが僅かに聖剣を輝かせ、一際強く叩き付け、その勢いを利用して下がる。
その行動の意味するところは、より高い威力をぶつけろという意思表示。
「はぁ――!」
「っ、ォオオッ!」
刺突が二つ。
アトリの持つ斧槍の姿を取った軍神の剣と、オフィーリアの持つ燃え盛る枝が如き槍。
純粋な破壊に乗って炎が逆巻き、小さなドーム状に広がっていく。
内部に走る衝撃は相当のものになっているだろう。うん、よく即座に対応できたぞ、オフィーリア。
「……容赦ない」
「は、はい――映像越しでも衝撃を感じます」
あ、ドン引きされてる。
だがこうした方が後腐れがないぞ。
リツカとマシュも、こうした世界の敵と戦う機会があったら参考にしてほしいものである。
――とはいえ、だ。
向こうもしぶとい。最高火力という訳ではないものの、生半可な守りで耐えられるようなものでもなかったというのに。
アトリたちが離れるのを追うように、風が世界を裂いていく。
大剣を振るった黄金は、その加護を一部解れさせながらも健在だった。
その肌の傷はどちらかというと、加護の砕けた破片によって付いたように見える。
いずれにせよごく軽傷で三人の攻撃を凌ぎきった彼は、僅かに口内に溜まった血を吐き出し、セイちゃんに目を向けた。
浮かんだ感情は――侮蔑、だろうか。
この世界でセイちゃんに向けられるものでは決してない黒い感情が、その真紅の瞳の底にはあった。
「――ぁ――」
僅かに口を震わせて、何かを喋ろうとする。
その出だしを遮るように繰り出されたセイちゃんの刺突を、今度は石の大剣が受け止める。
聖剣に突かれてなお罅一つ入らないその石に施された祝福は、やはり凄まじい。
しかし、相手の手が塞がれば次に動くのはアトリたちである。
「……死合う前に、相手の理とか聞いたりしません?」
『セイちゃんそういうの苦手だから』
「多分あんたに言われたくないと思うのだわ」
仕方ないじゃないか。この世界がずっと相手にしてきた敵というのは、言葉を交わすことのなかった存在である。
降りてくればとにかく全力をもって討伐しなければならない、理性があるかも分からない何か。
敵と言葉を交わすということ自体、文化として存在していないのだから。
「――おのれ――おのれっ!」
周囲を巻き込み、破壊が広がっていく戦場の中で、しびれを切らしたらしい黄金が吠える。
唸りを上げながら巻き起こる、創世の螺旋。
広がっていく開闢の波紋を受け止めるのは、ヘカテとブリュンヒルデ。
世界を裂く攻撃にさえ対応する、特殊な概念防御はこの世界の汎用的な技術として確立してはいない。
ゆえに、魔術の頂点が紡ぐ結界こそが、唯一の防波堤となる。
「ッ! ヘカテ様!」
「正面は私が受け止めるわ。ヒルデ、貴女は周囲から和らげなさい!」
「はい!」
人がいる場所へは届かせない。そんな意思が編み上げる、対粛正防御。
その外――戦場の中心で一際強い輝きが放たれ、炎熱の壁が後に続く。
世界の誕生さえ可能とする風を力で無理やり押し止め、破壊の残滓を一筋の極光が食い荒らしていく。
結界によって守られることのなかった戦士たち。
嵐を止めることで被害を免れた三人を乗せ、“軍神”を纏った日蝕が光の中から現れる。
それまでよりも広がった敵との距離。回避と攻撃の中断を完遂させたエクリプスからセイちゃんとオフィーリアが下りる。
その威力に向けた注意は、その時セイちゃんの戦闘続行を躊躇わせた。
ゆえに、黄金の鎧の中心に罅を入れた旧き理との間に、ようやく交流が生まれる。
「――過ちの天地に成り立った新たなる理ならば、まだ解る。所詮神ならざるものが敷いた世界など不出来であったというだけの話」
