たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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はんなま!

★以下の話の後書きに、ウルト兎様よりいただいたらむくんのイラストを挿絵として追加しました!
・シンボルイラスト:『次代』
・イラスト:『日輪』

★また、表紙に同じくウルト兎様よりいただいた異聞帯をイメージしたステンドグラスを挿絵として追加しました!


第九幕『旧き神話の終焉地(ラグナロク)』-3

 

 それは、セイちゃんと初めて出会ったのならば、出てこないだろう言葉だった。

 絶対的な敵意の中に、ほんの僅かに混じった親しみ。

 恐らくは彼自身にとっても無意識だろう小さな感情に、セイちゃんが動きを止めたのは、一秒弱。

 その間、彼は動こうとはせず。

 アトリやオフィーリアが、セイちゃんの隙を補おうと構え直すよりも先に、一時停止した戦況は再度動き出した。

 

「ッ」

「――貴方は、私を知っているみたいですね。なんだか、その“声”と“呼ばれ方”、体が覚えているみたいです」

 

 十、二十、三十と振るわれ、大剣に受け止められる聖剣は、ひとりでに輝きを強める。

 僅かな動揺をリセットし、調子を取り戻すための剣戟に対し、切り替えが遅いと担い手を窘めるように。

 それに応じ、速度を、精度を、元のものに数秒で戻したセイちゃんの解放した魔力が突き刺さる。

 あくまでも牽制の一撃――黄金の輝きは、僅かに霞んだだけだった。

 

「お前、まさか」

「あえて言っておきますが、私は貴方と違って、一万年間それなりに忙しかったんですよ」

 

 だが――牽制を牽制だけで終わらせるセイちゃんではない。

 大きく一歩踏み込み、聖剣の輝きをさらに強め、彼への拒絶と共に振るい抜く。

 

「――どうでもいいことを覚えているような余裕は、私にはないんです」

 

 咄嗟に放たれた黄金の嵐によって、聖剣は受け止められる。

 だが、世界を切り裂く風がそれ以上の影響を世界に与えることはない。

 

「……聖剣使いさんの、お知り合いなんでしょうか。そうだとしたら……」

 

 その猛攻に追従するように、再起動したアトリたちが挟撃を加える。

 相手の言葉に向き合おうとしないセイちゃんの態度は、別の世界では違和感のあるものなのかもしれない。

 ぽつりと呟いたマシュに、ヘカテが苦笑する。

 

「貴女たちがあくまで、人間としてその生涯を全うするつもりなら、あの価値観は理解できないでしょうね。けれど、アレが彼女なりの、世界の先頭に立つ心持ちなのよ」

「世界の、先頭……」

「ええ。付いてこられないものは置いていくことに決めた。あの形代は置いていかれた側。たとえそれが、元々本人がそうしたいと思っていようがいまいが、それを気にしていられるほど、一万年生きた人間は寛容になれないわ」

 

 未来に目を向けることも、過去を回想することも、人の身ではままならない。

 一万年という年月は、人間のままでいるには長すぎる。

 それでもなおも、人々の先頭であり続けるセイちゃんの、最適化された価値観がそれだった。

 たとえ、その昔――セイちゃんの存在を世界の誰もが知らない時代に、親しかったかもしれない相手であろうと。

 

「……大丈夫かしら? やっぱり味方できないって思うなら、無理にとは言わないけど?」

「……いや。俺たちは、この世界の明日に味方するって決めたから」

「――はい。この世界の、続いていく未来のために、この厄災を否定しないといけないというのなら、わたしたちもそれを全力でサポートします!」

「ふぅん……お人好しね、どうにも」

 

 理解の及ばない世界の中で、その世界に手を貸すことに慣れ切った子供たち。

 きっと、こういったことが幾度もあったのだろう。

 自分たちの世界を守るために、さして利益のないことであろうとも。

 それだけの余裕があるのではなく、そうしないと気が済まない、徹底的な善性であるからこそ。

 

「それなら、戦闘準備は済ませておいてちょうだい。いつでも大本命を相手できるように」

 

