これ以上龍気活性してしまうと、あたしはバルファルクになってしまう   作:ハリー・ルイス博士

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#14 空へ

 

 腰から太い尻尾が生えた少年、尾白は一撃離脱の戦法でタワーに入り込んだ数多のヴィランと戦っていた。

 

 天彗もまたそれに交じって参戦し、通路を彷徨いていたヴィランを両翼の攻撃で息もつかせずに二人ともを昏倒させると、尾白と目を合わせた。

 

「尾白!」

「え、赤井さん?! って、血が」

 

 孤軍奮闘とばかりに戦っていたところに現れた天彗に、驚く尾白。

 そして同時に、その血塗れの様子に戦慄の念を隠せなかった。

 

「大丈夫。コレ、全部返り血だし」

「いやそれはそれで、大丈夫なの?!」

 

 頭からバケツを被ったような血汚れの量に、天彗がヴィランの誰かに致命傷を与えてしまったのではないかと尾白は心配になる。

 実際、思い切り動脈を傷つけたりと、対処を誤れば死にいたる怪我を負わせた相手もいたが、中学時代の経験から天彗は裏社会に近い連中の処置技術をよく知っていた。

 

 救命対処にあたるヴィランを考えれば一人を倒すついでに二人以上を戦闘に参加できなくするのだから効率的である。

 もっとも、授業初めの13号の演説を鑑みればそれがヒーロー的でないのは明白であるが。天彗には、人を傷つけるのではなく人を救ける、という話が全く響いていなかった。

 

 

「というか、俺以外にも火災ゾーンに飛ばされた人がいたんだね。ずっと一人で戦い続けないといけないのかと思ってたよ」

 

 助かった、と素直に告げる尾白に、天彗は不遜にも面倒くささを覚える。

 そもそも、天彗が焦って中央広場に向かっているのは、あの脳味噌ヴィランについて伝えるか迷ったからだ。相澤先生に伝えることができていれば、天彗はもっと揚々としていたことだろう。

 

 ところが、ここで同じ問題にぶつかっていた。

 

 

 尾白はおそらく、ここでしばらく戦い続けるつもりだろう。雄英からの救難が来るまでの持久戦とすら思っているかもしれない。

 しかし、それは天彗の予定とは相反してしまう。

 

 ここに来た天彗の目的は持久戦のための篭城とは異なる。

 現在の天彗の目的は、先程の挽回のために相澤先生の救援に向かうこと。

 

 

 このことを説得するためには、相澤先生が脳味噌ヴィランには勝てないことを、天彗の勘という曖昧極まる根拠をもとに説明しなければならない。

 

 加えて、尾白は教師陣に対して全幅に近い信頼を置いていることも問題だ。

 手を掴まれたときのことと言い、先生なら今回のヴィランには勝てると思っているだろう。黒い靄のヴィランが言っていた、オールマイトを殺すことによって多少は揺らいでいるかもしれないが。

 

 そのために天彗は一計を案じた。

 

 

 ただ、計画というほど大仰なものではなく、天彗が行ったのは単純なことだ。「他のA組の生徒たちの様子が見たい」と言って、尾白をタワーの最上階、展望室に連れて行くだけ。

 

 幸い、ヴィランらによってエレベーターが壊されていたなんてこともなく、高速エレベーターは天彗と尾白を最上階に(いざな)った。

 

 

 展望エリアは二段に分かれていて、火災ゾーンのドーム内を観測できる下層とドームから少しだけ迫り出して他のエリアを望むことができる上層から構成されている。

 おそらく、下層の展望室は教師が火災エリアで訓練に挑む生徒たちを監視できるように、上層は火災エリアにいながら他のエリアの生徒たちに目を通すことができるように設計されているのだろう。

 

 双方の展望室には備え付けの望遠鏡が設置されていた。

 下層の展望室ではヴィランが一人、この望遠鏡を覗いて監視を行なっていたが、たぶんもう火災ゾーンの地表には生徒はいない。間抜けなヴィランもいたものである。

 

 尾白が苦もなくこのヴィランを倒したが、展望エリアには他にヴィランの姿はなかった。

 

 

 早速、上層の望遠鏡を使って尾白が観測を始める。

 望遠鏡はまるで行楽地によくある有料の時間制限付きのそれのようだが、この予算が潤沢な雄英でそんなところにケチくさいわけがなく、タダで使うことができた。

 

 しかしそんな望遠鏡も、常人を遥かに上回る視力を持つ天彗には無用の長物である。

 

