石楠花プロトタイプです。
脳無の顔面を捉えた、ただの拳骨の振り下ろし。
顔面を捉えたまま、地面へと叩き付けた一撃。
顔面を捉えて尚衰えることのない速度と破壊力を持って、地盤そのものを破壊せしめん悪魔の如き無慈悲の一撃。
生態系から逸脱していようと、改造されていようと、人を遥かに超えたソレを耐え切れる生物など…皆無。
無情にも放たれた理外の一撃により作られしクレーターの底で、生物だったものの成れの果てが転がっていた。
「ふーっ……次はもう少し加減しないとな」
「鱗さんっ!!」
「おっ…!大丈夫だったか?怪我はねェか?」
「えぇ!大丈夫…大丈夫ですが…」
「石楠花くん、こんなこと言うのもなんだけどやりすぎにゃん」
確かにやりすぎたな。力任せすぎる、もう少し冷静に対処すべきだった。
改造人間だし、USJで戦った奴くらいの頑丈さを想定してたから、かなり強めに殴ってみた結果がこれよ。地盤ごと頭部を破壊してしまった。
だが俺が防いでなかったらラグドールの頭がこうなってたかもしれないから、まぁ自業自得だろ。
頭を破壊しようとする奴が、頭を破壊されて文句を言うなんて烏滸がましい。謝罪する知能すらない頭部など飾りに過ぎん。
「すんませんラグドール、力加減ミスりました。次からは周囲に被害が出ないようにします」
「助けてもらってこんなこと言うのもアレだけど……頭部破壊はやりすぎにゃん。例えどんな怪物でも、改造された被害者であることに変わりはないわ」
「ん?あぁ、敵でも人間である限り尊重はしますよ?でももう人間じゃないでしょ?」
「…えっ?」
「結局は死者の肉体な訳で、そこに人間の意思は無い。魂の弔いは親しい人がしてくれたでしょう。なら魂なき肉体が今を生きる人間に迷惑をかける前に破壊してあげないと」
「石楠花くん……貴方一体何を言って…」
何か間違ってるのか?コイツらは所詮は死人。なら徹底的に駆除するだけだ。死者が生者に害を与えるなど許容できない。肉人形は駆除する。
そしたら社会はもっと善くなる筈だ。
「とりあえずここから移動しよう。他にも敵がいるだろう、まずは先生達と合流しないと。あっ、百ロープ出してくれないか?一応これ縛っておこう」
「はっ…はいですわ…!」
「ありがと……ん?何だありゃ…」
「ん…?あれは…煙?それに空が赤い…森が燃えてるにゃん!?」
「それに関係ねェ場所からも煙が出てるな……ありゃガスか?」
「ガスですの!?成分は分かりませんがガスも一酸化炭素も人体に有害ですので、ガスマスクを作成して……なっ、ならB組や他のA組の方々が危険ですわ!?」
「任せろ。場所なら俺の目で多分分かる。拾いながら広場へ向かおう。それでいいですかラグドール?」
「あっ…うん!まずは生徒の安否を『皆!!!』…!?」
頭の中にマンダレイの声が響く。テレパスで連絡があるということは、火事が目視出来たのか、それとも広場の方にも敵が出たのか、どちらかか?
『敵2名襲来!!他にも複数いる可能性アリ!!動けるものは直ちに施設へ!!会敵しても決して交戦せず撤退を!!』
OK、やはり広場の方にも敵がいた訳か。そして2名と捉えるあたり、会話が可能であるということ。それ即ちコイツのような肉人形ではなく意思ある人であること。
まぁ人であろうがなかろうが問題ない。女性を襲う、俺の友を襲う、思い出を穢す、奴さん達は余程人の地雷を踏むのが好きなようだ。
ここまでのことをしておいて、まさか生きて帰れると思っていないだろうな?
ヒーロー志望だからと、一線を越えてこないだろうと本気で思ってるんじゃないだろうな?
