東方異界門   作:葛城

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何百煎じな使い古されたネタなアレ

プロローグは書いたから、誰か続き書け



書いてください


プロローグ

 

 

 

 ──幻想郷(げんそうきょう)

 

 

 それは、人々が抱いていた様々な夢、居るかもしれないと信じられていた幻想たちが集う楽園、秘匿された世界である。

 

 科学技術が進み、夜の闇を照らすようになった外の世界と、ありったけの幻想を掻き集めて閉じ込めた、中の世界。

 

 

 それが──幻想郷。

 

 

 ここでは、外の世界では徐々に失われつつある『かつての光景』(といっても、限度はあるが)がそこかしこに広がっている。

 

 見る人が見れば、まるで100年、いや、150年前にタイムスリップしたのかと勘違いしてしまうような、和と洋が入り混じる、ある種の大正モダンな光景……というやつだろうか。

 

 また、科学技術が世界を覆い尽くしている外とは異なる時間、歴史、法則によって成り立ち、人ならざる者たちが身を寄せ合って暮らしている。

 

 

 ──例えば、魔法使い。

 

 

 かつては存在を信じられ、『魔女狩り』という歴史に名を残す程の蛮行が繰り広げられていたのは、昔のこと。

 

 科学が発展してゆくに連れて否定された彼女たちは、結局、その存在が本当の意味で確認される事もなく、『ファンタジーの一つ』として処理され、歴史の中へと消えた。

 

 だが、しかし、此処には居るのだ。

 

 神秘と幻想を混ぜっ返して更に押し込んだ、残酷なまでに全てを受け入れる。この地には、現実世界にて否定された魔女たちが、その知識も含めて、今もひっそりと生き長らえている。

 

 

 ──例えば、妖怪。

 

 

 かつては暗闇の向こうから闊歩し、時には人々と寄り添う事もあった妖怪たちもまた、今は幻想郷の住民だ。

 

 様々な異能を用いて溶け込む者もいれば、様々な異形のままに人々を脅かし、食らう者もいた。けれども、何時しかそんな彼ら彼女らも、歴史の中へと姿を消したのだ。

 

 そう、妖怪たちもまた、幻想の存在なのだ。

 

 遠い昔には百鬼夜行と呼ばれ、人々の心身を心底震え上がらせた大行進も、過去の事。『お化けなんて嘘さ』、この常識が浸透するだけで、妖怪たちは無力な存在になった。

 

 

 

 ──神々もまた、同じ道を辿った。

 

 

 

 いや、というよりも、幻想の頂点とも言うべき存在は、『神』である。その力こそ絶大ではあるが、その引き換えに、もっとも影響を受けるのが神々なのだ。

 

 魔女や妖怪のように消えるわけではない。しかし、この二つもまた幻想の中でしか存在出来ない存在だとしても、神々に比べたら、その存在の不確かさは比べ物にならないのだろう。

 

 

 

 

 

 ……そんな者たちが、幻想郷では普通に暮らしている。

 

 

 

 

 

 さすがに、安全を考えれば隣に妖怪(中には、人食いも居るため)や神様(中には、悪戯半分で害をもたらす事もある)が住んでいるというのは無いが、それでも普通に居る。

 

 それこそ、幻想郷唯一の町である『人里』の中を出歩けば、どんなに間が悪くても7日に一度は神様に遭遇出来るぐらいには、当たり前のように居る。

 

 

 これが多いか少ないかは判断に迷う所だろう。

 

 

 まあ、妖怪なら3日に一回、魔女に至っては空を見上げればけっこう見掛ける程度と考えれば……で、だ。

 

 人種どころか根本的に系統の異なる種が住まう幻想郷において、その常識や性質はそれこそ多種多様、どう大雑把に考えてもひとまとめに出来ない部分が出てくる。

 

 故に、幻想郷においてしょっちゅう起こるのが……喧嘩(騒動あるいは事件とも言う)である。

 

 

 とはいえ、只の喧嘩ではそこまで大事にはならない。

 

 

 問題となるのは、人知を超えた力を持つごく一部の妖怪や神々が起こす……通称、『異変』と呼ばれている、ソレだ。

 

 何と言っても、そういった者たちは地力が違うのだ。

 

 

 昼間でも出歩きたいという理由だけで幻想郷の空を赤い霧で覆い隠し、体調不良となった者を大勢出した『紅霧異変』。

 

 咲かない桜を花開かせる為に、幻想郷から『春』を奪い、長く冬を続けて大勢の者たちを困らせた『春雪異変』

 

 ただみんなで宴会を開き、そのどんちゃん騒ぎを何度も楽しみたい為だけに人々を集め、大勢を二日酔いにさせた『三日置きの百鬼夜行』

 

 

 言葉だけを見ればそんな馬鹿なと思うところだが、実際にそんなしょうもない理由(ただ、実際は相当に危険な状況だったらしいのだが……)で騒動が起こされるのだ。

 

 なので、『異変』が起きる度に、様々な者たちが解決に乗り出すわけだが……当然、そんな簡単に解決するのであれば、誰も『異変』とは呼ばない。

 

 一般人からすれば信じ難い話でも、当人たちからすれば、『ちょっと派手にやった程度』でしかないのだ。

 

 おかげで、頻繁……というわけではないが、本当にしょうもない理由で『異変』が引き起こされ、解決に動く者たちが……と、成るわけ……なのだが。

 

 

 当然……そう、幻想郷には、そういった揉め事を解決する存在が居る。

 

 

 それは、幻想郷における最大戦力。あるいは、幻想郷の調停者。中には、人の皮を被ったよく分からないナニカとも称されることもある、絶対的な存在。

 

 

 

