前回の出来事があった日の夜のこと。妖精を嫌い始めた発端のこと。
感想、評価、ここすき等、ありがとうございます。
今後、更新ならびに感想への返信はまばらになりますが、嬉しく読ませていただいております。
ボロボロの手足は重たくて、つらくて。指が切れそうなくらいに冷えた井戸水が、至るところにできた指の割れ目に沁みる。かさぶたができているところは、まだ比較的痛くない。
寒くて寒くて、どうにかなりそうだった。
けれど、それ以上にやり場のない気持ちが腹の底で渦巻いていて吐きそうだった。
「……くやしい」
口に出すと、余計にその思いは強くなる。
きっと、これについては私が軽率だったのだろう。
手元に散らばる白を見る。
村の連中が遊ぶだけ遊んで残していったゴミの山。私が初めて作った、冬を越すための布団もどき。
私は、今年になって初めてこの村に来た妖精だった。
春先に村の外れの畑のあたりに発生して、村長たちが私を見つけてくれた。今となっては、慕う気持ちもほとんど失せているけれど、それでも拾ってくれた恩は感じていたのだ。
貧しいし、下手したら口べらしが始まるくらいに過酷だけど、生活はなんとかできる環境だったティンタジェルの村。それでも皆で冬を越せたらいいと思ったから、初めての冬までにどうにか楽ができる方法を探した。だから、寝具でちょっとだけ快適になるようにと思って、頑張ってきたのに。
その結果が、これだ。
「どうして、わからないかなぁ……」
布団にしたって、綿の育て方なんて知らなかった。というよりも、綿どころか野菜やら花やらの育て方だってろくに知らないし、割高な種を買うことは出来ないから植物だってまともに育てられない状態だったのだ。
それでもどうにか周りから色々聞いて綿みたいな植物があることを知って、私は発起した。
野生のものでどうにかならないかを探して、秋口にそれらしいものを見つけて、叩いて、種は別に保存して、ほぐして、洗って乾かして。
ほぐすときには上手くいかなくて殻がいくらも残っていたけど、それをほぐしてなんとか作った、冬用の布団。
これがあれば、これを詰めた布団があれば少しは寒さを凌げると嬉しく思った。
嬉しかったはずだったのだ。
やっと完成したからと見せに行って、楽しそうにズタズタにされた布団もどき。布どころか綿も散り散りになってしまっては、もはやゴミでしかない。
棘で手を刺しながら集めたのに、屑になるのは一瞬だ。
《なんだこれ! 面白い感触だな!》
《ねえもっとないの? これだけ? えー、つまらないなぁ》
楽しそうに布団を引き裂いたの
あの様子を見るに、意地悪をしてやろうだとか、鼻持ちならないだとかなんて思っちゃいないんだろう。いつもそうだ。悪意はないけど、楽しければそれでいい。あの布団だって、玩具を持ってきたと勝手に思ったんだろう。私が布団だって言う前に奪い取って引き裂くぐらいなんだから。
でも、なんとなく私の反応を楽しんでいる節もあったようにも思える。普段、あんまり関わらない相手だからだろうか。
彼らはただ、玩具があって楽しい、ぐらいの気持ちでしかなかった。その反応がなにより辛くて、嫌だ。
外では天気が崩れかけて、風がびゅうびゅう吹き付けてきている。早く家に入っていたから比較的ましだけど、室温は確実に下がってきている。
「さむい」
心もだけど、今は体の方がよっぽど寒い。
雨風は凌げても、家の基本的な形は保ってても、それでもティンタジェルの冬の夜は底冷えする。それに、少し前に村の手伝いで魔力を使って他の妖精の家の修繕をしたから気軽には温まれない。
そうでなくても今年の薪は少なくて、皆で分けたら少ししか残らなかった。毛布もボロだからいつ破れることか。
寒くて、足が痛い。指はまだいい、でも、靴の中で冷えた指が感覚を失っていくのが、どうにも痛くて、怖くて仕方なかった。だから、布団を作ったときの残りの布を毛布に継ぎあてて、ただの箱をひっくり返したような寝床にうずくまる。布団なんて上等なもの、存在していないのだ。もどきすら、もう手元にない。
だから、はやく春が来いと願うことしか、疲れてしまった私にはできなかった。
村の妖精たちは、それっぽいものを作るのはなんだってできた。この国の妖精なら誰でもできるらしい。魔力でちょちょいのちょいだから、知ってさえいればいいんだ。服だって、魔力があれば布買ってそれっぽいものができる。
でも、私はそれができない。それじゃあ”お腹がすく“からだ。【相手に喜んで欲しい】から頑張っても、周囲よりも早く食べ物が欲しくなる。食べたら、体から抜けていく魔力や気力が少しは持ち直す。
だから、私は食べることをやめられない。
どうしてこうなのかわからないけど、魔力が多くはないから、手伝ってもだいたい《もっとやれ》というようなことしか言われない。
別に、喜んでいるらしいところを見れればそれで満足できる。フリだけだろうと、それでいいと思えるんだ。
でも、最初こそ喜んだけれどあいつらは当然みたいな顔をしだした。そのために食べて、迷惑がられちゃやってられない。苦しくて仕方ない。
でも、そういう生き物に生まれてしまったから、自分ではどうにもできなかった。
「知ってたよ、どうしようもないのくらい」
寝床が痛い。綿をここに敷いたら少しはましかな。
楽園の妖精はまだ来ない。来たって、きっと変わらない。
いっそはやく死にたい。
でも、だからってあいつらより先に死ぬのは癪だ。それに、私はまだなにもしていないのだ。
きっと私たちは何一つ変わりやしない。いっそ今すぐ滅んでしまえばいいのだ、私ごと、もろともに。
『お馬鹿! アンタは考えすぎなのよ、考えずに前だけ向いてやってやんなさい』
ぼんやりと、遠くに声を思い出した気がした。
懐かしい声。誰の声だったろう。親だろうか。きょうだいか、友人だったのだろうか。
……終わらせたい? 本当に、今すぐに?
