ぺこらにイタズラされまくったトワが仕返しに挑むお話し。
※ラミィはホロぐら準拠のテンションです。ミオがミオってしまうシーンがあります。苦手な方はブラウザバックしてください。
ホロライブの事務所で、窓から差し込む日差しの心地よさを背中に感じながら、ソファーにうつ伏せになっていた少女は歌を口ずさむのを止め、ぽつりと呟く。
「…イタズラしたいな」
周りに誰かいれば、身構えられそうな呟き。しかし幸いにも事務所に誰かいても、近くには彼女だけ。紫色のツインテールを揺らしながらのそのそと起き上がった彼女、常闇トワは今までのイタズラを振り返る。
シュークリームにからしを大量に入れたり、入ってきたホロメンにいきなりピコピコハンマーで小突いたりしてきたが、ふと思い返すと、そのいずれにもとある先輩が絡んでいることに気付く。
(トワのイタズラが失敗してるの、ぺこらちゃんが原因なんじゃ……)
愛くるしいウサミミが特徴的な先輩、兎田ぺこら。最初は彼女にイタズラしようとシュークリームを用意したのに、結果は自分が食べる羽目になり失敗。続くピコピコハンマーは、ぺこらからアドバイスをもらって実行したものの、別の先輩を叩いてしまい失敗。
さらに言えば、ぺこらからゲーム内でイタズラを仕掛けられたことだってある。トワにとって、彼女こそが今最もイタズラすべき相手に違いない。
「こうなったら……復讐だっ!」
むんっと力強く意気込み、トワは早速動き出すのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ぺーこらちゃん♪」
「……ちょっと用事思い出したぺこ」
「なんで逃げんの!?」
事務所に戻ってきたぺこらを出迎えたトワだったが、その姿を見た瞬間、ぺこらは嫌そうな顔をして踵を返そうとする。咄嗟に腕を掴んで逃すまいとするトワと、必死に振り解こうするぺこら。
「いや……トワ様、なんか企んでそうな顔してたぺこ」
「そんなことないよ〜」
つとめて明るい声で言うものの、ぺこらはますます顔を険しくする。
「ぜってー何かしようとしてるだろ!」
「酷い! ぺこらちゃん、トワのことなんだと思ってんの!」
「悪魔」
「えへへ♪」
「褒めてねぇっての」
語気を荒らげるぺこらだったが、悪魔と言われてご機嫌になってしまったトワに呆れて、怒りもどこかへ行ってしまった。
このまましつこく食い下がられても嫌だと思い、自分を諦めさせる意味も込めて溜め息を1つ。
「で? なんか用ぺこ?」
「ぺこらちゃん、チャンネル登録者数160万人突破したでしょ。そのお祝いにと思って…じゃーん、シュークリーム!」
机に置いてあった箱を開け、中身を見せるトワ。彼女の言うように、中には3つのシュークリームが入っている。しかし───
「ぺこら今、甘い物食べる気分じゃねぇぺこ」
「えー? せっかく買ってきたのに……」
───明らかにシュークリームにイタズラしていると警戒する様子のぺこら。トワはこれ見よがしに肩を落とし、とぼとぼと戻っていく。
「っ〜〜! 分かった! 分かったから、そんなしょげないで欲しいぺこ!」
あからさまな態度でも、目の前でしょげた様子を見せられると弱い。ぺこらは観念してトワから箱を強引に受け取る。
「1個と半分?」
「ぺこらちゃん、2個食べていいよ。お祝いなんだから」
「え、天使かよ」
「悪魔ですー!」
買ってきた本人が食べるのは想定していたが、まさか自分が多く食べられるとは思ってもいなかったのだろう。ぺこらは目を輝かせ、トワを拝む。
早速紙皿を持ってきてシュークリームを手に取るぺこら。しかし、過去にトワがイタズラしたことを覚えている彼女はかぶり付かず、半分に割ってから口にするのだった。
「からし入りじゃなさそうぺこね」
「お祝いだって言ってるじゃん」
「分かってるけど、なんかこう……反射的に出ちゃうぺこ」
「それってトワが大悪魔としてぺこらちゃんに記憶されてるから!?」
「あー、うん。そうぺこね」