 ──名を、博麗霊夢(はくれい・れいむ)。未だ、成人を迎えていない少女であるが、誰もが一目置いている少女である。

 

 

 通称、楽園の素敵な巫女。

 

 

 あるいは、呑気(のんき)なぐうたら巫女。

 

 またの名を、紅白に統一された特徴的な巫女服を身に纏っている事が多いからか、紅白巫女。

 

 極々一部からではあるが、的中率100%とも揶揄されるほどの人知を超えた『勘』を頼りに、異変を絶対に解決する、鬼巫女。

 

 

 幻想に満たされた『内』と、幻想が廃れた『外』とを隔てる『博麗大結界』を管理し、『異変』が起これば鬼神よりも怖いと怖れられている、有名人であった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………で、だ。

 

 

 そんな有名人の少女が住まうのは、博麗神社。人里より離れ、位置的には幻想郷の端っこに、ひっそりと建っている。

 

 巷では人の気配の少なさと、出入りするのが妖怪ばかりという事もあって、妖怪神社だとか何だとか言われている。ちなみに、不本意らしく当人は認めていない。

 

 まあ、幻想郷においては二つとない重要な役割が有るし、神社創設には妖怪たちも関わっているとか居ないとか、そんな話がちらほらとある。

 

 なので、一概に間違いとは言えないが……今は重要ではないので割愛。

 

 

 始まりはそう、それは、とある夏の日。

 

 

 博麗神社にて、ある種の風物詩でもある、ささやかな宴会が開かれていた時であった。

 

 蝉の喧しさもとりあえずは落ち着き、日も暮れた頃。代わりに大合唱を始めた虫たちや蛙たちのざわめきが、もはや風流を通り越して音の暴力にしか聞こえない、そんな日の夜。

 

 賑やかを通り越して騒がしかった宴会も終わりに近づき、1人、また一人と帰路に着き、あるいは酔いに任せて寝息を立て始めた……そんな頃。

 

 

 

 ──なんか、腰の落ち着き具合が前と違うわね。

 

 

 

 日も暮れたとはいえ、相も変わらず続いている、茹だる様な熱気の中。ポツリとそんな言葉を零したのは、宴会に参加していた魔女、アリス・マーガトロイドであった。

 

 この、アリスと自他共に認識し、されている女(自称・都会派魔女)の見た目は、金髪碧眼の美少女である。

 

 性格は冷静で(怒れば過激らしい)、ぶっきらぼうな態度を取るが冷たいわけではない。内向的というわけではないが、穏やかな性分なのである。

 

 

 ……さて、話を戻そう。今しがたのアリスの発言だが、問題となる点が三つかある。

 

 

 まず一つは、妙齢の、子供と大人の中間に位置する少女に……それも、浮いた話一つない美少女に対して行った事。

 

 二つ目は、それを行ったのが宴会の最中だという事。つまり、良い感じに酒が入っている場で行われたという事。

 

 そして、三つ目は……言われた当人が。

 

 

「あ、そう? そう見えるんなら、そろそろ婿を取らないといけない年頃かしらね、私もさ」

 

 

 ほんのりと赤らんだ顔のまま、そんな戯言を返した事であった。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………さて、だ。

 

 

 既に気付いている者が居るとは思うが、幻想郷には飲酒に関する明確な法は存在していない。

 

 

 いちおう、男子は成人を迎えるまで駄目。女子は月経(生理の事)が始まるまで駄目という、暗黙のルールこそ有るには有るが、それも大して厳密に守られているわけではない。

 

 なので、齢14歳前後と見られる霊夢が飲酒をしたところで、それが咎められる事はない。(さすがに、暴飲暴食なら別だが)

 

 そして、この場は宴会。つまり、飲む理由はバッチリで、霊夢もまた大の酒飲みである。

 

 なので……酒を飲みこそ喜ばれ、飲まない者には駆け付け3杯を強制する輩ばかりが集まっている、濃い酒精漂うこの場所に……冷静な者など、1人もいないわけであった。

 

 

「──霊夢はまだお嫁に行きません!」

 

 

 案の定、アリスの発言を耳にして真っ先に反応したのは、だ。

 

 陰の黒幕だとか、胡散臭さの殿堂入りだとか、簡単な話を実に回りくどく話すやつだとか色々言われている、金髪の妙齢美女(妖怪)……八雲紫(やくも・ゆかり)であった。

 

 

 八雲紫……彼女は、幻想郷においてその名が広く知れ渡っている、『妖怪の賢者』とも呼ばれている、幻想郷の重鎮の一人である。

 

 その傍には、紫の従者であり式神(しきがみ:契約を交わした部下みたいなもの)である、八雲藍(やくも・らん)が、どうどうと主を落ち着かせようと頑張っている。

 

 

 まあ、その努力が実を結ぶ気配は、欠片も感じ取れないのだけれども。

 

 何せ、紫は傍目にも分かるぐらいに、べろんべろんに酔っ払っている。宥めようとしている藍も少なからず飲んだ後なのか、明らかに呂律(ろれつ))が怪しい。

 

 

 というか、藍が宥めに掛かっている相手は主の紫ではない。紫の友人である、西行寺幽々子(さいぎょうじ・ゆゆこ)という名の女性である。

 

 

 つまり、酩酊(めいてい)している酔っ払いを、泥酔している酔っ払いが宥めようとしているのだ。おまけに、面白がった幽々子が、ぽつりぽつりと煽る始末。

 

 もう、それだけで色々と駄目なのが目に見えていた。

 

 加えて幽々子も、様子を見ている他の者たちも、始まろうとしている珍事を酒のつまみにしようとしているのが、丸わかりな態度で……起きようとしている混沌を止めようとはしなかった。

 

 