 天彗は展望デッキに出てすぐに北西方向、中央広場を見た。

 

 

 

 最悪、既に相澤先生が死んでいる可能性もあった。

 残った生徒や13号も皆殺しで、このUSJの地面のシミになっている可能性も。

 

 そんな心配をよそに、先生は元気に大勢のヴィランの相手をしており、捕縛布を利用した攻撃で着実に敵を減らしていた。

 現に何十人ものヴィランが昏倒して、中央広場の地面に倒れている。

 

 杞憂だったのかと、天彗は脳味噌ヴィランが立っていた辺りを見る。

 

 

 やはりというべきか、脳味噌ヴィランは未だ健在。

 

 しかし、天彗には微かな違和感が残った。

 

 

「(あのヴィラン、さっきから一歩も動いてないじゃん)」

 

 弁慶のように立ち往生しているのかとばかりに、脳味噌ヴィランは微動だにしない。

 それどころかよく見れば、天彗が飛ばされる前と比べても一切動いていない。

 

 あまりにも不気味だ。

 

 

 仲間が倒されて何も感じないのか、というのはこの手の連中には馬耳だが。経過時間を考えれば、もうとっくに相澤先生の個性は見ただろう。

 斥候が済んだのなら、単純に合理的に考えても、戦力は逐次投入よりも一気に囲んで討った方が効率的だ。

 

 しかし、それをしないヴィランたち。

 敵連合などと言ったか。

 この連中の幹部らは一体何がしたいのだろう。

 オールマイトを殺す秘策、おそらくはあの脳味噌ヴィランによっぽどの自信があるのだろうか。

 

 

 そんな考察を重ねる天彗の視界に、新たに入り込んだ者たちがいた。

 

「(あれは……緑谷と蛙吹、それと峰田だっけ?)」

 

 水難ゾーンから現れたのは、A組の3人。

 教室では、取り留めて仲のいいメンツというわけではないので、ランダムに飛ばされているのだろう。

 

「(水難ゾーンに蛙吹さん、ねぇ……)」

 

 あの黒い靄のヴィランは、A組生徒たちの個性を知らなかったのか、個性で分けられるほど手が回らなかったか、あるいはワープを同時にする場合は精度が落ちるのか。

 

 

「(てか、緑谷たちボーッとしてるけど、あれヴィランにバレてんのかな?)」

 

 特に緑谷は手を押さえていることから、おそらくは水難ゾーンの突破に個性を使ったのだろう。個性診断テストの結果を思い出せば、まともに戦えるような状態じゃない。

 

 

 と、そこで。

 まるで、緑谷らが来るのを待っていたかのように、身体中の手首が特徴的なヴィランが動き始める。

 相澤先生はその迎撃に出ていた。

 

 肘打ちを決めたかと思うと、先生は大きく離れて距離を取る。

 

「あれは……」

「どうしたの、赤井さん」

 

 気づかないうちに、声が出ていたらしい。

 声をかけてきた尾白を適当にあしらって、相澤先生を注視する。

 

 

「(肘から血が出てる……接触で怪我を負わせる個性とか?)」

 

 手首ヴィランは不自然な姿勢で相澤先生の攻撃を受け止めていた。

 体表のどこでも触れると怪我が起きるのなら、わざわざそんなことはしないだろう。あれだけ手を強調している服装をしていることだし、手の範囲に限定で発動する個性に違いない。

 ついでに服にも穴が空いているから、人以外も対象に取るらしい。

 

 ここまで強烈な一撃必殺個性も久しぶりだ。脳味噌ヴィランに加えて、警戒すべき対象が増えてしまった。

 

 

 

 そういえば、あの脳味噌ヴィランは……と、目をやった瞬間、天彗は戦慄する。

 

 

 天彗が見たのは、相澤先生の背後に霞むような速さで回り込むヴィランの姿だった。

 

 辛うじて見えたのも、動き出した瞬間にちょうど意識していたからにすぎない。

 手首ヴィランに注目していた相澤先生には、まるで瞬間移動でもしたかのように感じられただろう。

 

 

 数秒だった。

 たったの数秒の後、数多くのヴィランを相手に奮闘していた相澤先生は、ボロ雑巾かなにかのようにズタボロにされていた。

 

 想定以上だった、と素直に認めるしかない。

 相澤先生が一対一ならある程度は持つと考えていた。

 しかし、現実には全く相手になっていない。

 

 おそらく、素の身体能力の高い異形系の個性なのだろう。

 個性を抑えながらどうにか戦うという方針が一切通用しなかったのだ。

 