雑な返事にも、トワはご機嫌な様子を見せる。これ以上何か言って機嫌を損ねるのは本意ではないので、ぺこらもシュークリームを口にした。
「ぺこらちゃん、トワに何かして欲しいことない?」
「急に何ぺこ?」
「シュークリームのイタズラでぺこらちゃんに迷惑かけちゃったからね」
「言うほど迷惑じゃなかったけど……そうぺこね。なら、一緒にお悩み相談やろうぺこ」
「いいね! あ、でもるしあちゃんに追いかけ回されるのは勘弁」
「るーちゃんが来たら即解散で」
初めてお悩み相談を受け付けたぺこらが最初に悩みを聞いたのが、そばでのんびりしていたるしあだった。彼女は真面目な悩みを抱えることが多く、最初にピッタリだと思って訊ねたのに、飛んできたのは「ボン、キュッ、ボン」と言う無茶そのもの。さすがのぺこらもハードルが高いと音を上げてしまうほどだ。
「でもるしあちゃんって、スカートで見えないだけで下はボンだったりしない?」
「ノエルによく噛み付いているし、るーちゃんの場合は上がボンじゃなきゃ意味ねーぺこ」
机を並べ、【お悩み相談】の札を置く。するとちょうどそばを通ったスバルが首を傾げ、苦笑いしながら寄ってきた。
「あ、スバルちゃん」
「お疲れ様ですぺこ」
「うん、トワもぺこらもお疲れ様」
スバルは「いい?」と一言断ってから近くにあった椅子を引き寄せて2人の前に腰掛ける。
「スバルちゃんって悩みとかあるの?」
「あるわ! スバルのことなんだと思ってんだよ……」
「いや、だいたい自分で解決していそうって言うか……」
「まぁ、おおっぴらに悩んでるって素振りは見ないぺこね」
「いや、スバルとしてはちゃんと悩みを打ち明けられる方がすごいと思うけど。
まぁいいや。そんな大層なものじゃないから、気軽に聞いて欲しいんだけど」
「どうぞぺこ」
ぺこらが促すと、スバルは咳払いを1つ。そして神妙な面持ちてゆっくりと口を開く。
「実は……」
大層な内容ではないと言っていたのに、重い雰囲気に緊張して、ぺこらとトワはごくっと喉を鳴らす。
「ぺこらが大空警察署から脱走しちゃったんだよね〜」
「脱走じゃねーぺこ!」
「あー……スロカス罪だっけ?」
「それはぺこらだけじゃなくてノエルの方が圧倒的にヤバそうだけど。ぺこら、いつ戻ってくんの?」
「まるで獄中が当たり前みたいに言うんじゃねぇ!」
あっけらかんと話すスバルに、ぺこらは気付けば立ち上がって憤慨する。トワが懸命に宥めて、やっと座り直したものの、まだ膨れっ面だ。
「まぁ冗談は置いておいて、また企画するからぺこら達からも誰かいたら教えてよ」
「今、スバル先輩にぶち込まれそうになったから、監禁罪で訴えます!」
「スバルは警察官だからいいんですー!」
机を挟んで言い争うぺこらとスバルについて行けず、トワは飽きた顔でこの喧騒をしばし見守るのだった。
「はぁはぁ……」
「ぺこらちゃん、大丈夫? はい、お水」
「サンキューぺこ」
未開封のペットボトルを渡され、ぺこらはふうっと一息つく。スバルを前に、ずっと捲し立てていたせいで息が上がってしまった。ごくごくと喉を鳴らして水を飲み続けるぺこらだったが、ふと視線を感じて周囲を見回す。
「そこぉっ!」
「えっ、何?」
ぺこらが指差した先には、ホロメンが使うための中型の冷蔵庫。トワは意味が分からず首を傾げていると、ぺこらは「フッフッフッ」と何故かドヤ顔を決めている。
「そこにいるのは分かっている。さぁ、姿を見せなさい。ラミィちゃん!」
「……よく分かりましたね、ぺこら先輩」
観念したような声が聞こえてくる。ただし、声がするのは“後ろから”だが。
「まさかラミィが隠れているのをあっさりと見破るなんて、やりますね!」
(何こいつ……)
振り返ると、確かにぺこらの言葉通り物陰に隠れていた後輩、雪花ラミィがゆっくりと立ち上がるところだった。しかも何故か彼女もドヤ顔だ。
トワはまず、ぺこらの予感が間違っていたことを指摘しようと思ったものの、頑なに視線を合わせようとしない。それだけ恥ずかしい間違いをおかした自覚があるとも言えるので、ここは黙っておくことに。
