一年目のファーストコンタクトと幼少期のどこかの話。
いろんな物が積み込まれた小舟を見つけたのは、誰だったか。
ユリウスだったかもしれないし、ジェシーだったかも。
でも、そんなのはどうでもよくて、海岸に舟が流れ着いたと私が聴いたことのほうがよっぽど大事だ。だから、村に戻ってきて全員に伝えられた話に、慌てて海辺に行った。
それまでは惰性で生きていたけれど、事が起きたと知ってしまえば、何かが沸き上がってくるような気持ちになって、走る。いてもたってもいられなくなったんだ。
知っている。ずっと前から、知っていた。
自分の知らない場所にいきなり放り出されて、ここの妖精として生きることを強制される前から。
妖精國のティンタジェルで始まるストーリー。私の、人間だった頃から大好きな物語。私の、生きていくための力をくれた作品のその一部。
諦めないで生きて来るために、忘れないように繰り返し思い出して、私の中に生かし続けた話の筋書き。
──予言の子が、やってきたのだ。
小舟はボロボロで、公平であるために、舟の中身には触っていないらしい。
でも、私は知っている。どうせそれは建前で、触ってしまえば殺し合いの奪い合いになるからだ。この10年ほどで、同じ村の妖精のそういう部分を嫌というほど見てきた。今さら建前がわからないなんてことはない。
たくさんの宝物と、杖と、それから小さな金髪の妖精。
小さな妖精はまだ目を覚ましていなくて、すよすよと小さな寝息が聞こえる。
「(可愛い)」
そっと、痛くないようにその子の頬をつついてみる。
ふっくらとしたほっぺたはもちもちで、寝息を立てる顔があまりにも無垢で。
「なあ村長、これって予言の子じゃないか」
「予言の年は今年だったわ。きっと予言の子よ」
「そんな馬鹿な。でも、それなら匿ったりしたら俺たちまで殺されるんじゃないか」
「そうかも。それにこの妖精、なんだか嫌な感じがするわ、殺してしまいましょうよ」
「馬鹿なことを、予言の子なら隠して育てたほうが良いじゃないか」
「でも、宝はどうする、生きていたらこの妖精の物だろ」
「村のためなんだ、村で分けあってもわかってくれるだろう」
「場所はどうするんだ、女王軍に見つかってしまうかも知れないんだぞ」
「それなら馬小屋に隠すのは? それなら気付かないんじゃない?」
喧々諤々。非難轟々。
村の連中はそっちのけで自分のしたい処遇を主張する。だから嫌いなんだ。だから、自分はこいつらと一緒にされたくないんだ、と改めて理解する。
腹の底が煮えたぎる。
ふざけるな。自分のことばっかりで、村の仲間だって本当はどうでもいいくせに、ふざけんな。
この子は流れ着いただけだけなのに、どうして寝ているうちに生死を決められなきゃいけないんだ。
おかしいだろう。まだ、この子は生きていていいはずだ。生きていなきゃいけないはずだ。
だって、たしかに愛されていたはずなんだ。生まれて、望まれた。
なら、愛されなきゃ悲しいじゃないか。
「村長、この子はアタシが引き取るからね!」
「なんだと!」
気付けば、子供を抱き締めて叫んでいた。
それでも、子供は起きない。 まだその時じゃないと知っているみたいに、寝息を立て続けている。
「なにを馬鹿なことを!」
「そんなことしちゃダメよ! ソルチャが捕まっちゃうじゃない!」
私が引き取ると宣言すると、集まった村の皆が騒ぐ。
ガヤガヤうっさいわ。私が引き取るって言ったら引き取るんだよ。
「いーや、絶対に引き取るね! この子はアタシの娘にするんだよ!」
こいつらなんかに好きにさせてたまるか。
だって、さっきまで馬小屋にでも、なんて声があったじゃないか。そんなことをしたら、冬を越す頃にはこの子が損なわれてしまう。
それに、手足に凍傷を負うかもしれないだけじゃない。野の獣が来てこの子を傷つけたらどうするんだ。まだ、ほんの小さな子供の姿なのに、身を守れるわけがない。
この子には、眠るときに雨風と寒さを凌げる場所が必要だ。でも、こいつらはそれを与えようとしない。自分達のためにこの子の財産を奪うことしか考えていないのだ。そんなやつらに、この子供を渡すもんか。
「だが、ソルチャよ。それではお前が捕まってしまうではないか」
「まだ捕まると決まったわけじゃないじゃない! だったら、アタシの家の物置部屋のごちゃごちゃの中に隠すほうがまだ見つかりにくいでしょ」
部屋は小さいけど、この子はまだ小さいからベッドを一緒に使える。物置は何かあったときの隠れ場所と、勉強部屋にすればいい。
魔術に道具が必要なのだから、細々した物の置き場所は必要だ。それに、こいつらの目につかないところでやってないと、どうせ「なんとなく気にくわないから」なんて理由で邪魔してくるんだろうし。
