トウカイテイオー転生もの   作:ふらんそすきぃ

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領域(ゾーン)

「テイオー、領域(ゾーン)について教えてください」

 

 水分補給のためにコースを離れ、ベンチに座っているテイオーに声をかける。

 

「それは……領域がどういうものか聞いてる? それとも……」

 

「領域への入り方の方です」

 

 こちらに目を合わせていたのを下にそらし、大げさにため息をつく。そんなに教えるのが嫌なのだろうか?

 

「ボクも入り口までしかいけてないんだけどね……。それでもいい?」

 

「えぇ」

 

「他にもスズカさんとかスペちゃんとかも分かると思うんだけど……」

 

 どうしても伝えたくないという意志をテイオーから感じ取れる。

 ペットボトルを右手、左手と交互に転がしながら「他にあたってくれないかな?」という雰囲気を醸し出している。

 

「いえ、テイオーに教えて貰いたいのです」

 

 しかし、私はテイオーに教えてもらいたい。

 いや、テイオーが挙げたふたりは今とても聞きには行きにくい。スズカさんはリハビリの真っ最中、スペシャルウィークさんは宝塚記念へ向けて調整中だ。

 

「……しょうがないな。じゃあまず走ろっか」

 

 そう言うとテイオーは重い腰を上げ……る前に靴ひもを固く結びなおしてから立ち上がってコースに入った。

 

「マックイーン、そろそろ良い?」

 

「いつでも良いですわ」

 

「じゃあマックイーンが前に逃げてくれない?

 そっちのほうがわかりやすいと思うから」

 

「わかりました、わっ!」

 

 テイオーの指示に従いスタートダッシュを決めて、本気とまではいかないが9割ほどの速度を出して前に出る。

 足音からテイオーもスタートしたことを察する。

 本当にこれで分かるのかと疑問に思うが、アイネスさんから感じたもので何も言われずとも領域だと分かったことからそういうものだと納得する。

 

 テイオーから「行くよ」と合図がきて1秒程で、空気が、――世界が揺れた。

 圧が強くなり、その緊張感によって胸が引き締められる。

 きっと標的にされていることから圧を一身に受けているからだ。

 

 そしてそこからはやく逃げたいという気持ちで前に進もうとしたとき、テイオーからの圧が────消えた。

 

 後ろを振り返るとテイオーは膝から崩れようとしていた。

 その姿が、どこか、なぜか、見たような気がして……。

 

「ゴホッ……! ガハッ」

 

「テイオー!?」

 

 前にそのまま倒れ、うつ伏せの状態からなんとか2本の腕で上半身を持ち上げ、立ち上がろうとするテイオーの腕をかがんで無理やり首に回させて、立ち上がるための杖代わりになる。

 

「ごめんごめん……まだ無理だったっぽい。

 役に立てなくて、ごめんね。マックイーン」

 

 芝の緑と少し抉れて見える土の茶色とは全く違う、赤黒いものが私たちの後ろの地面に飛び散っていた。

 口元を少し赤く染めてそう言うテイオーはとても弱々しく、明らかに大丈夫そうではなかった。

 

「脚とかどこか痛いところはないですか?」

 

「大丈夫……って、言いたい、けど……ちょっと息を、整えてもいい?」

 

「無理して喋らなくて良いですわ。ほらあそこに座って落ち着いてください」

 

 少し歩いてコースから離れた壁にもたれ掛かれさせる。

 

「いやー、結構練習してたんだけどね……」

 

 こんなことを練習していたのかと糾弾したくなる気持ちが生まれるが、同時にこの力がとても強大なことを知ってしまった身として反対できない。

 

「領域……は、」

 

 そんな中1回大きく息を吸うとテイオーは説明を始めた。

 

「……領域は、本来の力以上の力を出すための行為ってのはだいたい分かってるよね?」

 

 その言葉に頷く。

 

「本来の力以上の力はそう簡単に出せない。

 まぁ簡単に出せたら授業で使いどころとか出し方とかを教えてくれるだろうけどね」

 

 もしそうだったら授業聞いていたかもと冗談っぽく言うテイオーの呼吸は、だいぶ落ち着いてきていた。

 テイオーの授業態度の悪さはわりと有名だ。その割に勉強ができることも。

 

