たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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契機

 

 

 さて、補足しておこうか。

 実のところ、ここまではまだ――まだ、取るに足らない失敗の人類史となる可能性もあった。

 セファールは不死身ではない。

 聖剣がどれだけそれに足らない力しかないとしても、倒せる手段は確立されているし、彼女を討てるほどの神々も全滅した訳じゃあないしね。

 

 決定的な転機は、ここからだ。

 そのカギを握るのは、聖剣使い。

 彼女とその聖剣の存在は人々を明るく照らし、巨人に何を思うかを迷う人々を導いた。

 しかし、ありふれたこと。輝きがあれば、陰るものもまた存在する。

 ……ああ、人間や妖精が早まったとかではないから、安心してくれたまえ。この時代の人間はまだそこまで弱くないし、妖精はこれ以上この物語に関与することなくいなくなる。

 ただ、この舞台を下りる前に、どうしても動きたくなった者がいたんだ。

 

 可能性は潰えていないとはいえ、神々の数はもう十分に減り切り、彼らの中には“もう終わりだ”と、せめてセファールの力にならないようにと自ら意味を投げ出すものもいた。

 致命的だったのは、あの創世神の一柱が引き起こした嵐から、国を守ったことだろうね。

 あれで、人の版図としては僅かなものだが、受けていた信仰がセファールへと移ったことで、神々は時代の終わりを悟った。

 そんな中で、未だ諦めないとある女神は思った。

 あの巨人が狼藉を続けることを黙認してでも、まず、奪われた信仰を取り戻して、神々の時代の盤石な主柱を立て直さなければならない。

 妙案は、すぐに見つかった。

 巨人を貶めるのは難しい。だが、輝きの一端となっている人間であれば、簡単だ。

 所詮は取るに足らない人間だ。巨人を討つのではなく、巨人を輝かせるばかりの聖剣であれば、その担い手諸共不要でしかない。

 ――神々最後の早とちりは、そうして女神の独断で実行された。

 

 人間一人の命は、まだ大きくはなく、軽かった。

 神の力が世界の法則だった時代だからね。神罰自体は稀ではあったが、与えるとあればとても簡単だし、とても強烈だった。

 戯れで授けられる呪いさえ、数百数千の魂が一夜と経たずに枯れ果てるほどに。

 

 セファールの傍にいたとはいえ、人間に呪い一つ与えるのになんの苦労も必要ない。

 あとはまあ……なんだ。セファールは知らなかったが、呪いを植え付けるための土壌が整い過ぎていたほどに、聖剣使いは衰弱していた。

 聖剣に選ばれてからずっと、汎人類史から来た仕事熱心な神霊が念入りに呪厄を刻み続けたことで聖剣使いの存在の強度は弱り切っていた。

 それに加えて先の創世神とセファールの戦いだ。

 かの神の膨大な神気を帯びた真エーテルの海なんぞをその足で駆け抜けた無謀は、同じ神話体系にいる女神の呪いが育つのにこれ以上ないほどに魂を耕した。

 これだけやれば十分だ。仕込まれた呪いは瞬く間に聖剣使いを枯らし、命や魂のみならずその肉体まで消し飛ばす。本来呪いの目的である筈の苦しみさえ伴わない。

 ――その筈だった。

 

 ――聖剣使いの少女に取り柄がない? 何を馬鹿な。そんなことがあるものか。

 人間、もとい、魂あるものならどんなものだって取り柄の一つや二つある。そうでなければ人類史があんなに色鮮やかになる筈がない。

 自覚していないだけさ。その取り柄は誰しも生きるために輝かせているんだから。

 この少女の場合は、そう――忍耐力だ。

 無理を他者に悟らせず、苦しみを否定し自分に嘘をついてでも耐え忍ぶ。

 呪厄の影響がいよいよ深刻になって、一年ほどセファールに碌に会いにいけなくなっても聖剣を振り続けることはやめなかった少女のそれが取り柄じゃなければ、忍耐力を誇れる者がこの世にいなくなってしまう。

 ……うん、彼女の意思の強さを織り込み済みで、耐えられる限界の負荷を六年間掛け続けていた神霊の慧眼には恐れ入る。彼の干渉を止められなかったのは、私の最大の誤算だ。

 

 呪厄はその重みで押し潰すことが目的じゃない。その後に来る呪いをきわめて効き易くするためのものだ。

 果たして聖剣使いはその魂の撹拌に耐え切り、自我すら失わずセファールに感付かれもしない状態を維持し続けた。

 破綻したのは最後の最後。

 精神と魂を絞り切る呪いを受け、影響を何より受けたそれらより先に体が限界を迎えた。

 聖剣使いの命運は尽きて、だが、しかし。

 同時に神々の命運もここに尽きた。セファールの、最も大きな決断によって。

 

