これ以上龍気活性してしまうと、あたしはバルファルクになってしまう   作:ハリー・ルイス博士

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#10 というのも全部、初期ロキくんのせいなんだ

 

「負けた方はほぼ無傷で、勝った方が倒れてら……」

 

 緑谷・麗日ペアと爆豪・飯田ペアの戦闘訓練は壮絶だった。

 緑谷は爆破によるダメージによってコスチュームがボロボロもなったが、中身の方も例のデメリットによって腕をボロボロに。

 爆豪の軽い一撃でフードが消し飛ぶのは、少しコスチュームの強度が心配となったが、緑谷のコスチュームが特段弱かっただけだと思いたい。

 ついでに、麗日も個性のデメリットによるものか、ゲロを吐いていた。

 

 

 勝者のダメージの大きさだけでなく、緑谷・麗日対爆豪・飯田戦はその戦闘の質も高かった。

 

 爆豪の放った大爆発。緑谷のビルの全階層を縦に突き抜ける一撃。

 

 目立つ要素だけを取り沙汰してもこの派手さ。加えて、緑谷の爆豪への的確なカウンターや爆豪の目眩しなどを織り交ぜたトリッキーな動き、緑谷と麗日の離れた位置での連携など、技術の高さも窺えさせる内容だった。

 

 爆豪の独断専行や、麗日の気の抜けなど、粗い部分もあったものの、以降の訓練に良い意味で影響を与える一戦となっただろう。

 

 

 

 しかしながらその次の試合は、緑谷たちの試合のように模範となるような部分は何もなかった。

 

 轟焦凍。

 彼の個性【半冷半燃】は、ペアの障子目蔵の索敵能力など等閑(なおざり)にして、ヴィラン組の尾白と葉隠をビルごと凍りつかせた。

 

 

 

「うん……まあ、3人には後で赤井少女と一緒に実習してもらうとして……。一応、講評と行こうか!!」

 

 オールマイトも轟1人によってペアの生徒が対処されてしまうという事態はあまり想定していなかったらしく、早くも天彗との組み合わせを決めた様子だった。

 

「なんと言っても、ヴィラン側の制圧と核に対する対応、両方を一度に一人でこなした轟さんがベストであることは間違いないですわ。障子さんも轟さんの制圧後、警戒を怠らずに索敵に努めていたのは、轟さんによる制圧という前提の上では最善。逆にヴィラン側はハッキリ言って分が悪すぎましたわ。先日の個性診断テストから轟さんの初動を見極められていればもしかしたら、と言ったところでしょうか」

「……い、いやぁよく見ているね! 八百万少女!!!」

 

 緑谷たちの試合での講評で勢い付いたのか、真っ先に答えた八百万にオールマイトはたじたじだった。

 

「轟少年も、核を保有するようなヴィランでは、他の兵器も持っていることを考慮する必要があったりしたわけだけどね!」

 

「「(張り合ってんのかな……?)」」

 

「なるほど! 訓練場のシチュエーションでも、拡張して考えることがある、ということですわね!! さすがはオールマイト先生ですわ!!」

「あ、うん」

 

 微妙に大人気ない返しをしただけに、手放しに褒められてオールマイトは真顔で首肯した。

 

 

 

 オールマイトも気を取り直して続けられたくじと演習の後、天彗のペアと対戦相手が発表された。

 

「赤井少女とペアになってもらうのは障子少年で、ヴィランチーム。それから尾白少年と葉隠少女がヒーローチームだ!!」

 

 メンバーは予想通りの轟無双の被害者組。ただし、ヒーローとヴィランの役割を入れ替えたものだった。

 

 

「さて、ルールはこれまで通りヴィランチームが先に入って5分間セッティングだ。障子少年、尾白少年、葉隠少女は先程の試合での反省を活かして行動するように!」

 

 

 

 オールマイトに言われた通り、SF風な鎧のようなコスチュームを身につけた天彗と、顔を隠すようにセットした髪とマスクに加え、腕と皮膜で繋がれている2対の触手が特徴的な大柄な青年、障子目蔵は開始の5分前にビル内に侵入した。

 

「俺の個性は【複製腕】、この触手の先から器官を複製できる。加えて複製した器官は性能が高い。それで赤井さんの個性は何だ?」

 

 障子は肩から腕と共に伸びた触手の先に口を生み出して、率先して天彗に話しかける。障子には先程の試合での一日の長があるのだ。

 