「ラミィも、悩みを相談してもいいでしょうか?」
「どーせお酒でしょ?」
「トワ先輩、酷い! 確かにラミィはだいふくに厳しくお酒の管理をされていますが、決してお酒に飲まれることはありません!」
「それこそ、だいふくがしっかり管理しているからなんじゃ……」
「まあまあ、細かいことは置いとこうじゃあないですか」
「マジなんなん」
「トワ様、つっこんだらダメぺこ」
話が進まなさそうなので、ラミィのペースに乗せられないよう気をつけながら相談内容を語ってもらう。
「悩みは……ラミィの渾身のダジャレを、ぺこら先輩が笑ってくれなかったことです!」
「はあぁっ!?」
「ラミィってダジャレ言うんだ。なんか、ねねねなら納得だけど」
スンスンッと鼻を鳴らし、泣いているアピールをするラミィに、身に覚えのないぺこらは素っ頓狂な声を上げる。トワの言うように、ダジャレをドヤ顔で披露しているのはあまり想像できないし、なにより自分に向けてお披露目された記憶がなかった。
「いったいいつ披露したぺこ?」
「こないだのお悩み相談の時です」
「えー? こないだのって……」
つい最近行った、初めてのお悩み相談。その時のことを腕を組み、思い返す。ラミィがいきなり冷蔵庫から飛び出してきて、なんかキリッとした表情で「まずは、ぺこら先輩の悩みを解決するべきじゃあないんですか?」と聞いてきて───
「やっぱ記憶にねーぺこ」
「そ、そんな……!」
───ぺこらの一言にショックのあまり、がっくりと項垂れるラミィ。そんなに凹むことなのかとぺこらとトワは顔を見合わせてしまう。
「ちなみにどんなダジャレなの?」
「分かりました。お見せしましょう」
トワの問いに素早く立ち上がると、ラミィはポケットからダジャレに必要なアイテムを取り出して高らかに叫んだ。
「【もちろん】です!」
そしてドヤ顔。これでもかと言うくらいの、ドヤ顔だ。ラミィが手にしたのは、【ろん】と油性ペンで書かれたお餅の玩具。【餅】と【ろん】を合わせて【餅ろん】→【もちろん】らしい。
「あー……」
見せられて、やっと思い出す。確かにあの時もそんなダジャレを披露していた。今と同じ、ドヤ顔で。
「え、なにそれ」
ラミィの渾身のダジャレに、トワの反応はイマイチ──かと思いきや。
「超面白いじゃん! ラミィ、天才だね!」
「まじぃ!?」
まさかの高評価。本当に気に入ったのだろう。トワは大興奮でぴょんぴょん跳ねている。
「いやぁ、それほどでもあります」
「これが面白くないとか、ぺこらちゃんの神経疑うわ」
「ダジャレくらいで神経疑うなぺこ! つーか、勢いだけで大して面白くねーっての」
「むぅ、まだ言いますか。なら、面白いダジャレって言うのを見せてくださいよ」
「え゛っ……」
思ってもいなかった一言に、ぺこらは身体を強張らせる。それを見たトワは、ぺこらへの復讐も兼ねて、ラミィの味方になって畳み掛ける。
「いいね! トワもぺこらちゃんの面白ーいダジャレ、聞いてみたいなー」
「くっ、この……」
2人の後輩にせがまれ、逃げ出したい気持ちと先輩としてのプライドとが心の中でせめぎ合う。ダジャレなんて簡単に浮かぶものではないし、勢いで押し切れるとも思えない。どうしたものかと悩むぺこらの目に、リンゴの玩具が目に入った。
「あー、もう! なら……リンゴを食べて、パワーアップルー!」
リンゴを手にし、高らかに告げる。英語の【apple】と【up】を合わせたダジャレを前に、トワとラミィは目を瞬く。
静まり返る事務所。微動だにしない2人からの視線。居た堪れなくなって、ぺこらは思わず身を縮こまらせてしまう。しかしトワがガッと肩を掴み、興奮した様子で口を開いた。
「ぺこらちゃん、マジ天才! 英語を使ってのダジャレとか、最高じゃん!」
「そ、そう? まぁ、気に入ってもらえたならいいぺこ」
「流石! 流石です、ぺこら先輩」
さっきまでドヤ顔でお餅の玩具を手にしていたラミィなんて、さっきからずっと拍手しっぱなしだ。しかも涙も流している。いったい先程のダジャレのどこそんな気持ちにさせる要素があったのかは分からないが。