 その行為が善であるか悪であるかは、答えが付かないだろう。

 現代のこの世界の人間たちからすれば、これが自分たちの世界のはじまりであるのだから絶対的に善だと答えるだろうし、神々の存在を知り、彼らを尊ぶ人類史の人間たちからすれば、悍ましい悪に見えるかもしれない。

 とはいえ、大切な何かを守ろうとするその瞬間の本人からすれば、善も悪もない。最善最悪どちらにせよ、最適かつ最良であるならね。

 異聞帯最大のきっかけ。セファールと聖剣使いの真の共存が確定した運命の夜。

 一方的な友情を抱く巨人の狂気が、文字通り世界を塗り替えた瞬間。聖剣使いが巨人に付け込み、人の領分を飛び越えた瞬間。

 世界は、こうして変わった。

 

 

 +

 

 

 異変に気付いたのは、夕方から夜になりかけていた頃。

 少女と会話が可能になって、彼女は聖剣の銘を知った、どちらにとっても成果のあったある日。

 手の上にいた彼女が突然、聖剣を落とし、その場に崩れ落ちた。

 兆候などなかった。まるで、唐突に体を吊り上げていた糸が切れてしまったような力の抜け方。

 ぱったりと倒れてしまった少女は、灰色に濁り始めた目こそ此方に向けていても、此方の意思からの問いかけに反応する様子は見られない。

 

『――少女ちゃん』

 

 その肌からも、髪からも、急速な勢いで色が抜けていた。

 そして、そのどちらでもないが彼女を構成する何かから瑞々しさが奪われていく。

 一体何に――分からないが、“その存在”を知った以上、犯人は自ずと断定されていく。

 

『――聖剣使いちゃん』

 

 灰色さえ超えて、白くなりつつある瞳が僅かに揺れる。

 か細くも呼吸は続いているし、まだ最悪には至っていない。

 

『――セイちゃん』

「っ、だから……通り過ぎて、るんですよ」

 

 唇が小さく震えて、掠れた声が聞こえてきた。

 喋れる状態ではないというのは一目で分かるのに、無理を通して彼女は口を動かしていた。

 

「……ぁー……まだ、まだ、保つと思ったん、ですけど、ね」

 

 言葉は続く。その告白は、これまでもずっと、これに近しい状態を耐えてきたことを意味していた。

 一年ほど姿を見せていなかったことも、これが原因で。

 そして嵐の神と戦った時も、こんな体に鞭打って駆けつけたのではないか。

 もしかすると――もしかすると――出会ってからずっと、これを彼女は我慢し続けていたのではないか。

 

「……そんな、意識するほどの我慢じゃ、ない、ですが……まあ、ちょっと、想定外、です。心が、折れなければ、体なんて、いつまでも、動くと思って、た、ので」

 

 その体はもう動かない。本人でなくとも、理解できた。

 では――それをはいそうですかと認められるか。否だ。きっと何か、手段がある。

 それを繋ぎ止める方法を、理不尽で消え行く命を取り戻す方法を考える。

 壊すことと喰らうこと。それ以外に、この体で何が出来るのか。

 結局、ここまで生きていて分かったことは。

 この体は、セファールというのは、あらゆる神々から襲撃されるような――つまりは、世界にとって敵である存在だということ。

 ここまで強く、神々を喰らいさらに大きく強くなれるという、性質の悪い災害だということ。

 だからこそこぞって神々は世界を救うために死力を尽くして、散っていった。

 

「……ぁ、でも」

 

 そんな災害に、小さな人間一人を救うことなど出来はしない。

 この体にそんな機能は備わっていない。

 やはりもう駄目なのかと、

 

「――私が、死んだら、誰も貴女を、倒せないんでしたっけ」

 

 ――諦めかけた心が、何かに支えられた。

 

「それは、困りますね。世界に、とっても。……余計な、荷物で、不死を背負う、貴女にとっても」

 

 崩れ落ちる寸前でギリギリ、元の形を保ち続ける。

 体も、それに続いて心も限界を超えようとする中で、やっぱり壊れない少女が、笑ったから。

 まるでその後の全てを悟ったように。“私はまだ終わりではない”と、確信を得たかのように。

 

「私の、使命を、無意味にしたく、ないんですよね……?」

 

 か細い問いに、力強い頷きを返す。

 そうだ。ここで彼女の終わりを肯定してなるものか。

 無意味にはしないと誓ったではないか。

 それが例え、彼女にとっては頼んでもいない、此方の勝手な決意なのだとしても。

 一方的に向いたばかりの友情であったとしても、それでいつか彼女が俺を討って、使命を果たし栄光を手にすることが出来るのならば。

 俺はその瞬間をこそ、唯一の終わりと認めて、ゆえに少女の到達を待ち続けると――!