あぁ…ダメだな。気分がよろしくない。
「…さん…鱗さん!」
「ん?」
「大丈夫ですの?テレパスが届いてから心ここに在らずといった表情で地面を見つめておりましたので…」
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。よし!皆を救助しに行こう。もしガスを吸っているならば、一分一秒を争う」
「えぇ!」
「石楠花くん、案内は任せていいにゃん?」
「任せてください、こっちです」
急ごう。どこから敵が出てくるかも分からんし、一刻でも早く避難所に向かわないと。
俺達は走り出す。目標に向けて一直線に。
俺の目に映る範囲ならば問題ない。木だろうと敵だろうと、この瞬間に邪魔な障害は全て消す。
さて、どいてもらおうか。
「サーチで見ても……やっぱり見れないっ!?心の中まで暗い闇で覆われてる…!どんな人生を送れば個性すら弾かれる心の闇が生まれるにゃん…っ!?このままじゃ彼…!」
「今の鱗さんは……本当にいつもの鱗さんなのでしょうか…??普段からは考えられないほど…本能的な恐怖を煽るような…」
▽
走る。
疾く走る。
過ぎ去る風の如く、大地を踏み締め足を一歩前に進める。
早く届けなくては。ガスマスク無しで毒ガスを吸い続けると、死に至る。もし助かったとしても、最悪後遺症が残る可能性さえある。
そんなことは許さない。
そんなことは認めない。
電磁波は近い。この波長は拳藤達のものだ。
道中でB組の泡瀬に出会った。鉄哲と気を失った塩崎にも出会った。拳藤達とも合流した。小大は無事だったが骨抜も気を失っている。
どうやら泡瀬曰く他のB組のメンバーの大多数がガスを吸って気を失っているらしい。
今のメンバーに百がガスマスクを渡したが、気を失っているメンバーにもガスマスクを装着しないと手遅れになってしまう。
B組が固まって集まっている場所へと向かい、早くガスマスクを渡さなければ。
周囲には敵もいない。すでに俺たちより前に出発していたA組メンバーの安否も気になる。
ならやるべきことは一つ。
「百、この道を直線に進め。B組の集まりに辿り着くはずだ。俺は早急に……掃除をしてくる」
「鱗さん!?何を…」
「ダメよ石楠花君、それ以上は許可しないわ。貴方もまだ生徒、安全を『A組B組総員!プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて戦闘を許可する!!』…!?マンダレイ!?」
あぁ、何て良いタイミング。好都合だ。
やはり俺たち人間は、世界に愛されている。
「拳藤、女性である君に頼むのは申し訳ないが、俺の代わりに骨抜を運んでくれないか」
「えっ?いや構わないけど…石楠花まさか!?」
「石楠花おめェ…!?」
「ラグドール、周囲に敵影は無し。すぐに戻りますので、それまで俺の友達を頼みます。叱責なら後でいくらでも受けますので」
戦闘許可は出た。なら今俺がすべき事は重大な問題を排除すること。
山火事は俺にはどうすることもできないから後回し。毒ガスがこれ以上広がり、長く残留し続ければ新たな被害者が出てきてしまうし、既にガスを吸ってしまっている生徒はより重症化するリスクとなる。
また、ガスを気にして他の生徒達が万全に戦えないかもしれないし、万が一山火事に引火した場合、大爆発を引き起こす可能性がある。これが考え得る限り最悪の二次被害だな。だから爆豪と轟が力を発揮できない。
思考を纏めている間にも事態が止まってくれる奇跡など起きるはずもなく、マンダレイから無慈悲な宣告が届く。
『敵の狙いの二つが判明ー!!一つ目、生徒の「かっちゃん」!!「かっちゃん」はなるべく戦闘を避けて!!単独では動かないこと!!わかった!?「かっちゃん」!!』
「爆豪さん!?」
「かつきどん…」
おい、これ以上まだ狙おうってか…!