 ……ちなみに、こういった場合では何だかんだと場を落ち着かせようとする者たちは、例外なく撃沈していた。

 

 

 実の所、その内の一人であるアリスも、分かり難いが酒が回りまくっているので頭ふわふわである。

 

 他には、本当に霊夢が嫌がっていた場合は手を貸してくれる親友の霧雨魔理沙(きりさめ・まりさ)(通称・普通の魔法使い)は既に寝息を立てているので、無理。

 

 なので、始まるというか現在進行形のカオスを止めようとする者は、誰もいなかった。

 

 

「──許しません! 誰だ、私の可愛い可愛い霊夢の純潔を穢した輩は!」

 

「そこの酔っ払い、まだ誰にも汚されてないんだけど?」

 

「只でさえ……只でさえ、そろそろお婿さんを……毎日毎日憂鬱になっているのに……それなのに、どこのどいつだ、名を名乗れ、不届きモノ!」

 

「人の話を聞きなさいよ」

 

 

 そんなわけで、無事(?)に激情を爆発させた紫は、のたのたとおぼつかない足取りで霊夢へと駆け寄り、抱き着いたわけであった。

 

 

「可哀想に! 大丈夫、私が付いているから、お母さんが付いているから、もう大丈夫よ!」

 

「おいこら酔っ払い、酒臭いから離れなさいよ。ていうか、あんた何で今日そんなに飲んでんのよ……」

 

「可愛い可愛い霊夢ちゃ~ん、もう大丈夫よ~、元気が出るおまじないしてあ~げ~る~」

 

「はいはい、分かった分かっ──ちょ、それは止めろ、私にそんな趣味ないわよ! は、離れろこの馬鹿!」

 

 

 最初は鬱陶しそうにするだけでされるがままであった霊夢だが、さすがに『おまじない』と称してむちゅむちゅとキスされるのは嫌だったようだ。

 

 というか、同性愛者のケが無いのならば、だいたい嫌がるだろう。

 

 霊夢も同じく嫌がるが、相手は妖怪、それも大妖怪と呼ばれる存在だ。純粋な腕力では歯が立たず、「ぐわあああ!!!」悲鳴を上げる霊夢の顔中に唇が下ろされる。

 

 悲惨、その一言である。

 

 更に、便乗した酔っ払いより投げ込まれる口紅によって、悲惨さは倍増し。何を血迷ったのか、あっという間に霊夢の顔は歪なキスマークだらけになった。

 

 

 

 ──こ、こいつら……!!! 

 

 

 

 大爆笑している他の酔っ払いたちを殺意マシマシな視線で睨みつける。しかし、助けになりそうなやつは例外なく撃沈しているのを見て……諦めて、されるがままを選ぶしかなかった。

 

 

 ……普段の霊夢であれば、さっさと殴って黙らせるところだ。

 

 

 しかし、今回はそれが出来なかった。何故なら、狼藉を働く相手が、紫であったからだ。

 

 

 というのも、八雲紫は、霊夢の育ての親である。

 

 

 血の繋がりこそ無いものの、その愛情の深さは相当であり、今でも目に入れても痛くないぐらいに可愛がっているのではと揶揄されている、幻想郷の重鎮の一人である。

 

 要は、身内的な意味でも、余所的な意味でも、霊夢にとって、本当の意味では中々に強く出られない相手なのだ。

 

 ──加えて、もう一つ。これは、この場において霊夢しか気付いていなかった事なのだが。

 

 

(……? 結界に、何かが接触した?)

 

 

 意識の端より伝わる、微かな違和感。それは、内と外とを隔てる『博麗大結界』より伝わって来た、ある種の信号であった。

 

 

 ……代々、大結界の管理を担っていた博麗の名を継ぐ者たちの中でも、歴代最強と誰しもが太鼓判を押す、稀代の才覚を秘めた巫女……博麗霊夢。

 

 

 その霊夢だからこそ気付けた僅かな感覚……だからこそ、霊夢はソレが気になって、どうにも気が逸れて仕方が無かった。

 

 例えるなら、一瞬……僅かばかり、耳元で蚊がぷ~んと通り過ぎたのに気づいた、その程度の感覚である。

 

 故に、注意が引かれはするものの、どうにも中途半端。

 

 違和感に意識を向ければ、纏わりつく紫が鬱陶しい。紫を振り払おうとすれば、ぷ~んと感じ取れる一瞬ばかりの感覚に気が取られてしまう。

 

 普段なら従者の藍が騒動を仲裁するなり紫を介抱するなりした後、霊夢の話を聞いて、結界に接触するソレの調査に動くところだが……今は、無理だ。

 

 

 ──い~でしゅか~ゆかりしゃま~まえから~ゆかりしゃまには~いろいろろいるりあいないばももも……。

 

(駄目だこりゃ……呂律どころか何言っているのかすらさっぱり分からん)

 

 

 こういう時には素面で居る事が多い藍が、主である紫以上に酔いが回ってしまっている。よほど、ストレスが溜まっていたのか。

 

 その気になれば高性能大型コンピュータ並みに頭が働くらしいが、これでは形無し……やれやれ、仕方が……ん? 

 

 

(……気配が変わった? いや、これは……何かしら?)

 

 

 ──何かが結界に接触した。

 

 

 

 先ほどまで感じていたソレが、変化した。上手い言葉が思いつかないが、強いて言い表すのであれば……引っ付いた、感じだろうか? 

 

 とりあえず、結界そのものに害をもたらす類のソレではない。敵意も感じない。本当に、ぺたりと、飛んできた葉っぱが張り付いたかのような、そんな感じだ。

 

 

 放置して……いいのだろうか? 