 

 

「――――なら――わたしを――たすけて、ください――――セファール――」

 

 

 ――その言葉に応じることの意味を、この時の俺は理解していた。

 自分本位によって彼女の運命を更に捻じ曲げ、世界をそれ以上に巻き込むことも、分かっていた。

 彼女が“俺を楽にするために”そんなことを言ったことも把握した上で、俺は全てを決断した。

 言葉に含めた意味のほんの僅かな割合であろうとも――“まだ生きたい”という本心は確かに存在していたから。

 

 途端に思考がクリアになる。

 俺に出来ること、許された機能が頭の中に浮かんでは消えていき、幾らかの仮定が残る。

 そして、それらの中から確実性の無いものが消えていき、最後に一つだけが残る。

 ここまでやってきたことが有効利用出来て、彼女が彼女のままであり続けることが出来て、しかし彼女に大きな呪い(きず)を残すことになる手段。

 失うものも分かっている。その量がどれほどかは知らないが、幾らでも持っていけ。

 この体が災厄だというのなら。

 

 ――災厄らしい方法で彼女を救って見せる。

 

 

 

 少女を手で包み込む。体を潰してしまわないよう、慎重に。

 ――スキル、文明侵食発動。

 本来であれば触れたものを最適な状態に維持できるこのスキルを、少女の“今”を失わせず維持するために使う。

 苦しいだろう。もしかすると今すぐ解放されたいかもしれない。だが、もう少しだけ我慢してほしい。

 ――スキル、使い魔作成発動。

 俺の中の何割かとしてはじめからある“人の魂”をコピー、複製。少女の魂を蝕んでいるモノを奪い取りに掛かる。

 

 その巨大な呪詛に触れて、あっという間に一人のかつての俺が枯れて、死んだ。

 想定内だ。俺の複製を続け、再実行を繰り返す。人であった頃のに程近い魂の大きさを再現している筈なのに、少女が折れずに堪えられた呪いの前に湯水のように消費されていく。

 

 コピーを繰り返す度に、オリジナルのが劣化し、傷ついていくのが分かる。そんな中で何より思ったのは、やはりこの少女は凄いという驚愕。

 であれば、苦しいと思うことすら出来ない一瞬でミイラになっているようなものなのに、体が倒れてもまだ話すことが出来ていたのだ。

 やはり、間違いない。この少女がこんなところで、こんな結末で終わるのは“おかしい”。

 そのおかしさを否定するためだ。

 この世界にとってはもっと異常な手段が必要で、はその手段を持っている。

 

 ――十万と三百八十人目のが死んだ。

 朽ちていく。朽ちていく。無限なのかと錯覚するほどのが枯れていく。

 の残骸が彼女の内に残らないように、再実行と並行する削除は念入りに行う。

 これから、少しだけ――大きく、その存在に干渉することになるけれど、それでも彼女はどこまでも彼女であってほしいから。

 そして、更に倍ほどの挑戦を経て――呪いは力を使い切り、空の入れ物が残った。

 一応、ギリギリのところで、“かつての”が塵ほどの大きさで残るくらいで。

 何を失ったか分からないくらい、色々なものを失った気がするが……思い出せないのだから、気にしていても仕方ない。

 それよりも重要なのはこの少女だ。最後のフェーズへと移ろう。

 

 体が消失した後、無防備な魂に呪いが襲い掛かることで余計に摩耗してしまうという事態は避けられた。

 ゆえに、無事な魂を入れる器――手遅れなまでに乾いた体を修復し、補強する。

 使い魔作成のスキルを利用すれば、新しい体を作ることも出来るが、それでは彼女の在り方に良くない強制が掛けられてしまう。

 彼女と私は対等なのだ。ゆえに、配下に置くのではなく、あくまで私の力を譲ることによる“貸し”で。

 

 空っぽの呪いを少女から私に転移。

 より操りやすくなった状態で――その呪いの制御権を吸収し、呪いと結ばれた“元凶”をこの場に引っ張りあげる。

 何処にいようと関係ない。時間や空間による“待った”など許さない。

 力の限り引き寄せた結果、転がるように目の前に現れた、人と変わらない大きさの女神が何かを言う前に、空いた片手で握り潰した。

 破壊した概念は私の紋章を通して魔力と栄養へと変わっていく。

 その変換を最小限に、彼女のために使える結晶(リソース)を組み上げる。

 そして彼女に流し込み、その体を補強して――

 

 ――――足りない。

 