 セイちゃんが嵐を切り裂き、開いた穴をエクリプスが喰い広げ、アトリとオフィーリアによる刺突が黄金を削り取る。

 その膂力は神域の山脈という、一個人が持つには大きすぎる名に相応しいものなのだろう。

 だが、私たちが見送った彼女たちが背負っているのは、もっと大きい。

 

「お前は、神の決定に異を唱えるのか……?」

「だって従ったらこの世界が終わるんでしょう? それはちょっと賛同できないですね」

 

 山脈一つ、容易く粉砕できる戦士たち。

 それが――力を与えられただけで、その力の振るい方を知らない(いれもの)に負ける筈がない。

 

「セファールを斬るのは私です」

「お前はそれをしなかった。だから神々は滅び、我らに希望を託した!」

「その時が“世界が終わるべき時”でなかっただけでしょう。私とセファールの問題に、貴方たちの事情を持ち込まないでください」

 

 置いてきたものを、私も、セイちゃんも、思い出すことはできない。

 引っ繰り返した水は盆には返らない。私たちと、彼らは一万年もの昔、決定的に分かたれた。

 彼もまた必死なのだろう。それが、この日まで注がれた呪いを内に秘めてきた理由なのだから。

 

「そもそもですね。まだ神々がどうこう言っているとか――考えが古くて、今を生きるのに向いていないです」

「――――」

 

 残酷な言い分だろう。一方的な訣別だ。

 もっと他に、彼を納得させる言葉があったかもしれない。

 だが、その率直さこそがセイちゃんであり、それがこの世界の“敵”に対する態度だ。

 人の在り方も、世界の在り方も、とっくの昔に変わっている。それを知っていようがいまいが、理と違うものをセイちゃんは許容しない。

 

「合わせろ、オフィーリア!」

「オォ――――!」

 

 目を見開いた彼の感情が爆発する前に、二つの閃光が走る。

 旧きを喰らう日蝕が、旧きを灼く炎熱が、黄金の腕を――世界を切り裂く概念を粉砕した。

 原初の理は海へと落ちていく。祝福の根本を断ち切られ、黄金の輝きは薄れていく。

 

「では、我は――俺は一体、なんのために」

 

 それ以上何かを言う前に、聖剣は一際強く、光の奔流を放つ。

 か細い断末魔は溶けるように消えていく。

 

「――この時代で否定されるため。それも納得できないなら……貴方、侵略種にも向いていないですよ」

 

 光が通り過ぎ、何もなくなった一歩先に向け、言葉を残す。

 それが、セイちゃんの唯一の、彼への情だった。

 攻撃を終えてすぐ、聖剣の輝きから退避したアトリとエクリプス、オフィーリアがセイちゃんの後方に降り立つ。

 ほぼ無傷――オフィーリアは疲労困憊だが――で前哨戦を終え、この世界の希望はさらに大きな洋上の嵐に目を向ける。

 

「……黄金山脈ウルリクムミ。存在の消滅を確認しました。ただ、核となっていた剣は海に落ちています。“本命”を討つまで、回収は困難かと」

「なんとまあ……あっという間じゃないですか」

「最古の、とはいえ神宝一つを核にしているだけならね。神々がここまでを予想していたかは知らないけれど」

 

 そう、これで終わりではない。

 二つの存在に神々が与えた祝福(のろい)は等しくなく、今の先兵が神性の輝きを示したものであるならば、もう片方は暴威を示したもの。

 権能としての世界の破滅ではなく、呪詛をもって死滅へと導く、神々の怨嗟。

 

 

「――そっか。負けちゃったんだ、ウル」

 

 

 この場から観測しているセイちゃんたちの距離でも、届く筈のない声量。

 悲しみの籠った声は、海に広がる嵐の向こうから聞こえてきた。

 先手必勝、問答無用とばかりに、セイちゃんが聖剣を振るう。彼方までを真っ二つにする希望の斬撃は、嵐を少しの間二つに分けただけで消えていく。

 

「ひっどいなあ。いきなり斬ってくるなんて。こんなのが新しい世界だなんて、生きているみんなが可哀想」

 

 どくん、と嵐が脈動する。

 嵐を中心に巻き起こる風が、一際強くなった。

 

「――ヒルデ!」

「はいっ!」

 