「だから何か自己暗示して領域に入りやすくする。

 例えばボクはステップのリズムを変えるときに」

 

「それはどうしてなんですか?」

 

「切り替えるっていう意識があるからかな。今はやらないけどこれでフォームの切り替えをしてたから」

 

 昔のテイオー特有のスパートの入り方が頭に思い浮かぶ。

 最近はやらなくなったのですっかり忘れていた。

 

「自己暗示以外にもただただレースの中で極限状態に入ればいけることもある」

 

 そう言われあることが思い浮かぶ。

 

「マックイーンも分かるでしょ? あれは勝ちたいという気持ち、負けられないという執念で領域に入ったんだ」

 

 テイオーも考えていたことは同じだったようだ。

 

「トレーナーの言い方を借りるといわゆる爆発力ってやつだね」

 

「私にはそれがないらしいですがね」

 

「本当にそう?」

 

「え?」

 

 テイオーの言葉に思わず声が出る。

 

「トレーナーを疑うわけではないけど、マックイーンもないわけではないんじゃない?」

 

「それは……どうしてそう思うんですか?」

 

「だって皐月賞も日本ダービーも今まで練習で出してきたどんなタイムよりも早かったでしょ?」

 

「あ……」

 

 言われてみればそうだ。日本ダービーはアイネスさんがいなかったらレコードだったらしい。もちろんそんなタイムは練習で出せてはいない。

 

「本番に強いタイプって言えるのかもしれないけど、それもまた1つの爆発力っていうか、意志を力に変えられるってことじゃない?」

 

「そうだと、いいですね」

 

 それならばもしかしたら領域をつかめるのかもしれないと思う。

 

 そういえばと露骨に話題を変えながらテイオーが話し始める。

 

「マックイーンがダービー負けて落ち込むかなって思ってたけどまったくそんなことなかったね」

 

「これでもけっこう落ち込んでいますのよ?」

 

「でも次を見て前に進んでる」

 

「負けたことばかり気にしていては、次勝てるかもしれない勝負も落としてしまいます。私は一度負けたくらいでは止まりませんわ」

 

「マックイーンのそういうところ尊敬できるよ」

 

「ありがとうございますわ」

 

 私が感謝を伝えると会話が途切れる。お互いに口下手なところが少しあるので話題があるうちは良いが、無くなると話に詰まってしまう。

 今度は私が話題を振る番だとなんとなく理解していますが、なかなか思い浮かばない。

 そして思い浮かんだ質問があったが、聞いて良いか迷う。

 

「……そういえばテイオーはどうして領域に入ろうとしたときに急に吐血しましたの?」

 

 ですが、無言の時間が辛かったので質問してしまう。

 

「……なんか体が拒絶するんだよね。もしかしたらボクには一生使えないのかもね」

 

 たぶん領域にちゃんと入ったら足が木っ端微塵になるんじゃないかな? と冗談っぽく言うテイオーの顔はどこか達観したような、そうなる確信的なものが見えている気がした。

 

「よしっ! マックイーンまだまだ走ろうよ。会話のネタも詰まってきたし、休憩も取れたからね」

 

 会話が少し暗い方に行きそうだったのを感じ取ってテイオーが話を変えてくれる。

 

「えぇ。やはり私たちは走っている方が合いますわね」

 

「勝負は2400mでやっていい?」

 

「ダービー想定……ってことですね。もちろんですわ」

 

 そう言ってスタート地点まで軽いジョグで移動すると、合図などせずにスタートした。

 軽い勝負だ。そんなものはいらないという判断の下だろう。けれどスタートのタイミングはほとんど同じだっただろう。

 

 テイオーは私の後ろをぴったりとつけてマークしている。ペースはタイムを計っていないので正確には分からないが、だいたい平均程度だろう。

 何事も起こらずそのままゴールへと近づいていく。私の長所は体力量でテイオーの短所は体力量だ。

 スパートは早めに仕掛けた方が私の有利になるのは間違いない。

 

 けれど流石に疲労もあったので残り600m――直線に入る少し手前からスパートを始めた。

 テイオーに対してそれは遅いかもしれないが、向こうも先ほどのことから疲れているだろうし、何よりお遊びという点も大きい。

 

 決して遊びだからといって譲るつもりはございませんが。

 

 そしてスパートをかけたが、足音の距離からテイオーとの差はほとんど開いていないことに気がつく。

 想定していたよりテイオーの状態が回復していたのか、スパートをもっと早めにかければ良かったと後悔する。

 

 上り坂で差を詰められているような気がする。最高速は向こうの方が上ですね。

 ですが、この距離ならぎりぎりもつでしょう。

 

 そして坂を上り終えた後、――――後ろから圧が来て今までの一連の流れに既視感を感じた。

 そう、まるでこの前のダービーの再現のように……。

 

 思考をすぐに戻し思い出す。テイオーは領域に入ったら駄目だったのでは?