 気付いてからの行動は、我ながら早かった。

 この手に残る女神の残滓を、これまで捕食した文明の情報を頼りに、未だ世界に生き残る縁の鎖を引き寄せる。

 最早、苦戦するほど大きなものなど残っていない神々を一ヶ所に集め、今こそ相応しいと、砕けた軍神の剣を体内から顕現させ、十分すぎる魔力を込めてその輝きを薙ぎ払う。

 集った神々を狩り尽くし、しかしその概念は消し飛ばすことなく維持させ、彼女の体の補強に必要な分の結晶を生成してから、残りを一滴残さず飲み干して機能の解放と強化を繰り返す。

 より高まった権限をもって結晶を運用し、少女を万全盤石の状態にまで戻していく。

 工程に一点の瑕も許さず。そして――

 

 

「……――やっぱり。本当に、実行してみせるんですね。貴女は」

 

 ――掠れてはいるが、瑞々しさが戻りつつあることは分かるくらいの声色で。

 再臨した聖剣使いは、耳心地の良い呆れを含んだ言葉を紡いだ。




■とある神霊
汎人類史からやってきた仕事熱心な神霊。
世界にとってどうにもならない“詰み”を回避するため、このいずれ異聞帯となる世界に三つの干渉を行った。
その一つが、聖剣使いが聖剣に選ばれてから六年間掛け続けていた、呪いを受け入れる土壌を整えるための呪厄。
呪厄自体は本来、掛けた存在を傷つけることはしないのだが、それそのものが一つの呪いとなるほど強力なもの。
聖剣使いの魂の強度が限界まで弱り切ったことで役目を終えた。
ちなみに呪厄は型月の用語として存在している訳ではなく、あくまでFGOに登場する状態異常(呪いによるターン毎のダメージを増加させる効果)を適当に解釈したものであるため注意。
――聖剣の正体には流石に気付いた。数日困惑して作業が止まった挙句、かわいそうが過ぎるのでもうちょっと干渉してうちの神話体系の炎の魔剣でも譲ってあげようかなとか血迷いかけていた。このままにしておくのがこの異聞にも汎人類史にも最善なのだ。きっと。多分。メイビー。ふざけんなセファールの他にこんな意味不明なバグがあってなんであんな世界になるんだ対処する身にもなってみやがれチクショウ。

■セファール
“呪い”というのは幅広い。神代であれば尚更に。
指さすことによって発現する魔弾。眼で睨むことによる邪視。それらと並んで、己の名前を強大な呪いとする手法はメジャーなものだ。
ゆえに、命知らずな妖精が広めた巨人の名を呼ぶものは無く、神々でさえ呼名を避けた。
もしも呼んでしまえば、どんな災厄が魂を縛り付けるか分かったものではないから。
――別に呼んだところで何もない。何もない筈だが、それを知らない聖剣使いが名前を呼んだ結果大変なことになった。
聖剣使いの命と、『世界と神々と己のかつての魂』を秤にかけるまでもなく前者を選ぶだいぶ狂った奴。
その結果、思考体系が最適化され、ようやくセファールとしての各機能を把握した。
呪いの枯渇のために酷使したかつての魂は、既に塵にも等しいほどしか残っていない。
このことから、人生観や価値観もセファールとして生きた六年間の方が比重が重くなった。つまるところ、聖剣使いに向ける感情がなんかもっとバグった。

■聖剣使い
いつしか周囲には、その輝きが巨人をも照らしているかのように見えるようになった。
それは巨人に対する人間の価値観を大なり小なり変える光であると同時に、神々から信仰を奪う光でもあった。
神々の時代の終わりを危惧したとある女神は、この事態を今すぐ止めるべく彼女に呪いを掛けた。
――呪詛にひどく弱くなっていた筈なのに、彼女が猶予を得るほどに強かったのは、女神にとって最大の誤算。
この日になって発現した呪いの正体を悟った彼女は、その理不尽を前にして、人々からの希望、神々からの希望、セファールからの希望(ゆうじょう)の内――二番目に別れを告げた。
それが決定的な世界の変革に繋がる。もしかすると、滅びの引き金となってしまうということまで理解した上で、神々を見放した。
他者から見れば狂った忍耐力の彼女だが、自分の背から飛び出した荷物を、ついぞ拾いに戻りはしなかった。
これを拾うくらいならば、いっそ神を喰らい世界を変えることに正当性(いいわけ)でも与えてやろうと――初めて少女は、“友”を助け、そして“友”に助けを求めた。
かくして干からびかけた少女は白き星の力を借りて再臨。髪先と瞳がセファールと同じく、星空の青にきらめく、後の世界の誰しもが知る姿となった。

■生き残っていた神
これまで捕食した神々の縁によって連鎖的に呼び出され、軍神の剣(半壊)によって一掃。
今回でほぼ全滅と言って良い状態になった。
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