 その風を、人の領域にまで届かすまいと、ヘカテとブリュンヒルデの二人によって展開される防御壁。

 展開されたそれを蝕み、溶かしていくのは風に乗って運ばれる呪詛の群れ。

 壁が限界を迎える前に展開し直し、ヘカテは並行してアトリたちとオフィーリアに呪いへの抵抗を張り巡らせる。

 

「ヘカテ、私の分はないんですか」

「貴女は元々呪い――というか神の懲罰には滅法強いでしょうに」

 

 周囲の様子を見ながら不満を訴えるセイちゃんに、ヘカテはバッサリと告げる。

 どうやらこの呪い、セイちゃんにはあまり影響がないらしい。

 私としては――微妙なところ。あの風が容赦なく吹いている障壁の外が、良くない状態であることは分かる。

 このまま風が吹き続けていれば、人のいる領域は守れても、“世界”として危険になるだろう。

 

「ふむ……肉体はともかく、魂への呪詛は加護なく防げるか。俺への守りは半分でいい。リソースを無駄にするな」

「それなら、遠慮なく。貴女もたいがい変な経歴持ってそうね……」

 

 世界規模での障壁を展開し、さらに個人を守ることが、ヘカテをもってしても至難の業であることを見て取ったのだろう。

 オフィーリアが自身への魔術を半分拒絶する。やっぱりいい子じゃないか、あの子。

 

「これはこれは。拙僧好みの大舞台になって参りました。淀む世界に満ちる呪詛――ンン、拙僧も少々、遊ぶ手管を整えましょう」

「楽しそうですね貴方……ですが、まぁ……こういう妄執の熟した姿が“好ましい”ことには同意しますが」

「……この二人、本当に“こっち側”なのかな……?」

「……ノーコメントです」

 

 脈動の度に強くなっていく風、巨大化していく嵐を眺めつつ、なんだか楽しそうに笑うドーマンとコヤンスカヤ。

 リツカとマシュの心配も分からないでもない。NFFサービスとやら、こんなトップで大丈夫だろうか。

 呆れている間にも、嵐は海を巻き上げて、その姿をはっきりと定めていく。

 纏う呪いは寄り集まって楕円を形作り、さらにそれが集い、重なって呪詛の鎧と成していく。

 この巨神国をも呑み込めるだろう、無数の黒い呪鱗に覆われた嵐の蛇竜。

 

 神々が権能を預けた訳ではない。

 かれらの無念が、無辜の呪いとして一つの怪物を覆った、莫大な怨念の集合体。

 先の黄金よりも遥かにシンプルな感情の群れとして、“救世者”はこの世界に姿を現した。




■ウルリクムミ
前座。筋力と耐久値が規格外を示す巌の巨人。
納められた能力は攻撃一辺倒であり、その扱い方を神々が示した訳ではない。
ゆえに精神攻撃が効かなかった時点で勝敗は決していた。

■聖剣使い
言葉責めされても困る。
かつて捨てたものが恨みをぶつけてきているので、会話できない侵略種より面倒だなという感想。
親しい誰かだったのかもしれないという憶測は、彼女が剣速を緩める理由にはならない。
だからこそ、本心から拒絶し、最後に送った言葉にだけ、ひどく遠回しに――本心からの憐憫と謝罪を乗せた。

■聖剣
担い手の再起動が遅すぎてとうとう勝手に光って「判断が遅い」と意思を表明した。

■ワルキューレ・オフィーリア
実はウルリクムミに向けて最後に聖剣がぶっぱされた時の断末魔は彼女のもの。
聖剣使いは共闘するなら自分に合わせて当然と考えているのでフレンドリーファイアは気にしないのだ。彼女は死に物狂いで避けた。
結果として肝も冷えて冷静になり、自分に掛かる余計な魔術を指摘する余裕も出来た。

■ユーリンボ・ドドーマン
楽しくなってきた。

■コヤンスカヤ
楽しくなってきた。

■藤丸立香、マシュ・キリエライト
「あの二人、本当に裏切らないかな……?」とか思っている。
多分大丈夫。

■破天海域
神々の大本命。分厚い呪詛の鱗が複層的に重なった呪鱗複合体。
現状のカルデアデータベースには存在しない性質の霊基を有している。
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