その外見に反し、どこか若々しい声だった。
本当にその身から発されているのかという違和感は、他の皆にもあるらしい。
「されど、お前まで言葉を交わそうとしない獣に成り果てているとは。落胆する。見下げ果てた」
視線は変わらず、セイちゃんに向けられていた。
かつての世界を知る、取り残された誰かは。
遥か古、神々の希望から反旗を翻した、“この世界の希望”を知っているようだった。
「――貴方の評価はどうでもいいんですけど」
「自己主張が薄く、自己肯定もか細かったお前が。聖剣に選ばれてなお変わらなかったお前が。これだけの長きを生きてようやく変わったか。何者をも理解しないという獣へ向けての退化だが」
「話聞いてます?」
「神々は歩み続ける。退きはしない。ゆえに、我らが此処に在る。お前のように、セファールの侵略に屈することなどなく」
――彼が、己の意思を言葉として出力していることは分かる。
だが、セイちゃんの言葉を受け取るということを、機能として有しているのだろうか。
理解を語りながらも、理解の機能を持たない柱。
ああ――神とはそういうものだったと、ヘカテから聞いている。つまるところ彼もまた、紛れもなく神の形代ということなのだろう。
「我に与えられた銘は知らぬだろう。神をも凌駕す宿命の神敵の銘は――」
興味ないです、そうセイちゃんが言う前に言葉は紡がれる。
「――黄金山脈、ウルリクムミ」
その自己完結に辟易した様子のセイちゃんは、剣を構え直し、
「開闢を納め、お前を正す柩の銘だよ――アル」
確かに自分に向けられた名詞に、動きを止めた。
■ウルリクムミ
黄金山脈ウルリクムミ。セファールを討ち神々の世界を取り戻すために用意した希望。
その銘はヒッタイト神話において神すら及ばない力を持つ岩の巨人のもの。
神を脅かすために創られ、天に届く巨躯にまで成長したが、エア神の宝剣によって切り裂かれたという。
この時の宝剣こそ、創世の折に混沌を天地に切り分けた開闢の剣である。
セファールを討つべく現れた彼は本人ではない。
その銘と力を与えられた、“とある村”から見出されたただの人間だ。
■聖剣使い
戦闘前会話はスキップするタイプ。台詞を言うために会話ウインドウが出てきた段階で斬りに掛かる。先手とは即ち必勝と心得たり。
話さずとも剣をぶつけ合えば分かるとかそういうのではなく、単に敵を理解する必要性を感じていないだけである。
■ワルキューレ・オフィーリア
出撃から一秒経つ前にフレンドリーファイアにより本気で死にかけた。
遷延の氷の冷たさが背筋にまで至り、彼女に命の危険を悟らせたのだ。多分。
セファールとしては彼女が聖剣使いやアトリとの共闘が可能であると信じており、事実死力を超えて戦えば割と二人に追いすがれる。
どちらかと言うと敵より味方の攻撃に気を張っている。この世界で戦うと決めた時は「他人を巻き込んでも気にしない」というスタンスだったが自分がクソみたいな暴力の権化(味方)に巻き込まれるとは思わなかった。
■アトリ
普通に妹想いなのでちゃんとオフィーリアの隙をフォローした。
出陣前、「どうせセイちゃんはアレをやるだろう」と考え、オフィーリアを連れて回避に出ようとしていたが、エクリプスに「“彼女たち”ならば問題ない」と言われたのでそれを信じた。
■エクリプス
対界クラスの嵐の中を駆け回り、乗せた三人の攻撃で風を相殺した隙に中心に向かって突撃、ダイレクトアタックで攻撃を中断させるというムーブを即興で行っている。
忘れてはいけないが立派なセファールの長兄。たいがい意味の分からないことでもやってのけるガッツがあるのだ。
■地面
この戦いが終わったら結婚するんだ……!