『二つ目!!……っ!?「石楠花君」の……っ!抹殺!!』
「は…?」
「えっ…?」
「嘘っ…!?」
『石楠花君!!貴方も絶対に一人にならないで!!早く合流してプロヒーローの元に!!石楠花君!必ず生きて!!』
成る程……敵さん方はどうしても俺に死んで欲しいらしい。ワープといい、改造人間といい、熊手野郎はどうしても俺が憎いらしいな。
いや、もしかしてその裏か?
まぁいい、受け入れよう。その殺意もまた、人間由来というものだ。
「聞いてたわね石楠花君、今この場で最も守らないといけないのは貴方にゃん」
「ラグドール、2分だけ俺に時間を下さい」
「2分?何するにゃん?」
「敵を倒せます」
「は…?」
「鱗さん!何するか分かりませんがダメですわよ!?命を狙われて…!」
「そうだよ!」
「ん!」
ああ、そうだな。だからこそまずは毒ガス敵を倒さないと。俺の命と生徒の命ならば、俺の中では圧倒的に後者が優先事項だ。
俺は止められる前に能力を発動させていく。
同時変化は2生物が限界だが、
あぁ痛い。痛くて痛くて堪らないが、痛みを凌駕する怒りが俺の頭を支配している。
俺が、昔の俺に戻ってしまう程の耐え難いストレスが、体中を駆け巡っている。
今の俺は、夢だのハジケだのと、一切合切削ぎ落とされた状態。
なぜなら、
出会う前の、全てに絶望した時代の俺だから。
「鱗さん…その姿は…?」
「はぁ……では行ってきます。また2分後に」
「石楠花君!待ちなさい!」
「鱗さん!?」
「石楠花!?」
「ん!?」
人間大で昆虫の足を再現、そこに圧縮した筋力による初速度が乗った第一歩を、人間擬きが視認できる確率は0%。
皆の目からは俺が突如消えたように映るだろう。
消えたわけではない。ただ視認者の目から神経系を通して脳に伝達するスピードが遅すぎるというだけだ。
地を蹴り、木をピンボールのように蹴り、三次元的な軌道で最短最速ルートで進む。
敵さんも、ここにいるよと言わんばかりに周囲の毒ガスが濃くなってくるので、探すのも容易だ。
俺の目の視認範囲に来たので観察したところ、学ランを来たまだ体も出来上がってないような体躯、立ち方からして戦闘の心得も無さそうだ。
だから容易に背後を取れる。
「こんにちは、良い夜だね」
「…!?嘘だ!いつの間に!?確かに高速で動く何かを感知したけど…!?」
ふん?ああ、ガスの中なら人を感知できるのか。いい包囲網じゃないか。練度と本人の性能が全く追い付いていないだけで。
「しかも…何でガスマスクも無しで平気なんだ!?僕の周囲は濃度が特に濃い!何で平気なんだ…!?何で……」
ガスマスクか、移動中邪魔になって外したの忘れてた。でもそもそも俺には必要ないもの。
「何でって…息してないから?」
「は…?」
「説明不足かな?呼吸はするよ?でも、ガスを視認してからは一度もしていないというだけ。今もな。ついでに皮膚呼吸も止めてる。目視できるから皮膚から入る事はないだろうが、念のためな」
長く生きるには、如何に心臓を動かさないことが大切。だったら我が一族が適応しないはずがないだろう。
最適な呼吸法くらい数百年も昔から確立している。それでも100歳になるとポックリ逝くんだよな。元気すぎる弊害か。
「くっ…!」
と思ったらいきなり銃を撃ってきやがった。
仕方ないので銃弾を軽く受け止めてやる。目を見開いて驚いているが、特段驚くことでもない。
銃を握って、指に力を込め、撃つ、そして俺に届くまでの0コンマ何秒まで考えて動く時間があるのだから、簡単に止められる。
「ばっ…化け物…!」
そんなことを思っていると震えて腰を抜かした状態で何か呟いている。何もせずにたったこれだけで戦意を失うとか覚悟がなさすぎやしないだろうか。
これだけの被害を出してなお、自身が地獄を見る覚悟が。
「失礼だな、人間だよ」
「ただお前達が圧倒的に、俺よりも人間以下なだけだ」