 

 

 正直、気持ちとしては面倒臭い、その一言。只でさえ普段からやる気皆無だというのに、それ以下となれば……もはや、やる気メーターには一滴とも残っていない。

 

 いちおう、『勘』を頼りに出した予感は、『確認しておいた方が後々楽かも』というものであったという理由も有るには有るが……まあ、それはそれとして、だ。

 

 

 ……様子ぐらい見ておくべきかしら? 

 

 

 そんな事を思った霊夢は、いつの間にか寝落ちしかけている紫を引き剥がし、するりと立ち上がる。室内を見回せば、大半の酔っ払いは寝息を立てていた。

 

 

「──優曇華(うどんげ)、酔い覚ましを一つちょうだいな」

 

 

 その中で、1人。霊夢の視線が、留まる。

 

 兎耳をぴょんと頭に生やした女性を見つけたので声を掛ければ、その……優曇華と呼ばれた赤目兎耳の女性は、不思議そうに小首を傾げた。

 

 

「紫に飲ませても大して効果ないわよ。飲ませるなら、薬よりも水の方が効果有ると思うけど……」

 

「飲むのは私。ちょっと、結界に何か起こったみたいだから、様子を見に行くのよ」

 

「へ、結界? それならそこの……」

 

 

 そこまで口走った時点で、優曇華の言葉は終わってしまった。言うまでもなく、優曇華の視線は紫にて止まっていた。

 

 

 優曇華の目線の先には、畳の上にて大の字で寝息を立てている八雲紫の姿が有った。

 

 

 非常に……こう、見苦しい光景だ。見た目だけは相当な美人であるからなのか、露わになった太ももが……こう、もの悲しいというか、その……アレだ。

 

 実力は幻想郷でもトップクラスだとしても、こうまでべろんべろんに酔っていては使い物にならないのは、誰の目から見ても明白であった。

 

 ついでに言えば、万が一の荒事の際には非常に役立つ者たち全員が、それはもう酷い有様であったが……まあ、話を戻そう。

 

 

「……アルコールの分解が終わるのに10分は掛かるから、飲んでから10分休憩してから行った方がいいわよ」

 

「10分ぐらいなら、到着する頃にはピッタリ──うわ、これにっがいわね」

 

「即効性と引き換えなんだから、我慢なさい」

 

 

 差し出された湯呑にて、渡された粉薬を一気に胃袋へ流し込んだが、それでも相当に酷い味だったのだろう。

 

 10人中10人が美少女だと断言する美貌を露骨にしかめた霊夢は、そうして、パンと己の頬を叩いて気合を入れると……さて、と顔を上げる。

 

 

 ……危険性はなさそうだが、面倒臭がりな霊夢とて何の準備もせずに向かうような馬鹿ではない。

 

 

 さすがに完全武装まですると、『異変』だと勘違いした、道中の妖怪やら何やらが驚いてしまうので、そこまではしないが……最低限の道具は持っていくべきだろう。

 

 そうして、しばしの間、ごそごそと箪笥を開けたり戸棚を開けたりしながら準備を終えた……後。

 

 

 ──少しばかりの間を置いて、ふわり、と。霊夢の身体が、その場より浮き上がる。

 

 

 その姿は、重力から解き放たれたかのように滑らかで、美しく、一切の無駄が見られなかった。この場で数少ない素面に近しい優曇華が、感心のため息を零した。

 

 

 ……相変わらず、この世のモノとは思えない程に穏やかで、滑らかな霊力の操作だ。

 

 

 そう、優曇華は内心にて称賛する。

 

 クイッと指を曲げ、術を使って横着して靴を履く様は御世辞にも褒められないが……自身の能力所以に分かる、霊夢の凄まじい才覚……と、そうだった。

 

 

「いちおう聞くだけ聞いておくけど、私は居る?」

 

「様子を見に行くだけだから、いいわよ。それよりも、そこらの酔っ払いがゲロを吐かないように介抱しといて」

 

「あ~……うん、分かった。その代わり、何か面白い事でもあったら教えてね」

 

「有ったら、ね」

 

 

 端から行く気が無い……そんな声色。本当に、聞くだけ聞いた、という感じであった。

 

 ひらひらと、手を振る優曇華に手を振り返し……すやすやと寝息を立てている酔っ払いどもに、ため息交じりに一べつした後……ふわっ、と。

 

 霊夢の身体は、音も無く神社を離れ夜の闇へと溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………で、だ。

 

 

 

 幻想郷と外の世界を隔てる『博麗大結界』だが、それそのものには実体は無い。魔法や霊力を用いて確認する事は出来るが、通常は触れる事すら不可能な不可視の結界である。

 

 

 近づけば無意識の内に反対方向へ進んでいたり、まっすぐ進んでいるはずなのに一向にその場から進んでいないといった、様々な対策が施されている。

 

 その範囲は、文字通り幻想郷全体であり、すっぽりそのものを包み込んでいる。見方を変えれば、幻想郷という世界の果てに有るのが『博麗大結界』である。

 

 

 そして、運の悪い話だが……霊夢が感じ取った違和感の地点は……霊夢が住まう神社とは、かなり離れた位置に有った。

 

 

 外の世界に比べれば、箱庭と称しても間違いではない広さしかない幻想郷……しかし、そこには大勢の人間と多種多様な妖怪やら何やらが暮らしていけるだけの自然がある。

 

 故に、上から数える方が早い速度で飛べる霊夢のそれなりな全力であっても、到着には10分少々の時間を有したのであった。

 

 

(……結界そのものには異常は見られないわね)

 

 

 現地に到着した霊夢は、乱れた髪を手櫛で直しながら、さて、と気を取り直して辺りを見回す。

 