「飯はどうする、お前だって食うに困るだろう」
「少ないけどアタシの分を分けて食べさせてやるよ。アタシとこの子が死ななきゃいいんだ、どうにでもなるでしょ」
腕の中の子供を抱き締める。ここで負けるもんか。
確かに、危ないし税は取られまくってるし、もし食事が必要になるならそれもキツいだろう。このままの状態から必要なものが二人分になったらカツカツになるのは確実だ。
でも、それにしたって他の連中はまともに任せられるかと言えばそんなことはない。私がこれから分け合うよりも魔力やそのもとになる食事が少なくて餓死寸前、なんてことだってありえるし、やりかねないという想像は簡単にできる。
そう考えれば、私は一応知識がある分だけマシだと思うのだ。畑はやってるし、今まで育てた小麦もこっそり粉にして溜め込んでいる分がある。食べ物の過多はないよりはマシ程度の差にしかならなくても、量があれば得られる魔力量だって増えるのだ。それなりに役に立つ。
村の連中は、食事を「時々必要になる娯楽」程度にしか思っていないから、小麦の使い方をよく知らない。食べるものにしたって生ばかりか焼きすぎか。それに、料理にしたってだいたい失敗して、祭事なんかの食べ物については買うしかなかった。
村全体がカツカツになってる原因はそこにもあるが、それだって利用してやる。
宝はいらない。この子を手元に置けるなら、それで十分だ。こんな奴らに任せるなんてさせない。
「……そこまで言うなら仕方ない。その妖精はお前が責任を持て」
「わかった。じゃ、これでこの子はアタシの娘だ!」
絶対に諦めねぇからな、という気持ちで半ば睨むように見ていれば、ついに村長が折れた。
嬉しくて、思わず舟の中の子供に頬擦りする。
よかった。とりあえずこれでこの子はこの村で、私の娘として育てられる。
「そんな、ソルチャはまだ若いのにあんまりよ!」
「そうだ、ソルチャはまだ10年しか生きてないだろう、任せられるものか!」
「うっさいわ! 10年も生きてるの間違いでしょ!」
村長が認めた途端に、さっきまで捨てようだのなんだの言っていた奴が私の心配をするようなことを口に出す。
ああ、反吐が出るわ。決まってから言い出すなんて虫が良すぎる。どうせ自分の得にならないって思ったからそんなこと言うんだろうがよ。ふざけんな。
まだ眠っている子供の脇に両手を入れて、小さな体を抱える。今聴こえているのは安らかな寝息だけど、起きたらいったいどんな声になんだろう。
「村長が認めたんだから、この子はうち預かり! 宝物は村の財産になるけど、杖は使わないだろうから突っ張り棒に持ってっていい?」
「あ、ああ……構わんが、なんだってわざわざ杖を」
「だって、もしも物置のなかを改められたら困るじゃない。何かあったらこの子に持たせて内側から籠らせればどうにかなるでしょ」
そんなわけあるか。宝は最悪替えが効くけど、杖はどうにもならない。私に作る技術があるわけでもなし、これだけはこの子の手元に残しておかないと。
特になにも意識せずに杖を掴んだせいか、指の関節あたりの皮膚がひび割れる。毎日ではないにせよ、前世の頃からの習慣で人間のようにあれこれやっているせいで手はボロボロだった。たぶん、これからもあんまり変わらないだろう。
血が出て痛いけど、それでも子供と杖はちゃんと持った。
希死念慮は一旦置いておこう。
どうせ、自殺なんかしなくたってここは終わってる。死にたい死にたいと思う気持ちは変わらないけど、もうカウントダウンは始まってるのだ。だったら、ちょっと予定が長引いたくらいじゃ変わりゃしない。
この子に殺されるわけじゃない。最後はこの世界の神様に、それか、大事なものを守ろうとする誰かに殺されるんだ。
たぶん、それって凄く良いことだし、それならいいんだ。意味があるなら、納得できる。別に村の連中との殺し合いになるんでも構いやしないけどさ。
でも、そう考えたほうが、ちょっと気分はよかった。
そのまま子供が起きる前に無事に帰ることができたので、ベッドに子供を寝かせる。
ベッドと言っても、スプリングも特にない台に綿入りの薄いマットを敷いて、煎餅布団をかけるだけの簡素なものだ。
今まではこれでもよかったけど、これからは一人ではなくなるんだから、これからちょっとずつ変えていかないといけない。
「う、」
「ん? おはようかね、寝ぼすけさん」
子供が薄く目を開けた。
キラキラと輝くグリーンアイが、私を捉える。
この子の名前はなんて言うんだろう。
どんな声で話すのだろう。お腹は空いていないかな。
もう少し、寝かせてあげた方がいいんだろうか。それとも、起きて何かするんだろうか。
そんなことを考えていると、子供が口をむずむずさせた。
お、一言目はなんだろう?