「赤井でも天彗でもいーよ。あたしの個性は【可変翼】。翼をデカイ剣みたいに伸ばせる」

 

 天彗はシャキンと翼を伸ばして、手近な机を無造作に斬った。

 

「……ま、訓練でできるのは個性診断テストでやったくらいのことだけだけど」

 

 

 障子は天彗の翼腕の切れ味を見て、何か考えに耽りかけたが情報共有を優先した。

 

「赤井と呼ばせてもらうぞ。尾白と葉隠は見た通り【尻尾】と【透明】あたりだと思うが、個性について聞いているか?」

「尾白についてはそのとーりじゃない? 葉隠は【透明化】で、一応輪郭に沿って視界を歪めるとかができるっぽい」

 

「感謝する。となると作戦の要は葉隠の確保だな」

「なら──」

 

 

 

「障子くんの個性が分かってないのがネックだね! 尾白くん」

「うん。でもある程度推測はできる」

 

「個性把握テストでは、あの触手みたいな部分から手を生やして握力測定をしてたんだ。で、500キロ超えの大記録」

「うんうん。それで?!」

「このことからわかるのは、触手から体の部位を出せるってこと。それからその生やした部位はたぶん素の能力を上回るんだと思う。単純に腕三本で割ると一本あたり200kgw近くになるからね」

「たしかに! てことは目とか耳を生やしていれば?」

「多分、それも強化されるんじゃないかな?」

 

 二人が出した結論は、障子は索敵能力にも優れている可能性が高いというもの。ちなみに障子の索敵についてはヤオモモが講評でチラッと触れていたけれど、2人は凍傷の治療で聞いていなかったぞ。

 

「相手が一番警戒するのは、葉隠さんの隠密性。だから俺が囮になって障子くんを相手する状況にしたい」

 しかし、これは理想だ。実際には赤井を無視して障子だけと戦うということはできないだろう。

 

「たぶん相手もそれがわかってるから、核の前で待ち伏せて2対2の構図にしようとするんじゃないかな。だから、戦闘が始まったら乱戦に持ち込んで、隙を見計らって葉隠さんが核に触れる。これが一番勝率が高いと思う」

 

 

 

───◇◆◇───

 

 

 

 尾白たちにとって、この演習用のビルに入るのは今日で2回目。ただし今回は、敵役の生徒が中に潜んでいる。

 そう考えるだけで、この平凡な廃ビルが昏く不気味な伏魔殿か何かのように見えてくるから不思議だ。

 

「これは、最上階かな……」

 

 下階層には人気はなく、また出入りした跡もない。

 前の一戦での準備で、5分間でやれることはかなり限られるということを、尾白と葉隠は理解していた。ヤオモモなら話は別だが、5分間では出入りした痕跡を残さずにトラップ等は仕掛けられない。

 せいぜいが飯田がやったように、一階層に絞って物を片付ける程度。

 

 加えて葉隠の存在により、ヴィラン側にとって奇襲はかなりリスキーとなっている。

 仮に二人で奇襲中に葉隠が逃げられた場合、捕捉の難しい葉隠を野放しにした状態で核を放置することになる。

 一人で奇襲するにしても、見るからに感知タイプではない赤井には葉隠の捕捉は困難なため、障子しか奇襲には適さず。赤井が残って核を守るにしても、葉隠がノーマークになる可能性は2人での奇襲よりもむしろ上がってしまう。一撃離脱を考えたとしても、すれ違いなどのリスクを考えれば、単独行動するデメリットの方が大きい。

 

 奇襲のメリットが少ないのであれば、最奥という単純に一番時間が稼げるパターンに対して、その裏を掻いて背後を取る必要はない。

 

 

 そのため、尾白は赤井たちの居場所を最上階と予想。

 もちろん、この予想をさらに予測して奇襲、なんてパターンも考えられるので警戒は怠らない。

 

 そしてその警戒は実を結んだ。

 

 

 

「──……あッぶなっ!!!」

 

 尾白を目掛けて、壁を貫通した銀色の槍が迫っていた。

 

 貫いた壁を抉る鋭い刀身に対し、爪を畳むことで刃先を丸めたその翼は、殺傷能力さえ抑えられているものの一撃で意識を刈り取ってもおかしくない速度、精度、破壊力を持っていた。

 そう、赤井の可変翼である。

 

 壁越しの刺突を、寸前で転ぶようにして避けた尾白はそのまま赤井の潜んでいた部屋に転がり込む。

 

 

