この世はクソだが娘は天使だ   作:小森朔

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綿のこととか、野良仕事を教えるお母さんとキャストリア。
村にやってきてから一年目の秋の話。


娘に仕事を教えてないから死なない

 繁る草を刈り、生えてる綿の具合を見る。もう収穫の時期に入ったか、少しずつだが綿の実が弾け始めていた。

 実際のところ、これが綿なのかは知らないけど、昔育てた奴に良く似てるからたぶん綿で合ってるはず。種採ったりゴミ取り除くのが大変だから、布くらい魔力で出力してやろうかという気持ちにならないこともないけど、アルトリアもいるし、無駄な出費は押さえたいところだ。

 

 一朝一夕で育たないから大変だけど、これが全部ちゃんと採れたら、どれぐらいの布にできるだろうか。

 

 

「お母さん! それなに?!」

「ああ、アルトリアは見たことなかったっけ。これが綿の実だよ。あっちの弾けたやつは採れた?」

「うん! 採ってきた!」

 

 ほら! とスカートを籠代わりにして見せてくるアルトリア。杖は畑仕事の邪魔にならないように今日は待機です。近くの木の陰に立て掛けてある。

 得意気なアルトリアもめちゃくちゃ可愛いけど、そういえば家を出るときに渡した籠はどこにいった? 

 

「あ! ……籠、忘れてきちゃった。ごめんなさい」

 

 やっぱり。でもまあ、綿の畑に連れてきたのはこれが初めてだし、まあ仕方ないか。

 

 籠ぐらい後で取りに行けばいいし、最悪無くなっててもいいや。まだ私の籠には余裕があるから、一緒に入れてしまえばいい。

 

「お馬鹿なアリー、しゃんとしなさい。それじゃ、こっちの籠に詰めて、そろそろお昼にしようね」

「ごはん!」

 

 ほら、と籠を出して、スカートに集めてきた綿を移させる。採れ始めにしては、それなりに量がある。

 

 アルトリアはといえば、私が特に気にしてないのがわかったのか、しょげてたのもすぐに元通りになった。

 むしろ、ピョンピョン跳び跳ねていてもっと元気になってるかもしれない。

 

「ねぇ、お母さん。ワタ、って何に使うの?」

「ふかふかのところだけ取って布にしたりクッションにしたりするんだよ。アルトリアもいるし、今年の冬は温かい寝床が欲しいねぇ」

「冬って、今よりもっと寒いの?」

「ああ、指が落ちるくらい寒いからね、だから家がなくちゃ困るし、布団はフカフカじゃないとね」

 

 他の連中は薄いのを重ねたり、寒くないように魔力を使うこともあるし、あとは薪を集めて火をずっと焚いたりもしている。

 夜中に火の番をずっとするなんてできないし、私たち二人なら布団があった方がいいだろう。ベッドは一つだし、掛布団も使い倒したせいでぺったんこに潰れてしまったから。

 

 

 ああ、本当にこの子を早めに引き取れて良かった。

 冬に寒い思いをさせていたらと思うとゾッとする。家にいたって寒いんだから、馬小屋に住まわせていたらなんて想像したくない。

 

 

「……ふかふかのお布団」

 

 

 そういえば、アルトリアはふかふかの布団は想像できないのだろう。

 一応は敷き布団には綿を詰めて、なるべく体に負担がかからないようにしていたけど、それも今じゃかなり潰れてしまっているし。

 

 

「そう、だから綿が集まったら布団作りだ。お前も手伝うんだよ、アルトリア」

「わかった!」

「やる気は十分ね、それじゃ、腹ごしらえからだ。ちゃんと手を拭いてから食べるんだよ」

 

 

 きちんと手を拭いて、アルトリアがパンを齧る。あんまりお行儀は良くないんだろうけど、野外での食事なんてそんなものだ。

 行儀よりもきちんと腹が膨れて、必要なものが体に残ればそれでいい。私たちはただでさえ魔力が少ないのだから、効率は悪くても少しずつ余剰が出来るようにしていかないと。

 

 でも、実際にはそんなことなんて言い訳にすぎない。もちもちのほっぺたを膨らませてたくさん食べるアルトリアが可愛いのだ、それが一番の理由である。

 本当は、余裕があるならもっと食べさせたい。どうせ溜め込める魔力と出ていく魔力はあまり大差ない量なのだし。何だかんだ、生活には魔力が必須で、アルトリアはその絶対量が少ない。これからこの子が生きていくために、食事を習慣にしておくことも必要なはずなのだ、たぶん。

 

 

「お母さん、これ、私にも作れる?」

「まだちょっと早いわ。やるのなら、まずは出来ることからだよ」

 

 

 好奇心旺盛なのか、目をキラキラさせてくれる。残り物とまでは言わなくても、あるものだけで作ったものでも喜んでくれる。

 それで、やってみたいとどんどん言ってくるのだ。

 

 

 やっぱりうちの子は最高だな! 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、昼ご飯を食べ終わってから、多少の見回りをして家に戻る。