「う、うぁぁああああ!!」
「あああああああ?!?!」
──はじめての顔合わせは、ギャン泣きであった。
「まいった」
泣き疲れた子が、私の服の裾を掴んで眠っている。
子供って、どう育てるんだろう。とりあえず衣食(魔力)住だけどうにかすればいいと思ったけど、やばいかも。
とにかく、知っているだけのことは全部やろう。
この子が家にいるときだけは安心できるようにしよう。有事でもなければ、ただの子供として生きていけるように。そうすれば、きっといつか折れそうになっても記憶が心を助けてくれる。
だから、これから頑張らないと。
私たちには口がある。目がある。心がある。それなら、ちゃんと話して、一緒に進んでいけば、きっと大丈夫。
「早くなくていいから、ゆっくりでいいから、一緒に生きていこうね」
見慣れた天井が視界いっぱいに広がっている。
「……なんだ、夢か」
体を起こそうとすると、途中までは良くても、アルトリアが隣で私の服の裾を掴んでいるせいで動けなくなる。
だから起きるのは諦めて、代わりにアルトリアを抱えるようにして横になった。
懐かしい夢を見た。アルトリアを拾ったのはもうしばらく前のことになるけれど、鮮明に思い出せる。
アルトリア・キャスターという名前は、あの後にこの子の口から聞いた。私の娘だとしても、名前だけは彼女自身のものでなくてはならないから。
アルトリアはお転婆で、まっすぐすぎて、それで最初は苦労した。今だって、散々ぶつかり合いながら家族としてやってきている。
覚えていた大好きな物語も今じゃ虫食いだし、アルトリアと暮らすことに気力を回しすぎて曖昧になっていることも多いけど、きっと、これから旅立つまで続くはずだ。
でも、村の連中の前でお行儀のいい子になるのは得意だったから困ったものだった。そんなこと望んでいないし、あいつらはほっとくと付け上がる。
この子はうちの子だぞ、ただじゃおかねぇからな、と表現をもう少しマイルドにして伝え続けたお陰か、今では扱いも多少はマシにはなったように思う。外向きには所有物なこともあって、他人のものにちょっかいかけたことへの後ろめたさもあったのだろうけれど。
もともと、私は村の中ではわりと稼いでるほうなのだ。手先はそこまで器用でなくても、彫り物をした流木なんかを売れば多少の金にはなる。その稼ぎをきちんと村に納めて、その上で畑作などに協力していたのだからそれもそうだろう。
とはいえ、物扱いされていることは許せないので見つけたらやっぱり脅し上げにいくことにしている。
でも私が見つけた端から食って掛かっていたものだから、最近はアルトリアの方が私のストッパーになりつつあった。
村の中も一枚岩でないだけに好意的でない奴もいるし、内外の対応を家庭内で説明して変えてはいる。アルトリアがストッパーになったことで、私にあまり好意的でない奴がアルトリアに同情するようになった部分もある。
娘の扱いが良くないことに不満はあれど、これ以上はどうしようもないようだった。
できることなら、もっとこの子のために色々してやりたい。
この子がたくさんの物を見て回れるように、その半ばで折れてしまわないように、できる限りのことをしてやりたい。
でも、今は眠っているから背中をさするだけ。
明日は、何を作ってあげよう。次の雨の日には、そろそろ縫い物の方法を教えた方がいいだろうか。
「ゆっくり大きくなりなさい、アルトリア」
まだ、死にたい気持ちはあるし、自責がいつでも隣に立つ。それでも、この子が村を出るまでは頼まれても死んでやるものか。
でも、そのあとなら、もういいだろうか。
※作者の勘違いなどがあったので二話までの一部内容を変更しました。