「なんか、また大きくなっていますね、貴女」
『助けるために、たくさん食べたから』
手に乗る少女の姿は、今までよりもっと小さく見えた。
推定でこの世界の神々の九割弱を喰らった状態――今の私の体は全長一〇二四メートル。
少女の六百倍以上の体躯を持つ状態で、なおも彼女が私を見る目は変わらない。
それがどうしようもなく心地良かった。
「……何か、性格変わりました? 変なもの食べたりしていないですよね?」
『大丈夫。変わったことがあるとすれば、最適化と機能の整理の影響。少しすれば慣れると思う』
「はぁ……まあ、変わったで言えば私もそうなんですが」
『何か異常が? 呪いの影響は完全になくなった筈だし、魂の損壊も最小限に抑えた、その上でまだ何かあるようであればすぐに言ってほしい、修復と更なる強化の方法を模索する、体に違和感があるならそれも』
「うるさいです。情緒どうなってるんですか」
なんか知らないうちに随分と流暢に喋れるようになっていた。
これも最適化の影響だろうか。というか会話以前に思考もすっきりした気がする。
かつての自分を失ってはいないものの、それがどこか客観的になったのが原因かもしれない。
ともあれ私が私であることには変わりはない。
基本的に利点しかないし、気にするほどでもあるまい。機能もたくさん増えて万々歳である。
「そういうのじゃなくて、何というか……体が軽くなった感じというか」
『掛かっていた呪いが無くなった影響かな?』
「まあ確かに、元々が重く感じていたというのはありますが――」
体をやりづらそうに動かしつつそんなことを言って。
そして、軽く膝を曲げて跳ねただけで自身の身長と同じくらいの高さを記録した。
「……」
『……世界目指してみる?』
「なんの話ですか」
今起きたことの理解が及んでいないように、足の様子を確かめる少女。
正直驚きはした。だって、体を補強したとはいえ、それは耐久性だけの話であって身体能力には作用していない筈だし。
つまりそれは少女本来の力ということになる。
当たり前だが人間が軽く跳ねたくらいで自身の身長以上に跳べる訳がない。丸い鼻の配管工じゃあるまいし。
少女が常識的ではないことは十分理解していたが……。
「余計なことは思わないでいいです、自分が一番常識外なくせに。……ちょっと本気で跳んでみるので、受け止めてください。流石にこのまま下まで落ちたら死ぬので」
了解、と頷く。
身体能力にしても限度がある。今少女が乗っている、私の手でさえ地上から五百メートルは余裕であるのだ。
せっかく助けることが出来たのに、そんな下らないことで彼女が命を落としてしまうなど許されまい。
「せぇ、の……っ」
しっかりと膝を曲げ、足に力を溜め、少女は跳んだ。
――凄いな、人類。百は……まだ超えていないか。こんなになるんだね、人って。
その場で跳び上がった訳ではないので、位置がずれて手の外へと少女は移動していく。
本気の結果に何より驚いているのは自分のようだったが、すぐにこのままでは危険だと悟り此方に目を向けてきた。相分かった。
落下予測地点に手を伸ばし、少女も着地の準備を整え――当たり前のように私の手をすり抜けた。
「――――穴ァ!」
『……セファールジョーク』
その下にちゃんと手を添えていたため、更に下まで落ちることはない。着地地点が彼女の予測より数十メートル下だっただけの話だ。
だが待ってほしい。私とて、彼女のことは大切だし、いじめたくてやっている訳ではないのだ。
こう、キュピンと来てしまうというか。
ほら、ズレがあってもちゃんと着地した。少女を信頼してのことである。
「……もうちょっと理性で抑えてくださいよ、その衝動。まるで人を玩具か何かみたいに」
『思っていない。セイちゃんはかけがえのない親友だと思っている。唯一無二だ』
「…………、……なんかランクアップしてるし。あとセイちゃんはやめてください。もう“聖剣使いちゃん”すら通っていないじゃないですか」
とは言っても毎回少女ちゃん、聖剣使いちゃんを介するのは面倒くさいし。
本当の名前を忘れた彼女が悪いのだ。私は悪くない。
「なんか正当化されたし……。とりあえずそっちの手に帰ります。聖剣置きっぱなしでした」
私のサイズ感から考えると何もおかしくはないのだが、手を渡り歩くというのも中々に奇妙な話だ。
今まではそんなことは不可能だったものの、今の彼女にはそれが出来てしまう。
先程より慎重に力を入れて跳び、元の手に帰ってきた少女は聖剣を拾い上げる。
そういえばあんな、モノが斬れる訳がない聖剣で色々と斬れるようになった彼女だが、それも負荷が掛かり制限された状態での話ということになるのだろうか。
……もう私斬れるくらいになってない?
