クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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序章


暗殺地方に分厚い蜘蛛が1

 

 早朝5時、それが今の仕事の始まる時間である。

「ちょっとバッハ! 他の皆置いて先行こうとしないの!」

「なんで…… ボクがこんな事を……」

 

 愚痴る隣にいるネオンは普段の洒落た服ではなくまるでそこらの学生の様なジャージ姿であった。

 その手には大量のリードが握られており、その先にはその数に見合う大小様々な犬達が嬉しそうに歩いていた。

 

 最近名の売れたマフィアの…… それも命を現在進行形で狙われているかもしれない状況下で自宅の庭で、そして多数の護衛付きとはいえなんと『犬の散歩』をしているのだ。

 癇癪持ちの我儘お嬢様が何故犬の散歩を? という疑問は念能力で多くの説明がつく。

 現在、ネオンの護衛を務めている中で最も多くそして身近な存在は『犬』なのだ。

 勿論ただの犬ではない、古参護衛の一人で操作系能力者のスクワラが自身の能力でそこらのブリーダーよりも遥かに連携と行動がとれる優秀な『念の道具』である。

 【念】の【発】には多くに『誓約と制約』がある、彼の場合は『飼い犬を全面的に面倒見る』がそうだ。

 そして、ここで発展として『自分以外の者の命令をある程度聞く』『自分以外の護衛をする』場合に『その対象が犬の世話の一部を受け持つ』と――

 

「クゥ~ン」

「よしよし、年長者としての自覚を持って宜しい!」

 

 スクワラ以外でもある程度の意思疎通が(何となく)可能なのだ。

 

 だからと言ってネオンが進んで世話をするとは思っていなかったが、実際は提案した本人が驚くほどすんなりとそして、今現在まで継続的に世話をし続けているのである。

 因みに、ネオンは【念】のことはこれっぽっちも理解しておらず大部分は身を守る為ではなく趣味の域でやっている。

 

―― どう考えてもこんなことする様なタイプには見えないのに……

 

 護衛の真似事はしないと言った矢先に早朝散歩に付き合わされたカルトは意外なものを見たという気持ちと、それ以上の面倒臭さを感じつつ、普段彼女が両手に持つリードの束と犬の内の片方を受け持ったのだ。

『ネオンの近くにいる犬といざこざをなるべく少なくする』

 こういった名目でクラピカ達も散歩その他諸々に少なからず付き合わされているが、カルトはその比が二倍である。

 それは何故か?

 

 トールが犬に懐かれない…… を通り越して威嚇されるわ委縮されるわで近づけない、酷いと気絶する犬さえ出た為近づくことを禁止されているのだ。

 どうやら、腹が減った時に視た彼の中に眠る蜘蛛が相当怖かったようだ。

「良いハンターってのは動物に好かれるらしいけど、俺は良くも無いしハンターでも無いからね! 気にして無いよ!」

 …… と、明らかに気にしているハの字眉で寂しそうに言ったトールの分も連携すべく世話が二倍になったのだ。

 ゾルディック家ならば自分のやり方を貫き『ごっこ遊び』の様な真似事などせずに独りでやるべきであろう。

 しかし、初の単独依頼である事そして先人暗殺者(という事にされている)トールの流儀を見たい事もあり彼流に合わせているのだ。

 根底から間違っているので間違いを指摘するという行為は最早意味を為さないだろうが、それでも敢えて間違いを指摘すると、トールがやっていることはネオンやスクワラ達と『友達』になる為に苦楽と寝食を共にしよう、ということなので早急に一人になった方が良い点である。

 

「ねー、アナタ中々扱い上手いけどペット飼ってたのー?」

「…… 家に色んなのがいてずっと戯れて育った」

 

 カルトの答えに、ネオンは「へぇ~」と言った後…… 少し間を置き口を開く。

 

「どう考えてもこんなことする様なタイプには見えないのに……」

 

―――――――――

 

「で、実際『レッド』は来ると思うか?」

 コーヒーを飲みながらトチーノはネオンの護衛をする犬の朝のブラッシングをこなすスクワラに問う。

「普通ならドン・ノストラードだけ殺って後は敵対組織に丸投げって可能性も有るだろうが……」

 ブラシに付いた毛を取り除きながら続ける。

「最初に殺られたのはウチのリーダーだったうえに相手は皆殺しで有名な殺し屋、ボスかドンかは先か後かの二択だろうな」

「だよなぁ……」

 うなだれながら飲むコーヒーは一層苦みを強く感じる。

「お前も一応ハンターなんだろ? なんか奴の情報仕入れたか?」

「そうだな、疲れた身体にコーヒーは沁みるって情報が最大の成果ってとこか?」

 収穫なしか…… と、ブラッシングを終えたチワワを庭に放ちながらスクワラは盛大にため息を吐いた。

 

―― チワワとかプードルって護衛として大丈夫なのか?