「これはラミィも修行しなおした方がいいみたいですね。失礼しますっ!」
それだけ言い残し、ラミィはバタバタと忙しなく事務所を出て行くのだった。その背中を黙って見送るしか出来なかったが、なんだかんだ言って常識人の彼女なら大丈夫。多分。きっと。
(なかなかイタズラにならない)
一方、ぺこらの味方をしつつころっと掌を返してイタズラを試みようとするトワだったが、どうにもうまくいかない。ぺこらの切り抜け方が巧みなのもそうだが、彼女が避けられない状況にならないのも相まって、イタズラが成功しない。
(仕方ない。ここは……)
あまりこの手は使いたくなかったが、トワはバレないようにこっそりスマートフォンで、ある先輩へ連絡を入れるのだった。
その先輩とは───。
「あ、ぺこらちゃん、トワちゃん」
「そ、そら先輩!?」
ときのそら。ホロライブ0期生であり、ぺこら達ホロメンにとって誰もが憧れる大先輩。彼女であれば、ぺこらも“逃げる”と言う選択肢は選べない。
(よし、あとはそら先輩と口裏を合わせて……)
「私もお悩み相談していい?」
「も、もちろんです……ぺこ」
大先輩を前に、少し萎縮するぺこら。気持ちは分からなくもない。今回、トワにとってはイタズラの協力者なので幾分か落ち着いているが、それがなかったらぺこらよろしく緊張してしまっていただろう。
「前にも言ったんだけど、放送の締めの挨拶をどうしようかなって」
「ゔっ!」
「え、前にもってことはぺこらちゃんに相談してたんですか?」
「ゔぅっ!」
鋭利な言葉が突き刺さり、ぺこらは思わず呻いてしまう。そらの言うように、締めの挨拶を考えて欲しいと言われた時を思い出し、さらに胸が苦しくなる。大先輩のお願いを断る申し訳なさと、中途半端なものは赦されないと言うプレッシャーによる板挟みは想像を絶するほどに辛い。
「ぺこらちゃん、そら先輩の挨拶を考えるなんて、すごいじゃん!」
「失敗したらマジで死ぬってーの!」
ぺこらのやる気を引き出すためにおだててみるものの、やはりプレッシャーがとんでもないのか、乗り気に見えない。しかしここで時間を与えては、落ち着きを取り戻してしまう。それではイタズラにならないので、トワは何かを閃いたようにポンと手を叩くフリをする。
「そうだ。ぺこらちゃんの新しい挨拶をそら先輩に見てもらおうよ。みんなで考えたらヒントになるかもだし」
「はぁっ!?」
まさかの提案。ぺこらは思ってもいなかった展開に却下するのが遅れてしまい、そらの方が早く賛同の声を出す。
「わぁ、私もぺこらちゃんの挨拶見てみた〜い♪」
「え゛っ……」
なんとか逃げようとするより先に、回り込まれてしまったぺこら。トワが仕返しのためにセッティングしたのだから当然だが、そうとは知らないぺこらは、自分の挨拶を大先輩の目の前で披露する羽目になり、息を乱していた。
「そら先輩もこう言っているし、やってやって!」
「いや、でも……!」
ぺこらがここまで戸惑うのも無理はない。なにせ彼女の新しい挨拶は、自分が最も可愛いと謳ったもの。それを先輩の前で披露するなど、とんでもない話だ。
「わくわく!」
「口に出して言わないで欲しいんですけど!」
期待の籠った眼差しで、感情を口にするそら。思わずツッコミを入れてしまったが、断れる雰囲気は皆無だと悟り、ぺこらは観念したようにがっくりと肩を落とす。
「そ、それじゃあ、やりますぺこ」
すぅーっと大きく息を吸い、気持ちを強引にその気へと持っていく。そして───。
「ドドンドドンドンドン! 全Vtuber一超絶可愛いのは、誰だっ!」
口笛ならぬ口太鼓を始めに、ぺこらは大きな声で高らかに問う。これだけで、彼女を知る人物ならば求められている答えがなんなのか、容易に想像できるだろう。
「ドドンドドンドンドン!」
問題はここから。そらの前で、大先輩を差し置いて可愛いのは誰なのかと自ら告げねばならない。これではまるで拷問だ。
(ぺこらちゃん、言え!)
