八雲芽依という少女を一言で表すならば、自由奔放という言葉が相応しいだろう。
すべての教科を総なめにするほどの学力を有していながら、学校の出席率はお世辞にも良いとは言えない。それでも留年せずにぎりぎり進級できているあたり要領が良いのは確かなのだが。
行きたいところに行き、やりたいことをやる。自分勝手な振る舞いには違いないのだろうが、周囲はそんな芽依を仕方がないとどこか見守るような暖かさを感じるような目で見ていた。どこか退屈な日常に芽依が起こす行動は彼らに刺激をもたらしていた。
出がけ先で起きた銀行強盗の鎮圧、冬のキャンプ場から撮影した風景の写真、気まぐれで応募した絵のコンクールで最優秀賞の受賞など。いつしか八雲芽依を知るものにとって彼女の一挙手一投足はきらきらと輝く宝石のような魅力を放っているように思えた。
「ねえねえ、芽依はこの後予定とかある?」
「ふっふっふ。実は5時からとある場所でおばちゃん達との壮絶な戦闘の予定が…………」
「スーパーで5時からタイムセールだから無理ね、了解」
「…………紅葉ってさ、毎度思うけど何で分かるの?」
「ノーコメントで」
放課後の何気ない瞬間。空が赤く染まりつつあり、どこか浮かれた面持ちで帰る二人。紅葉は幼稚園の頃からの幼なじみということもあって、芽依の突飛な行動にはすっかり慣れているためかだいたいのことには驚かなくなった。芽依もまた自分を特別視しない紅葉とのささやかな日常が心地よく、もっとも心安らぐ瞬間であった。
もうすぐ冬に入ろうとしているためか、肌寒さを感じ両腕をさする芽依。今日買うものには入っていないが、ついでにホカホカの焼き芋でも買っていこうと考える。
「それじゃ、あたしこっちだから。あと、また変なトラブル起こさないようにね」
「気が向けばね」
ぼんやりと焼き芋に思いを馳せていると、紅葉の家に近づいていたらしく余計な一言を付け足して紅葉は曲がり角の方に消えていった。もう少しぐらいなら話していてもよかったのだが、まあ早く目的地に辿り着くぶんには問題ないだろう。
両親は今日は夜勤であるため帰りが遅い。夜食でも作っておいた方がいいだろうか、そんな家庭的かつ両親思いな気遣い思案していたところでふと足を止める。
「だ、大丈夫なの!? どこか具合とか悪いの!?」
同年代らしき女子高生が道の真ん中で蹲っており、ただことではないと泡を食ったように駆け寄る芽依。腰を折り、少女の容態を確かめるべく顔を覗き込もうとした刹那────
────ドスッ
「…………え?」
腹部に強烈な違和感を覚え、おそるおそる首を下に向ける。ナイフが深々と突き刺さり、赤い液体がどくどくと流れ出ているのだ。足の力がどんどんと抜けていき、うつ伏せに倒れる芽依。
「悪くない、わたしは悪くない!」
そんな芽依を見て急に恐ろしくなったのか、どこかに逃げ出す少女。自身を刺した相手を今までに感じたことのない苦痛が芽依を襲っているために声すらまともに出すことはできない。
(なんだ、私の人生随分と呆気なかったなぁ。もっとやりたいこと、いっぱいあったのになぁ…………)
◆◆◆◆
「オギャァァァァァァッ!!」
赤ん坊の産声が室内に響き渡る。
耳をつんざく大きな叫びなど気にも止めず、両親と祖父母、医者を含めた数人は歓喜の声を挙げた。
「おお、産まれた、産まれたぞ!」
「よく頑張ったな、ルアンナ!」
「ヴィルヘルム…………!!」
「俺たちの二人目の孫だ…………!!」
赤ん坊の両親と祖父母による名前決めは大いに難航した。女の子らしく可愛らしい名前をと意見するのは『テレシア』と『ルアンナ』の女性組、剣聖の家計に相応しい名前をと意見する『ヴィルヘルム』と『ハインケル』の男性組。
壮絶な押し問答の末、テレシアの提案したレティシアに決まった。
テレシアはレティシアを抱き上げると、満面の笑みを浮かべ頬にキスをした。
「優しく、人を守れる強い子に育ってね。レティシア」
これはアストレア家の長女であり、後に剣聖と呼ばれるラインハルトの妹として転生した少女の物語である。
プロローグなので短めです
成長したレティシアは完全にテレシアと瓜二つとなります