 

 トチーノはそんなことを毎度思ったが、ネオンが幾らか自分達が配属された最初期より丸くなったのはあれらの可愛さが切っ掛けなので聞くことは無かった。

 そんなことより問題はいつ来るか分からない殺し屋達である、如何せん出方が分からない為この屋敷から別のココより警備が行き届いたより安全な場所にネオンを移動させることも、移動中に突かれるリスクがあり実行に移すタイミングが掴めない。

 かといって安全な場所に行けたとしても、あの我儘お嬢様はヨークシンのオークションでなにが良いのか分からない人体のパーツを欲しがる(長年護衛をしているが未だに眼球やら皮膚やら挙句の果てには使用済みのティッシュまで欲しがるのは訳が分からない)それも自分の手で競り落としたいので行かなければならないのだ、命を狙われている可能性が非常に高いにも関わらず、自分達のコミュニティーでも無い世界中から様々な人間がやってくる日の、ヨークシンに。

 あの娘は何処かおかしいと、トチーノは思考を脱線させる。

 別に趣味についてどうこう言っているのではない、世界中には多種多様なコレクターが存在している。

 骨董品・ゲーム・カード・化石・宝石・コイン…… これらは『同好の士の数』が他より多いだけで中には鍋やらトイレットペーパーの芯やらハンガーにマンホールを集めているなんてのもいる。

 そんな何かに固執した者自身、或いはそんな彼らと深い関係にあるハンターという職種に身を置く自分が彼女の人体収集家という側面を否定的に見る事を拒んでいる。

 おかしいのは…… 度を越えた世間知らずの甘ったれなのか、はたまたそういう類の生まれながらに感情の一部が欠落した存在なのか。

 同じく長年護衛をしていたダルツォルネが死んだと聞かされた時の『無関心さ』だ。

 悲しむ事も、殺した相手に怒る事も、ダルツォルネ自身を不甲斐ないと怒る事も、なんだ残念と知っていた盾の一つが壊れたと言う事も、次は自分かと恐怖する事すらも無く。

 聞いてきたのは、今日出掛ける時に一緒に来る護衛は誰になるのかだった。

 死んだと聞かされた時には生前のあの鼻に付く性格からくるイラつきを思い出したがそれでも、少しは悲しくもあったし怖くもあった。

 

―― ただ死ぬかもしれないと思ってないだけならいいが、何時死んでも構わないって思ってたらあの脱走癖は今回も治らないだろうな

 

 ここまで考えてトチーノは思考を戻す、ここは自分がどれだけ考えても仕方ないからだし、今は関係無いからだ。

「ウチの殺し屋二人は今どうしてる?」

 一応一人は違うらしいがなと、トチーノは言葉だけの訂正を口にしつつ続ける。

「ゾルディックの方はなるだけ理由付けてボスの護衛モドキになってくれないかやってる」

 本人が聞いたら殺されかねないセリフである。

「トールの方は…… 屋敷を散歩してる」

「散歩ォ!?」

 呑気か! ていうか馬鹿か!? とトチーノは突っ込んだ。

 ボスもボスで散歩しているがそれはそれなのだ、一応。

「本人曰く、なんかあった時にサッと駆け付ける為に糸を張り巡らせている、とか言ってたが俺からすると道憶えているだけとしか…… いや、まぁ俺じゃあ気付かない何かをしてるかもしれんけどよ…… うん、多分」

 「そうであって欲しい」という願いだけは口から出る事は無かったがバッチリ伝わってしまったようだ。

「ゾルディックの方も新入りのクラピカからも自分より強いと言われてる、一応ウチの最高戦力だぞ?」

 採用試験時にクラピカの冷静な観察眼と銃弾を軽くいなす【念】の練度を喰らって知っているトチーノは、その存在からの証言を信じざるを得ない。

「だけど同時に『奇行に走る様に見えるけど実は理由があるから気にしないで』とも言われてっからな……」

「そもそも服屋と兼業ってのが訳分かんねーんだけども」

 本人に問われても副業はハンターで本業は服屋で暗殺者でも殺し屋でも何でもないとハッキリ言うが、彼らの中にトールに面と向かって「すみません、ご職業を伺っても?」と聞く様な者はいない為、初日にヴェーゼに訂正をしていても護衛メンバーとトールの間の認識の溝は深まるばかりである。

 唯一センリツだけはリズムで違和感を聞き取れる可能性が有るが、そもそも一人の身体に二人分のリズムという規則性もあったもんじゃないデュエット状態で本心が聴き取り難いという無駄かつ喜劇的でどうしようもなく悲劇な鉄壁ぶりである。

 一週間もしない内にスクワラを始めとした護衛達のトールへの印象は計り知れない童顔の青年から計り知れない奇行に走る年を誤魔化してる子供、但し、腕っ節は強い…… と落ちて来ていた。

 彼本人にとっては気軽に接してくれるというメリットしか無い状況だが。

 

 では、そんな計り知れない阿呆は今何をしているかというと。

 

―― あああああ!!!! どうしよう!!? コレ絶対怒られる奴&高い奴!!