 やることはたくさんあるが、優先すべきことはまず一つ。今日摘んだ綿を、日が落ちる前に加工しなくてはならないのだ。

 

「お母さん、これから何するの?」

「綿をふかふかにする作業だよ。結構力が必要だから、アルトリアは今日は見てるだけね」

「えー、つまんない……」

「アンタも次からは一緒にやるの! 今日はちょっと少ないから、お手本だと思ってしっかり見ときなさい」

 

 

 唇を尖らせてぶすくれるアルトリアの頭を撫でてから、綿を顎から外していく。アルトリアに渡した空の籠はきちんと回収してきたから、今日のうちに作業を進められる。

 

 

「これが、ふかふかお布団に」

「まだならないからね。ここから、種を取るのに道具を使うの」

「なんで?」

「そのままだと残っちゃったりするからだよ」

 

 

 綿の塊は、木製のローラーのようなものに通して種を取る。圧が掛かるから、出てきた綿はぺったんこだ。

 

 

「ぺちゃんこ!」

「そう。でも、これからこれを解して、ゴミを取って、ふかふかにしていくからね」

「ほんとに、ふかふかになるの?」

「本当。私もちゃんと温かい布団で寝たいからね」

 

 もちろん、私もそうだけど、アルトリアを温かい寝床で寝させたいからね。今年できることは今年のうちに頑張るつもりだ。

 

 

 平たい綿の塊を解しながら、中からゴミを取る。絡まっていて取りづらいことこの上ないけど、他に方法を知らないんだから仕方ない。

 それでもなんとかゴミを取って、石鹸水のようなもので洗う。石鹸のようなものは行商人から買ったものなので、これが石鹸かどうかは良くわからない。でも、たぶん合ってるはずだ。少なくとも、これまで試してみても特に問題はなかった。

 

 

「うわぁ……真っ白になった」

「これを乾かしてから、ふかふかになるまで叩いたら完成。わかったね?」

 

 

 べちゃべちゃのままだと困るので、濯いだあとの綿をしっかり絞って、ある程度均してから風通しのいいところに置いて乾かす。

 

「よし、これで今日は終わり」

「これが、お布団になるんだぁ……」

「そうよ。でも、他の連中に言っちゃだめだからね。私たちから取り上げてくかもしれないし」

「……うん」

 

 

 私たちの扱いは、アルトリアを娘にしてから少し経ったけどあんまりいいものじゃない。まあ、だからといってアルトリアを手放すことはないし、あいつらの都合に合わせて動いてやったりはしないが。

 

 

「しょげなくても大丈夫。ほら、おいで」

「うん」

 

 

 暗い顔をしている可愛い子を呼び寄せて、思い切り抱き締めてやる。背中も軽く叩いてやれば、遠慮がちに背中に手が回った。

 

 別に遠慮なんかしなくてガバッと絞めてきてもいいんだけど、変なところで控えめなのだ、この子は。

 

 

「アルトリア、私の可愛い子。お前はなんにも気にしなくていいんだからね。母さんがしたいからしてるのに、お前が気にしてどうするんだい」

「でも、」

 

 ちょっと顔を上げて、私を見上げる。

 不安げではあるけど、こっちはもう全然大丈夫なのだ。むしろ、私に似てるって言われ始めたぐらいで嬉しいんだし、のびのび育ってくれればそれで十分。

 

「でもも案山子もないから! お前は一緒にいるだけでいいんだ。だから、ちゃんと遊んで、勉強して、楽しくしてな。いいね?」

「……わかった」

 

 

 頷いているのに、ぶすくれかけた顔をする。

 ああもう、わかりやすくて可愛いなぁ。

 

 

「お前がいてくれるから、母さんは生きてられるの。だから、こっちのことなんて気にしないで好きにやんなさい」

「はぁい」

 

 もう一度、ぽんぽん背中を叩いてやると、今度は遠慮なしにぎゅうぎゅう抱き締められた。あるのかないのかわからない内臓出そうだけど、それで良いのだ。

 

 こんな日が続くと良いんだけど、さて、予言の方はどうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

 アルトリアが寝てから、綿の一部を選り分ける。これからどれほどの時間が掛かるのかわからないけど、この子に少なくとも一着は、洗い替えじゃない新しい服を用意してやりたい。

 

 村から出たり、普通の妖精として遊びに行ったりできなくても、少しぐらいは生きてることを楽しめなくちゃ。

 今はほとんど用意ができなくても、いずれは布やボタンやレースも用意して、この子に似合うものを作ってあげよう。

 

 

 寝息を立てているアルトリアを見ると、髪が口元に掛かっている。それを起きないようにそっと払いのけて、糸を作れるだけの用意を、少しだけ進めた。

 

 

 春の花の色がいいだろうか。それとも、海の色がいいだろうか。黄昏の空の色でもいいけれど、この子は何色が好きだろう。

 

 

 

 せめて、彼女に新しい服や自由を渡せるその日までは、何事もなく生き延びられるようにしないと。

 




 ちょっとリアルの方で忙しかったりしんどいことが重なったりしたので、これからの更新頻度は輪をかけて遅めになります。
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