「まあ……体の具合は暫く確かめるとして。結局、どうするんです? これから」
――うん、その件は、放置しておく訳にはいかないね。
「一応、貴女が私を助けてくれるために何したかってのは理解しているつもりです。どのくらい神様が残っているかは知らないですし、そっちはもうどうでもいいですが、残った人々はどうします?」
『それについては、考えがある』
長く怪物と誤認していた身ではあるが、神々の性質が分かった以上、断言できる。
この世界ではない、かつての私が住んでいた世界の話だけれど、あの世界には既に神の力は殆ど介在していない。
あの世界で当たり前に人が生きていたのであれば――きっと、この世界の人々にもそれが出来る。
押しつけだろうか。人の可能性を信じる、と言えば聞こえは良いけれど、はじまりがここまで強制では納得できないだろうか。
「――いいんじゃないですか。そりゃあ、最低限“加護がある”という思い込みは必要ですけど……神様なんて信じなくても人は生きていけますよ。貴女が不安なら、私が断言してあげます」
――そう、世界の希望でありながら神に裏切られた少女はあっけらかんと言った。
案外、幼年期の終わりなどそういうもので。
そういうものだと認めれば、その後はどうとでもなると。
「あと、土台も必要ですね。神様がいなくなって、不安定になったものの代わりの土台。そのくらい、貴女ならなんてことないでしょう?」
『――もちろん』
それを引き受けることの覚悟は出来ている。
元々やり過ぎてはいたのだが、先程、残っていた柱さえその場しのぎでぶっ壊したのだ。
人々が生きていけることを信じるのは良いとして、生きていくための土台がボロボロの状態であることは理解できる。
一時のエゴで全てを引っ繰り返した身。これから先、数えきれないほどのしっぺ返しが待っているだろう。
それが、私でどうにか出来ることならば――やり遂げて見せる。
世界と親友とで、後者を取ったのだ。後者が安定したならば、次は前者を支えるのは当然のこと。
ゆえに、まずはその最初の仕事を完遂させる。
「どのくらい掛かります?」
『知らない。世界は広い』
「……なら、また剣でも振って過ごしますか」
世界の上にいる神々を喰らうのは、一瞬で出来た。
だが、世界そのものを“喰らう”のには時間が掛かる。
多分、一年やそこらでは終わるまい。
「この前の街、戻りません? 貴女に理解があるようでしたし、きっと貴女がやることも大偉業として受け入れてくれますよ」
――これから始まる世界の、はじまりの場所です。
そう、少女は提案した。
確かに、なんか貢がれたりしていた。神の役割を代行する以上、“そういうもの”が力になったりするかもしれない。力を貸してくれるだろうか。
出戻りという形になるが、彼女が望むなら、それで構わない。
歩いてきた道を振り返り、倍の歩幅で戻っていく。
つまりはあの街の傍が、私が世界と繋がる場所となるのだ。
私は巨人だ。文明を喰らう巨人セファールだ。
何のためかは知らない。ただ、この体の機能を纏めた結論として、それが命題であることは理解した。
文明を破壊し、捕食して巨大化し、やがてはこの世界の全てを無に帰す。その前の文明は例外なく消滅し、その後に文明は生まれない――そんな死の世界を作る。それがこのセファールの役割。
この体は被造物に近い存在ではあるようだが、既に管理者の情報は失われていて、誰のものでもない状態になっている。
であれば、私は破壊の巨人としての軛から外れている訳だ。たとえばその管理者に文明を献上するのが目的だったとしたら、その目的は既に成す義務も権利もないのだ。
それならこの力をどう使うも、私の自由。
破壊するべきであったこの世界のために使っても、何の問題もない訳だ。
ゆえに私は世界を喰らう。この星と同化することで、世界を保護する。
そうすれば、世界の土台としては十分なものになる筈だ。幸い、この体は惑星を相手にする前提のものであるのだし。
失われた神々の加護も、必要とあれば近しいものを与えることが出来る。元通りとはいかないが――少なくとも人々にとってはそれなりに今までと同じ生活に戻れると思う。
それが――神々を喰らい尽くし、世界を一度滅ぼした私が出来る、贖罪の形だから。