「……いや」
まだだ。たぶん、終わらせるとしても今ではない。
どうせ終わりが来るのに、今終わらせる必要はないし、終わらせて狂わせてもいけない。たとえ予定調和への道がが磐石でも、だ。周りの誰も知らなくても、私だけ物語の終わりは知っているのだから。
体を起こす。指の傷がさらに深く割れて、血が溢れる。
綿をかき集める。白い残骸が仄かに赤くなっていく。
残骸を布に放り込む。布団よりは小さいけど、クッションの中材として詰めてしまえば多少は寝心地も変わるだろう。
クッションをひとつ作って糸の始末をつけたら、すこしだけ気持ちが切り替わった。
──だいたい、死にたいと思ってもまだ生きている。後先考えず動かないよう、理性が効く程度には思考が生きている。
あの連中と上手くやっていけなくても、すり減ってはいても、これから口減らしでこの布団みたいにズタズタにして殺されるかも知れなくても、今この時点で終わったわけじゃない。
なら、私は生きるしかない。まだ、私には
私は、どんな目に遭おうが目的を持っている。まだ捨ててない。
自分が何者かも知ってる。それ以上の筋書きだって、その通りになるかは別としてわかっているのだ。最後には何もできないとも理解している。
それから、ここに暮らしているうちに村の連中と迎合したら、きっと「彼女」を虐げてしまうことも。私たちが生きることがまるっきり無駄だってことも、わかる。
それでも、だからこそできることはある。
これからのことを忘れようが、なんだろうが、私はきっと歩いていくしかない。
私は、まだ死なない。
だから、あと四半世紀少々。それだけの時間は、絶対に生きてやる。その後なんか、知るものか。
──じわりと、滲む眠気の奥で何かが染みるように変わったような気がした。
◇◆◇
目が、覚める。
まだ夜中だ。今日も星の並びは相変わらずで、寝床にはぐっすり眠るアルトリアがいる。
今日は色々なことがあったから、いつもよりも寝相が激しい。とはいえ、器用に布団だけ蹴ってるんだから大したものだわ。
寝息を立てるアルトリアの額に、あまり強く触れないように手を添える。生え際や頭の天辺にたんこぶは出来てないみたいで、ちょっとだけ安心した。
昼間に魔術を使われてから思い切りげんこつを落としてしまったけど、やっぱり痛かったろう。
『お母さんが一番大事にしてる記憶って、なぁに?』
夢に引きずり出してまでも思い出したのは、アルトリアの魔術のせいだろうか。──あのとき、私は、大事にしていたものを思い出せなかった。
なんでそんなことを訊かれたかもわからなかったし、質問を認識した途端、思考がぼやけた。たぶんさっきの夢も、肝心なところは思い出せていないんだろう。
たぶん、私が半端だからだろう。
とはいえ、普通に答えても伝わるわけじゃないし、タイミングは完全に見失った。
第一、10年前のおぼろげな記憶も夢であれこれ思い出したけど、アルトリアは妖精の眼を持ってるわけで……。
「……あ、あああああ?!」
もしかしなくても:内心全部バレてる?!
頭を抱える。
かろうじて叫ぶのは途中でやめて、アルトリアを見た。
よだれ垂らしてる。珍しいこともあるなと思ったし、枕元においておいた布で拭ってやった。なにか美味しいものを食べてる夢でも見ているんだろうか。
それなら、起きてからもなにか美味しいものを食べさせたいな。げんこつとか、やめた方がいいのはわかるんだけど、どうにも先に手が出るようになってしまったのを直せずにいる。
どこまでバレてるのかとかそこまではよく思い出せない。どうしてそれも忘れてたのか、夢で今さら思い出すのと同じくらいわけがわからない。タイミングが悪い。
考えても仕方ないか。……もう、寝よう。
更新ペースについて、最近転職したので二週間に一回ペースで投稿になるか、もっと更新遅いかのどちらかになるかと思われます。
次回はもっと明るい話の予定。