そしてそれこそ、トワの仕返しでもある。そら自身は気にしないだろうが、ぺこらにとって大きなダメージになるに違いない。最後にぺこらが自分の名前を口にするのを今か今かと期待の眼差しで見守るトワ。
しかし───
「ぺこらちゃ〜ん♪」
───思わぬところから、ぺこらの名前が上がった。
「……え?」
驚きに目を見開き、振り返った先には、満面の笑みを見せるそらがいた。
「えっ……」
ぺこらもまさか、そらがノリノリで自分の名前を言ってくれるとは思いもしなかったのだろう。あまりの驚きに、目が点になってしまっている。
「あ、あれ? もしかして違ってた?」
一方のそらは、2人の反応に困惑。間違っていたのかと不安になるが、ぺこらは慌てて「大丈夫です」と言い、腰に手を当てて胸を張った。
「そーです! 全Vtuber一、超絶可愛いのはぺこちゃんなのです!」
「わー!」
そらに名前を言ってもらえたのがよほど嬉しかったのだろう。ぺこらは自信満々で笑顔を見せ、正解と知ったそらはパチパチと拍手を送った。
「で、でも、そら先輩はいいんですか? 全Vtuberで1番可愛いのがぺこらちゃんで!」
「いいんじゃない? 実際可愛いし」
トワの言葉にもなんの疑問ももたず、あっけらかんと言うそらは、ぺこらの挨拶を聞いて満足なのか席を立った。
「自分に自信をつけるためにも、いい挨拶だと思うよ。充分参考になったし、もう行くね」
手を振り、ぱたぱたとかけていくそら。その後ろ姿が見えなくなったところで、緊張感から解放されたぺこらがドッとソファーに倒れ込む。
「死ぬかと思ったぺこ」
「でも良かったね。そら先輩、参考になったって」
そう言うものの、トワは内心残念でならない。さすがにそらが激怒するとは微塵も考えなかったが、少しは目くじらを立てたりするものだと思っていた。
(今度はえーちゃんの前で言わせてやる)
そらの親友であり、ホロライブの裏方として日々奔走するえーちゃんであればきっと、ぺこらを追い込んでくれるに違いない。
(まぁ、だいぶ疲れさせたんだし、これでいっか)
最後の仕上げに、トワは自分の分に残しておいたシュークリームを渡す。
「お疲れ様。甘い物食べてリフレッシュしよう」
「サンキューぺこ」
差し出されたシュークリームを受け取ろうとして、しかしふと足元に転がっているものに視線が奪われる。
「なにこれ?」
「あっ……!」
拾い上げたのは、チューブタイプの山葵。トワは急に目を泳がせ、絶対にぺこらの方を向こうとしない。
「……トワ様、口開けて」
「な、何で!?」
「このシュークリームをあんたの口に突っ込むからだよぉ!」
「いやだあああぁぁ!!」
口に押し込もうとしてくるぺこらの腕を押し返しながらトワは必死に叫ぶ。拮抗する互いの力。しかしずっと力を込めていては疲れていくだけ。2人は体力が減り、ぜえぜえと息を切らしてその場にへたり込む。
「あ、シュークリームだ」
そこへ、配信を終えて小腹を空かせていた大神ミオが戻ってくる。彼女の視界には、机に置かれたシュークリームしか見えず、へたり込んだぺこらとトワは物陰に隠れてしまって目に入らない。
「いただきまーす♪」
「ま、待って、ミオちゃ───」
トワが足音に気付いて静止の声をかける。だが、あと1歩。本当に僅かな差で、間に合わなかった。ミオの口に、はっきりとシュークリームが噛まれている。
「うぼぉうぇぁ……」
「あ、あぁ……」
「ミ、ミオ先輩……」
ぺこらとトワの前でミオってしまった。手から零れ落ちたシュークリームの中身は、優しいクリーム色などではなく、刺激的な山葵の色で染まっている。
しばらく黙っていたミオはやがてわなわなと肩を震わせ、ついに吼えた。
「食べ物で遊ぶんじゃねえええええぇぇぇぇ!!」
「「ご、ごめんなさいいいいぃぃぃ!!」」
ちなみに、残ったシュークリームはトワが責任をもって食べることとなり、号泣しながらちまちまと食べる姿は痛々しかったそうな。