世界を喰らったこの体を、世界に供そう。いつか、私が終わるその日まで。
「あれ? ところでなんですけど……」
『何?』
「それ、私も終わりまで生き続けることになりません?」
『……………………あっ』
そうだ。私、彼女以外には殺されないと決めたのだった。
どうしよう。こうなった以上、この体の寿命がどんなものか知らないが、終わりまで頑張るつもりだが。
終わりを彼女にすると決め、彼女を無意味にはしないように事を起こしたということは、私の終わりまで付き合ってもらって、かつ最期を任せないといけないということじゃないか。
何たる。何たるジレンマ。あちらを立てればこちらは立たない。
幸い彼女の体はすこぶる頑丈にしたので魂が限界を迎えない限りは老いることも死ぬこともないけど、それ以外の面で問題が多すぎる。
「ちょっと待ってください。“それ以外の面”じゃなくて“その面”にとんでもない問題が見えた気がしました」
いや、うん、それも謝るべきではある。
念のため体に文明侵食からなる最適化を継続させ続けているだけだし、解除も出来るのだが、これはどうすればいいのか。
寧ろ彼女の剣技極まった時こそ世界の終わりという風にしても――
「私を世界の破壊者にしないでください。――分かった。分かりました。助けられた借りってことにしてあげます。付き合ってあげますよ。終わりまで付き合うし、最期は私が看取ります。それで私と貴女の関係は確定。いいですね?」
『天使か?』
「剣士です。なんですか天使って。はぁ……こうなるなんて思ってもみなかった……聖剣に選ばれただけで不老不死が付いてくる世界がどこにあるってんですか……」
憂鬱そうな少女に申し訳が立たないが、方針は決まった。
勿論、彼女がいつかやめると決めたらそれを優先して、前向きに考えよう。
そのいつかまでは――彼女と共に。
百年、二百年……いや、千年王国も夢ではない。千年王国ってそんな単純な意味だったっけ?
「まず千年とか言い出すスケールがおかしいんですけど」
大丈夫だ。問題ない。もう何も怖くない。恐れずして掛かってこい。
私たちが創るのは新天地。これまでとは違う世界だ。
『頑張ろう、セイちゃん』
「ひとまず十年ごととかにしませんか、契約更新。ちょっと。聞いてますかセファール」
――それから、世界のテクスチャを刷新するのに五年。
新天地としての法則が安定するまで、およそ二十年。
合計で、私がこの世界で目覚めてから三十年ちょっとという期間をもって、新天地は完成する。
一万年を超える戦いの歴史は、こうして幕を開けた。
最初は二人から始まった。いつからか、世界全てが手を取り合うようになった。
私はこの世界が大好きだ。この世界にある全てを愛している。
だから、認めない。
この世界を間違いだと断じる誰でもない決定を、私は決して認めない。
この世界の終わりは決まっている。私たちが決めた、世界の誰もが認めた形だ。
はじまりからそこを終幕だと決めて、そこへ向かって歩いてきた。
その全てを無意味にするというのなら――私は許さない。
“続けよう”という意思なんてどこにもない。どこかの誰かが“続けたい”と足掻くのなら、力の限り続ければいい。
私たちはそうやって続けてきた。ここはそういう、強い歴史に該当するものだと思う。
苦しみに満ちた強い世界。幼く管理される弱い世界。知恵を知らぬ統一世界。悪性を赦さない輪廻世界。
神々による完全な理想郷。異なる私が滅ぼした末の妖精國。文明の死に絶えた黄金樹海。
そして、正しい歴史。苦難の中でなおも歩み続ける汎人類史。
――大いに結構。
それらすべては尊いものだと思う。一つなりとも、否定に値する世界はない。
いずれの人類史にしても、星に根付くのに相応しい。そこから先も“続く”のなら、それを応援しても良い。
――だが、この世界の終わりを邪魔するのであれば、この世界は容赦をしない。
“生きたい”と願うのならば、“諦めない”と抗うのならば、“人間の戦いはここからだ”と叫ぶのならば、私たちの世界に立ち塞がるな。
なおもこの世界を脅かすのであれば――どんな世界だろうと、瞬く流星の一つのように、その悉くを破壊する――!