 時刻が時刻なだけあって、眼下の森に人気は皆無。月明かりが有るとはいえ、まるで黒い絨毯が敷き詰められているかのようで……夜風に揺れる枝葉だけが、その存在を教えてくれる。

 

 他に分かるのは、蛙の合唱や虫等のざわめきぐらいで……降りるのは御免な喧しさだ。

 

 

 ……妖怪の気配は感じられない。とりあえず、妖怪が結界に悪さをしたというわけではない。

 

 

 まあ、人里以外は妖怪が住まうテリトリーとはいえ、結界に近しい場所には妖怪たちは寄りつかない。本能的に、幻想を否定した外の空気(あるいは、気配)を嫌うからだ。

 

 なので、その線を早々に捨てた霊夢は、改めて視線を上げて……手を伸ばし、結界を触診する。

 

 

(……やはり、異常は無い。でも、何かしら……結界そのものに変化はないけど……どうにも、引っ掛かるわね)

 

 

 それは、霊夢の専売特許とも揶揄される『勘』であった。

 

 異常は無いが、何かが起こった……いや、起こっているのは確実。しかし、それを確認出来ず、強いて分かるとすれば、何かが起こっているという勘の訴え、ただそれだけ。

 

 

 ……この時点で面倒臭いと思った霊夢だが、腐らず確認を続ける。

 

 

 大惨事にはならないが、放置すると己に降りかかる面倒臭さが跳ね上がるかもという予感を覚えている以上は、無視する事も出来ず、霊夢は黙々と作業をこなして……ん? 

 

 

 ……それは、指先が僅かにナニカを掠めた程度の、淡い感覚であった。

 

 

 だが、確かに違う。これまでとは異なる、明らかな異物。違和感の正体はコレかと判断した霊夢は、早速ソレに感覚を伸ばし、状態を確認する。

 

 

「……は? 何これ?」

 

 

 けれども、直後に……霊夢は困惑に目を瞬かせるしかなかった。

 

 確認出来た事実を簡潔に述べるのであれば、そこには……『穴』が開いていた。そう、穴だ。『博麗大結界』に、穴が開いている。

 

 

 しかし、普通の穴ではない。

 

 

 何らかの接触によって強引に開かれた類の穴ではなく……まるで、始めから設計されていたかのように、穴は結界に悪影響を与えることなく馴染んでいた。

 

 おかげで、『穴』を軽く覗き込んでみるも、向こうは確認出来ない。運悪く接触しない限り、ほぼ無害であるのは、軽く調べただけで分かった。

 

 

 ……当たり前だが、霊夢が記憶している限りでは、こんな場所に外界と通じる穴など設けられてはいない。

 

 

 幻想郷と外を繋ぐ唯一の道は、霊夢が暮らしている博麗神社から続く道だけだ。それ以外は存在せず、それ以外の道を作る事は固く禁じられている。

 

 偶発的な要因が重なって穴が生じる時はあるが、それは事故のようなもの。小さいモノだと自然に修復して閉じる場合が多く、見つけた場合は直ちに修復して閉じるのが原則となっている。

 

 だからこそ……こんな場所に穴が作られている事に、霊夢は困惑するしかなかった。

 

 

(誰かが意図的に……だとしても、ここまで見事な穴を作る辺り、相当な実力者であるのは間違いないけど……でも、それならこの穴が将来的にもたらす危険性も分かっているはず……)

 

 

 稀代の天才と言われている霊夢ですら、思わず見事だと唸るぐらい。それ故に霊夢は、紫たちにも判断を仰いだ方が良いと……あっ。

 

 

 ──しまった。

 

 

 そう思った時にはもう、霊夢の腕はその穴へと吸い込まれていた。あまりに鮮やかな腕前に関心して油断していたから、逃げるのが遅れてしまった。

 

 なので、不用意に接触し過ぎたせいだと理解した時にはもう、霊夢の下半身は飲み込まれ、残された片手で結界の端を掴んでいる状態であった。

 

 傍からは、霊夢の腕がいきなり消えたかと思ったら、次の瞬間には下半身も消えたようにしか見えなかっただろう。

 

 血飛沫が舞っていたらスプラッタ顔負けのグロいアレだが、不幸中の幸いというべきか、吸いこんだモノを傷付けるような類のアレではなかった。

 

 まあ、だからといって、現状は欠片も改善しないのだけれども。

 

 

「──このっ!」

 

 

 もはや、穴の外……幻想郷の外へと飛ばされるのは防げない。

 

 瞬時にそれを悟った霊夢は、懐に入れた『博麗アミュレット(要は、護符の事)』に素早く術を施し、渾身の霊力を込めて、ソレを……神社の方へと放った。

 

 ……酔い潰れているので気付くのに遅れる(優曇華は、そういった方面には弱い)だろうが、とりあえず、これで紫たちが向こうで己を捕捉しやすくなった。

 

 

(……ある意味、私で良かったわね、これ)

 

 

 最悪、全ての事象から浮くことの出来る己ならば、外の影響も最小限に抑えられ……あ、もう無理。

 

 

 するり──と。

 

 

 気が抜けた瞬間、霊夢の身体は穴の中へと吸い込まれた。

 

 途端、霊夢の視界が幻想郷の景色から、『靄の掛かったよく分からない景色』に変わる。

 

 それは、内と外とを隔てる境目にのみ存在する光景。外の光景と内の光景が混ざり合い、反発し、何とか形を成そうとしながらも、結局は霧散している、摩訶不思議な光景。

 

 例えるなら、揺れ捲り波紋立ちまくりの水面から水中を覗こうとした……そんな光景だろうか。

 

 四方八方に視界がぐるぐる回ろうが欠片も酔わないので平気だが、いったい何処へ飛ばされるのだろうか……そう、思っていると。

 

 

 

「──おっ」

 

 

 