 部屋の奥には障子と核の姿が見えた。

 しかし、何より部屋に入った尾白の目を奪ったのは、床に散乱した、刃物か何かで斬られた元机と思われる()()()()()残骸の数々だった。

 

 それを目にした瞬間に、尾白はその意味を察知する。

 

「(……マキビシだ。やられた!!)」

 

 葉隠が素足だということを知っていたのなら、備えとして考え得る可能性。しかし、その可能性に気づいていながらも、尾白と葉隠はその心配をしなかった。

 

 理由は、音。

 尾白ペアが考えたマキビシの作成方法は、ガラスを割って撒くと言うものだった。今回は机ではあったものの、物を壊すのには相応の騒音が発生する。

 にも関わらず、先程の準備時間中にはそれに類する騒音はなかったのだ。

 

「(伝えるか? それとも葉隠さんがバレる方がまずいか?!)」

 

 

 しかし、その逡巡による尾白の停止は、赤井の見せた最大の隙を逃すこととなる。

 彼は部屋の攻略などの不確定な要素よりも前に、赤井を狙うべきであった。壁を貫いた翼を引き抜くという隙を見せていることが、確定的なのだから。

 

 

「葉隠さん! 南の細長い部屋!! 机の残骸が転がってる!」

 

 数瞬の後に尾白は、耳につけた通信機を触れながら比較的大きい声で、状況を葉隠に伝える。

 

「いいの? 葉隠さん来るってわかっちゃうけど」

 

 その問いかけには答えず、尾白は無言で攻撃態勢を取った。

 

 

 通信機に触れたのはブラフだった。

 葉隠と通信したということを意識させるためのもの。

 完全に別行動していると誤解させる、あるいはそのことを考慮させて隙を作ることが目的だった。

 

 実際の葉隠の位置は、既に部屋の前。

 通信は不要で、声が届く範囲の距離だ。

 

 

「……らアッ!!」

 

 尾白は葉隠が侵入可能な道を作るため、赤井に飛び込むように攻撃することで、戦線を扉近くから引き離す。

 

 空中で半回転しながら放った尾白の尻尾の一撃を、赤井は翼腕で逸らした。しかし、この攻防で完全に懐に入られた赤井は、可変翼を活かせずに防戦となる。

 

 腕のプロテクターを利用して、尾白の攻撃を防ぐ赤井。

 意識したというほどではないが、尾白は猛攻とともに葉隠の足音を掻き消すだけの戦闘音を響かせていた。

 

 

 

 何度の応酬が続いただろうか。

 明確な劣勢の中、一切の隙を見せない赤井に、やがて尾白の動きは鈍っていく。

 最小限の動きで凌ぐ赤井に対し、個性である尻尾を使った全身の動きで攻勢に出る尾白では、明確にスタミナの消費の面で劣っていたのだ。

 

 もちろん、尾白もそれは百も承知。

 障子の聴覚感知を潰しながら赤井を抑えている状況が、葉隠が核にタッチできる最大のチャンスだからだ。

 最良は赤井を確保することだが、それには届かずとも、尾白は赤井を釘付けにする必要があった。中途半端になれば赤井の広範囲の薙ぎ払いで、葉隠が巻き込まれかねない。

 

 

 とはいえ、尾白には自信があった。

 コスチュームに武道着の要素を取り入れたように、彼は体術という面においては同世代では1、2を争うという自覚。

 赤井は翼による広範囲攻撃が持ち味であって、所詮は素人。そういう意識もあった。

 

 にも関わらず。

 

「(……抜けない!)」

 

 翼という個性器官の間合いを潰されているというのに、尻尾を使った攻撃まで織り交ぜた尾白の攻勢を赤井は完全に防ぎ切っていた。

 

 

 赤井が疲れによって鋭さを失った攻撃を、いなすこともなく避けることで、ついに尾白に明白な隙が生じた。

 

「しまッ……!!」

 

 一息で体勢を整えて赤井が放ったのは、渾身のストレート。

 

 

 辛うじて尻尾を間に挟むことで、有効打を防いだ尾白だったが、驚くべき光景を目にすることとなった。

 

 

 ガランという音と共に、地面に落ちたのは。

 丁度、腕のあった部分が突き抜けるように壊れた、赤井のコスチュームの手甲。

 赤井は、拳を振るうという動作の勢いだけで、自身のコスチュームのプロテクター部分を破壊したのだ。

 

 

「やっぱ邪魔じゃん、このプロテクター」

 

