「――二十日、経った訳ですが」
パンのようなものを食べながら、少女は切り出した。
何が、と視線で問えば、少女は呆れたように肩を竦める。
「貴女がここで傷を癒し始めてからですよ。そろそろまともに動けるようになりました?」
そうか、もうそんなに経ったのか。
――嵐の怪物と戦った夜。やってきた少女の足のやけどに気付いたのは、朝になってからだった。
寝袋っぽいものに包まって、俺の上で寝た少女が朝になって足をさすっているのを見て問い質したところ、どうやら背中の熱さは人間にとっても有害だったようで、彼女はその上を駆けてここまで来たというのだ。
お祭り気分な謎の装飾も、その影響を抑えるための装備だったようで、本来ならば足だけで済むようなものでもないらしい。
それを聞いて、俺は少女を手に乗せて、這いずって街に送り帰した。
そんな状態になってまで、様子を見に来てくれたというのは純粋に嬉しい。
だが、それとこれとは話が別だ。治るまで街から出てこないようにと。
――その次の日にまたやってきた時は、サイズや力の差も忘れて一発デコピンでもしてやろうかと思った。
危なかった。やっていたら額どころか体が吹っ飛ぶ。
落ち着いて何事かと聞いてみれば、街を取り仕切る者と話し、嵐の怪物の影響を受けていない場所――僅かな面積ではあるが、俺がそこで休んでもいいという許可を貰ったとのことだった。
確かに、背中の熱さは鬱陶しくて仕方なかったし、それのない場所で休んでも良いというのはありがたい話ではある。
だがそれはそれとして、彼女は人間である。
今度こそ治るまで出てくるなと言い聞かせて――見聞かせて街に帰してから、街の厚意に甘えることにした。
不用意に動くことも出来なくなったが、背中のチリチリが無くなった方がマシである。
……しかし、街の人がなんか食べ物を山ほど持ってきたのは何だったのか。
この街の周囲はかなり広い範囲で削られてしまって、これが人に有害だということは食料調達とかにも影響が出ているだろう。
別に食事が必要不可欠な訳でもなく、こうした“普通”の食べ物がこの体の栄養になっているかも分からないので丁重に返却したが。
確かにこの体、人とは違うが、一応人としての倫理観、精神は残っているつもりである。
怪物への貢物とかそういう話であれば、別にそんなものなくても取って食ったりしないというのに。
そんな訳で、借りた特に怪物の影響を受けていない土地で主に体育座りをしつつ傷を癒し、ようやくそれなりに動けるようにはなってきた。
大体十日くらい前には少女も足に何か特別らしい布を巻きつつやってくるようになった。
治癒力のある布らしく、治る一方になったので見舞いに来たとのこと。その布、俺にも分けてほしかった。
彼女のおかげで暇は案外少なかったと思う。
まあ、彼女からすれば俺は倒すべき敵であり、それを指摘してみたところ、一分くらい黙り込んだあと「……一時休戦です」との答えをいただいた。
それからさらに十日ほど。定位置である手の上に乗せて雑談に興じていたところ切り出されたのが先の言葉。
確かに、そろそろ動けるし、いつまでもここに残っている訳にもいかない。
あの街にとって、怪物の影響のないこの土地は、どうあれ重要なものだろう。
出来るだけ早く出ていかなければ迷惑になるだろう。
で、いつにする?
「なんで私が付いていく前提なんですか。なんでそんなに同行を自然と思えているんですか」
いや、だってここ、街から出ることも出来ないような状態じゃない?
少女が聖剣使いとして俺の討伐を目的にしているということは、俺がどこかへ行くということは彼女も街から出る必要がある訳で。
彼女一人だとそれも難しく、かつまだ足も治している最中だから無理に歩くのは俺が許さないので、俺がこの街を離れるということは彼女もそうせざるを得なくなる訳なのだが。
「その通りではあるんですがちょっと私情混じりましたよね」
否定はしない。
だが彼女も長距離を旅するならその方が都合が良いと思うのだが、どうか。
「別に私は旅したくてしている訳じゃないんですけど。貴女が一か所にいてくれるなら、そっちの方がずっと都合がいいんですよ」
一か所に、かぁ。
まあ別に強くなる理由も大きくなる理由もないし、それならそれでも良いかもしれないが。
前みたいに怪物が向かってきてくれるのであればなお良い。人のいる村の近くに住むのであれば、それを守って戦う必要があるか。
「これを前向きに考える辺り、本当に……あれですよね、あれ。まあ、離れられるってなら離れましょう。いつまでもここの人たちに迷惑かけている訳にもいきませんし」
パンを食べ終えた少女は出立を決定したらしい。
やった。少しだけとなるだろうが、彼女と共に旅を出来る。
「下ろしてください。支度に行くので」
要求通りに手を地面に下ろすと、少女は飛び降りて街へと歩いていく。
あれ、着地の時痛くないのだろうか。まだやけども完治してはいないだろうし。
彼女の容態が詳しく分かる訳ではないが、無理の出来る状態ではないとは思うのだが。
一応、ちゃんと後で聞いてみよう。足も見せてもらって、大丈夫そうか確かめた方が良いかもしれない。
そんな風に方針を決めながら、少女を待っていて。
――いつからいたのだろう。
ようやくその時、俺の前に人がいるのに気付いた。
フードを深く被った老人。杖をついていつつも、腰は曲がってはいない。
というか――これ、怪物か?