 不安を覚え、とっさに後ろを振り返るがテイオーの気配は消え、姿も消えていた。

 

 さきに行っているね。

 

 そう至近距離で言われた気がして前を向くとテイオーは既に私の前にいた。

 領域では、ない……気がする。ですが、テイオーは完全に前に私の前に出てしまい、今から追いつくのは無理……

 

 ……――無理? 誰がそうやって決めたのですか?

 

 その気持ちでは一生テイオーに勝つことはできませんの。

 ()()()()。いや、()()()()

 

 だから前に進まなくては……――――

 

 

 

 

 

 

 あれ、音が聞こえない……?

 

 

 

 

 

 

「……イーン、マックイーン?」

 

「……? テイオーどうしたのですか」

 

 テイオーが私の顔を覗き込んでいて様子をうかがっていたようだ。

 何をしていたのか良く思い出せない。確か走っていたような……。

 

「マックイーンこそボーっとしてどうしたのさ。まっ、とりあえず勝負はボクの勝ちだね!」

 

 その言葉で勝負していたことを思い出す。そしてどうして負けたのかも思い出す。

 

「テイオー!? やったら体を壊すって言ってたじゃないですか!」

 

「入力キャンセルだよ~。領域には入れないって言ったけど、手前に行くことぐらいはできるんだから」

 

「また倒れたらどうしたんですの!?

 もっと体を大事に使ってください」

 

「マックイーンってばボクのお母さんより世話焼きだね。

 大丈夫だって大丈夫。自分の限界もわからないぐらいバカじゃないからさ」

 

 すごくない? と自慢してくる珍しく年相応の態度にもっと体を大事に使ってほしい気持ちが出てしまう。

 実際あれに踊らされてペースを崩されたのは確かだ。あの戦術は非常に有効でレース本番でももしかしたら使えるかもしれないポテンシャルがあった。

 

「でもマックイーン本当に強くなったからさ、こうやってイカサマ使わないと勝てないんだよね。

 最後、少しは見えてたはずだよ────あの世界が」

 

 どんどんマックイーンにおいてかれちゃいそうになるからボクも頑張んないとねと言い残してテイオーはまた走りに行った。

 あれだけ本気で走っていてその前には文字通り血反吐をはいていたのにまだ走る。

 

「テイオー、あなたはどこまで自分を追い込むつもりですの」

 

「だれにも負けなくなるまで────じゃないか?」

 

「……トレーナーさん」

 

 テイオーの様子を見ながらコースから外れたところで柵に腕をつき休憩している私に話しかけてきたのは先ほどまでは様子の見えなかったトレーナーさんだった。

 隣でトレーナーさんも柵に体重を預けると少しばかり柵が揺れる。

 

「あいつは明確に駄目なラインは避けている。そのラインの手前にいくことがあっても、その前で絶対に止まる。

 もうだいぶ前だがあいつとルドルフとの勝負覚えているか」

 

「もちろん」

 

 あの勝負は私以外でも見ていた者には衝撃を与え、記憶に残っているウマ娘やトレーナーは多いでしょう。デビュー前のウマ娘が最強に手が届くかもしれないという可能性を示した戦いなのだから。

 

「ラストスパート、テイオーには鬼気迫るものがあった。

 それで……だ。何であそこで減速した?」

 

 その答えは今なら分かる。テイオーはあそこで領域(駄目なライン)の手前まで来ていた。あれを超えたら駄目だと分かっていた。

 

「……領域に入ったら体が壊れるから」

「――おそらくな。レースにおいてもあいつは怪我しないことを第一に置いている……はずだ。ウマ娘らしくないけどな」

 