■セファール
白き最後の神。現在全長一〇二四メートル。
本来セファールは地球の環境下ではここまで大きくなることが出来ないのだが、かつて捕食したオリュンポスの神々によって地球環境に適応したことで“ある地点”まで成長の限界が引き上げられている。
目的こそ知らないが機能として有している文明の捕食能力を利用し、“星を自身と同化させる”ことで世界を保護した。
実際、こうしていなければ神の唐突な激減により、突然に自立を求められた人々も変化に耐えられず減少を始めていたほか、神秘が減退する流れになる前に神代が強制終了したため、放し飼い状態の神秘が星の寿命を極端に減らす結果を齎していたと見られる。
一応、世界の人々は信仰すべき神がいなくなった代わりに、その神の力も含んだ巨人が世界そのものになったという、法則の変化は肌で認識しており――何を信じるかはともかくとして、このまま生きていくことは可能だと理解している。
――世界との一体化により、世界に存在した“隠れられるような場所”は全て検められ、完全に均されている。
この、“異聞帯となるべき世界”に限ってだが、世界の裏側も存在しなければ妖精郷もない。
後の世界で『
■聖剣使い
その剣気、遂に覚醒す――。
――ちょっと訂正。とっくに覚醒していたが、とある神霊の呪詛から解き放たれたことで百パーセント引き出せるようになった。
これまで自身を苛んでいた苦痛が消え去ったため、精神、肉体共に超絶強化。これ以上精神が強くなってどうする。
たった六年でここまで至ったのはこの呪詛によりきわめて大きな負荷が掛かっていたため。数倍の重力下で剣を振っていたようなものだったので、解放されて軽くなりはしたが、逆にこれまでと勝手が違ってやりにくくなっている。
なお、遊星の結晶を受け入れて身体の補強を行ったことで容姿が変わったが、セファールが彼女の在り方を尊重したため、“身体の耐久値”を除き一切に新たな補正は掛かっていない。
補強に神々が使われているものの、変換時に純粋なリソースとなっているため神性を受け継いでもいない。
ただし、補強の手段の影響はごく僅かに残っている。
身体は頑丈になった――なり過ぎたため、肉体は老いず死なない状態となった。魂はそのままのため、基本的には彼女の命は魂の衰弱に委ねられている。
セファールがこれからを始めるためには、自分が同行することが必須。世界をここで終わらせるのもアレなので、永き旅路の道連れとなることを決めた。
■聖剣
電池切れ。前話で聖剣使いの手から落ちている。
セファールと担い手がわちゃわちゃやっている間ずっと放置されていた。
■妖精
戦犯。気付いたら神々がほぼ全滅していた。
隠れられる場所も軒並みセファールと同化し、本気でヤベェと危機感を抱いた。今更。
とりあえず、『巨人はもう世界を滅ぼさない。聖剣使いと
どっかの異聞帯の戦犯たちよりはマシだろう。
一応、ここまでがプロローグとも取れるし、これである意味完結とも言える形。
今後はこの世界に関する“いつか”“どこか”の話を、断片的に語っていくことになります。
当たり前ですが年代は飛びまくります。千年単位とか余裕で飛びます。
また、ちょこちょこと異聞帯としての、“外”と繋がる話も。
毎日更新とはならないです。適度に、気楽にこの世界の終わりまでの旅路を楽しんでいただければ。