 ふわっ、と。

 

 

 前触れもなく、いきなり視界が晴れた。

 

 考えるまでもなく、幻想郷の外に出たのだということ瞬時に察した霊夢は、乱回転する視界の中で素早く天と地を判別し、くるりと総身を回転させて──着地した。

 

 

「とりあえず、怪我なく外に出ただけでも…………」

 

 

 そうして、軽く全身の状態を確認してから、ようやく顔を上げた霊夢は……自然と、そこから先の言葉が言えなくなった。

 

 

 何故なら……霊夢の視界に映るそれは、霊夢が知る『外の世界』とは根本から異なる光景であったからだ。

 

 

 まず、外の世界では有り触れたモノ……電柱やアスファルトを始めとして、おおよそ文明と呼ばれるモノが見当たらない、荒野が広がっている。

 

 そう、本当に、何処までも荒野ばかりが広がっている。点々と生えている木々も見受けられるが、森というにはあまりに頼りなく……神秘を否定した科学の気配は全く無かった。

 

 

 ──何処だ、ここ? 

 

 

 しばし思考を停止していた霊夢だが、復帰は早い。

 

 そういった立て直しの速さにも定評のある霊夢は、さんさんと降り注ぐ日差しの眩しさに目を細めながらも、状況を理解する為に……いや、待て。

 

 

 ──太陽、だと? 

 

 

 そこに思い至った途端、霊夢は反射的に空を見上げた──間違いない。点在する白い雲、何処までも広がっている青空……今は、昼間だ。

 

 

 ……有り得ない。そう、霊夢は呟いていた。

 

 

 いくら『博麗大結界』による隔絶が成されているとはいえ、太陽と月の影響からは逃れられない。

 

 すなわち、外の世界が昼間なら幻想郷も昼間、外の世界が夜ならば、幻想郷も夜に覆われる。

 

 その逆もしかりであり、多少なり天気の違いはあるが、昼夜が逆転することは絶対にあり得ない。

 

 どれだけ秘匿された世界だとしても内と外は地続きであり、時の流れはほとんど変わらない。それが、幻想郷という世界なのだ。

 

 

(……まさか、単純に外の世界に出たわけじゃなくて、外とは違う……そう、違う世界に出てしまった?)

 

 

 なので、昼夜が逆転しているという時点で、だ。

 

 霊夢はすぐに、己が居るこの場所が、己の知る外界ではないと結論を出した。というか、それ以外の結論を霊夢は出せなかった。

 

 

 もちろん、根拠は幾つかある。その中でも、最も有力なのが……この場所に来てから感じ取れる、『神秘の力』だ。

 

 

 霊夢が知る限り……というか、幻想郷が作られる経緯は複雑だが、とりあえず、科学が発展した外の世界では『神秘』が否定され、枯渇した結果、幻想郷が必要となったわけだ。

 

 加えて、幻想郷が有る場所はそこまで明確に定まっているわけではないが、日本の何処か……少なくとも、こんな砂と岩だらけの荒野のような場所に出る事はまずない。

 

 だから、霊夢はここが、己が知る世界とは根本から異なる世界……まったく別の異世界であると結論を出したわけであった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………さて、だ。ひとまず霊夢は、己を落ち着かせる為に深呼吸を4回、5回。

 

 

(……良かった。世界一つ隔てているのに、護符から幻想郷を捉える事が出来る……これなら、私だけなら何処でも戻れそうだわ)

 

 

 幻想郷というのは、僅かに隔てた空間(見方を変えれば、次元)に作られた世界である。

 

 他の者たちなら定められた場所や条件が揃わないと無理だが、結界の管理者たる博麗の名を継ぐ霊夢ならば、目印さえあれば、何処からでも幻想郷へ入る事が出来る。

 

 少しばかり落ち着いた頭で、次いで、戻る手段が確立しているのを確認し終えた後は……改めて、辺りを見回した。

 

 

 とりあえず、己がまずやることは……情報収集だろう。

 

 

 原因は何であれ、この世界の者たちが意図的に幻想郷を引きずり込んだのか、それとも数多の偶発が重なった事で生み出された事故なのか……軽く調べておいても、損はないだろう。

 

 

 そう結論を出した霊夢は、ふわり──と。

 

 

 初めての風に少しばかり戸惑いながらも、何時ものようにひらりひらりと上空の彼方へと舞いあがった霊夢は──直後、風と共に彼方へと飛んだ。

 

 これまた何時ものように、己の『勘』に従って。

 

 

 

 

 ──まあ、それはそれとして、だ。

 

 

 

 

 いくら見知らぬ世界とはいえ、神経がワイヤーで出来ているのかと呆れさせたり、数百年を生きた妖怪からも『なんて図太さだ』と恐れられる事もある霊夢の胆力を舐めてはいけない。

 

 見慣れないを通り越して未知な景色ながらも、長閑(のどか)と言えば長閑な光景に、ものの5分も飛べば、すっかり霊夢はこの世界の空気に慣れてしまっていた。

 

 いちおう、万が一を考えて、かなり上空を飛んでいるおかげでもある。色々言われる事の多い霊夢も、そこまで無鉄砲というか、考えなしに動くわけではないのだ。

 

 ちなみに……それだけ上空を飛ぶ理由は、安全と考えたから。幻想郷に限らず、それだけ上空を飛ぶ生き物は限られるからだ。

 

 加えて、基本的に空を舞う生き物は軽いのが大前提。幻想郷にて種族的に空を得意とする鴉天狗という妖怪たちですら、見た目よりもかなり軽いと覚えがある。

 

 不意を突かれたとしても、いきなり致命傷を負うような事態にはならないだろうという理由で……鴉天狗のような例外を除けば、まず安全だろうと霊夢は考えたのであった。

 