 スッキリしたとばかりに、もう一方のプロテクターも引き剥がしながら肩を回す赤井。

 

 

 プロテクターは防御面ではメリットがあったが、可動域の問題や彼女自身の攻撃に耐えられない装備性など、赤井にとって無視できない問題がいくつも含まれていた。

 

 とはいえ、せっかく用意してもらったものを速攻ブッ壊して返却するというのも忍びなく、先ほどまでは綺麗なまま返却することを考えていた。

 いわば手加減。しかし同時に、それを壊したということは、尾白を認めたということでもある。

 

 

「ハァハァ……もしかして、増強系だったりする?」

「……いや、違うけど?」

「結構、格闘技には自信あったんだけどな……」

 

 荒い息を吐きつつも、それを押し殺したような声で尾白は言った。

 

「格闘技経験とかは? 流派は我流? 見たことないタイプの型だけど」

 

「それって、時間稼ぎ? そんなの乗るワケないじゃん、ねっ!」

 

 尾白の息が整う前に、赤井は飛び出した。

 剣状に伸ばした翼腕を、逆袈裟に構える。

 

 

 しかしその矛先が向かったのは、尾白ではなかった。

 赤井の可変翼が(はし)ったのは地面のスレスレ。掬い上げるように尾白の前面を薙いだ。

 

「(目潰し……?)」

 

 剣撃によって巻き上がったのは、地面に撒かれていた机の残骸だった。

 一見、広範囲をカバーする目眩しか何かのように見える。しかし、それで跳ね上がった礫の数は乏しく、尾白であれば十分に対処可能だった。

 ただ、それは尾白が格闘技として戦闘に慣れていたため。

 

「(いや違う、これは!)」

 

 その範囲には、もう一人。

 しかも、武術にはまだ得手のない人物がいた。

 

「ひゃえっ!!」

 

 葉隠透である。

 

 

 

 葉隠は尾白と赤井の戦闘の最中、その音に紛れて部屋に侵入していた。

 

 しかし、裸足であることから机の残骸(まきびし)の影響で、その歩みは遅く、一連の攻防の後も赤井からそう遠くへとは離れてはいなかった。

 

 それを予想しての赤井の遠隔攻撃。

 

 

 足音と足場に留意している最中、自分目掛けてとは言えないものの、近くを通るように金属塊が飛んできたら。

 

 初回の授業であるこの訓練で、葉隠は声を殺すことはできなかった。

 

 

「障子!!」

「心得ている!!」

 

 すかさず、障子かその声が発せられた付近に触手を伸ばす。

 枝分かれさせた触手を三次元に展開して、壁のように核への道を遮ると、障子はドアの付近の赤井たちに向けて歩き始めた。

 障子の移動に伴い、葉隠を狙う触手の数は増してゆく。

 

 

 障子が葉隠を追い詰めている間、赤井は完全に尾白を釘付けにしていた。

 邪魔なプロテクターを外し、得意の距離を保つ赤井に対し、尾白はもはや有効な攻め手を出すことはできない。

 

 

 やがて、葉隠が障子に捕まり、残る尾白を二人で追うことで、訓練試合は障子と赤井ペアの勝利となった。

 

 




・初期ロキ被害者
障子、尾白、葉隠はほぼこの対人の実戦訓練をできていないので、再挑戦権があれば、選ばれることは間違いなさそう。

・知力
考えているうちに、斉木楠雄世界並みになってしまった気がする。
いくつかミスさせたし、まま、ええやろ。

・マキビシ
相澤先生も大好きな、忍者道具。
本気モードの葉隠さんにはこれが一番いいと思います。

・間合い
バルファルクは懐に入ると大体の肉弾攻撃が当たりません。
天彗も接近距離では腕が邪魔になって、背中から生えている翼は自由に使うことができません。さらにプロテクターで腕の体積も大きくなっているのでなおさらです。

・葉隠体術
B組対抗戦では、見えないことを利用した体術を披露しましたが、この時点ではまだ、体術を習ってないと言う設定。実際、アニメではこの時期の葉隠さんは懸垂をしようとしてか棒にぶら下がるだけで、プルプルしています。
体術くらいなら、全員一律で習う授業とかありそう。
どうでもいいけれど、"Bぐみ"と打ち込むと。予測変換に"ぁ!組"という謎の単語が一番に表示されてとても邪魔。しかも"B組"には一発変換できない。

そういえば、何も考えずに0:00予約投稿にしていましたが、希望の時間はありますか?

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