 それを聞いて思い返すのは先日のアイネスさんの走り。

 結果論だがあれは足を壊す走りだった。それにすべてをかけられるぐらい本気だったとも言える。

 テイオーにはそれが――ない。いつでも本気、真剣に走っているが、優先度が勝負より自分の選手生命の方が高いのではないだろうか。

 練習量を考えるとそこは少し疑問に思ってしまいますが。

 

「もし……だ。もしあいつが怪我なんてどうでもいいぐらい勝ちたいレースがあったとき。

 あいつが領域に入ったとき……いや、これ以上はやめておこう」

 

「トレーナーさん。私はテイオーが絶対に領域へ入るときがくると思いますわ」

 

 領域に入ったときのことを話そうとするがその話を止めるトレーナーに対し、私はその話題を続ける。

 トレーナーの言いたかったことは分かる。テイオーはそのときに今のままなら確実に体を壊してしまう。

 ですが、私はテイオーが確実に領域に入ると確信している。

 

「ほう。それはどうしてだ?」

 

「私と戦うころ――2年後ぐらいには私に領域なしで勝てると思いますか?」

 

 さっき掴みかけた感触を反芻(はんすう)しながらそう言う。

 次はいける。そんな感触が確かにそこにはあった。あと1年もあれば確実に自分のものとできているでしょう。

 

 勝つことに、最強にこだわるテイオーが負けてはならない大一番というのは確実に存在します。

 そういったところで対決する相手は領域を使ってくるような相手ばかりでしょう。

 そこでテイオーがまさか勝てる可能性はあるのにそれを使わないとは思えない。確実に入る、たとえ体を壊してしまったとしても。

 

「ははっ、それもそうだな。

 あいつのことだ。きっと何か見つけるさ」

 

 あの驚かされてばかりのテイオーだ。

 領域も何度も練習していると言っていた。何かを模索しているのは間違いない。

 

「ところでトレーナーさんはどうしてここに?」

 

「おっと、忘れるところだったぜ。マックイーン、菊花賞の前にレースなんか出るか?」

 

「……ちなみにトレーナーさんとしては?」

 

 急に来た話題にすぐに判断することができない。

 何か1つでも意見が欲しいので質問で返してしまう。

 

「質問を質問で返すなよ……。

 ま、出なくてもいいと思えるが、出てもいいとも思える。今のお前ならこのまま菊花賞に出てもなんとかなりそうな予感があるが、不安な点があるのもまた事実。

 完全にマックイーンの自由だ。お前がしたいようにしてくれ」

 

「私は……出ません、おそらく」

 

 自由と言うならば恐らく出ない判断をレース前の私なら取るでしょう。

 理由は特にはないですが、あえて言うなら食事制限が……。

 

「了解、その方向で行くか。

 ……まぁ、答えを今すぐに出す必要があるってわけでもない。考えが変わったら教えてくれ」

 

「不安な点を教えていただいてもいいですか?」

 

「これからお前が領域に入れる力を手に入れたとする。……それでお前の強みが無くなったときにどうなるか心配ってだけだ。俺としては歓迎するべきことなんだけどな」

 

 先ほど言っていた不安な点は至極当然のことでした。

 私のこれまでの強みは安定した出力で自分の有利展開を相手に押し付けて勝つという動き。ですが、領域に入れるようになるとそれに頼った戦い方は有利展開など関係しづらい、力と力のぶつかり合いになることが予想できる。

 

「いつまでも同じ場所にとどまっていては上にいけませんもの。今の強さがそれ(安定感)だとしても、明日の強さが違う可能性はいつだってございますわ」

 

「そりゃ、いい心がけだ。どんな奴だって今の強さに縋ってしまいがちだ」

 

「いえ、私も縋りたい気持ちはありますわ。でも、それでは勝てない――勝てなかったのです」

 

 思い返されるダービー。勝ちを確信してからの抜かした相手に差し返されての敗北。

 

「あの日本ダービーの負けの半バ身差には半バ身で語れない差がありますわ」

 

 私は圧倒的に有利な展開を押し付けていた。それを力だけで弾き飛ばされてしまった。あれは力不足。あの作戦に縛られていたら未来永劫勝つことは不可能。

 だから新たなる(領域)を手に入れなくてはならないのです。

 

「それじゃあ私は練習に戻りますわ」

 

「おう、頑張ってこい。俺は夏合宿の予定でも組んでおくさ」

 




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