今年もそんな時期か、ぼんやりとそう思った。おおもり山山頂、西陽を背に受けながら下界を見下ろす。
毎年恒例の夏祭り。
所狭しと立ち並ぶ露店に飛び交う掛け声。子ども、大人、往来する人々は皆弾むような陽気な笑顔だ。普段は静寂なおおもり山もこの日ばかりは色鮮やかな提灯に彩られ、笛太鼓の音色に包まれる。
喧騒は苦手だが祭りは別だ。
ゆらゆら揺れる提灯を一つ二つ三つと数えるうちに自然と笑みが零れる。
「ぺろ~ん」
「おーいオロチ!」
うんがい鏡の声と共に飛び出したのは友人である猫妖怪のジバニャン。オロチの姿を確認するや否や、急かすようにぐいぐいと袴を引っ張った。
「久しぶりだな、どうした?」
「今日はお祭りニャン!オレっちとデートするニャン!その前にプレゼントがあるからケータの家に来るニャン!」
状況がよく飲み込めないまま、ジバニャンに背中を押され慌ただしくうんがい鏡の中に飛び込んだ。
天野景太宅。部屋の主でジバニャンとオロチの友人でもあるケータは既に級友たちと祭りに行き不在だった。
ジバニャンはクローゼットをノックし、顔を出したヒキコウモリから包装された小包みを受け取った。
「これをオロチに着て欲しいニャン!」
小包みの中から出てきたのはピンクのチェック柄に猫の肉球の刺繍が施された、恐らく女物の浴衣。
「ニャーKBとのコラボの浴衣ニャン」
「…ほぅ……」
浴衣を手にしたもののオロチは戸惑った。女物を着ろなど他の誰かの頼みであれば2秒で断るが、相手がジバニャンとなるとどうしても強く出ることが出来ない。不本意ながらもオロチが浴衣に袖を通そうとすると、待つニャン、とジバニャンが制止をかけ妖怪padを差し出した。
「このブログを見るニャン」
ジバニャンが見せたのはニャーKB公式のブログだった。ずらりと並ぶ写真にはメンバーの少女達が浴衣を纏い、それぞれが可愛らしい笑みを向けている。ジバニャンはメンバーの中でも特にお気に入りの『ふささ』と云う少女を指差した。
「この娘がどうした?」
「ふささたんは浴衣を着物風にして着てるニャン、だからオロチもそうして欲しいニャン」
着物風、言われてみれば彼女の着方は通常の浴衣のとは少し違う。衿があり、半幅帯を着物の帯と同じように締めていた。
「着て欲しいと言われても、女物は着方がよく分からんぞ」
「大丈夫ニャン、そのためにオレっち動画見て勉強したから着せてあげるニャン!」
意気揚々にジバニャンはオロチに長襦袢と浴衣を羽織らせると手際よく裾を上げて前後のおはしょりに下前と上前を整え、そして帯を締め丁寧に形を作り仕上げに皺を取る。素人とは思えない、熟練の職人のようなその手捌きに小さな手で器用なものだとオロチは半分呆れ、半分感心した。最後に髪を結い上げ、ニャーKBの特徴である黒の猫耳がついたカチューシャを頭に着ける。
「我ながら上出来ニャン!やっぱりオロチに似合うニャン、可愛いニャン、お姫様ニャン!」
自らの手で着飾ったオロチの姿を妖怪padに収め、うんうんと満足げに頷き
「さぁ、お祭りデートに行くニャン!」
オロチの手を引き、再びうんがい鏡をくぐった。
おおもり山は益々行き交う人々で賑わっていた。提灯の灯り、笛太鼓の音、取り巻く笑い声が特別な夜を彩る。
「金魚すくい、楽しそうニャンね」
「あんな小さな魚では腹の足しにはならんぞ」
「食べちゃ駄目ニャン!」
二人で取りとめのない話をしながら目に止まった屋台を片っ端から覗く。リードするように一歩先を歩くジバニャンを見つめながらオロチがぽつりと呟いた。
「しかし…どうにも違和感があるな…」
「ニャ?」
「今のお前の姿だ」
ジバニャンは変化の葉を頭に乗せて人間の少年に変化していた。小さな身体は今はオロチより頭1つ分ほど背丈が高く、ふわふわの手触りのよい赤毛は赤みを帯びた髪になり、風が吹く度にさらさらと靡く。普段とは違う姿に、目が離せなくなった。
「今のお前も男前で悪くはないんだが…小さくて丸っこいお前の方がしっくりくると言うか…その……」
オロチらしくなく言葉尻を濁した。ジバニャンは
「だって今日のオロチはお姫様みたいニャン、だからお姫様にふさわしい、王子様のつもりで化けたんだニャン」
いつもとは違う姿で、いつものように可愛らしく笑った。
「何を言っ…」
オロチの言葉はドン、と突然の轟音と人々の歓声に打ち消される。驚きながら二人は周囲に倣い、空を見上げた。
再び鳴り響く轟音。
夜空に咲く大輪の華。
「ニャ……」
「おお……」
思わず感嘆を漏らした。
「ジバニャン、もっと良く見えるところに行こう」
溢れかえる人々をかき分け二人は人目のつかない木々の奧へと歩む。ジバニャンは頭に乗せていた変化の葉を外し人間の姿から元の猫へ戻った。
「やはりお前はその姿が一番だな」
オロチはそう言って優しくジバニャンの頭を撫でると抱き抱えて宙に浮かぶ。見晴らしの良さそうな高い木を探し、枝に腰を掛け膝にジバニャンを乗せる。見上げると星、見下ろすと街明かりが見えた。
「なかなかの穴場スポットニャンね」
「ああ、ここならゆっくり出来る」
再び花火が打ち上がる。星と共に夜空を美しく染め上げ、落ちる火花は街明かりと一体化するような幻想的な光景に二人は見惚れた。
「綺麗ニャンね」
「ああ、そうだな」
「でもオロチはもっともーっと綺麗ニャンよ」
「お前は誑しか」
「さっきも言ったけど、オレっちのお姫様ニャン、ドレスじゃなくて着物のお姫様ニャン。まぁ正確には浴衣ニャンけどね」
「本当にお前というやつは……冗談も大概に…」
ジバニャンは振り返りオロチをじっと見つめる。
「冗談なんかじゃないニャンよ。オロチ、オレっちはオロチが大好きニャン」
真剣な眼差し。真剣な声。花火の音が掻き消されそうなほど鼓動が高鳴る。
──ああ、そうか。私も
気付いた。彼と同じ気持ちであることに。
加速度的に想いは募っていく。
花火の色が映ったように頬が紅く染まる。
言葉は無くとも目と目だけで今、互いが惹かれあっていると分かった。
「オロチはどうニャン?答えきかせてニャン」
またジバニャンは可愛らしく笑う。
きっと答えを確信している。
オロチは笑い返し、ぴくぴくと動く耳にそっと囁く。
「私も好きだぞジバニャン。いや……王子様」