 

 盛大に焦っていた。

 

―――――――――

 

―― ヤバいって! これは絶対 ヤバいって!

 

 心の中でくそったれ燃えがいまいち駄作だぜ、と言われそうな辞世の句を一句詠んだトールの前には無惨な光景が広がっていた。

 場所はパーティー会場と思しき広い部屋、幾つも丸いテーブルがあり、そのシミ一つない真っ白なテーブルクロスのフィールドの上にグラスが逆さまにピラミッド状態で積まれているのが印象的だ。

 使う予定がここ数日に無いのになんで積んであるのかは不明だが。

 そして次に目に入るのは広い部屋に負けない大きな、とても大きな絨毯である。

 最初、部屋に来たトールはその絨毯に目を奪われた。

 

―― ほう、これは『毛ガエル』の絨毯ですね

 

 何故かキザったらしい口調で屈みながら手で絨毯の感触を確かめつつ判断する。

 『毛ガエル』とは砂漠地帯が広がるミンボ共和国周辺に生息する蛙で、最大の特徴はその通り一見すると黄緑色の毛の塊に見えるほどの体毛である。

 乾燥から身を護る機能と、朝露を毛先に集め巣に貯めるという習性を持つのだ。

 因みに、毛ではなく皮膚が変化したものだが今注目すべきは素材としての面だ。

 汚れに強く踏まれ続けてもくたびれず、見た目も美しく触り心地も良い。

 但し、材料の特殊さとその他諸々の理由により機械で織る事は出来ず全てが手作業なのだ。

 つまり、長々と連ねたがこの絨毯は『金が掛かっており、尚且つ、金を掛けてますよ! と視覚に訴えてくる品である』と認識すればよい。

 

―― こんだけでっかい毛ガエル絨毯初めて見たなぁ! ふんふん…… ここがこうなって、こっちはこうで……

 

 四つん這いになって誰もいないパーティー会場の絨毯を縦横無尽に動くトールはデカいゴキブリにしか見えないだろう。

 この姿を誰かに見られて噂が伝搬されれば士気が著しく下がるだろうが気にしない、というかそもそも自分の痴態で士気が下がるとは微塵も思っていないので気にする以前の問題だ。

 そして、アラーニェは現在眠りに付いており誰も止める奴が存在せずカサカサと動いたのが運の尽きであり、新たな喜劇の始まり……

 フリフリと愉快に右に左に揺れていた尻に不意に何かぶつかり……

 

 ド派手な高い音が響き渡った。

 

―― いィッ!?

 

 急に出た音に飛び跳ね驚きつつも何だ何だと見ればそこには窓からの光を反射してキラキラと光る無数の破片。

 

 グラスのピラミッドはガラスのナイル川となっていた。

 

―― っちゃ!? わちゃッ!? やっちゃったッ!!?

 

 截拳道でも使えそうな奇声を心の内に発し、わちゃわちゃと両手を動かしながらもまずは何とかしようと一先ず破片を片付けようと無造作に大量のガラスの破片へ手を突っ込み掬おうとする。

 

 すると今度は何か糊付けされたものを無理矢理剥がすような音がする。

 

 ガラス片の鋭さを『自分に攻撃するモノ』として守るべく、下の絨毯ごと掬った瞬間である。

 

「ん゛ん……ッ」

 これには思わず変な声が漏れた、そもこの程度で傷つく俺と友達の皮膚ではないと、そこから【纏】までしている自分が量が多いとはいえガラス片で怪我をするかと…… 過保護か【俺の代わりに僕が踊ろう】(オマエ)は!? と、眼を閉じ項垂れる。

 が、何時までもこうしている訳にはいかないとトールは眼を開ける。

 早くこの場を何とかしなくては、さっきの音はセンリツでなくても屋敷に響いて耳に入った可能性がある。

 しかも今ここは暗殺警戒地域に指定されピリッピリした空気に包まれているマフィアのドンの娘の屋敷。

 前者の理由から下らないことで護衛の人達を動かすのは怒られ、後者の理由から弁償では済まずオトシマエを云々となるかもしれない……。

 

―― 全てを! 誤魔化さなくては!!

 

 今、喜劇の蓋が超速で開く。

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