 オールマイトを殺す算段。

 それはまさしく現実のもので、そんなものに普通のヒーローが敵うはずもない。

 

 あの脳味噌ヴィランを各ゾーンに転々とさせるだけで、A組は皆殺しにされるだろう。

 

 

「(どうする……?! オールマイトをどうにか呼んで、いや通信も通じない。ここから本館に今から行くとして……飯田か、八百万? そんなことよりも、相澤先生と蛙吹さん達が……)」

 

 過呼吸気味のパニックに近い状態に陥った天彗。

 

 どちらにせよ。タワーを下ってから向かうなんて悠長なことは、もうできない。

 天彗は、短絡的にとりあえず地面まで降りようという発想に至った。

 

 

「赤井さん?!」

 

 展望デッキの柵に足をかける、天彗の尋常ではない様子を見ていた尾白が声を掛ける。

 

 しかし、尾白が口にしたのは、全く異なることだった。

 

 

「なんか、赤くなってるけど。それ」

 

 赤い?

 こんな状況で、天彗の苗字と何かを掛けて冗談でも言っているのかと、声を荒げかけた天彗の視界に、確かに赤いものが横切った。

 

 いつもの銀黒色とは打って変わり、天彗の翼が何か赤いオーラのようなものを纏って、真紅に染まっていた。時折、赤いオーラはバチバチと赤黒い雷のような発露を起こしている。

 

 さらに全体として緩やかなリズムで明滅するその赤いオーラが、呼吸に従っていることに、天彗はすぐに気が付いた。

 試しに深く息を吸うと、赤い光は強くなり、徐々に翼がより濃い赤へと染まって行く。

 

 加えて、まるで吸った息がどこかに消えてしまったかのように、どこまでも空気を取り込むことができ。やがてそれがある種の熱量となって、胸や翼に蓄積されていっていることを天彗は実感した。

 同時にその蓄積がゼロに近かったということも。

 

 より深く、より多くの空気を吸うことを意識して息を吸い続けると、まるで航空機の吸気音のような甲高い音ともに、胸の下部が()()()()、雄英高校指定体操服では隠し切れないほどに強く赤い光が袖口や襟首から漏れ出でた。

 

 

 胸に吸気を行う"口"が開いてからはすぐに、十分な量の赤いオーラのような何かが翼へと充填された。

 まるで噴射されるのを待っているかのように、翼の中でそのオーラの内圧が上がっていることを感じることができる。

 

 

 それは青天の霹靂に近かった。

 

 翼と名がついていながらにして、羽ばたいても揚力を得ることができない、天彗の【可変翼】。その名前はいつまでも天彗に付き纏い、葛藤を生み出した。

 

 幼い頃より幾度となく試し繰り返した、空を飛ぶという行為。

 もし、その前提が間違っているとしたら?

 

 天彗のもつその翼が、ウイングヒーロー「ホークス」のような羽ばたくための翼ではなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるとしたら?

 それが、ジェットエンジンのように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるとしたら?

 

 

 今度こそ、躊躇うことはなく。

 柵を蹴って一歩を踏み出した天彗の二歩目の足は、地面を捉えることはなかった。

 

 




・火災ゾーン
内部や展望デッキ等は完全にオリジナルです。

・体操服
めっちゃどうでもいい伏線回収。
元のコスチュームでは胸部から吸気はできなかった。

・過呼吸
実は、戦闘描写で微妙な伏線を張っていました。
天彗が攻撃する時には、結構な割合で息に関連した描写が入る。と言うものです。
天彗は無意識に龍気(作中では赤いオーラですが)を使っていたんです。

・ジェットエンジン
ロケットじゃないです、たぶん。バルファルクは呼吸しているので。
ただ、ジェットエンジンかと言われても微妙です。ジェットエンジンの定義は、噴流を生み出すことでその反作用で推進力を得る熱機関らしく、バルファルクは熱機関かどうか微妙なんですよね。
とはいえ、このSSではそこまで厳密にジェット、ロケット、アフターバーナー等を区別しません。毎度毎度ジェットはつまらないと思うので。
-追記- ロケットだったっぽい。

☆投稿時刻について
0:00〜5:00と18:00〜23:00のアクセス数合計を需要と見て計算
0:00の方が1桁目切り捨てで6820、18:00の方は4300でした。
結果、0:00からの需要が大きいかったため、18:00〜23:00に投票してくださった方には申し訳ありませんが、0:00のままとすることにします。

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