 

 ……実際、霊夢の安全策は見事なぐらいにハマった。

 

 

 何せ、先ほどチラリと眼下を見下ろした時に、だ。

 

 霊夢の腰ぐらいまである野犬(?)の群れが、人型の……何だろうか、妖怪とは違うようだが、人外の何かに襲い掛かり、貪っているのが見えたのだ。

 

 他にも、何者かに殺されてそのまま捨ておかれた亡骸、明らかに暴行されたうえで辱められた亡骸……おそらくは商人一家のモノと思われる亡骸まであったぐらいだ。

 

 

(……これは、早急に『穴』を塞いだ方が良いわね)

 

 

 実際にどうなるかは不明だが、霊夢としてはそっちの方が後々安全だし色々と楽だ。

 

 只でさえ妖怪退治やら異変やらも面倒臭いというのに、これで新たな問題が追加されたら……よし、閉じよう! 

 

 

 そう結論を出した霊夢は、ぴたり、とその場に静止する。次いで、くるりと反転し……再び、元の場所へと発進する。

 

 

 何処からでも戻ろうと思えば戻れるのに、わざわざ『穴』へと向かおうと思った理由は……特に無い。

 

 強いて挙げるならば、そちらの方が良いだろうと『勘』が囁いたからで……結果的には、霊夢は来る時には無かった変化に気付けたわけであった。

 

 

「……何かしら、あれは?」

 

 

 その変化とは、地上にて何やら暴れている……巨大な赤色トカゲのようなナニカ。そして、そのトカゲから逃げ惑う人々と……何だろうか、緑色の服を着た人たちであった。

 

 

 その中でも、まず目に留まるのは、赤いトカゲだ。

 

 

 非常に大きく、霊夢の居る位置からでもその大きさが伺える。身体も頑丈そうで、鬼たちとの殴り合いでも良い勝負をしそうというのが、霊夢が抱いた感想であった。

 

 次に目に留まるのは、逃げ惑う人々。そして、そんな彼ら彼女らの進路の隙間を縫うようにして、赤トカゲに接近する緑の人達……というか、アレは……。

 

 

「車、よね?」

 

 

 緑色の服を着た人達が巧みに操っている『車』を見やった霊夢は、はて、と小首を傾げた。

 

 

 ──異なる世界だとばかり思っていたが、違うのだろうか? 

 

 

 そう思ったが、まあ、異世界だし、そういう事もあるのだろうと己を納得させた霊夢は、戦いを始めた緑色の者たちを見やる……しかし、効果は薄い。

 

 どうやら、単純な強さは赤トカゲの方がはるかに上のようだが……さて、どうしたものか。

 

 経緯も何もかもが不明なだけでなく、下手に介入しても碌な結果にはならない。幻想郷なら喧嘩両成敗だが、ここは幻想郷ではない。

 

 どちらが悪いのか、それともコレが此処では自然な光景なのか、霊夢が判断するには材料が足りなさ過ぎた。

 

 

「あっ」

 

 

 でも、それはそれとして。

 

 

「──もう、私の見てない所でやってよ」

 

 

 自分よりも小さい子が無残にも殺されているのを前にして、堪らず飛び出した霊夢を責めるのは……些か酷な話でもあった。

 

 くるりと身をひるがえして加速した霊夢の身体は、瞬く間に赤トカゲに接近する。能力を用いているので、霊夢自身を風に変えてしまうかの如くなので、音も無い。

 

 

 故に、誰も気付けない。というか、気付く方が無理だろう。

 

 

 偶然、接近する霊夢の方へ視線を向けていたならともかく、赤トカゲに気を取られている間は誰もが霊夢の接近に気付けず……それは、当の赤トカゲとて同様であった。

 

 

 ──妖器『無慈悲なお祓い棒』

 

 

 そう、霊夢が胸中にて念じた、その瞬間。ゆらりと空間から滲み出るように姿を見せた巨大なお祓い棒。

 

 くるくるくるるる、と。

 

 加速を利用して一気に自らを高速回転させながら、叩きつけてやる。

 

 まさに、無慈悲としか言い様がないそれは、がちん、と赤トカゲの顔面に直撃した。完全な不意打ち故に、赤トカゲは悲鳴すら上げられないまま、どてんと尻餅をついたのであった。

 

 

「えっ!?」

 

 

 当然、不意を突かれたのは赤トカゲだけではない。緑の人達もそうだが、逃げ惑っている者たちも同様であった。

 

 追撃を掛けることも、更に逃げる事も忘れ、ぽかんと大口を開けて固まる者たち。そんな彼ら彼女らを他所に、くるくると回転してその場に静止した霊夢は──更なる無慈悲を行う。

 

 幻想郷ではスペルカードと呼ばれる、これから行う術、放つ技が描かれたカードを掲げ、宣言を行ってから放つのがマナー。

 

 だが、此度は遊びではなく、明らかな殺し合い。こういう場合は無言のままに叩き込むのが博麗霊夢のやり方であった。

 

 

 ──針符『月卿(げっけい)を封じる針』

 

 霊夢の総身より放たれる、幾つもの赤褐色の巨大針。針と呼ぶには太く、威圧感が滲み出るそれらは、狂いなく赤トカゲへと突き刺さり──ぐぎゃあ、と雄叫びが当たる。

 

 

 ──夢境(むきょう)『二重大結界』

 

 不意打ちを受けた事で血が上った赤トカゲの突進が、直後に霊夢が張った二重の結界によって止められた。がつん、と鈍い音と共に、くらりと赤トカゲの頭が揺れる。

 

 

 ──霊符『夢想封印』

 