これまで見てきた怪物とは雰囲気が違うというか、奇妙なものを感じるが……人型だからという話だろうか。
「――なるほど。相対してみれば、存在の強大さをここまで感じるか。古の神々が手も足も出なかったというのも頷ける」
俺を見上げながら、老人は人の言葉で話し始めた。
「我らとは違う、神こそ絶対的な神話観すら喰らうもの。それに不具合が起きてこそ、こういう道を辿るとは」
フードが傾いていることで片目は見えない。
しかし、もう片方には、“目”という部位から初めて感じる深さがあった。
前世――人であった頃に目を合わせていたら、そのまま呑み込まれて沈んでいたかもしれないほどに。
一体、何者なのだろう。これまで出会ってきた怪物と比べても異物が過ぎて、手を出すことが躊躇われた。
「セファール。遊星より来たりし、今は白き巨人であるものよ。我はお前と敵対する者。いずれ敵対することになる者、と言い換えるべきか。お前がいずれ齎すことになる、我らの世界の滅びを食い止めんとする者である」
世界を滅ぼすつもりなどないのだが。
というか、こんな場所で大々的に敵対宣言をされても困る。
そちらが街に手を出すとか、そういう話であれば戦うつもりだが。
「案ずるな。我はお前には何もしない。槍も無く、単身で参った今の身では、我が何をしようとお前に傷など付くまいよ」
ああ、そうですか。
よく分からないが戦うつもりがないならそれでいい。
しかし――此方に話しかけてくるタイプの他の怪物にもあったが、まったく事情の説明もせず、言いたいことを言うだけというのは如何なものか。
俺について何か知っていたり、襲い掛かってくる理由があるなら、まずその前提を俺に説明してほしい。
「この身もじき朽ち果てる。だが、必要な手立ては施した。一つの果実を送り、叡智を縁と結び、そしてこの時代に種を蒔いた。我に出来る干渉も、ここまでだ」
こう、言っていることが無駄に小難しくて困る。
独り言でないならもう少し分かりやすく言ってほしい。
大層な見た目をしてはいるが、中身は別に頭が良いとかそういう訳じゃないんだから。
「一つ、お前に忠告しておこう。我にも見えぬ何かを間違え、人に寄りそうことを是とする巨人よ。お前が行ってきた神を喰らう行為は間違いではない。だが、それは人を強くする一方で、お前を含めた要石の全てを酷使するもの。親しきもの、悉くを生きながらの地獄に叩き落とし、そして何より苦しむのはお前だ。覚悟しておくがいい」
長々と、言いたいことを言って、老人はパラパラと崩れていった。
纏っていたローブは灰となり、その体だったものは木片のように転がっている。
理解出来たのは最後の、一部くらいではあったが――うん。
俺が食べていたのって神様だったの?
■セファール
守った国の厚意に甘えて土地の一部を借りて回復中。
暇だったが聖剣使いが来てくれたことで後半はテンション高かった。回復速度も多分上がった。
今回、さらっと旅の道連れの約束を取り付けた。もっとテンション上がった。
また、ようやく今まで戦い、捕食していたものが神だと知った。
絶望的に今更である。既に枝は分かれ、伸び始めた。幹に合流する余地はない。
■聖剣使い
国のお偉いさんを説得して土地の一部をセファールに貸す許可を貰った。
自身もやけどが酷いし国の外に出られないしセファールもいるしで滞在中。
健啖家ではない。どちらかというと、食べられる時――特に村から出る前などにたらふく食べる。
最近は森の果実や野草だけでなく、獣なども狩れるようになったため前よりは道中の食料に困らなくなったが、これだけ一人旅を続けていれば癖も付くというものである。
■とある国
一部の気の早い民がセファールの休んだ場所を聖地化しようと画策している。
あの巨人の、人の敵とは思えない姿。苦痛を耐えながらセファールのために行動する聖剣使い。それらから感じられる、只ならぬ親しさ。それらを最前線で見ている国。
世界最初の変革は近い。かもしれない。
■老人
とある名のある神。
世界の“詰み”を避けるため、三つの干渉を行った。
未来から過去へと遡る旅はここで幕を下ろす。
叡智を譲り、果実を放り、最後の仕事はここに完了した。
巨人と聖剣使いは結びつける種は蒔かれ、芽は成った。後は星見の民と人理の守護者たちを信じるのみである。
――最後の忠告は、計画にはなかったが。