 好機を逃がすようなヘマはしない霊夢の、十八番とも呼ばれている術の一つ。強大な霊力を凝縮して放つ幾つもの光弾が、赤トカゲの顔面に直撃し、腹の奥底まで響く爆音が──あっ。

 

 

 

「──ん?」

 

 

 

 っと、思った時にはもう、しゅるると高速移動する物体が、空に浮かぶ霊夢の足元を通り過ぎ──赤トカゲの腕に直撃し、爆発した。

 

 

 途端──赤トカゲが上げた悲鳴は、これまでで一番大きかった。

 

 

 おそらくそれは、与えたダメージが大きかったからだろう。その証拠に、黒煙の中からぼとりと落ちたのは、赤トカゲの腕と……そこへ流れる、多大な出血であった。

 

 

(……わーお、凄いわね、アレ)

 

 

 あんなの幻想郷に向けられたらシャレにならん。

 

 

 そう、幻想郷の巫女として、『穴はさっさと閉じるべし』と改めて思う霊夢を他所に、赤トカゲは……それはもう、恨み満載の雄叫びを上げる。

 

 次いで、その巨体に見合う大きな翼を広げると、負傷など物ともせずに大きく飛び上がり……そのまま、地平線の向こうへと飛んで行ってしまった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………後に残されたのは、赤トカゲによってもたらされた負傷者と血の臭い、そして、焼け焦げた大地の凄まじい熱気であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………緑色の服で統一された人たちは、どうやら治療の知識もある程度有しているようだ。

 

 

 テキパキと応急処置を勧めて行く彼ら彼女らを、少しばかり離れた所から見ていた霊夢は、そう思った。

 

 

 

 ……見ているだけ、それにも理由はある。

 

 

 

 まず、手伝おうにも、緑色の服を着た者たち……彼ら彼女らに比べて明らかに己の知識や技術が劣っていると分かっている以上、下手に手を出して良いのか分からない。

 

 霊夢にも多少なりそういった方面の知識が有れば良かったのだが、生憎な事に、霊夢の知識はせいぜい包帯の巻き方(それも、自己流)ぐらいだ。

 

 

 いちおう……応急処置用というか、回復の術を習得してはいる。

 

 

 だが、アレは軽度の負傷を治療したり、痛みを軽減したりする程度の代物。霊的、あるいは呪術的な負傷には劇的な効果を期待出来るが、物理的な負傷は……効果が弱い。

 

 

 ……加えて、緑服の者たちは武装している。それも、霊夢が所持している『対妖怪用』ではない。

 

 

 『対人あるいは対猛獣』を想定した、霊的ではなく物理的な破壊に特化した銃器。霊夢としては、そんな武装を揃えた集団とは極力関わりたくないというのが本音であった。

 

 

(あれ……銃ってやつよね? 前に紫に見せてもらったやつとはかなり形が違うけど……アレよりも大きいし、威力もありそう……)

 

 

 辛うじて、彼ら彼女らが使っている言葉が日本語なので、緑服の者たちがどのような会話をしているのかは分かるが……正直、細かい部分もよく分からなかった。

 

 

(ジエイタイ……たぶん、自衛する部隊で、自衛隊ってところかしら。と、なれば、自警団みたいなモノなんでしょうけど……それなら、どうして逃げ惑っていた人たちの使っている言葉が違うのかしら?)

 

 

 それでもなお、こうして霊夢が残っているのは……単に、緑服の者たちから向けられる……視線であった。

 

 

(……初対面、よね?)

 

 

 何と言えば良いのか……全員がそうではないのだが、一部より向けられる視線が違う。見知らぬ者から向けられる、他人の視線ではない。

 

 明らかに、知っている者の目だ。

 

 霊夢がどういう人物なのかを分かっている者がする、特有の視線。幻想郷の、人里にて向けられる事の多い視線……だからこそ、霊夢はこの場に残っているのであった。

 

 

「……あの、ちょっといいですか?」

 

 

 そして、案の定……その中最もチラチラと視線を向けて来ていた……おそらくは30代と思われる男性が声を掛けて来た。

 

 

「何かしら?」

 

「その、先ほどの援護、ありがとうございます。君がアレの動きを止めてくれたおかげで、特大のヤツを命中させることが出来ました」

 

「別に、気にしなくていいわよ。私としても、勝手にやったことだから」

 

「そう言って貰えると、こちらも気が楽になります。それで、その……私は日本……陸上自衛隊の伊丹耀司(いたみ・ようじ)と言います。よろしければ、お名前を伺っても……?」

 

「博麗霊夢。名前の方で呼ばれ慣れているから、呼ぶなら名前にして」

 

 

 特に隠すことはないので、素直に本名を伝えた。呪術的な気配は欠片も感じ取れないのも、理由の一つである。

 

 

 

 

 

 ……マジかよ、やっぱり本物の博麗霊夢じゃねえか。

 

 

 

 

 

 それに、そんな事よりも……だ。

 

 百面相をし始めた彼の、ほんの僅かばかり零れたその言葉の方が……霊夢にとっては重要であった。

 

 

 ──やっぱりこいつら、私の事を知っているわね。

 

 

 とりあえず、何かされそうになったら即座に逃げ出せるように心構えをしつつ……霊夢は、しばしの間……黙って彼からの次の言葉を待った。

 

 

「その、突然こんな事言うのも変な話なんだけど……一つ、聞いていいかな?」

 

「なに?」

 

 

 そうして、間を置いてからようやく出てきたその言葉が。

 

 

「『東方Project』って言葉、知ってるかな?」

 

「……はあ? 何それ? 東方……なに?」

 

 

 欠片も理解出来なかった霊夢は……当然ながら、困惑に首を傾げるしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 




誰か続き書いてくれていいよ


いいんだよ

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